Lv02 はじまりのレシピ本
小鳥のさえずり亭の女将・マリアンさんから頂いた報酬の『レシピ本』にはお弁当用のレシピ。
この本を読む為に開くと、軽快な音楽と共に『料理』のスキルが三つ増えた。
『サンドイッチセット』・『ベーグルサンドセット』・『幕の内弁当』。
こうして覚えた後の『本』は普通の道具屋か誰かから買って得たものはそのまま売ってしまうのだけれど、これは流石に売ることはしたくない。
なので箪笥の肥やしならぬ、持っているアイテム枠の一つはこの本の為にずっと埋めておくことにした。
…後々、個人の家を作ればそこに大量のアイテムを収納できる場所を作れるのだけれど、今は家を作れる『木材加工』のスキルをそこまで伸ばせていないので、まだ先の話だ。
台所や家具の一つ一つを手作りで作れるのも魅力だけれど、今は『料理』や『裁縫』の方が楽しい。
「オープン・スキル・ウインドウ」
そう【私】が口にすると、取得したスキル…【私】のそれでいうなれば今まで覚えた料理や裁縫で作れるもの…だけがずらりと目の前の小窓に浮かび上がる。
サンドイッチのレシピは一番最初に取得したレシピだ。
だけど、これをお弁当として持ち運びが出来る上に何かしら保存できるようにしておくにはこの『お弁当』としてのスキルを取得しないと作れない。
他のものをお弁当として作りたければ、そのレシピを持っている人に会って、買わないといけないらしい。
【私】が自分のスキルとにらめっこしている間に、私の方が攻略サイトや情報サイトを開いてその情報を発見する。
…マリアンさんと同じレシピを持っている人がいたけれど、何か違うのだろうか?
それとも同じなのだろうか。
まぁ、その人から買うだけのお金分、得をしたと思えばいいだろうと私は思うと【私】に意識を集中する。
「よし、作ろう」
スキルを選択すると材料が浮かび上がってくる。
そのうちに必須、という項目があることに【私】は気がつくと、その文章に納得した。
―――お弁当を作るにはアイテム:ランチボックスが必要です。
―――幕の内弁当の場合、お箸も必要になります。
確かにその通りだ。
それってどうやればいいのだろうか? と思いながら、判らないのでヴィオラートの道具屋さん・NPCのリィーズさんに問えば答えはすぐに返ってきた。
「うちで売ってるよー?」
けたけたと彼女は笑って教えてくれる。
「あぁいう専用の道具はねぇ、君みたいにきちんと聞いてこない限りは売らないようにしてんのよ。中身が入ったのは表で売ってるけどね」とのこと。
またランチボックスやお箸は『木材加工』で自分で作れることも教えてくれた。
「バルトさんに聞いてみなよ、たぶん作り方知ってるよ?」
灯台下暗し!
「教えてくれて、ありがとうございます! リィーズさん!」
彼女にお礼を言ってからアイテムを購入するとおまけしてくれた。
「はいつも買ってくれるし、いい子だからね! 皆には秘密だよ?」
NPCと仲良くなると、時折こんな風にサービスしてくれるのもこのゲームの特徴だと思う。
彼女と別れ、材料もそれなりに入手してバルト農園に戻って台所を借りる。
バルトさんにランチボックスやお箸の作り方の情報を聞きに行くのは後だ。
『料理』の熟練度を上げたかったら、この農園で台所を借りて得たレシピの料理をすれば比較的他の場所よりも上げられることができる。
なので、『料理』スキルを得たい人は必ずここを一回は借りたことがあるはずだ。
時間を指定して、お金を支払うと台所に入って買ってきたアイテムや材料を出す。
「オープン・アイテム・ウインドウ」
持っているアイテムの一覧が小窓で出てくるので、私がそれをマウスでクリックすると【私】の目の前に材料が「ザッ!」という音と同時に現れた。
オーソドックスなサンドウィッチのセットを選んで、私がエンターを押すと【私】の体が動き出す。
私の目の前では画面の中で【私】のミニキャラがパンを切ったり、野菜を洗ってからきったり、冷蔵庫のようなその機械からなにやら出したりとくるくる動いている。
【私】としては勝手に身体が動いて、その料理を作っている状態だ。
実際にはそんなに早くできるはずはないであろうそれが、大半完成すると買ってきたランチボックスの蓋を開ける。
サンドイッチ用に小さなものを選んだそれに、さぁ入れようとしたときだった。
いつもと違う音程の、それでも軽快な音が鳴った。
「え?」
――誰かに差し上げますか?
あれ? トレードすれば誰でも渡せるんじゃないの?
そう考えて試しに「はい」と【私】が言うと今までフレンドになった人の名前が浮かび上がる。
キャンセルとその画面は消えた。
普通の料理や弁当に関しては出来立てだとHPを回復、とかMPを回復、という効果も付いているけれど…これもその手なのだろうか?
でも情報サイトでお弁当に関してこんなコマンドが出た、なんて私は見たことがない…。
そしてゲーム内でも【私】は知らない。
もう一度「はい」と言うとまたフレンドの名前が浮かび上がる。
「あれ?」
さっきは気がつかなかったが、私の目には▼印が、【私】には視界の端のほうに何か気になるものがあった。
私がそれをマウスでクリックすると、なんと知り合ったNPCの名前がずらりと並ぶ。
…【私】は瞬きを繰り返して…そうしてプラターネさんを選んだ。
軽快な音楽と同時に弁当の名称が変わった。
まじまじとそのアイテム名の部分を見ると、少し恥かしいが…でも楽しい変化だ。
よし、弁当箱はあといくつか買ってあるから次はバルトさんを選択だ、【私】!
私の声援に【私】は大きく頷くとサンドイッチセット作りに戻った。
選択しない場合と選択した場合の違いを確認し、そのセットの付属効果があるのならそれがなんなのか調べて…黙ってフレンドさんに渡してみるのも楽しいかもしれない。
私と【私】はうきうきしながら没頭した。
全てのセットのできばえは「大成功」だったのが嬉しい。
おかげで材料と弁当箱が無くなるまでサンドイッチセットを作り、【私】はその大半をNPCに渡すことにした。
『料理』の熟練度が多少上がり…かなり高い位置まで上がっているので、数をこなしてもそうそう伸びない…NPCの皆さんからは新しい情報をたくさん入手した。
どうも「弁当を作って、特定のNPCにあげる」ことがフラグになっていたようだ。
バルトさんからはリィーズさんから聞いた『ランチボックス』と『お箸』の作り方を教わって、さらにサンドイッチセットを渡すと新しい情報をくれたのだ。
「冒険者が作るお弁当はリィーズたちが売ってるのと違って、食べた冒険者にいろんな恩恵を与えるんだ。そう、道具としての弁当は体力や魔力が回復するだろう?
でも、が作ったのは材料の素材とあと他の要素も加わって、だけど他の効果も得られるようになるんだよ。
冒険者にとってはすごくありがたい効果も中にはあるよ。あいにくと俺はその辺りは詳しくないから…あ、そうだ。マリアンに聞けば教えてくれるだろうさ」
プラターネさんに持っていくとこうだ。
「まぁ、ありがとう、ちゃん。
いつもちゃんのお料理は美味しいからお夜食にさせてもらうわ。…え? 他の方に上げるのが恥かしい? お弁当を?
自信を持つのよ、ちゃん! 貴女の料理はとても美味しいし、それを食べられるってとても素敵なことだわ。
…あぁ、そうね。どうしても恥かしいなら『お弁当袋』に入れれば大丈夫よ。簡単な小さなものなら私でも知っているから教えてあげる。
…ふふふ、そうそう『お弁当袋』にもとっても変わったものや、すごいのがあるのよ。あいにくと私は知らないけれど…そうねぇ、カロッテさんなら知ってるかしら?」
後でちゃんと教えてもらうことを約束して、カロッテさんやマリアンさん、勿論他のNPCの皆さんにも話を聞きにヴィオラートまで行った。
勿論サンドイッチセット持参だ。
変わったの、とかすごいのってなんだろう。
あえてプラターネさんがそういうのなら、普通の生地とかじゃなくて専用の何か、なのかな?
お弁当の付属効果とかそういうのも知らなかったし、もしお弁当袋も活用したら何かしらまたそんな効果を得られるの?
いやいや過度の期待をしちゃいけないけれど…!
一冊の『レシピ本』からたくさんの情報と、そして裁縫のスキルを教えてもらうフラグも立っていくようで、うきうきして、そしてどきどきする!
門番さん達に手渡すとものすごく喜ばれて、この辺りに出没している兎に良く似たモンスターの尻尾は加工してアクセサリーを作れるというのを教えてくれた。
鍛冶屋さんでは、お重タイプのランチボックスの作り方を教えてもらって、水筒を作るのには【鍛冶師】のスキルがないと作れないことを教わった。
サンドイッチセットの威力ってすごい。
道具屋のリィーズさんに思わずそう呟くと爆笑されて「ただレシピ見て作るんじゃなくて出来栄えと熟練度が関係してる」と教えてくれた。
あぁ、大成功だったからっていうのもあるんだ、と納得する。
かなり長い時間、プレイしているのではないだろうか? と私が訴えてきたのでカロッテさんで最後にしよう。
マリアンさんは次回、ログインしたときだと私が考えている間に【私】は彼女の元に着いていた。
クエスト
彼女からの『依頼』はかなり大量の衣服や帽子の作成が絡むので、『裁縫』の熟練度をかなり上げられる。
サンドイッチセットを渡しながら、お弁当袋の事を聞くと彼女は気持ちよく教えてくれる。
「『弁当袋』って意外と大事なのさ。冒険者の大半はまーだ気がついてないみたいだけどね。
あんたはよく気がついたよ。
お弁当袋はただ弁当を入れるだけのアイテムじゃないんだよ。
素材を買えれば弁当の食材のうまみをそのまま伝えることだってできるし、さらにぶっちゃければ付属効果も付けられるね。
あぁ、。あんた自身が作る弁当ならさらに倍、とか簡単なんじゃないかい?」
倍?!
「あたしは基本のしか知らないからね。もっと違う効果を知りたかったら…そうだね、『リヒターゼン』って知ってる?」
「西の街ですよね」
「そう。そこの裁縫師が良く知ってるよ。あたしの師匠の友人なんだ。
…紹介状書こうか?」
「御願いします!」
とうとうこの街だけじゃなくて違う街に行くフラグも立ってしまった。
ここぞとばかりに袋の材料に関しても聞くと、良く気がついたご褒美としてその材料を一種類とリストを手渡してもらい、さらには『裁縫』のスキル・『お弁当袋(簡単)』を教えてもらった。
もうこうなったら、とことん『お弁当』を追求していこう!
私と【私】は頷きあい、カロッテさんに教えてもらったお礼を言ってから、ログアウトした。
「ふーーー」
大きな溜息をつく。
【私】と私の意識がそれで一つになるかのような錯覚。
それを溜息で落ち着かせると、私は昔買って来て小さなラックに突っ込んでおいただけのお弁当系の料理本を身近に置いた。
リアルでの知識はゲームにも活用されるときが有る。
本を読んでいると作りたくなってきた。
不思議なことにこのゲームをし始めてから私は【私】のように裁縫や料理をすることが苦にならなくなったし、さらには楽しくなった。
昔買っておいてしていなかった刺繍セットのは瞬く間に作り上げてしまったのは自分でも驚きだ。
時間がなければ一食抜くぐらいは平気だったのに、今では早寝早起きが普通になっている。
体感では長く感じて、私がそう感じ取ったら切りのいいところでログアウトするのだが、実際にはそんなに長くログインしていない、ということが多い。
今夜もそうだった。
明日材料を買って…明後日からお弁当持参で頑張ってみようか…そうしたらお金ももっと溜まるかもしれない。
パソコンの電源を切って、そう思いながら私は眠った。
ここ最近、ゲームをやり始めた私の一日はパターン化していた。
早朝起きると朝食を作って食べてから身支度を整えて、きっちり化粧を施すと会社へ。
会社までの通勤時間ではファッション雑誌や、あるいは料理雑誌に載ってるようなものに近いのがゲームで出来ないか考えたりしている。
…あれ、これってネトゲ中毒…じゃないよね?
会社に着くと仕事は目立たず、騒がず、自分の出来るものは完璧に近い形で、を目指して頑張っている。
不景気な昨今、いつリストラされてもおかしくないのでその対象者になることだけは避けたいけれど…なったらなったでゲーム時間を削って失業保険を貰いながら資格取得だ。
どんなことを言っても何をしたって一つの会社が縦社会で、しかもセクハラ上等なのは変わらない。
上司や男性社員からのセクハラは受けないように、メイクはいつも地味目にしてるし派手なことはしていないからノーマークになってるはずだ。
それでもするであろう危ない男性社員の回りには行かないようにしている。
仕事の間は極力ゲームのことは考えない。
ただ昼休みに入って、一緒にゲームを買った友人と二人でお昼に行くときだけはその手の会話をしているけれど。
それ以外は仕事一色。
会社が終われば食料品の買出しに行って、こまごまとしたことを済ませてからまたログインすることを楽しみしてる。
…リアルの恋愛相手がいればゲーム一色にはならないだろうけれど、今は要らない気分。
いや飲み会だのコンパだのいろいろやってるみたいだけど、私は大半お断りしてる。
「さん」
「はい?」
同僚の男性にふいに呼びかけられて、振り向いた。
「あれ?」
ふいにそういわれて「はい」 と私が聞き返す。
「いや、髪がいやに赤く見えたから染めたのかなって思って」
は?
「いえ…何もしてませんが?」
おかしなことを言うなぁ、と思う。
染めた覚えはないし、今日見た鏡の中の私は、普段どおりの私だ。
栗色の髪と黒の瞳の私だった。
そうですか、と同僚は小さく呟くと「あ、ここの部分判らないから少し教えてくれませんか」と言ってきた。
「私にわかることでしたら」
そう言いながら、髪が赤いってなんだか【私】のようだなぁと漠然と思ったのは秘密。
ブラウザバックでお戻りください
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