初めて帝都に、
雪が降った。
降り積もる想い
「なんや、力抜けるなぁ」
そう言っても連日、劇の稽古はお客様と、そしてなにより自分達の為に頑張っているのだが。
紅蘭は二階のテラスから帝都を眺めていた。
ここ数日、帝都の天気はあまりよろしくない。
先日はせっかく買ったスカートを雨によって汚されてしまったと、着ている本人よりも買ったすみれや選んだアイリスが怒りながらデパートから帰ってきた。
カンナはカンナで、雨漏りが心配で屋根の上に登って薔薇組の連中と修繕に余念がない。
例年にない異常気象のおかげで今年の冬は暖冬だというが、寒いものは寒い。
昨日降った雨が凍って、それに滑って怪我をしている人間も少なくないのだ。
「まぁお天気はんに文句いうても仕方ないねんけど」
苦笑しながら紅蘭は、外を見つめる。
薄暗い灰色の雲は帝都を覆っている。
「なんや、今日も降りそうやなぁ。雨……」
はふーっとらしくない溜息を紅蘭は吐く。
ふと思っている事を呟こうとして、紅蘭はやめた。
きっと口にしてはいけない言葉。
紅蘭はそれが判っていたからこそ、心の中だけで小さく…本当に小さく呟いた。
「レニ、何をしてるの?」
「フントのブラッシング」
同じく二階の暖炉の前。
白い小犬…と、いっても少々大きくなったフントに犬用のブラシで丁寧にブラッシングしているレニを見つけたマリアは淡く微笑んだ。
大神が拾ってきた白い犬は気持ち良さそうに、暖炉の近くに作られた自分のマットに寝そべってレニにブラッシングされていた。うとうとしていて眠ってしまいそうな犬に、レニもくすりと微笑む。
いつもは中庭にいるのだが、冬である事と天気が悪い事から自主的にこの暖かな二階のサロンにフントはいる。
いつのまにかそれが定着してしまったので、米田司令達は苦笑いして「仕方ねえ」と彼に特別にこの時期だけという許可を出していた。
「フント、気持ち良い?」
マリアの問いに彼は目を細めて答える。
「終了」
レニがぴたりと櫛を通すのを止めて、片づけ始めるとフントは一度だけ抗議の鳴き声をあげ、それでも相手が応じてくれないと知ると、ころんとそのまま眠りに入る。
「ここ最近、レニがブラッシングしているの多いわね」
当番制ではなくて時間が空いた人間がフントの世話を焼く事になっているのだが、ここ数日はレニとフントは一緒にいる事が多い。
「…フントは…隊長が…連れてきた犬だし…友達」
だから一緒にいる。
ぽつりと言われた言葉にマリアは、はっとなる。
そのまま道具を自分の部屋に片づけに行くレニの背中を見続けながら、マリアはかける言葉を失った。
そして食堂では。
「全く、忌々しいったらありませんわ!」
すみれがと無作法に音を立てながらティーカップを置く。
「まぁまぁ、すみれさん…」
さくらの宥める声も、今日はどこか弱々しい。
「せっかく、アイリスとすみれが選んだのにぃ」
澄んだ青空のような色をしたスカート。
「天気が悪いのに、歩いて買い物に行くからで〜す」
織姫のもっともな言葉に「きーーっ」となりながらも、すみれは反論しない。
雨が降っても傘を差して歩けば大丈夫だし、万が一にも運転手を呼べばすむ事だった。
しかし。
「雨の中、歩いてみたい」
というレニ本人の希望を拒めもせず。
横から車にかけられた水は、傘も防ぎようがなく。
「なんで、レニは歩いてみたいって言ったのかな〜」
アイリスの言葉に、さくらは曖昧に苦笑いをしてごまかした。
「本人に聞かないとはっきりとしたことは判らないと思いますけど〜」
織姫は意味深に紅茶のカップを持ち上げる。
「少し、判る気がしま〜す」
「何が?」
「?」
「気晴らし、ですわよ」
すみれの言葉にアイリスとさくらは目を点にする。
「気晴らし、ですか?」
織姫はふふんっと鼻で笑いながらカップを口許に寄せた。
「貴方も感じているのでわなくて?」
あえてすみれは主語を入れずに問い掛ける。
その言葉に、さくらは言葉を詰まらせた。
「カンナちゃん、何してるの?」
薔薇組の琴音が天井裏からはい上がって屋根に上がると、ぼうっと空を眺めていたカンナに声をかける。
「あ? あぁ、ちょっとね」
珍しく歯切れの悪い言葉に、琴音は苦笑いを薄くした。
よっこいせ。と、大きな身体をカンナの横に滑らせる。
流石は元(がついてしまうけれど)陸軍エリート。
月組にも勝るとも劣らない能力を持つ彼(彼女?)は、カンナの隣に座ると同じように天を見上げる。
「曇ってるわねえ」
「また一雨きそうだな」
「カンナちゃん」
「ん? なんだよ」
「もしかして、寂しいの?」
カンナははっとなりながら、その表情を見つめた。
寂しい。
いや、違う。
何かが足りないと訴える想い。
微かな虚無感。
埋めても埋めても、それは消えない。
日に日に大きくなっていく。
何かする事で、
身体を動かす事で気を紛らわせるのだけれど。
それでもふいに襲われる想いの強さ。
「花組の子達、全員なのよねぇ」
しみじみ言いながら、琴音はまだ空を見上げていた。
「まぁ気持ちは…そう、判らなくはないわ」
あたしだって乙女だもの。と、言いながら長い髪を冷たい風になびかせる。
「寂しい、かぁ……」
カンナは俯く。
不意に込み上げてくるものを押さえ切れずに、ぽろりと零した。
「寂しいなぁ」
しみじみそう言うと、静かに、ただ静かに空を見上げる。
頬を伝うそれを拭いもいないカンナ。
琴音はそれを見ずに、ただ天を見つめる。
どんよりとした灰色の雲。
「あら?」
「?……雪?……」
はらり、はらり。
空からぽつぽつと舞い落ちてくるそれを凝視する二人は、ゆっくりと立ち上がった。
「雨じゃなかったわね」
「積もったら積もったで大変だけどな」
二人はそう言い合いながら屋根から下りた。
「琴音さん…」
カンナの呼びかけに立ち止まる。
「なぁに?」
「なんか…ありがとよ!」
カンナのお礼の言葉に、琴音は「ああらっ」とか言いながら派手な扇子を取り出した。
「たんなる気晴らしよ、き・ば・ら・し!」
ということは、彼(彼女?)も自分と同じような虚無感を覚えていたというわけで…。
「ムードメーカーのカンナちゃんまで落ち込んでたら、花組の皆さんったら手応えないんですもの! ここはやっぱりぃなんて言うの? 敵に塩でも送っといたほうがいいかな? とか思って」
日頃からライバル心むき出しの琴音からそう言われ、カンナは苦笑いをする。
「ありがとよ!」
もう一度言って、カンナは明るく琴音に手を振ると駆け出していく。
琴音は彼女の背中を見て薄く笑い、歩き出した。
ふいに、その足が止まる。
かつての大神の部屋。
「皆、元気ないですわよ? 花組隊長さん」
そっとそれだけ言うと、階段を降りていった。
「あら、雪?」
マリアが窓辺に立つ。
「雪だ」
レニが空を見上げる。
「積もるんかなぁ」
中庭の菜園を心配する紅蘭。
「うわぁーい。雪だぁ!」
無邪気に喜ぶアイリス。
「雪です
故郷の雪景色を思い出すさくら。
「パパ、暖房大丈夫かしら?」
口の中だけで呟く織姫。
「これからまた寒くなるのかしら」
想像しただけでも憂鬱になりそうな、すみれ。
「雪が降って、積ったら…」
アイリス達とまた中庭で遊ぼうか、と考えるカンナ。
七人の乙女が、天を見上げる。
そして不意に思い出したのは、白い戦闘服に身を包んだ…。
「隊長?」
思わず涙ぐむ。
白く、寒い、こんな時期。
側にいない、あの人。
(隊長…あたし達は…忘れていません)
貴方のことを。
だから…。
しんしんと降ってくる雪を見つめながら、乙女達は密かな言葉を胸に紡いだ。
(私たちを忘れないで…)
終わり
余談
この後、短い休暇を楽しむ為に大神一郎が帝劇に戻ってくるのだが、
彼の隣の席をかけて薔薇組・花組そして風組は勿論、あの月組隊長を加えて激しくバトルするのだが、勝者は…。
「大きくなったな! フント!」
「ウォン!!」 であった。
2001・04・24UP ここまで行っといてオチはそれかい! みたいな言葉がちらほらと聞こえるような気がしないでもないですな(爆笑)
「雪」と「寂しさ」をテーマに書いてみました。
けして3を否定するわけじゃないけれど……うわーーん、レニーー!!(号泣)って当時はなってました。
今? 今はいい感じv!!
ブラウザでお戻りください
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