皆に出会えて良かった。
貴方に出会えて良かった。
けれど、今、貴方はいない。
触れたい。
会いたい。
声が聞きたい.

そう望むのは、我が侭なの?




サクラ大戦2 すみレニ小説





 大神一郎中尉が帝都を離れ、早三ヶ月という月日が経っていた。

 その間、帝都には降魔が再び襲来するようなこともなく、月組隊長が隠し撮りした花組隊長の写真をめぐって、帝劇内部でお馬鹿な騒動を起こすぐらいに平和であった。…まあ、海の向こうの大神中尉が現在、どれほどの苦難と努力、そして神経をすり減らしているかは今のところ想像もできないが。

 なにせ彼に連絡するとなると、目下のところ郵便しかない。

 帝国華撃団が世界に誇る天才発明家、李紅蘭が作った遠距離通信機のキネマトロンは最大で日本からアメリカの間で通信できる。
多少画面がぶれ、完璧とはいえない。
だが、まだ会話ができるからいいほうだ。フランスとなると、画像すら映らない。


 郵便でだと民間の物を使えば早くて一ヶ月かかる。
軍事機関の物だと一週間だが、これは米田中将など、特殊任務に就いている者に対しての郵便物に限られる。


 特殊機関ということで花組は条件をクリアしているが、プライベートなものに関しては一切負担しないところだ。
それでなくても花組は軍部の金食い虫なのである。

個人のことにまでお金はかけていられないだろう。

よって、彼女達が使えるのは民間レベルの郵便方法。


 一ヶ月。かなりのタイムラグだ。

(それでも手紙をしたためる方はいらっしゃいますけど)

 神崎すみれはそっと心の中だけで呟いた。

 帝劇の二階にあるサロン。そこで優雅に午後の一息をついていたすみれは、小さな客人達にミルクティーをいれてやった。

「はい、どうぞ」

「…ありがとう…」

「ありがと、すみれ☆」

 大神中尉に教えただけあって、すみれがいれてくれる紅茶は、他の誰よりも美味しい気がする。

 そんな嬉しい言葉を思いもかけない人から言われては、いれないわけにはいかないでしょう。と、自分自身に言い訳しながら、その人物を見つめる。

 その人物の名は、レニ・ミルヒシュトラーセ。

「ううんと、なんて書こうかな〜。『お兄ちゃん、お元気ですか…』でいいかな? レニ」

「そうだね。あんまり堅苦しい文章だと、隊長、びっくりしちゃうんじゃないかな」

 ふんわり、優しく笑う。まるで砂糖菓子のようだ。

 レニのこんな表情を見られるようになったのも、全ては、今この場にいない大神中尉の努力の賜物。

「愛だよな、愛」と、珍しく照れながらカンナが言っていたのを覚えている。

迂闊にもそれに同意してしまったからだ。


「すみれは書かないの?」

 可愛らしいアイリスの言葉に、すみれは我に返った。

「今、最高級の和紙で作った便箋を取り寄せてますの」

 当然書きますわよ、おーっほっほっほ。と、高笑いすると、アイリスがいつもの調子で突っかかってくる。なにげにこれが楽しくて仕方がない。

年下の、この隊員達はまるで自分の妹のように可愛い。


 年齢が近い、他の隊員達はまた別だが。

「レニはなんて書きますの?」

 そうだね、と、彼女は白い便箋に視線を移す。真剣な表情で万年筆を持ち、向うこと数秒。

「書けない…」

 困ったような、戸惑っているような表情。

「なんで〜?」

 聞いてくるアイリスに対して、レニは真顔でこう言った。

「文章は少し砕けて書いた方がいい…とは思うのだけど…。

「書く内容ですの?」


「うん。言いたいことや聞きたいこと…たくさんあるんだ」

 フランスに渡る際、手紙を書いた時とはまた勝手が違う。

 まず帝都の様子を報告したい。それから今練習している芝居のこと。

 フントがいる中庭では、紅蘭とアイリスが世話をしている花が綺麗に咲いていること。

マリアと薔薇組の琴音は意外に気が合っていて、二人で劇に使う道具について熱く語り合っていたこと。

紅蘭がまた何か作っていて、さくらが「また爆発しちゃうんじゃないでしょうか?」と脅えていること。


 そしてこの、すみれがいれてくれた紅茶の味の感想。

「一度に伝えようとしても駄目ですわよ。次に手紙を書くことをなくしてしまいますわ」

「次に?」

「これが最後の手紙というわけではないでしょう?」

 すみれの瞳は限りなく優しい色をしていた。

「貴方が今、一番伝えたいことを素直な気持ちで書くことをお勧めしますわ」

 一番伝えたいこと。それは、やっぱり…。

「でも、きっと迷惑に…」

 切なそうな表情。それを見て、

「あら。恋する女は殿方にいくら我が侭を言っても許されます」

 きっぱりと、すみれは断言する。

「愛しい人から言われる我が侭ほど、嬉しい殿方はいなくってよ」

「そ、そうかな…」

 自信のなさそうなレニに、すみれは会心の笑みを見せた。

その笑顔に心を動かされたのか、レニもまた微笑む。


「…了解」

「あ〜ん。アイリスだって、アイリスだってお手紙書くんだもん!」

「はいはい。誤字脱字に気をつけて、丁寧に日本語を書くんですのよ」

 中尉、フランス語は読めませんけど、貴方の日本語だって怪しいものなのですから。

 またそんな事を言えば、アイリスが突っかかってくることを百も承知で、すみれは口許を扇子で隠しながら優雅に言い切る

 案の定、アイリスが「そんなことないもん」とか何とか言いながら突っかかってきた。それをすみれは高笑いで受け止める。

 レニは、そんな二人の様子を微笑ましく見ながら、すみれがいれてくれたミルクティーに口をつけた。

「美味しい」
 隊長にも飲ませてあげたい。そう思う、レニだった。




 さて、そんな微笑ましい女同士の交流が二階で行われている一方、地下では珍しい人達が熱心に作業に取りかかっていた。

「ああ、そうや。そのコードをそっちに接続したって」

「了解よ、紅蘭ちゃん☆」

 花組の紅蘭と薔薇組の斧彦の二人である。

地下の蒸気演算室の一角でキネマトロンに機材を取付ける作業を行っていた。

かたかたと、斧彦は何やら入力している。

紅蘭はともかく、斧彦のごつくて大きな指が細やかに、そして的確に素早くキーを叩いているのが意外といえば意外だろう。


「ふえ〜、斧彦はんもなかなかやるやないの」

「あんっ。こう見えてもあたし、元・陸軍のエリートなのよ」

 ハイ、お終い。とばかりに入力を終了させると、一番大きなキーを押して実行に移す。

キネマトロンの画面にアルファベットの羅列…おそらく何かの情報だろう…が、並んでは消えていった。


「これで準備万端ってとこなんやな? 斧彦はん」

「そうよ。賢人機関が買い取った、某国の軍事用電波送信システムの一部をキネマトロン用にしたものを入力したの。後は設定をいじれば」

「ま〜かしてんか」

 流れる指先。

 紅蘭がキーボードをいじると、蒸気演算機の大型モニターが変わる。

 ぱっぱっぱ。画面が点滅しながら世界地図が浮き上がってきた。

 カタカタ…。座標をパリに設定する。

「おっしゃ、これで…と」

 ポンッという音がしたかと思うと、キネマトロンと蒸気演算機の画面が同時に変わった。

なにやらデータのやり取りをしているらしい。


「これで後は紅蘭ちゃんの腕次第ってところね」

「おおきに、斧彦はん。これでもう完璧やわ」

「あら、ほとんどできてたの? お金かかったんじゃない?」

「ま、今回はええスポンサーがおって、それほど困らんかったんやけど。やっぱり問題はお金以外にもいろいろあるやん?」

「そうねえ…。ま、これは賢人機関が軍縮を唱えつづけてくれたおかげで、某国が手放すことを余儀なくされたシステムの活用…リサイクルもので悪いんだけど」

「あるとないとじゃ大違いやで。ほんまおおきに☆ 斧彦はん」

 うふん。とごついこの男のウインクに、紅蘭はすでに慣れていた。

「あたしだって、一郎ちゃんとお話したいのよう☆」

 巨体がくねる。頬を染める斧彦に、紅蘭は慌てて「し〜」と人差し指を唇に当てた。

「あかんって。誰がどこで聞いてるか、わからへんのやから」

「あら、いけないわ。あたしとしたことが」

 しかし、時すでに遅し。

(キネマトロンはいいなあ。大神と話せるなんて、本当にいいな〜)

 神出鬼没のこの男に、まんまと聞かれてしまったのである。そうとは知らない二人は、いそいそとキネマトロンの改造に力を入れ始めた。



「なにやってんだ? お前ら」

 カンナが大きな箱と皿を抱えてサロンにやってきた。

「お手紙書いてるの。カンナは?」

「あ? これ? ファンの人にもらったんだよ。折角だから、皆とつつこうかと思ってね」

「あら珍しい。食い意地が人一倍張った貴方にそんな気配りができただなんて…明日は大雨かもしれませんわよ」

「うっせいぞ、サボテン」

 窓の外の天気を本気で心配しているすみれに対して、カンナのこの一言。

本来なら壮絶な口論が繰り広げられるはずだが、二人ともそこで矛をおさめた。


 大神はフランスに渡ったあと、カンナが何くれとなくレニにかまうようになったことにすみれが気がついたからだ。

 カンナは自分の自分の時間が許す限り、彼女の側にいることが多くなった。

あまりべたべたするというわけでもなく、邪険にならないように、あくまでもさりげなくに、だ。


 大神が行ってしまってから、レニは時折、自分でも気がついていないだろうが切なそうな表情を浮かべている時がある。

 それに気がついたのか。

カンナが何かあるとレニの側に立つようになった。

 友人として、仲間として、そしてなにより家族として。

 直接は聞いていないが(聞こうとも思わないが)カンナはレニのことを精神面も支えていこうとしているらしい。

 そう認識してから、二人はあまり大きな喧嘩はしなくなった。

 少なくともレニの前では。

「なになに? カンナ〜?」

「たぶん、この大きさと重さからいって、カステラだな」

「あら皆、楽しそうね。なにをしているの?」

 マリアが本を小脇に挟んでやってきた。図書室でも行っていたのだろう。

「よ、マリア」

「カンナがカステラ、食べさせてくれるって」

「いいの? カンナって…よく包装用紙を破らずに中身が判ったわね」

 へへん。カンナが悪戯小僧のような笑みを浮かべる。

 アイリスの「開けよう」コールにお応えして、カンナは豪快に包装用紙を破く。

熨斗紙には「カンナ様へ」という字とファンの名前が書いてあった。

よく花組に花を贈ってくれる貴族だ。

皆も名前を覚えるほどの常連だ。箱の方は帝都でも指折りの菓子メーカーのロゴ。


 なにが有名かというと…。

「じゃじゃ〜ん☆」

 勢いよくカンナは箱を開ける。

金粉を多少まぶしたそれは、まごうことなき、カステラである。


「本当にカステラ、でしたわね」

「流石だね」

 淡く笑っているレニの表情に、満足そうにすみれは頷いてみせた。

 カステラは大き目の物が二つも入っている。

「サクラは副支配人と一緒に海軍に、米田支配人は陸軍に呼ばれて、薔薇組の琴音さんと菊乃丞さんと出かけてるわ」は、マリア。

「織姫は?」

「織姫さんならお父様の絵のモデルになりに行かれましてよ」

 カンナの問いにすみれは答える。

「ならこんだけ残しとくかな」

 風組の三人の分もあわせて、とかぶつぶつ言いながら持ってきたナイフで器用に切り取る。

「よし、じゃ、お茶いれろよ。サボテン」

「まっ。それが人にモノを頼む態度ですの?」

 そんな憎まれ口を叩きながらも、すみれは笑顔だった。

「仕方ありませんわね…ちょっとあたくし、お湯とミルク…それにお砂糖を取ってまいりますわ」

 流石にこの人数分は用意していない。本来なら誰かにとって来させるのだが、あのカンナがモノをご馳走してくれるというのに、自分だけが人に持ってこさせたものでお茶を用意するというのは、なんとなく不公平な気がしたからだ。

「僕も行く」

 レニも立ち上がった。

「んじゃアイリス。カステラ切るからその皿にのっけてくれ」

「は〜い☆」

「ああ、カンナ。紅蘭と一緒に薔薇組の斧彦さんもいると思うから」

「判った」

「あたしは二人を呼んでくるわね」

 マリアが微笑むと、カンナが手を振って答える。 

カンナ主催の小さなお茶会が始まろうとしていた。



「よっしゃでけた〜!」

 ぱんぱかぱ〜ん♪ という音が聞こえてきそうだ。

「以前のそれより約1.25倍鮮明な画像! 音声も聞き取りやすく、周囲の雑音はシャットアウト。超遠距離通信も当然OK!  ついでに着信メロディとして、うちとアイリスの持ち歌「つばさ」を登録っ。これがキネマトロンをより使いやすくしたコンパクトサイズの、キネマトロン・改や!」

 ごつい手で斧彦が拍手する。

「最後の機能が何の意味を持つか判らないし、ネーミングもそのまんまだけど、すごいわ。紅蘭ちゃん」

 いや〜それほどでも〜。と、紅蘭は照れながら頭をかく。

 テーブルの上には、出来立てほやほやのキネマトロン・改が置かれていた。

以前の物より一回り小さい。だが開かれている画面は大き目に作られているので違和感はない。


「もう座標は固定してあるから、問題は番号やな」

「その辺は心配しないで。米田中将から教えてもらってあるの☆」

「用意周到やな〜斧彦はん」

 斧彦は胸ポケットからメモ用紙を取出して、紅蘭に渡す。

「紅蘭ちゃん、試しにかけてみましょうよう」

 ごつい男の甘えた声に、紅蘭はさほど動じず、すまなさそうな表情を見せた。

「すんまへん。試運転も何も、すみれはんに相談せんことにはできへんねん」

「あら、すみれさん?」

 意外そうな斧彦の声。

「キネマトロンの改良に必要なモン、ぜ〜んぶ、すみれはんが用意しはったんやわ〜。せやから、すんまへんな、斧彦はん」

「そうねえ、スポンサーは大切にしないといけないわ」

 うんうん、と納得。

「ほなら、一緒に報告しに行きまひょか」

「あら。二人とも、ここにいたのね」

 マリアがやってきた。

カンナがカステラをご馳走してくれるそうよ、サロンの方に来てくれる?」


「カンナはんが?」

「あら、あたしもいいのかしら」

「ええ、どうぞ」

 そう、マリアがにこやかに答えた瞬間だった。

 ぷしゅ〜っという音と同時に、白い煙がいきなり演算室の中に立ち上る。

「なんやこれ!」

「紅蘭、何か爆発させたの?」

 普通、爆発が起こるようなことは、物を使わないとしない。

「紅蘭ちゃん、キネマトロン・改は無事?」

 斧彦の言葉に、白い煙で視界が狭まれたテーブルの上を手探りで探す。

機材やケーブルはある。だが、肝心なものがない!


「紅蘭。これ、貴方が作った煙幕くんじゃない?」

 マリアの言葉に斧彦と紅蘭の動きは止まった。

 確かに火の気はない。しかし、煙の方は一向におさまる気配はない。

「まさか…」

 二人の、いやマリアも含めて三人の脳裏にある人物の姿が浮かび上がる。

 花組(紅蘭)が製作した発明品を、一通り入手できる人物。

 自分達に気配を悟られることなく、隠密行動ができる人物。

 そして一番に、紅蘭が思い立ったのは、大神中尉が関わることで非常識を「友情」の名の元にやってのける、たった一人の人物。

 その人の名は。

「か〜や〜ま〜はぁ〜ん!」(怒)

 地べたをはいずるような、低い声。

 紅蘭の怒りに燃え上がる霊力が、部屋に充満した煙をかき消した。

 そう、その人の名を加山雄一。

 知る人ぞ知る、帝国華撃団・月組隊長。その人のことである。




 時間は多少さかのぼる。紅蘭達がキネマトロンを完成させていた頃、すみれとレニの二人は台所で必要なものを用意していた。

「そうですわ、レニ。今度アイリスと三人でパーティに行きませんこと? ちょうど招待状もありますし」

「女子はドレス着用だよね…。僕、持ってない」

 なんですって? と、トレーにお湯を入れたポットを乗せて振り返る。

 確かにレニのドレス姿、いやスカート姿でさえも私服で見たことがないことに気がつき、恐る恐るという風に話し掛けた。

「レニ。貴方、スカートすら持っていないんじゃ…」

「うん」

 ぐはっ。すみれは思わず脱力する自分を奮い立たせた。

 レニは花組に来る前、戦闘マシーンになるべく育てられたのだという。

本人がそうだと自覚する以前から。全てのことにおいて「戦闘」を前提に考えるように育てられた彼女が、女の子らしいひらひらとした服を持っているはずがない。


 機能性を考えれば、スカートよりズボンのほうをとるだろう、靴にしても、装飾具のしてもそうだ。

 ハイヒールで走ることは、履きなれた人間でさえも困難だし、足を痛める原因になる。ネックレスやブレスレットは邪魔な存在だ。

 唯一、レニの女の子らしいものといえば、首元につけたブローチだけ。

「作りましょう」

 きっぱりと言い切ったすみれの目は座っていた。

「あたくしが…いえ、こうなればアイリスにも来てもらって、作りましょう、ドレス」

「え?」

 アイリスが絡めば、レニは素直に自分の意見を言ってくれるだろう。

 悔しいが、すみれよりもアイリスの方が、彼女の心を開かせている。

「別に…タキシードじゃ駄目なのかな」

 それならすぐに作ることができる。

ドレスよりも比較的に価格もお手ごろだ。普段の服より、数倍値は張るが。


「駄目ですわ」

「なら、衣装の…」

「却下」

 すみれは深く深く溜息をついた。

「レニはもう少し、女性としての自分を意識する必要がありますわ」

「そうかな」と、レニは首を傾げる。

「じゃあ聞きますけれど、レニ。貴方、もし中尉と結婚なさった場合、そのお式で白のタキシードを着るんですの?

 レニの動きが凍り付く。

いかに彼女だとはいえ、最近になってそういう知識はついてきている。


「日本では…タキシード?」

「馬鹿お言いではありませんわ」

 思わずすみれは言ってしまう。

「まさか、そのお式で初めてドレスを着るとでも? そんなこと誰が許してもあたくしは許しません」

 結婚式は女にとって晴れ舞台だ。

好きな男と周囲に自分がどれだけ幸福なのかをアピールする、一生に一度の大舞台。その日にドレスを初めて着た人間が、どれだけのことをできるだろう。


「今度のお休みに、行きますわよ。三人で」

 すみれの中で、劇で着用するドレスはカウントされていない。

「任務、了解」

 すみれの剣幕に押され、レニはこくこく、と首を縦に振る。

 その様子に満足したのか、すみれはティーカップを揃える作業に入った。

「さ、早いところ用意しないと、カンナさんに全て食べられてしまいますわ」

「了解」

 レニは手伝いを再開する。

そうしながら、すみれが言った「大神との結婚」を想像し、白い頬をピンクに染めていた。




 そして時間は戻り…ここ、地下一階では白い旋風が黒と緑を伴った紅の閃光に追いかけられていた。

「ええ加減にし〜や〜っ」(怒)

「何度騒ぎを起こせば気が済むんです!」

「あんっ返して〜。雄一ちゃ〜ん☆」

 そう。紅の閃光…紅蘭に追いかけられていたのは、加山雄一である。

「紅蘭君。君の尊い発明は、僕が有り難く使用させてもらう!」

 小型のキネマトロンは以前のものに比べて軽量化も数倍されている。

 毎回、ギターを抱えて登場している加山にとっては、羽のように軽いものだ。

抱えて走るぶんにはぜんぜん負担にならない。

 地下一階をぐるぐる回り、ようやく一階に登りあがる。

 そして加山はそのまま二階に上がらず、ロビーの方向に走り出した。

「加山はん!」

 このままでは逃げられてしまう。

 マリア達がそう考えた時、廊下の脇からレニとすみれの姿がひょっこりと顔を出した。

ミルクとお湯、カップ等を乗せたトナーを押している。


「すみれはーんっ!」

 紅蘭のせっぱつまった叫びに、すみれは反応してそちらに顔を向けた。

 紅蘭の声。逃げて、こちらに走ってくる加山。

 そして加山が抱きかかえている茶色い箱型の機械。

 目で確認し、彼女が全てのことを理解した時間はわずか0.05秒。

 次の瞬間、すみれは自分が運んでいたカップの一つを掴むと、加山の顔面めがけて投げつけていた。



「てぇぇいっ!」
がすっ!
 加山の広いおでこ。その真ん中に見事にジャストミート。

「がはっ」

 くらり、と加山の身体が後ろに倒れそうになる瞬間。

走って来た紅蘭が勢いをつけて後ろから足を払う。


 彼が抱えていた茶色い箱…キネマトロン・改が投げ出された。

 曲線を描きつつ、それは飛び、すみれの手の中へとおさまる。

 即興とも思えない二人の息のあった行動に、マリアとレニの二人は唖然となり、斧彦は。

「素敵すぎっ!」

 と、大きく拍手喝采を送る。

「あたしに勝とうだなんて、十年早いですわ」

 すみれの勝ち誇った「おーっほっほっほ」という笑い声が、その肺活量に伴い、響き渡った。






「で、サボテン。あたいのカップをなんでそこで使うんだよ!」

「たまたま掴んだのが貴方のでしたのよ。不可抗力ですわ」

 花組のティーカップはすみれの物以外、区別がつくようにと名前にちなんだ柄を使用していた。

別に愛着があるというわけではないが、それが壊されたと聞けば、あまりいい気がしない。


「後で弁償して差し上げますわ」

 原因はともかく、壊してしまったのはすみれだ。

苦虫を噛み砕いたような表情を浮かべているすみれに、カンナはへらっと笑う。

「ならあたい、値が張るの選ぼうかな〜」

「貴方ごときが、ティーカップでお上品にお茶を飲もうとするのがいけないんですわ! いっそのこと、どんぶりでお飲みになったら?」

「んだとぉ、サボテン!」

「まあまあ、二人とも」

 マリアがなだめに入る。

 二階で待っていたカンナとアイリスの二人に、用意が遅れてしまったことと、カップを壊してしまった説明をしながらのお茶会となってしまった。

 サロンには、すみれ・カンナ・アイリス・マリア、そして斧彦の五人が紅茶に口をつけている。

「新しいキネマトロンが無事だったんですもの。良しとしない?」

 斧彦の言葉にカンナとすみれはしみじみと頷きあい、マリアは困ったような表情を浮かべながら溜息を一つ吐いた。

 あの後、倒れてしまった加山をとりあえず治療室に運んだのは斧彦とマリアの二人だった。

 額には大きなたんこぶ。そして微かだが血が出ていたが、紅蘭とすみれの「そんな奴、介抱しなくてもいい!」(怒)という言葉に素直に従って、そのまま寝かしてきただけた。

「ねえ。そのキネマトロン、どうしてレニだけなの?」

「元々その為だけに作ったからですわ」

「え? なあに? すみれ?」

 あまりに小声だったのでアイリスには聞こえなかったらしい。

 聞き返してくる少女に、すみれは艶然と微笑を浮かべた。

「そんなことより、次の休みにでもあたくしと一緒にお買い物に行きませんこと、アイリス? レニのドレスを買うつもりなんですの」

「え〜、レニの? うんうん、アイリス、一緒に行く〜」

 そのやり取りを聞いていた後の三人は、お互いに目配せをしながら微笑を浮かべ、はしゃぐアイリスに話し掛けているすみれを優しく見つめていた。


 深夜。

 すみれはなかなか寝付けないで起きていた。

 次回公演の台本をぱらぱらとめくり、完璧に覚えた台詞をもう一度確認する。

前回の公演の時に、自分が使ったアクセサリーを取出して広げたりと暇を持て余していた。


(なにを興奮しているのかしら。あたくし)

 寝付けないでいるのは、昼間飲み過ぎてしまった紅茶のせいばかりではない。

 紅蘭が新しいキネマトロンを完成させ、それをレニの部屋に持っていった。

必要な操作方法を全てレニに教えたと紅蘭は言っていたから、今頃愛しい大神中尉と話をしているだろう。


 そう考えただけで、何かをやり遂げた。そんな感情がすみれの中を駆け巡る。

 紅蘭に対して新しいキネマトロンの製作を促し、資金援助をしたのは、だれあろう、このすみれであった。

 時々見せるレニの切ない表情(困ったような、泣き出してしまいそうな…一口では言い表せない乙女の素顔と言うのであろうか)に、何とかしてやらなくてはと思い立ったのが事の始まり。

 だが彼女を支えていこうとしているのは自分だけではない。

 他の人間にできなくて、自分にできること。

 それに気がついたすみれの行動は素早いものだった。

 神崎重工の工場から最新の技術をまとめたものを取り寄せ、資材の方にも会長の孫というあまり使いたくない権限も用いて花組に新たに通信機材を導入させ、紅蘭を説得したのだ。

 紅蘭もレニに対して自分にできることはないかと考えていたらしく、すぐに行動に移してくれた。

 新しいキネマトロンを作るのに試行錯誤し、設計図ができた段階で米田中将に製作の許可をとった。

薔薇組の斧彦に根回しをして新しい遠距離通信システムを入手、改良してもらった。


(その努力が、今夜むくわれるんですものね)

 すみれはそう想い、そして苦笑いを浮かべる。

 自分はいつのまにキューピット役になったのだろう。

「寝ましょう。明日からお稽古ですし」

 とんとん。その時、ノックの音が大きく響いた。

「はい。開いてましてよ」

「すみれ、起きてる?」

「レニ?」

 すみれは慌てて扉を開いた。パジャマ姿のレニが立っている。

 着ているものが銀色の物だからか、ほんのり薄紅色に染まっている頬がやけに目に付いた。

「紅蘭から、聞いたんだ」

 彼女としては、本当に最近現し始めた表情…嬉し泣きしそうな、潤んだ瞳。

「ありがとう、すみれ」

 すみれは顔が赤くなるのを自覚する。きっと自分は今頃耳まで真っ赤になっていることだろう。

「べ、べっ別にっ、そのっ、レニのたっ為って、訳じゃ、ないですわ」

 照れくさいやら恥ずかしいやら。

 すみれは気が動転しまくっている。

「すみれ、判ってるから」

 本当の気持ちを知っているから。そんな言葉が聞こえてきそうだ。

「で、中尉さんとはお話しましたの?」

「ううん、まだなんだ」

 なにをやってるんですの? と、叫びそうになるすみれに対して、レニは会心の笑みを見せる。

あの、砂糖菓子のような…。


「すみれも一緒にお話しよう?」

「レニ…?」

「僕一人じゃ、どんな顔をして、今、隊長に話をしていいか、判らないんだもの」

 白い手がすみれの手を取る。

「いいでしょう? すみれ」

 レニのすがるような、ちょっと甘える仕草。

(中尉さん。こんな可愛い子にここまでさせてるんですのよ。わかってます?)

 思わず、言ってしまいそうな自分を奮いたたせ、すみれは一つ咳払いをすると胸を張った。

「よろしくてよ。さ、行きましょう」

 ぱあっと薔薇のつぼみが花開いたように、レニの表情が明るくなった。

「了解」

 二人は手をつないで、すみれの自室を後にする。


 後日、紅蘭が開発した新しいキネマトロンは花組全体に行き渡り、かつ米田中将の支持も得て、華撃団全ての部署にて使われることになる。

なお、月組隊長・加山雄一にその使用許可が下りたのは、華撃団の仲で一番最後となった。

 個人的にキネマトロンの改造を行い、パリにて活躍中の大神一郎に対して「加山専用チャンネル」などというものを作成。その行動を著しく損なう活動をした他、問題行為を行ったためである。

 彼が自分用のキネマトロン・改をを手にする間、帝劇内部では熾烈なバトルロイヤルが繰り広げられるが、それはまた別の話。


 なにはともあれ、大正十五年。帝都は至って平和であった。

皆に出会えて良かった。
貴方に出会えて良かった。
今、この場所に貴方はいないけれど、
だけど僕を支えてくれる人がいる。
貴方の声と姿を届けてくれた人がいる。

だから僕は頑張れる。

待っているから。この場所で。
皆と一緒に待っているから。
また、貴方と共に時間を過ごしたい。

…だから、僕達のことを忘れないで。

2001・04・24UP

やはり影山は彼を出さずに入られないようです。誰って、ほら。月組隊長♪
もう大好きですよ、登場シーンから。
でも、印象がハワイアンなせいできちんと正装した加山のコスプレをしている方がいてもオイラ判らない(滝汗)。
すみれ→レニというのを意識して書いたつもりですがどんなモンでしょうね?



ブラウザで戻ってね♪



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送