「触ってみてもいい?」

「呼吸に合わせて動いてる…ちゃんと生きてるんだ」

「気にしないで」

「ネスはネスなんだから」




君の指が僕の肌に触れて、そう言ってくれたとき。

僕は君を抱きしめたくて仕方なかった。


「前、あたしが生まれでいじめられた時に、ネスはこうやって頭をなでてくれたよね」


月の下で君の胸に抱きかかえられて、優しく撫でられたとき。


僕は君にキスしたくて仕方なかった。



月下のダンス




「ネス。あたしの可愛い、もう一人の後輩君を起こしてきてくれる?」

ミモザ先輩の額に怒りマークが浮かんだ。それを見て、ギブソン先輩が苦笑いをしている。

聖王都における僕らの拠点(といってもさしあたって問題ないだろう。先輩たちには大変申し訳ないが)で、朝を迎えたというのに一向に彼女が起きて来ない。

「はあ」

「あたしが起こしてきましょうか?」

くすくす笑いながらケイナが言ってくれたのを僕はやんわりと断ると、彼女が眠る客室に足を運んだ。

彼女の名前は、トリス。

僕の妹分でありかつては、そうついこの間までは監視の対象であった少女。

そして…。

「トリス」
とんとん。
二回ノックをするが、返事はない。

溜息が一つ出る。

これだ。

確か試験の時もこうだった。

僕が起こしに来るまで彼女は寝ていたのだ。

「入るぞ」

一応、礼儀として声をかけて部屋に入る。

薄暗くした部屋のカーテンを一気に開けてやった。

太陽があんなに高くなっているのに。

「…普通、まだ寝るか?…」

くうくうと、二つの寝息が聞こえて来る。

一つはハサハという彼女の護衛獣だ。

シルターンの世界から呼び出された少女の姿をした狐の妖怪は、トリスを慕っている。

この懐きようは正直、他の召喚師では見たことがない。

その彼女を守るように、手を握り締めて眠っているのが、トリス。

「おい、起きろ」

自分の声が掠れたのに、僕はまた動揺した。

何を、僕は、鼓動を早めているんだろう?

「トリス…ハサハ…」
二人の名前を呼びかける、僕の声は弱い。

ハサハを守るようにして眠るトリス。

見ていたい。
いつもならすぐにでも叩き起こしている僕が、そう考えているなんて誰も考えていないだろう。

あの大悪魔…メルギトスとの戦いで僕は死ぬつもりだった。

実際に僕は彼女を守ろうと自分の命を投げ出した。

けれど。

彼女が僕の心にずっていてくれた。

くったくなく笑いかけてくれるその笑顔。

無遠慮なまでにずかずかと人の心に入ってきて居座ったトリス。

最後の戦いの前、ようやく気持ちを伝えられた…大切な彼女。

「うん……っ、ねすぅ」

身体がこわばった。

「と、トリス?」

僕の夢、でも見てくれているのだろうか?

そうだとしたら…かなり…その、嬉しいが。

「もう、ケンカしないから、反省文は勘弁してえ」

…………。

…………。

「起きろ! このネボスケ!!」

僕の肺活量に伴い、その声は館内に響き渡った。






「ううっ、なんで怒ってるの? ネスぅ」

「ウルサイ。早く食べろ」

パンと、冷たい果実の飲み物をゆっくりと食べながらトリスは上目使いで僕を見た。

ハサハは黙って僕たちのやり取りを聞いている。

「君は今日のことを覚えていないのか?」

「今日?」

「今日は金の派閥のファミイ議長からドレスの採寸の日だって言われてたじゃない」

「あーーー。そっかあ」

アメルの言葉にようやく気がついた彼女に、僕は思わず言ってしまう。

「通常、女性はそういうことに過敏なんじゃないのか? トリス」

「ええっと、そりゃあ、嬉しいけどもさあ」

僕が帰還した後、僕は自分のことを伝えに聖都にやって来た。

アメルのところに顔を出してきたアグラバインとロッカ、リューグそしてユエルが森の番人をかってでてくれたおかげで、安心して僕達は聖都にやってこれたわけだ。

養父さんはもとより、ギブソン先輩・ミモザ先輩達は僕を抱きしめてくれて、あの時と同じように部屋を提供してくれた。

それだけじゃない。

あの時の仲間達が日に日に集まってきている。

そして何を思ったのか、お祝いにとファミイ議長が「トリスちゃん、ネスティちゃん。お洋服作らない?」とおっとりと言い出したのだ。

僕の体調を気遣ってか、トリスは初めは断ろうとしたのだが、あのファミイ議長に勝てるわけでもなく。

「けど」

意識が彼女に戻った

むうっと膨れるのは相変わらずだ。

「あたしにそんなの似合うわけないじゃん」

「まーた決めつけて」

ミモザ先輩がそう言いながら、つんっとトリスの額をつつく。

「いい? さくさく食べる! 食べないと……」

「トリス――!! いるんでしょう?!」

ミニスの声に、僕達は苦笑した。

「ほうら、お迎えがもう来た」

「うううっ」

トリスはとりあえず、飲み物で流し込むと飛び込んできたミニスに涙目で挨拶をした。

「トリス、今日はお化粧もしようね!」

挨拶代わりにそう言われ。

うええええっ!
彼女の声にならない悲鳴が上がった。




「しかし、なんだっていきなりファミイ議長は……」

聖都にある議長の別邸(ミニスが住んでいる)の一室で僕はそう口にした。

違う部屋で、今、トリスも同じ目に合わされているだろう。

ミモザ先輩が「まーあったしに任せなさーいっ」と、言っていたのが…余計に不安を招いたがアメルもいることだから大丈夫だろう。

ギブソン先輩は派閥の仕事があるとかで「頑張れよ」と笑いながら派閥の本部に歩いていった。


「ままままままっ、そういうこと言わないっ」

そういったのは、ニヤニヤ笑うフォルテだった。

相変わらず、ケイナと一緒に旅をしているらしい。

僕の服の寸法を測っているのは今、聖都で有名なデザイナーだ。

人に肌をさらすのは嫌な僕としては、服の上から測ってもらうしかない。

そう言うと、しぶしぶながら頷き、彼は服に対して僕の好みの生地を次々と発掘していた。

サイジェント産の織物、北の地方のもの…次ぎから次へといろいろなものが出てきている。

「企画はミモザさんとレナードさんらしいですよ?」

生地を押し当てられた僕を見ながら、シャムロックがくすくす笑った。

「レナード?」

「呼んだかい?」

いつもの煙草の匂いにデザイナーが顔をしかめる。

「よう」

「相変わらずですね」

「ああ、まだ帰れねえよ」

片手で挨拶しながら、にやにや笑っている。

どこの世界にも属さないレナードは蒼と金、両方の派閥に現在その身を保護されている。

それに関係して、よく幹部(つまりは議長や総帥も含めて)の方々と話す機会が多いようだ。

「これは貴方の企画なんですよね? レナード」

「ん?…と、いうか俺様は原案の方かもな」

シャムロックの言葉に、レナードは片手で挨拶してから答えた。

タバコの臭いがつかないように、入口に立って側まで寄らないつもりだろう。

「じゃあ、誰の企画なんですか?」

ふーーーっと煙を吐いてレナードはにやりと笑う。

「あんたの親父さん」

「養父さんが?」

「これ以上はノーコメントだ」

養父さんは何を考えているんだろう。

そんなことを考えていたけれど、デザイナーの指示で動いたりしていくうちに、僕の方は終った。

「後日改めてこちらにいらしてください」

そう言われ、僕は頭を下げる。

…服なら、何もオーダーメイドにしなくてもいいのに。

そんなトリスの言葉が頭に響いた。

「女性陣はやっぱりまだのようですね」

「おっ。シャムロック君もわかってるじゃあないかあ」

「茶化さないで下さい」

「ま、こういうのは女が主役で男なんてもんは飾りに過ぎんからなあ」

「??」

「おっと、いけねいけね。それよりどうだ。まだ女連中はおわらねえんだろう? シオンの大将とこにでも行って腹ごなしするとしようぜ」

「そうですね」

「んの前に、やることがあるだろう?」

強い口調のフォルテに僕とシャムロックは?マークを。レナードは片眉を上げた。

「なにするって?」

「覗きだ」

トリスの他にも採寸してる奴いるって言うからな。
一応、俺たちの目で採寸してやろうぜ。

きっぱりとそう、フォルテは言い切る。

…………。

…………。

変わってないな、あれから。

本当に。

僕は深々と溜息をつき、シャムロックが「貴方という人わああ」と声を荒げ、レナードが何もなかったように「ほら、行くぞ」と言った。

念の為、トリスがいる部屋の前にいたケイナに(見張っていたそうだ。誰かさんがこないように)行き先を告げると、僕達は家を出た。

振り返る。

トリスがいるのはどのあたりだろう?

「心配か?」

「……してませんよ」

レナードの言葉に即答する。

ここは聖都だ。彼女の側にはアメル、ケイナ、ハサハにミニス。そしてミモザ先輩もいる。

けれど。

「お前さんはこの世界にいる。あいつもこの世界にいる。お互いが消えたりなんか、もうしねえんだろ?」

「はい……けれど……あれ以来、こんなに長い時間あいつを目にしていないのはなかったもので…」

「やれやれ、ごちそうさん」

「? …まだ何も食べていませんが…?」

「ネスティさんもかなり天然なんですね」

「だろ? 周りが進めてやらないと駄目なわけだぜ」

「は?」

僕には何のことがよく判らないが、三人は何かを納得した様子で、今度は僕を引きずる形でシオンの大将のソバ屋に足を運んだ。

その後、僕達はカザミネとモーリンに再会。

「ネスティ殿! おひさしゅうござる!」

「ネスティ! お帰りっ!!」

ぎゅうっ。

モーリンが力をこめて僕を抱きしめた。正直、苦しいが、彼女が目に涙を浮かべていたので堪える。

「お帰りなさい、ネスティさん♪ またトリスさんを貸してくださいね」

バイト中のパッフェルとも出会い。

「ネスティさん、何にします?」

柔和な笑顔でシオンが迎えてくれる。

ひどく、嬉しかった。

そして。

「カザミネさまあああ!!!」

…まさかこの人とも再会することになろうとは。

この後、数時間に渡り、僕達はなぜか盛大なかくれんぼをして時間をつぶしてしまった…。

「すっかり日が暮れてしまったでござるな」

申し訳ない、と、カザミネが悪いわけではないのに頭を下げてモーリンと二人で「先にミモザさんの家に行っている」と分かれた。

「んじゃ、俺らもご一緒しますかねえ」

「はい」

では。と、頭を下げてシャムロックとフォルテが片手で挨拶してモーリン達の後を追うようにして走っていった。

「俺様達は嬢ちゃん達を迎えに行きますか」

「はい」

ずいぶん、遅くなってしまった。

僕達がミニスの家に戻ると、残っていたのはトリスとミモザ先輩だけだった。

アメルもハサハも先に帰って晩御飯の仕度をするということらしい。

ケイナは二人の護衛としてついて帰ったようだ。

最近の聖都は治安もいいのだが、用心にはこしたことはないというミモザ先輩の言葉に納得したらしい。

「トリスちゃ〜ん、出てらっしゃーい」

ミモザ先輩の猫なで声にびくりとする気配。

どうやらトリスは部屋に閉じこもっているらしい。

「…ううう、ネス、いるの?」

「ああ」

僕がそう答えると。

「ううううっ」

「どうしたんだ?」

「あのねー、トリスったら恥ずかしいんだって!」

ミニスの声がした。

一緒にいるようだ。

慌てたように「違うよ」とか聞こえて来る。

「トリス。早く帰らないと皆心配するだろう?」

「う、うん」

「ほら、早く!」

ミニスが勢いよく部屋の扉をあけて、僕は一瞬、呼吸が止まる。

ほんのりと薄化粧した、今まで見たこともないトリスがその場にいたからだ。



「ねえ、ネス。怒ってるの?」

トリスの言葉に「怒ってなんかないよ」と、小さく反論して僕は歩いた。

ぎゅっと握っているトリスの手を、また強く握り直す。

あのあと、なんだかんだといってミモザ先輩は先に帰ってしまい、レナードとミニスは僕達を見送ってくれた。

僕の動揺が行動に出たのか。

まっすぐに帰るつもりが、いつのまにか導きの公園に来てしまっていた。

月が淡い光で僕らを照らしている。

「怒ってるよ」

「怒ってない」

「じゃあ、なんでこっち見ないの?」

「……」

「ほら…」

「怒ってないよ」

そう言って、僕は立ち止まった。怒っていないことを証明する為に、トリスを見つめると不安そうに僕の目を覗き込んでくる。

どうしよう。

正直、今の僕の心境はその一言だ。

どうしよう。

今夜のトリスは……その、抱きしめたくなる。今までずっと我慢してきたのに今夜は歯止めが効かなくなりそうだ。

ほんのり薄化粧に、淡いブルーのワンピース。靴もそれに合わせた物に代わっていた。

少し香る香水は臭いのきつくないもので、トリスに似合っている。

いつもも可愛いし、守りたいと強く願っている。

けれど、今夜の彼女は…どうしたわけか、こう…欲しくてたまらなくなる…。

けして衣装が変わったわけだからじゃなく、化粧したからでもなく。

「恥ずかしいけど、ネスに見せたかったんだよ…」と、頬を染めた彼女がたまらなく愛しかったから。

けれど、いざ僕が目の前に来たら恥ずかしいのが先にたって部屋から出れなかったと言うのだ。

どうやら最初からトリスには何着か服が用意されていたようだ。

トリスの「一着でいい」と固辞したようだが。

「今日、着て帰るのも選んでね」

おっとりと有無をも言わせない様子でファミイ議長がそう言ったらしい。

「似合わない?」

「いや……」

「なんならいつもの服に着替えて…」

「似合うよ。とっても」

彼女の目を見て、僕ははっきり言った。

すると嬉しそうに笑うんだ。

トリスが。

まずい。やばい。……そう思った瞬間には身体は理性の一部をはじき返した。

「っね、ネスぅ?」

僕は彼女の身体を抱きしめていた。

「ごめん…」

「あ、うん、いやじゃないから」

小さくいわれたその言葉に、僕はますます図に乗った。

ぎゅうっと抱きしめる。

「あ、あの、ネス? ちょっ、ちょっと痛いんだけど」

力をゆっくりと抜けさせる。

「こんなの似合わないって言われるんじゃないかと思った…」

「…バカ」

僕の言葉に、くすり、とまたトリスが笑う。

「なんだかどこかのお嬢さんになったみたいだね」

「え?」

「舞踏会とかにも出れそうじゃない?」

こんなに綺麗なドレスだもん。という呟きが聞こえる。

本当はもっと絢爛豪華なものじゃないと駄目なような気もするが。

「舞踏会に出るのなら、踊れなくちゃな」

僕がそう言うと、いつものように頬を膨らませた。

「まあ、君が出るなら僕もでなくちゃいけないが?」

「へ?」

「君のパートナーは僕だけだろ」

その言葉に、僕の大切なトリスは顔を赤くさせた。



月夜の晩に君と踊ろう。

他の誰にも渡せない。

この世界で一番、愛しい、いついつまでも君と踊ろう。




草陰にて

レナード「いい雰囲気じゃねえか」
フォルテ「あれでプロポーズしてないってーのはねえよな、あいつも」
シャムロック「と、いうかこれをなんていうか知ってますか? 皆さん」
ケイナ「そんなことよりっ。進めちゃっていいのよね? あたしは嫌よ。あの子に後で恨まれるのは」
ハサハ「………だいじょうぶだよ。………」
ミニス「そうよ。もうあんなにラブラブなのにどーしてくっついてないの?」
アメル「まあ…ネスティさんも帰還されたばかりですし」
カザミネ「ううむ。それにしても、ここまで気持ちが高まっていながら…」
モーリン「それ、あんたにだけは言われたかないだろうね」(ジト目)
ミモザ「じゃあ。みんな、協力するの? しないの?どっちなの?」
シオン「ミモザさん、落ち着いて」
ギブソン「そうだよ、ミモザ。召喚術で脅そうとせずとももう答えは出てるじゃないか」
パッフェル「そうですよお、決まってるじゃないですかぁ」
レナード「んじゃ、最終決議だ。二人とも愛し合っている、これを認めるな?」
(全員、片手を草陰から出ないように小さく上げる)
レナード「んじゃこの計画に乗るな?」
(全員、片手を草陰から出ないように小さく上げる)
レナード「てなわけだ、全員一致で参加するそうだぜ」
ラウル「ほう、そりゃあよかった」
フォルテ「おや」
シャムロック「貴方様までっ」
アメル「ラウルさんっ」
ミモザ「素敵な計画ですわ、ラウル様」
ラウル「いや、何。ミモザとレナードさんからそういうものがあると聞いたらさせてやりたいのが親心と言うものじゃないかね?」
シオン「ま、最終的には本人達の気持ちだと思いますが…」
ミニス「天然ネスティと奥手で物知らずトリス…いつまでたっても進まないと思うわ」
モーリン「言うようになったねえ、ミニス」
ケイナ「でもどうしてそんなに進めたがるんです?」
ラウル「わしもそろそろ歳じゃしなぁ」
カザミネ「してその心は?」
ラウル「早いところ、孫の顔が見たいんじゃよ」


僕は知らなかった。
僕達のすぐ近くでこんな会話がなされていたことに。

この数日後、僕とトリスは養父さんの計画にのってしまう。
そして…それはまた別のお話。



2001・09・03 UP

ゲームED後の話にしてますが。実はクリアしてなかったらしいです。この時点で。


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