走馬灯と

あぁ、これが走馬灯かとふと我に返ったように思った。


(あぁ、これが走馬灯か)とふと我に返ったように思った。
何度も死んで何度も転生したはずなのだが〔生死の境目の空間での記憶〕という経験は、これで二度目。
だがその上で自分の人生を自分で振り返ることなど初めてだ。
強制的に思い出されて憎悪と嫌悪を噴き上げた一度目とは違い、なんとも不思議な感覚だ。
ゆらゆらと落ちていく感覚そのままに、自分の周囲には今まで見てきた光景や人物たちの映像が周囲を舞う。
星空の空間をゆっくりと落ちながら、わたしは他人事のようにそれを見つめていた。
映像の一つが、わたしの指先に触れた。音もなしに指が空間に溶けていく。
その代わりに映像が…記憶がその場で蘇った。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


わたしを悪魔の住処である〔異界〕に放り込んだのはほんの少し年上の親戚筋の子供達だ。
金髪碧眼。
日本人にはまず見ない色彩であり、そのせいで生まれた頃に問題を起こした珍しい『わたし』という存在を持て 余す大人たちを見てきた子供たちにとって、わたしは「何をしても許される存在」までになってしまったらしい。
親族の大半が人外を倒す側の立場であるので、この〔異界〕のことは子供でも知っていた。
濃厚な空気とその風景に懐かしさ半分、今の自分の 力量 レベル(Lv) とこの〔異界〕のボスのそれとの差を感じて吐き気がしている。
一気に吸い込んだ人外達の懐かしい気配のおかげで〔前世〕を思い出したが、それでも勝てる気がしない。
なんせ子供の割に身体が大きくても、所詮は小学生の体力と腕力なのだ。
素手ではどうしようもない、と思っていた時に無造作に転がっていた〔それ〕と出会った。

ボロボロの日本刀。
打刀に分類される〔それ〕。

わたしは今生で初めて、自分の〔異能〕を発現させた。

すまないが、使われてくれ 特殊:物霊修復

言の葉に乗せながらのその〔 異能 ちから 〕を使う。
この〔異能〕は前世で人外に開発されてしまった〔超能力〕だ。
 霊力とも言うべき「魂の力 命運 」を物質と同化させ、その物質を問答無用に修復する。
わたしの〔異能〕にはこの手のモノを霊子分解させて体内か、あるいは精神内に収納することもできるのもあるのだ。
…強制的に目覚めさせられた能力だが、便利と言えば便利だろう。
〔魂の履歴〕を思い出したおかげで、自分が〔霊力無尽蔵〕だったことも刀剣類の類ならなんとか使えることも思い出した。
日本刀だから、これは使えないか?

名前を教えてくれ 特殊:物霊解析

名刀の名前と、その後に続く分類の「日本刀/刀剣」と書かれた情報に、瞬きを繰り返した。
立派な名前に驚きもしたが、何よりこの日本刀を武器として扱えることの幸運の方が大きかった。
わたしは内心の安堵に大きく息を吐き出して、人外の巣穴奥に足を進めることにした。
どのみち、ここから出るにはここを支配している者に許可を得なければならないのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇




指先が消え、手首からゆっくりと空気に溶け込むように消えていくのをやはり他人事のように思う。
痛みはないが身体全身がすでに冷たく感じているように思うが…もう感覚がマヒしているのだろうか?
これはもしかしたら「魂の死」ではないか?
この〔世界〕の基本は〔魂のリサイクル〕だ。
悪魔と呼ばれる人外も人間も動物たちも、その輪廻のサイクルから抜け出すことそうそうできない。
一度だけ大きく〔世界〕が死んでしまい、リセットが掛かった状態になったが世界再誕前の〔東京受胎〕世界になんの因果か集められた元・人間の悪魔や〔世界〕に選択された子供やらと一緒に再起動されたはずだ。
だから、システム自体は壊れていない。
今、わたしはそのシステムから消去されかかっているのだろうか?
いや、消去というかこの場合は大元の「私」に吸収されるのではないだろうか?
〔魂の履歴〕の始まりであり、平行世界を憎み、疲れ果てた女の〔あたし〕ではない何かに。
そう思いつくと、恐怖と安堵がどこからか湧き上がって消えた。
光の映像の一つが、足に触れたと同時に足首まで消滅する。
そうしてわたしの意識は映像の記憶の中に飲まれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その場所の異界の主は、顔見知りだった。
〔東京受胎〕と名付けたあの「時間」を共に渡り歩いた際に肩を並べた男の仲魔で、わりとよく話したことがある悪魔がその場を支配していたのは幸運だった。
この種族の名は「クラマテング」だったはずだが、今では「オオテング」として地域一帯の山神として生きている。
その悪魔の琴線に運よく引っかかったわたしは、弟子として認められてしまった。
そして戦う術を身体に思い出させ、新しい技を覚えるためと称してこの異界は勿論、他の悪魔が支配している異界も渡り歩くように約束させられた。
異界から出て、親戚筋の人間たちとの会話はすっかり忘れてしまったが、この約束だけは覚えている。
渡り歩くときや、大天狗の異界での修業中には小さな人外達がお目付け役になった。
彼らは無尽蔵にあるわたしの霊力と、それを対価に何かしらの技術を教え込むという行為を面白がった。
この頃のわたしは、それこそ人間よりも人外たちを相手にする方が楽だった。
手加減をせず、無知なわたしを馬鹿にせずに教えてくれる良い教師たちだったのだ。
修験道だけではなく、人間が使えるアウトドアも教えてくれる連中と付き合っていく恩恵は、技能だけではなかった。

気が付けば名刀の名を冠する日本刀(槍含む)を拾っていた。

見たことのない侵入者を破壊したら転がって落ちていた。だの、気が付いたらそこにあった、だの人外たちにとってはあまり良いとは思えない戦利品を有難く貰った。
銃刀法違反で世間に公には持ち歩けないが、わたし身につけた超能力で、それらを精神内に収納することができることに成功したので便利に使わせてもらっている。
人外たちと戦い、教えられていく中で成長したわたしは、確実に強くなっていった。
親戚筋の子供達は突っかかることがなくなり、大人でさえも話しかけることが少なくなったが構わなかった。
異界の住人たちが鍛えてくれるのだから、前世よりも強くなって、どこまでも行けるところまで行くことしか考えていなかったのだ。
少なくとも、もはや前世の一つだと認識している【東京受胎】時間にはもう身につけていたぐらいに強くなるまで深い関係の人間は作りたくない。
いや、作れない。
ボッチだとか言われたが、それでよかった。
まだまだ弱いわたしは他人を護る余裕などないのだ。

おかげで人知れず、何度も死にかけもしたが、そのおかげで〔魂の履歴〕がはっきりして、使える技量が増えて逆に良かった。 両手両足が気が付けば空間に溶け込んでなくなっていた。
宇宙空間に思える「星空の中で消滅」というのはなかなかにできるものではない。
この次がないことは残念だ。

…残念?

わたしは自問自答する。
本当は「生きたい」と考えているのか?
光に見える映像が、またぶつかってくる。
と、同時にわたしは確実に膝から上が一気に消滅するのを感じた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇




そろそろ一人暮らししても世間的に許されるようになるかならないかの時期に、嫌な再会をした。
異界に巻き込まれた金持ちの爺さんを経由しての出会い、というか再会だ。
〔前世〕…いや、正直に言えば〔東京受胎〕世界の時とは全く容姿も年齢も変わっていたわたしなのに、すぐに気が付いたこの男は、一言で言えば研究熱心な男だ。

研究熱心しすぎて、研究対象に人間が引っかかっら実験動物紛いなことを平気でする人間でもある。

あの世界では悪魔に加護を与えられた人間とそうでない人間の生態調査をしていたが、今のこの世界では科学を重点にしているらしい。
あまり詳細を聞かないのは、藪をつついて蛇を出したくないから。
かつでの世界でも、そして今のこの世界でも悪魔召喚師たち御用達の【邪教の館】の主である彼は、 剣合体という悪魔と剣を合体させることもあるので、わたしの持つ武器にも興味を示していた。

わたしは促され、彼に刀を見せつつ 技能 スキル を発動させる。
相変わらずな名刀揃いの名前の後のカテゴリーはこうなっていた。

日本刀:短刀/刀剣/ナイフ  なまくら ×2
日本刀:打刀/刀剣  なまくら  ×2
日本刀:太刀/刀剣  なまくら
日本刀:槍/刀剣   なまくら

わたしの異能の 力量 レベル も上がったのか、詳細が増えていたことにその時初めて気が付いた。
なまくら 〕とは…?
今でも十分な切れ味だと思っていたのだが。
武器の詳細を把握するために、彼もわたしの異能と似たような技能を持っていたのか、わたし以上に武器の詳細を解析していた。

「…微量に【意志】を感じるな。手に負えなくなる前に僕に売ってしまわないかい?」

君の使う剣技に本当は日本刀、無理があるんじゃないか。と、彼は付け加える。
確かにそうだが、ありがたいことに今まで使っていて完璧に破壊されたことはない武器だ。
強制的にだが折れかかれば自分の霊力で修復していたというのもあるが。
ふむ、と彼は考えてからこう言った。

「剣合体用の炉があるが、それで強化してみるかい? たぶんできるんじゃないかと思うよ」

武器の強化。
悪魔合体させるだけじゃなく、そんなことできるのか。

「ライドウの七星正宗シリーズの事かな? 現状の技術以上で何か通常武器でそれらに対抗できないか試行錯誤しているんだ」

再生する直前の砂嵐と悪魔に溢れた東京で出会った学生服の悪魔召喚師を、わたしは忘れていない。
何度戦ったか。
そして何度、負けたか。
彼らを思い出しているわたしの様子に笑って、館の主はこう言った。

「自分でしてみるかい?」

彼はそれから「宝石が必要なんだよ」と囁いた。
宝石は異界で拾っていた。
売り払う、ということもせずにわたしはこつこつ貯めていたのだ。
宝石と刀を剣合体という悪魔と刀を合体させる特別な炉に組み込んでいく。
最初の一振りが成功したので、面白くなったわたしは宝石を貯め込んで強化することに熱中した。
そうすることで気が付けば刀剣達の分類はこうなっていた。

日本刀:短刀(ナイフ)/投擲武器/刀剣 業物 ×2
日本刀:打刀/刀剣 業物 ×2
日本刀:太刀/刀剣 業物
日本刀:槍/投擲武器/刀剣 業物

刀剣としての名前の後にずらりとそれらが並ぶのを、わたしは満足げに見たのを覚えている。

もっと強くしてみようか?

わたしの言葉に館の主は笑っていた。


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