Lv01 ゲームの中の【私】の生活


結果として私はすぐにはログアウトはできなかった。

キャラクター登録をした後に『はじまりの街・ヴィオラート』のセンター(職業安定所とも言われる)の登録をNPCに勧められ、【私】の意識としてそこに足を動かしていたからだ。

名前と容姿と性別が決まったキャラクターがすることがセンターの登録と同時に行われる職業の決定と一部スキルの習得、そしてチュートリアルをする場所だ。
                                                   
 ジョブ
とりあえず今のところ【私】にも私にもこれ以上の「異常」なところは見当たらないのであれば、職業の決定だけでもしてしまおうと私は開き直った。

まぁそこで【私】は私の特徴でもある方向音痴な面を発揮して、町の奥に向かうはずが出てしまったりしてしまったのはご愛嬌。

このゲームにはオートマッピングなどの技能は最初からない。

町の地図を購入すれば、その地図がゲーム画面の端に現れて現在位置が判るようになるとのことだがそれを購入する余裕はゲームをはじまったばかりの今は無い。

その場所に至るまでの道順を大まかに私はメモをとった。

転んでもただでは起きないのが、私と【私】の信条だ。

十数分間の迷子の後、ようやくセンターにたどり着いた私は、目的の職業の決定をするとセンターの係員に進められるままチュートリアルをまでした。

その職業のスキルを得るために行く場所や、条件を事細かに教えても貰って【私】はいそいそとそこまで行って説明を受けたところでログアウト。

NPCの言葉にいちいち頷いたり、質問してしまったのはゲームの内部での【私】にとっては、NPCもPCも関係なく平等な一個人に見えたからだ。
                
プレイヤー
おかげで、その反応に周囲の冒険者からは少し笑われてしまった(その気配がした)が、楽しく終了した。

1時間以上プレイしていたと思ったのにそれほど時間は経過していなかった。

集中していたからか、それとも私の体感時間がおかしいのかそれはわからない。

そうして私は我に返った。

NPCの受け答えもゲームの内容もよかったし楽しかった。

必要な情報だけを吐き出すNPCではなくて、何回かの質問に答えたり会話していくとまるで中に人がいるような反応をしてくれるのだ。

これからスキルを上げていくことには不満もなくて、イベントだってこなしていこうとも思える。

だが、あの私と【私】の二つの意識の存在はなんだ?

同じくゲームをしている友人に電話をして確認しようと携帯電話をとったのだが、思い直す。

信じてもらえないに決まっている。

ゲームにのめりこんで、おかしくなったんじゃないかと思われるんじゃないだろうか。

そう考えると、電話はできなかった。

自分と同じ状況になった人がいないか、大型掲示板のゲーム板を初めて覗いてみたり、または攻略サイト、情報サイトの掲示板も覗いてみたがそんな話題は一切無い。

過去ログも見てみたが同じ結果だ。

やめてしまおうか、とも思った。

もしもHPが0になって死亡した場合は【私】のダメージが私に及んだらどうする? そんな考えがもたげたが…結局その次の日も、その次の日も、そうしてここ二週間遊んでいる私がいて、ゲーム世界で生きている【私】がいた。

…どうして自分がこうなったのかはわからないが、今のところ命に危険があるわけでもなく意識がゲームの中に閉じ込められてログアウトできなくなる、といったこともない。

ただゲームのプレイ時間が長く感じるというのに、実際に私にとってはさほど時間は経っていないということがあるだけだ。

体調の不良もないし、ゲームで新しスキルを得たり、攻略サイトにはない小さなイベントに出会うとわくわくする。

NPCの反応は私と【私】以外にもあって、公式サイトのスタッフブログで「実は中に人がいるNPCがまぎれてます」なんていう文章もあって、逆に納得した。

ゲーム内でよく話をする『フレンド』(ゲーム内にて出来た友達で、専用の連絡ツールなどがプレイヤーによって存在する)も数人できたので精神的にも充実している。

仕事の方も自分の仕事は完璧とまではいかないが、きちんと済ませて「上司には叱られるて凹む」ということも今のところない。

ただコンパに行かなくなったので、そろそろそのあたりに顔を出さないと「彼氏ができた?」と邪推されるかもしれないが。

「よし、出来た!」

【私】がそう言うと軽快な音が鳴り響く。


――ワンピースを完成させました! 大成功です!


「おぉ」

その音と同時に生産したワンピースの出来を教えてくれる。

そうすると、きらきらとワンピースがしばらく輝いて、やがてその輝きが消えた。

生産者が感無量になるのはこの時だと思う。

大成功するとこういう演出がされた上に、通常のアイテムより多少違う効果がつく場合もある。

ランダムでそれがどうなるかはこちらから指定はできないようだけど。

【私】が作ったワンピースを手に持った。

「オープン・ウインドウ」

【私】の目の前に【私】のステータス情報や持っているアイテムが表示される小窓が現れる。

数値や効果を確認すると、私が同時に展開してる情報サイトの数値とまったく同じだが『補足』の欄に『補助魔法の効果+5%。?の素材』というのが見える。

?というのは今の【私】が情報を得ていないのを示しているが、素材、というからにはまたこのワンピースを素材にして装備が作れるのだろう。

「これは売らない方向で行こう」

このゲームは女性プレイヤーも意識しているのか、この手の衣装の装備も充実している。

素材は勿論、色彩も多種多様。

それは店で販売している装備品もさることながら、こうして生産者が作れる装備にも適応されているのだ。

【私】が作ったこのワンピースも女性プレイヤー用の装備品として使えるもので、NPCが経営する普通の道具屋や防具屋に販売できる。

ついでに自分のステータスを確認した。
                    
クエスト
今日の目的は昨日のうちに受けた『依頼』をクリアすることだったが、その『依頼』内容と、今のワンピースの大成功のおかげでステータスも変化していた。

裁縫の熟練度がかなり上がっていて、ランクが一つ上がっているのに思わず【私】は小さくガッツポーズをとる。

『依頼』の品の数をもう一度アイテム表示で確認して、依頼人の所まで行く為に立ち上がる。

ちゃん、お仕事終わったの?」

「はい。カロッテさんからのご依頼の品が出来上がったので、持って行きます。その後に小鳥のさえずり亭のお手伝いできればと思ってます」

頑張るわねぇ、としなをつくるのはNPCのプラターネさん。

「もう大丈夫だとは思うけれど…道に迷わないでね」

「それを言わないでくださいよ、プラターネさん」

【私】の言葉にプラターネさんはふわりと笑う。

「気をつけていってらっしゃいな」

「はい、ありがとうございます」

【私】はそう返すと、この場所からヴィオラートに行くための装備を身に付けた。

使っていた中古の『裁縫道具』を片付けると中の『縫い針』が壊れてしまっているのが確認できて、眉を寄せる。

ついでに『縫い針』を補充しなくてはいけない、と頭の中でそう思いながら【私】はアイテムと装備品を確認した。

今、【私】がいるのは、ヴィオラートの近くにある『バルト農園』だ。

【私】が決めた職業のスキルはここで基礎とそれに伴う『依頼』を受けないと熟練度がある程度上がらない。

「お出かけかい?」

「ヴィオラートのカロッテさんとこと、小鳥のさえずり亭に」

話しかけてきたのはくわを担いだ大きな人だった。
         
ジャイアント
種族も特殊な『巨人族』だ。

この種族はNPC用なので冒険者ではありえない。

この農園の主のバルトさん。

「そうか…。気をつけて。ここ最近街道じゃあビー・ビーが増えてきてるから。近くに巣でもあるのかもしれんがな」

あ、ちょうどいいかも。

ビー・ビーというのは蜂の姿をしたモンスターで、その針が裁縫用の針の材料だ。

うまくすれば材料が入手できるかも。

今の【私】のレベルなら、楽勝とまではいかないが確実に勝てる。

NPCがこうしてモンスターが出る、というのならそれは確実に出現するということだ。

「はい、ありがとうございます。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

バルトさんの声を背に【私】は農園を出る。

少し歩くとBGMが変わった。

目の前に出てきたビー・ビーを先手必勝とばかりに装備した短剣で攻撃する。

一度攻撃を受けて、HPに気をつけながら再度攻撃。

痛み、というよりも衝撃というか圧力が一瞬かかるのだ。

モンスターが光の粒子になって消えていくのを見て、ドロップ品…倒したモンスターから得られるアイテム…を確認した。

【私】の職業は『ファーマー』。

採取生産型で私がしたかった『裁縫』と『料理』、その他まだ生産スキルを取得できる『お百姓』さんだ。

「よしよし、針が出てよかった」

そんな【私】でもこの針から裁縫用の縫い針には加工できない。

それらは『鍛冶師』の生産スキルが必要なのだ。

ヴィオラートにはNPCの鍛冶屋さんがいるので、お金を支払って加工してもらえるようになっているので後で行ってみよう。

てくてくと歩いていくとヴィオラートが見えてきた。

「こんにちはー」

「はい、こんにちは。今日もいい天気だねぇ」

「そうですねぇ、でもこういう日はモンスターも出るから平原は困りますよ」

「あぁ、わしら門番でよかった」

仲良くなったNPCの門番の御爺さんたちとそんな挨拶を交わしてから【私】はいつものように街に入った。





、こっちのカウンター御願いねー」

「はい! あ、いらっしゃいませー! 小鳥のさえずり亭へようこそ! 何名様ですかー?」
    
クエスト
NPCで『依頼』元である小鳥のさえずり亭の女将さんの言葉に、はきはきとそう答える【私】。

今の【私】の服装というか装備は、まんまウェイトレスだ。

長い赤茶色の髪をリボンとピンで纏め上げ、バンダナで髪が乱れたり食事の中に入るのを防いでいる。

紺色の地味なスカートと白いブラウス、その上には多機能エプロン。

全部【私】が作ったものだ。

NPCとPCが入り混じる小さな街のレストラン兼宿屋でくるくると働く【私】を見ながら、私が「これって普通のバイトよりも重労働だよね」とまたしみじみ思ってる意識を感じ取る。

NPCの傭兵や冒険者達からの注文にまじって、ちゃんとゲームに参加している冒険者達の注文にも応対する。

このゲームは『味覚』と『食感』、私は知らなかったけれど、さらには『香』もヘッドギアを購入すれば再現できる。

なのでこのゲーム、ストレートで表現すると『空腹システム』を導入している。

一定時間以上、キャラクターが何も食べたり飲んだりしていなければ全ての行動に制限が出始めるのだ。

ゲームの中での自分である【私】としての意識があることから、私はパソコンのみしか使っていないのだが『味覚』『食感』『香』も楽しめている。

これはお得なのかもしれないと、二つの意識が存在してしまっているという状態に慣れた今では思う。

しかも【私】はその手の生産者で、自分が作ったものの味も確かめることが出来る。

もしも食事をしなければゲーム内で三日程度の時間で動けなくなってしまうらしく、長いダンジョン攻略には弁当か携帯食(+水筒)が必需品になっている。

これらは普通にアイテムとして販売されていて、お弁当に関してはそこそこいいお値段なので初心者のうちは毎回ダンジョンには携帯食が友達になる。

味は微妙。本当に微妙。

もちろん、ダンジョン攻略以外にもそれは適応されているので、どんなプレイヤーでも食事は欠かせない。

自分達で食事しようとするには『料理』のスキルが必要で、このスキルは『ファーマー』しかもっていない。

弁当を買うのが面倒とかいう人は少なくとも『料理』のスキルを取得して『料理』の熟練度をあげたら違う職業に転職するのだそうだ。

転職しても前職のスキルは威力が下がるけれど使える。

少なくとも熟練度を多少あげておいて転職しても、材料があればその場で簡単な『料理』が作れる。

材料に至ってはダンジョンに入る前に、それ用の木とか見つけて木の実を取得して置けばいいし、肉や魚はモンスターから取れるので、戦闘ばっかりの固定PTには一人はいるというのはフレンドの一人から聞いた話。

っとまずい。

【私】は手早く一番安い回復薬を使って、減ってきていたHPを元の数値に戻す。
                                             
 クエスト
戦闘しているわけでもないのに休憩を入れないとじわりじわりとHPを削ってくれる『依頼』だ。

こういうところはやけに現実的な『依頼』をゲームの運営側は用意しているものだと感心する。

まだまだLvが低かった【私】が気がつけば動いていただけで、危うく死ぬ(HP0になる)するところだった。

でもそんな危うい『依頼』だからこそ、見入りもいい。

この『依頼』、ウェイトレスとして働いているだけで、包丁も握っていないのに『料理』の熟練度も上がる上に経験値も入る。

さらには回数によってランダムだが基本ステータスの数値が+1される時もある上に、お金ももらえるのだ!

最初はお金と経験値だけだったが、どうもこのゲーム全体、小さな『依頼』の積み重ねでその『依頼』報酬が変わる模様。

何回目か忘れてしまったが『料理』の熟練度が少し上がって、それ関連の違う『依頼』も受けたことがある。

さらに数十回を経た今はステータス数値アップ(ランダムだが)と大幅な熟練度アップが加算されている。

おかげで総合Lvはまだ低いが生産者としてのレベルはかなり上がっている。
  
クエスト
この『依頼』を何度も何度も受けているおかげでこのお店の主人や従業員、または常連のNPC達と親密になれ、それらが条件だろう『依頼』も受けることが出来た。

生産者のファーマーとしては美味しい『依頼』であり、戦闘をメインにしていない【私】にとってはありがたいゲームシステムだ。

がやがやと人の話し声とかすかな店内のBGM。

この話し声は店に来ているNPCたちが実際に話している会話だ。

かなり重要なイベントのヒントも話しているときもあるので重要だ、とはどこかの攻略サイトにのっていた情報。

「ご馳走様でしたー」

「ばっか、お前ゲームなのにんなこと言うなよ」

そんなプレイヤー達の言葉に【私】は笑って「ありがとうございましたー! また御贔屓にー」と返した。

他のNPCたちも笑って「まいどー」とか言うのが聞こえる。

「おわっ」とか「返事来た!」とかいうリアクションが返ってくるので手を振ってやる。

このゲーム内のNPCは普通に会話できて、通常のゲームのように同じ内容のことを繰り返すということはない。

運営のスタッフブログや公式チャットの文章を見るに、大半はAIで時折そのNPCを運営スタッフがロールプレイすることによって思考を学びとって個性が出来たとのこと。

重要なキャラに関してはいまだ、運営スタッフたちがロールプレイしているそうだ。

なのでこういう受け答えが自然に出る。

軽快な音が【私】中心に響いた。

、あがっとくれ」

「はい」

女将さんの言葉に頷くと、レベルアップしたときと同じ光が【私】を包む。

                         
 クエスト
―――『小鳥のさえずり亭』のウェイトレスの『依頼』を完遂しました。

取得した経験値と熟練度の値、そして『依頼』料を受け取ったとメッセージが流れた。

―――『料理』熟練度Lvが上がりました。


おお。

私にとっては画面での【私】にとっては天啓のように聞こえるその言葉にほくほくする。

「今日もよく働いてくれたね。これはおばさんのとこのレシピだよ。良かったら使っておくれよ」


―――『小鳥のさえずり亭』の女将・NPCマリアンからレシピ本を貰いました。
―――アイテム・ウインドウでご確認下さい。

「宜しいんですか?!」

「いつもには助けてもらってるからねぇ。それにここのところいい味出してきたってうちの人もいってたもの」

「ありがとうございます…!」

深々と頭を下げた。

今回の『依頼』の報酬は『レシピ本』だった!

これは嬉しい。

このゲーム、スキルを増やすのは一定以上の熟練度も必要だがそれと同時にそのスキルがかかれている本系のアイテムが必要になるのが基本だ。

中にはその専用NPCからの体験ということで教えてもらわなくてはいけないものもあるけれど。

【私】の場合も『本』が主流だった。

レシピというからには作れるものが増えるんだろう。

【私】はマリアンさんに頭を下げてお礼を言ってからお店を離れた。

「オープン。アイテム・ウィンドウ」

【私】の言葉に持っているアイテムを表示する小窓だけが現れる。

これ、これ。

受け取ったアイテムを意識すると【私】の手に本が登場した。

―――小鳥のさえずり亭・特製弁当の作り方。―――

そんなアイテムの名称に【私】はどきどきした。

今までいろんなスキルを見てきたけれど、お弁当は初めてだ。

「よし…作ってみよう」

名称に貰ったお店の名前がついているから、もしかしたら違うお店のレシピも存在するのかもしれない。

そう思うとわくわくしている自分がいた。




このお弁当が元で【私】がゲーム内の一部で有名になってしまうとはこのときはまったく思っていなかった。
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