Lv00 キャラクター登録
ここ最近普通のゲーム機でのゲームの展開に飽きて、無料だといわれるオンラインゲームに手を伸ばしたのがそもそもの切欠だったんじゃないかと思う。
最初のうちはその手のゲームでもやり込めれば必殺技を出すことによって爽快感を得たり、ギルドに入ってみんなとクエストを攻略できたりと楽しかったのだが、そのうちに飽きてしまった。
そんな中、ネットで知り合った人や同じようにゲームをしている友人に教えてもらったオンラインゲームを購入することにした。
いつもは無料のゲームをダウンロードしたらすぐできるタイプのものだったのだが、運営側からのアップデートの対応や課金アイテムを買っていくタイプのものよりはその会社のものはだいぶ安いと気がついたからだ。
それに運営側に何かしらの問題が起きて、サービスが終了してもソフトがあればそれまでのゲームとデータで遊べるとのことだった。
かかる金額も最初のソフトを購入したときの金額だけで他は無課金というのも魅力の一つ。
絵柄もそんなに重々しいものではなく、かといってアニメのキャラクターのようなこってりとした可愛らしさともいうべきか…そんな感じもしないのが気に入った。
ここまで綺麗だと普通はキャラ登録使用料だとか言っていくらか取られても不思議じゃないだろうに。
しかも、今時流行の『ヴァーチャルリアリティシステム』を宣伝文句に、豊富な表情・仕草を表現できる。
他社のゲームでも使える『ヴァーチャル』用ヘッドギアを使えばキーボードを叩いたり、仕草を登録したショートカットキーを押さなくても内臓のセンサーが反応してそれをキャラクターに反映してくれるのだそうだ。
さらに言えば、そのヘッドギアにはマイクがついていて、自分の『音声』をゲーム世界にも反映できるとのこと。
しかもソフトとヘッドギアに使われている仕様によってはゲーム内での飲食時における味覚すらも再現するというすぐれものだ。
あいにくと私はヘッドギアまでは購入してはいないが。(だって高いんですもの!! 下手なパソコン本体と同じ金額ってどんだけーー!!)
「凄いよね…ゲーム業界」
「おたく社会日本万歳」
友達はしみじみそう言いつつ、そのヘッドギアもソフトと一緒に購入するらしい。
「ブルジュア…?」
「あたし、今日までにかなり貯めてきたんですけど?」
「失礼しました」「判れば宜しい」なんて言いつつもう一度ソフトの裏側にあるセールスポイントや、ソフトの近くにある広告チラシに目をやる。
ヘッドギアの使用によって味覚が再現されたおかげで、今までのゲームではネタ的というか趣味的な『食』の生産にも力が入ってるとのこと。
少し嬉しくなる。
…楽しみが増えたから。
年甲斐もなく…と言ったらおかしいだろうか…わくわくしてきた。
「生産職にするの?」と友人に聞かれて、私は素直に頷いた。
元々不器用な私だ。
ゲームの中だけでもいいから裁縫も料理も得意なキャラクターになりたい。
プレイヤー
ゲーム内の平和は他の冒険者の皆さんに任せて、私はアットホームなクエストや生産を目指したい。
そう言うと「そういうのもありだと思うよ。私はクエストに行くけどねー」と言われた。
冒険者にはそれぞれの目標があって、それを自由に進むのが一番いい。
私と友人はソフトを入手後、帰路に着いた。
ネット環境の整った小さな一室が私の部屋だ。
会社から近いからと引っ越してきたワンルームマンション。
家に帰ると誰もいないのはわかっていても「ただいま」と言ってしまいつつ、私はがっちりと鍵を閉めた。
それから家事をしながらパソコンを立ち上げる。
三代目になるパソコンの容量でこのソフトはかなりぎりぎりだった。
いらないソフトを消して、会社の同僚から安いノートパソコンを買って仕事のものや違うソフトはそちらにすでに移している。
「もうゲーム機みたいなものよね」
そう声に出しながら立ち上がったパソコンにDVD-ROMを差し込んだ。
ダウンロード OK? のメッセージにキーボードで操作すると、小さなキャラクターがひょこひょこ動いている。
それを見て、ちょっと笑いながら家事の全てをすました。
明日のこともあるから、今日はキャラクターの登録だけしてしまおう。
パソコンの画面にはゲームのロゴマークが浮かんでいる。
スタートしますか? の文字が輝いているその場所にマウスを持っていくと警告文が流れた。
音声が出ます、ご注意ください。
その文章に少しだけ音量を下げて、クリックした。
ゲームの感じを掴んだら、ショートカットキーの登録をしよう。
「【スファイェラ】へようこそ!」
可愛らしい女の子の声と同時にパソコン画面が輝いた、と思ったら。
「あ、れ?」
おかしい、なんだろう? そう違和感を感じる。
私は確かにパソコンの前に座って画面を眺めている。
その意識もあるのに、こうしてそのゲームの中で違和感を感じてうろたえている【私】。
なに、これ。
私がぞっとし、【私】がふるりと身体を震わす。
私と【私】の二つの意識があるようで、そうしてその二つが連動してる奇妙な感覚。
ただ私はパソコンにダウンロードして画面を眺めているだけなのに、ヘッドギアさえ使っていないのに、こんな感覚の共有なんて…!
「そうだ」
声は私じゃなく、【私】が発していた。
「登録前だけど、ログアウトすれば…「初めまして! 冒険者のかた! お名前を教えてくださいますか?」…っ」
ゲームの音声だ、という意識と、すぐ傍にいるこの人が私に話しかけているのだという二つの意識が交じり合う。
「…っ」
。
違う、それは私の名前だ。
【私】じゃない。
「これはオンラインゲームなのだ」ということを思い出させる脳内の囁きに、その名前を飲み込む。
【私】の名前を待っているこの人に名前を告げれば、容姿の設定をしてゲームスタートだ。
あれ? 今の【私】はどんな容姿?
「初めまして」
私として言葉を発したはずなのに、【私】が唇を動かしていた。
声はそのまま私そのもの。
ヘッドギアを使えば、そのままの地声でプレイできるし、ボイスチェンジャー機能を使えば男性は女性の、女性は男性の音声でゲームを楽しめるという広告の文章を思い出す私。
奇妙なのは、私は唇を動かしていないということ。
ただ私が考えたことを【私】が口にしているような、感じ。
「【私】の名前は」
そう口を動かしている【私】に違和感を覚えながら、パソコンの前の私が名前をキーボードで【私】に名前を打ち込んだ。
今、注意を払っているのはどちらの意識だろう?
私? それとも【私】?
「【】です」
こうして言葉を発しているのがゲームの中の【私】だから今は【私】の意識が強い。
なぜかその言葉が自然に出た。
和製ファンタジーではないのだから、洋風にしようとは思っていて、いろんな名前を考えていたのだが、その名前がするりと出る。
「…古代語で『赤』とも『紅』という意味の言葉ですね。それで間違いないですか?」
そんな情報や設定など知らなかった私と【私】。
それでも頷かないとはじまらない。
「はい」
「ありがとうございます、様。私は【スファイェラ】の案内人です。さぁ、貴女様のデータを私にお教えくださいませ」
声と一緒に光が【私】を包んだ。
その中で待っている【私】の意識が薄くなって、ふいにパソコンの前に座っている自分の意識が強くなる。
画面の中にはすでに女性としてのキャラクター選択がされていて、今から容姿の細かな部分が決められる状態になっていた。
なに、これ…。
ちょっと恐ろしくなる。
バーチャルリアルティシステム、といってもそれは専用のヘッドギアがないと駄目なはずだ。
パソコンにソフトをダウンロードしただけでは駄目なはずだ。
とっさに私はソフトを終了させようとマウスを動かしかけたが、光の中の【私】が動揺したのを感じた。
…【自分】が消されてしまうという恐怖が湧き上がる。
そのことに画面の前の私は思わず震える。
駄目だ、少なくともキャラ登録してからログアウトしよう。
私はマウスではなく、キーボードの矢印や、ショートカットキーを使いながらデータを入力していく。
名前が赤を意味するのならパーソナルデータも赤系統にしてみよう。
髪は長めで赤に近い茶色。肌の色は少し白め。瞳の配色も赤。
身長はそれほど高くなくて、人種はたくさんある中でいつものようにヒューマンを選択する。
年齢設定は10代前半にしておく。
年齢の変更はゲーム内でも可能だけれど、マイナスにすることは出来ない。
幼い容姿でしたくなったら、また新しいソフトをダウンロードしてIDを取得しなくてはいけないのだ。
これでよろしいですか? のメッセージに「OK」ボタンを選択した。
【私】の周囲から光が消えていく。
私の目の前に簡素な茶色のワンピースとブーツを履いた、決めた配色のままの髪の長い女の子が現れる。
これが【私】だ。
これが 私 だ。
画面の中の…赤毛とも見える髪の10代の女の子…【私】と画面の前の…典型的な日本人で20代の眼鏡をかけた…私の視線が合った。
「「これからよろしくね」」
私が話しているのに【私】からの発言にも聞こえる。
「貴女自身の物語を、是非この世界で紡いでくださいね」
怖がらないで下さい。
ただ、愛して下さい。
スファイェラ
貴女の世界も、【貴女】の 世界 も。
「「え?」」
そんなメッセージと音声と同時に、【私】はまた光の渦に巻き込まれた。
瞼を開けると【私】の眼前に街の門が広がっていた。
これが私と【私】の物語のはじまり。
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