Lv03 お弁当のお披露目



あれから数日経って【私】のお弁当は、サンドイッチ系と幕の内弁当系に限られてしまうが、完成度の高い一品になっていた。

自力で行けれる街は自分の足で、そうでない他の国にはフレンドさんに協力してもらって材料や真新しいレシピ…正し、習う系でも『依頼』を重ねて集められるものではないけれど…を集められたし、そのフレンドさんたちやNPCの皆にお弁当を提供して味を見て貰い、時には酷評を頂くこともあったが、今では胸を張って「自信作」を出せれるようにもなった。

お弁当の箱やお箸なども自分で作れるようになって、可愛い女の子向のものから、大きいお重の箱まで用意できるようになって、それらがお弁当の味をそのまま渡した人に伝えることが出来ることが、ものすごく嬉しい。

お弁当が絡んで痛恨の一撃だったのは、マリアンさんのところの『依頼』が受けられなくなってしまったこと。

いや…お弁当に関しての情報を得ようと話しかけたら「渡したレシピの中で最高のものを持って来な」と言われたので、頑張った結果、話している最中にそうなった。

マリアンさんに幕の内弁当を渡すと、奥に引っ込んで調理場にいる旦那さんにその味を見てもらったらしくて、私が作ったお弁当につく付属効果にしてのメモを渡してくれた。

「うちの人が褒めてたよ。ちゃんとうちのお店のいいところを引き継いでるって。もう教えることは何もないってさぁ」

え? と思ったら私の画面の会話コマンドからマリアンさんに対しての『依頼』のコマンドが消えてなくなってた…!

慌てて【私】が話しかけると「言ったろう? もうこのお店じゃあんたに教えることは何もないんだ。もっといろんな店の味を吸収したほうがいい料理人になれる」と諭され、抱きしめられた。

「頑張るんだよ? 

「…はい」

料理人を目指しているわけでもないのだけれど、まさかそう言い返すこともできずに頷くしか【私】になかったわけで…。

『依頼』が受けられなくなっただけで、関係が切れたわけじゃないのだから、と自分に言い聞かせた。

今まで得ていたものが多い『依頼』を失った喪失感はそれでも消えないけれど。

…そう、もしかしたらカロッテさんが紹介状を書いてくれた西の大きな街・リヒターゼンの宿屋兼酒場(食堂ともいう)でも同じような『依頼』を受けられるかもしれない。

ただ、とあることがあってあまりその場所にずっといるような『依頼』は受けたくはないのだが。

そんなことを思いつつ、それでもメインの活動を「ヴィオラート←→バルト農園」ではなく「リヒターゼン←→バルト農園」に変えていた。

リヒターゼンにはもちろん、『依頼』を受けている時間しかいないように気をつけている。

ただ魔法がかかったアイテムの類がヴィオラートよりも多少は安く手に入るし、生産者仲間のフレンドさんがここを拠点にしていた流れでそうなっていた。

相変わらずバルト農園にいるのは台所を借りられる場所と農作物の採取ができる場所が【私】が知っている場所はここだけだからだ。

…実はリヒターゼンとバルト農園の間には二つばかり小さな町があったり広めのフィールドが広がっていたりして、その町の間ではNPCに交渉すればPCが自分で土地を持てるという場所も存在している。

けれど【私】はとあることが原因でそこの近くに行くことをやめてしまっていた。

さらに言えば、リヒターゼンにあまり長居をしたくないのはそれが原因でもある。

その場所に関しては通過するだけ、とかならば行くのだがその小さな村や、冒険者向けの農場、土地が借りれる場所辺り向けの『依頼』は今も極力貰わないようにしている。

嫌なことを思い出そうとして【私】はと首を横に振った。

今はちょうどフレンドの人に「ぜひ作ってください」と言われて挑戦したお弁当の仕上げをしている。

滅多に会えなくて、いつもフレンドメールでしかやり取りはしていないのだけれど、話の流れでお弁当の事になったのだ。

「なら、自分も」と声をかけてきたフレンドさん達もいて…気合を入れなければならないそんな大事なときに、マイナスな記憶を思い出してどうする。

今日は彼らに【私】のお弁当のお披露目なのに。

そう思い返し、仕上げをしてしまう。

きゅっ、とお重をきちんと風呂敷に入れた。

材料はともかく、お重の箱もお箸も風呂敷も全て【私】の手作り。

あれから知ったお弁当の付属効果もちゃんと研究してつけている。

効果の方は彼らの職業柄に合わせてみたが、大丈夫だろうか。

いや、それ以上に…。

「美味しいって言ってくれるかなぁ」

思わず口に出してしまった。


――誰かに差し上げますか?


そのメッセージにお重にフレンドの名前を選択し、『お裾分け』できるように選択する。

お弁当のレシピを集める過程で『お裾分け』ができるようになった。

一応、カードを作っておいたのでそれを差し込んむと光が舞い降りた。

軽快な音楽がなってこれでこのお重は完成だ。

残りは最近フレンドになった彼らの名前を入れて、同じような現象を私がパソコン画面上で確認する。

そしてそれ以前に、渡されたこのお弁当の名称を見て相手が恥ずかしく思わないかどうか、だ。

その名称はこうして風呂敷に包んでしまうとただの『中身がぎっちり入ったお重(2段)×1』になるので開けないとわからない。

相手には前もって言っておいたけれど、「こちらから頼むのですから大丈夫ですよ」とは返事を頂いているが、気にかかる。

『中身がぎっちり入ったお重(2段)×1』と『中身がぎっちり入ったお弁当×2』を作ると、それを大き目のバックに入れる。

このバックももちろん【私】の作品だ。

こうして一つのものに複数個入れて手渡せば、持っている道具としては1つだけ持っているということになる。

つまりは自分の所持品を圧迫することなく物を持つことができる、ということだ。

この『バック』の作り方もお弁当関連で得た情報の一つだった。

こんこん、という数回のノックに「はぁい」と返事を返す。

「失礼いたします」

「はい」

入ってきたのは美形の軍人さん。

もちろん、【私】とは顔見知りだ。

「大和皇国所属『剣牙虎大隊』西田少尉であります」

敬礼をびしっとしてからそう言ってくれた西田少尉に【私】は笑った。

「お久しぶりですね、西田さん」

楽になさってください、という【私】の言葉に西田さんは敬礼をやめた。

彼もふわり、と笑ってくれる。

『大和皇国』というのはこの西洋ファンタジー世界に唯一ある和風の国でモンスターの一部をペット化する技術を唯一持っている国と世界に設定されている。

このゲームの大きな特徴ではあるが、今わかっているだけの世界の国々はかつてはそれぞれが対立していた、というのが公式設定だ。

今でこそプレイヤーという冒険者の大半が国同士を比較的簡単に行き来できるようにはなっているが、大きな国から違う国に入る場合は関所を通り、冒険者のスキルを一度はNPCの役人に見せなくてはならない。
(二回目からは自由に転移の魔法やアイテムで移動可能だけれども)

このゲームで戦争・軍略・陰謀、あるいは集団戦を戦いあいたいというプレイヤーは、国、あるいは大きな町の中央で所定の『依頼』を何度かこなして上層部に信頼を得てから許可をもらい、なおかつ申請し、その場所、地域の『軍隊』としてクランを発足すればできるようになっている。

『軍隊』に所属すると、集団戦を軍事行動として行うことができ、公式的に定められた『戦争』に勝てはプレイヤーの手によって国の領域を公式に広げられることができる。

しかも『軍』が有名になれば公式サイトで紹介され、その『軍団長』も紹介されてその筋では有名になるらしい…のだが…。

…【私】も、そして私も正直その辺り、疎い。

だってそういう情報よりも生産の情報を優先しているし、国同士の戦闘に基本的には興味が沸かないのだ。

ただ以前、その勇猛な戦い方、というのでフレンドの名前が公式サイトのページに載っていたとことにびっくりしてことがあって、それで知ったぐらい。

ちなみに【私】がいるこの国は大和皇国からかなり離れたオルドールという国。

だがこの国では軍隊としてのクランは設定できないようになっている。

なぜならこの国は初心者プレイヤーが歩き始める国だから、というのと永久的に軍属という武力を持たないと国王が決めたという公式設定がなされているから。

なので「絶対永世中立国」としての顔があり、国王やNPCが作っている騎士団は存在するけれど軍属クランは存在しない。

他の国々もこの国だけは侵略してはならないようにできているのだ。

「顔を合わせるのは本当に久しぶりですね。時々、フレンドチャットでお話していましたが」

西田さんは軍帽をとった。

軍属クランに入ると、普通の冒険者のように自由にダンジョンに入ったり素材を集めたり、はできない。

いや、できることはできるのだが、全て国からの命令(という名の『依頼』)を受けてからになる。

それはつまらない、とかやることないのでは? と思ってしまうのだが、西田さん達曰く、「そうでもないですよ。ものすごい量の『依頼』とかあるんで」とのこと。

その辺りは上手く運営側が行っているんだろう。

「どんな具合ですか? 大和皇国」

【私】はいまだに大和皇国の中に入ったことはない。

だいぶ冒険者Lvを上げないと一人では無理だし、パーティを組んで、というのもかなり時間がかかってパーティメンバーの皆様にご迷惑がかかるからだ。

でも一度はきちんと首都に入ってみたい。

きっとそこには和裁のレシピがまだあるだろうし…。

「面白いですよー。こないだ新撰組と真撰組ができてもう少しで内部合戦でした」

「西田さん、それ笑えない」

内部合戦、というのは同じ国に所属する軍同士との集団戦だ。

申請しあえばできるが、それはプレイヤー同士の諍いの種にもなってしまう。

「前者が史実、後者が銀魂仕様な連中なんで面白いですって」

やりとりとかまんま銀魂だったと教えてくれたので少しだけ興味がわく。

「集団戦を実際にするのはともかく、遠くから見てみたいですね」

土方歳三VS土方十四郎…! とか言うと西田さんはからからと笑った。
 

「PKし合わないような戦闘行為ならミス・でも安心して見れますよ」

PK…プレイヤー・キラーといって、プレイヤーがプレイヤーを殺害する、という行為のことだが、実はこの世界でもそれは起こりうる。

戦闘をするときに、相手に対してターゲットして魔法や攻撃をすれば、パーティを組んでいる同じ冒険者に巻き込むことなく使えてダメージはモンスターのみ与えられるが、このターゲットをパーティメンバーも加えてしまうと、彼らにもダメージを与えてしまうのだ。

なので魔法使い系や広範囲に攻撃魔法を繰り出す冒険者は戦闘の際に注意が必要。

集団戦…軍属クランでの戦闘はPKしあうことで間違いがない。

治癒系の魔法やアイテムで回復するとはいえ、軍属クランに所属しているフレンドさん達はPKされてデス・ペナルティを受けることをどう思っているのだろうか?

あえて聞かないが、いつかは教えてくれるだろうと思って口にはしない。

ふと西田さんが笑う。

「ミス・は目つきの悪い男が趣味ですか? だから先輩も平気なんだ」

「それ、新城さんを暗に「目つきが悪い」って言ってます?」

「えぇ。本人も自覚してますよ。なにせ、そう設定したんだもの」

「はい、リアルを匂わせるよう発言、禁止ー」

間延びをした【私】の言葉に西田さんは肩をすくめて「いけね」なんて小さく言った。

この西田さんは、【私】のフレンドのフレンド繋がりで友達になった。

元々、リアルの方で新城さんの中の人ともお付き合いがある人なので、時折彼らのリアルを思わせるような発言をしてくるのだ。

「新城さんのはお重です。お弁当2つは西田さん、猪口さんの分です」

「ありがとうございます」

びしっと敬礼されたの見様見真似で敬礼する。

猪口さんも新城さんの紹介でフレンド登録した方だ。

西田さんがシャープなジャニーズ系美少年だと、猪口さんは少し骨太な軍人さんだ。

「少し男性にお渡しするのが恥ずかしいのですけれど」

「どうして?」

「お弁当の包みを開けたら判ります」

「開けるのが楽しみです」

「申し訳ないですけれど、ランチボックスとバックは返していただけますか?」

「消費品じゃないんですね。了解しました」

道具屋や店で販売しているお弁当は食べたらそれで終わりだが、【私】のは全てお手製なのでそうはいかない。

…修理コマンド扱いすれば綺麗に洗えて再利用できるのだ…! これは【私】的に重要。

【私】は『バック』を西田さんに渡すためにトレードする。

西田さんはそれを受け取ると、抱えて懐からアイテムを取り出した。

一気に自分の国の、しかも自分達の本拠地に帰れるアイテムだ。

「確かに受け取りました」

帽子を被りなおす。

「では失礼いたします」

「はい。感想はメールかあった時にお願いします。あとくれぐれも怒らないでくださいと新城さんと猪口さんに」

「了解しました。では失礼いたします」

「はい」

慣れない【私】の敬礼を見つつ、西田さんはアイテムの力を開放した。

次の瞬間、部屋から西田さんの姿がかききえる。

「新城さんにも猪口さんにも会っていないなぁ」

最初は【私】のレベルのほうが高かったのだが、気がつけばあっという間に高レベル冒険者になってクランのマスターにもなっていた人と、そのフレンドさんの姿を思い浮かべる。

「メールやチャットではなくて、久々に会いたいけれど…そうはいかないよねぇ」

お重の包みを開いて、怒らないことを祈りながら【私】は他のフレンドにも頼まれていたサンドイッチセットを作るべく、アイテム・ウィンドウをまた開いた。

その日は、もう一人のフレンドにサンドイッチセットを渡して【私】はログアウトしたのだが、次の日ログインすると彼らから謝礼のメールが届いていた。

「あ」

反応が一番気になる人のメールを開く。

「お弁当、美味しく頂きました。
つきましてはフレンドの一人がその内容について詳しく教えていただけないか、とのこと。
宜しければ後日場所を決めてお会いしたいのですが」

と書かれてあった。

どうしようか悩んだのだけれど、ゲーム内での知り合いが増えるということ自体は良いことだと思う。

フレンドリストを開いて、その人がログインしているか確認する。

ログインはしているけれど…直接の連絡は避けたほうが無難だと判断する。

軍属クランに所属している人のデメリットがこれだ。

連絡しづらい

軍属、ということで国家に所属するNPCたちからの『依頼』を受けたり、あるいはPC、NPCからの侵略を阻止しなくてはいけなくて普通の冒険ができにくくなる。

…休む曜日を設定して、その決められた日は軍からの『依頼』を休みにできるようだが…。

【私】はフレンドチャットで呼びかけるのをやめて、フレンドメールを返信することにした。

お弁当のことに関して【私】が知っていることであれば、という前置きをしてメールを送った。

このことで【私】はたくさんのフレンド…しかもその筋じゃ有名な人たちばかり…を得ることになる。

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