暗闇の篝火





ぱちっという火がはぜる音でクイーンは目を覚ました。
深夜。
満天の星の洪水が目に飛び込んでくる。

カレリアに向かう山道の入り口で、ハルモニア南部辺境警備隊・第12小隊は野宿をしていた。
この道を越えればもうすぐ街につけるのだが、アイラが足をくじいてしまったのだ。
ちょうど薬も切れたメンバー達は一休みしようということにした。

「大丈夫だ! このぐらい!」

自分の盾の紋章を発動させようとしたアイラを、ジャックが止めた。

「休め……」

それでなくてもカラヤクランの少女は気を張りすぎていた。
いくら優秀な狩人であり大地の精霊達の声を聞き取れるという能力を持つ身でも、子供は子供なのだ。
無理をさせられない。
ジャックの言葉にアイラは声を荒げようとした。

そのとき。

「ここで野宿する」

ゲドの一声でアイラの動きは止まった。

「あたしは大丈夫だ!」
「この山にはツインスネークがいる。今のお前さんでは足手まといになる」

ジョーカーが首を回して肩をほぐしながらそう言った。

「そんな自分が見たいかい? お嬢ちゃん」

にやりと笑いながら、エースが続けた。

「子供扱いするな!」

かっとなって何か言おうとするアイラにゲドは一瞥をくれた。

「うっ」

思わずアイラの動きがまた止まる。
黒い瞳は深く深く、奥を見せない光をたたえてアイラを見つめたまま言った。

「…体調を万全に整えることも戦士としての基本だ」
「…」

確かに、とアイラがうつむく。
足をくじくという失態をしでかしたのは自分の落ち度だ。
戦士としての自分を責められているような錯覚がアイラを襲う。

「あんたを責めてるわけじゃないよ。…ちょうどあたしらも腹がすいて一休みしたかったところなのさ。そうだろ? ジャック」
「おれ……ウサギ獲ってくる……」
「ならわしは飲み水でも調達して来ようかの。小川が確かあったはずだ」

ジョーカーやジャックがそう言いながら野宿の用意に入ってしまい、クイーンのフォローもあってかアイラも素直に身体を休めることに同意したのだ。



クイーンは身体を起こして暗闇の中目を凝らした。
アイラはやはり疲れが出たのだろう。
毛布に身体を小さく包み、足にはジャックが見つけてきた薬草をすりつぶして貼って彼の傍で眠りについている。
ジャックも彼女の傍で穏やかな表情でボーガンを抱えたまま、座って寝ていた。
エースも少し離れた場所で毛布に包み、何事か寝言をぼそぼそと言っている。
ジョーカーも寝息は聞こえないが、規則正しく肩が動いている。
彼らを起こさないように、クイーンは音を立たせず焚き火の傍に寄った。

「…ゲド…?」

周囲にコーヒーの香りが漂って来た。
ゲドは何も聞かず、何も言わず手近にあったカップに淹れたてのコーヒーを注ぐとクィーンに手渡す。
クイーンもそれを受け取る。
指と指の小さなふれあいに、瞬間、クィーンはどきりと心臓が高鳴るのを覚えた。
指と指、といっても常に革の手袋で両手を隠しているので厳密に言えば違うのだが。

(……子供じゃあるまいし)

そう否定しながらも、無意識にゲドが触れた指にそっと片方の指で触れながら、カップを両手で包み込む。

「……見張り、代わろうか?」
「いや」

代わらなくてもいい、とゲドは首を振りながらコーヒーを口に運ぶ。
それを見ながらクイーンは同じようにカップに唇を寄せた。
傭兵隊として長く彼と付き合ってはいるが、ここまで過去を見せない男も珍しいと思う。
いや、過去が知りたいわけではない。
だが時折思う。
手を伸ばせばすぐ届く、こんな近い場所にいるというのに、ふいに襲い掛かってくるのは彼が闇夜に溶け込んでいなくなるのではないかという不安。
信頼もし、信じてはいる。
だが彼は自分たちのことをどう考えているのだろうか?
もちろん、仲間だと思ってくれているだろう。
だが時々、不安に駆られてしまうのは何もエースだけではない。
人としても、同じ傭兵としても、ゲドは影がありすぎる。

「…まるで暗闇」
「?」

クイーンの呟きに、彼が反応した。

「い、いや。なんでもないよ」
「……そうか?」

そういう口調ではなかったが、というニュアンスも含まれた視線が注がれ、クィーンは内心舌打ちする。

「……この先が暗闇のように見えないってことさ」

そう咄嗟にごまかす。

「女の勘だけど」

襲撃されたカラヤクラウン、うさんくさい女魔術師、炎の英雄。
断片的にばら撒かれたピースをゆっくりとしか当てはめていくしかない現状。
あせっているわけではないが、見通しがつかないことへ苛立っているのは確かだ。

「そうだな……」

炎を見つめながら、隻眼の傭兵はぼそりと言い返す。

「……だが篝火がある。…いつかは辿り着ける」
「篝火?」
「炎の英雄…」

小さく、本当に小さく呟くと彼は空を見上げた。

(何を考えてるんだい…?)

その闇色の瞳は炎の中に何を写しているのか、わからない。
今、彼の頭の中を占めていることすら、わからない。

(あんたの心にも篝火があればいいのにね)
(そうすればどんな暗闇でも奥に進める)
(心の闇を照らしてやれるのに)

心の中でクイーンはそう呟くと、コーヒーを一口飲んだ。

かすかに聞こえる草のこすれる音や、小さな生き物達の鳴き声の中に炎に照らされているのは彼ら二人だけ。
頭上を輝く星でさえも、月でさえも彼の心を照らすことはない。
心を照らす篝火もなく、闇はいつまでたっても闇のままで触れることを許されない。

(難儀な男…)

「クイーン…」
「なんだい」
「…明日は早い。もう寝ろ」

労わる声に、苦笑いが浮かぶ。

(この言葉だけで満足してるあたしもどうかしてるんだろうかね…)


満天の星の中、女傭兵はそんなこと考えていた。




後に彼が真の紋章の一つを持つ人間だと知り、過去の一部を彼女が知るのはもう少し後の話。




END




2002・07・24UP

「Atelier Moon」の里子様に捧げさせていただいた創作です。
…こんな訳のわからないもの送って申し訳ないです…(ここで言うな)。
基本的にくうはゲド←クイーン、ジャック×アイラ、トーマス×セシルで萌えます。


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