Lv04 お弁当の秘密
新城さん…フルネームを新城直衛さんという…とお約束したのはリヒターゼンにあるカフェバーだ。
この間作って渡した弁当袋とバックの返却もかねていて、西田さんが持ってきてくれるつもりだったのだが急遽新城さんに変わったらしい。
…西田さんは「ものすごく嬉しかったです! またお願いします!!」とフレンドチャットで言ってきたので彼は怒っていないようで安心する。
猪口さんからもお礼のメールを頂いているが…。
そうそう待ち合わせをここにしたのは主に【私】が原因だ。
あいにくと【私】の冒険者レベルでは大和皇国にたどり着ける前にかなり死亡する可能性が高い。
一緒に行ってくれるだろうフレンドさんにもご迷惑がかかるので「もし大和皇国に(こちらから)行かなくてはならないのなら迎えに来てください」と御願いした。
私が【私】としての意識を感じている今、デスペナを受けるのが怖いのではなくて、ただ「死亡する」ということが怖くてならない。
一緒に行ってくれるだろう友人達は高Lv冒険者もいるのだが、自分が寄生して役立たずなのが目に見えているので頼み辛いというのもある。
私と【私】の意識云々の話は流石にしないが、そのことを彼に伝えるとあちらの人がわざわざリヒターゼンまで来てくれるということになった。
時間の指定も現実の私が長くログインできる休日前の金曜日の深夜ということにして了解をとった。
花の金曜日で「同僚達と飲みに行く」ということもあるのだが今回もお断りした。
メンバーの男性はお持ち帰る気満々、女性もお持ち帰られる気(あるいは持ち帰る気)満々でがっついているのに内心引きながら。
一緒に同じゲームをしている友人と示し合わせて、二人で会社を出る。
友人は友人で連鎖イベントの戦闘満載な『依頼』を受けてしまったので、固定PTのメンバーとして忙しいようだ。
今度一緒にダンジョンに行こう、と約束して別れ、お互い携帯はドライブモードに切り替えておいた。
人数あわせで後から呼ばれるということもあるので、油断してはいけない。
きちんと家事を済ませ、明日の用意も何もかも済ませてからパソコンを立ち上げて、ログインする。
私の意識と【私】の意識。
二つが生まれて、一つの方が強くなる。
私の大半が【私】になっていく、奇妙で…それでいて多少の快感を伴う感覚は一瞬。
「よいしょ」
店のすぐ近くに【私】は姿を現していた。
リアルで深夜で、ゲームの中でも夜になっている。
この街にはちゃんと宿屋で小鳥のさえずり亭と同じようにそこで『依頼』を受けれた上にレシピ本も貰ったのだけれど(比較的早かった)、料理の熟練度はあがらなかった。
やっぱり街によって違うのだろうか? と考えていたところ、このお店を見つけた。
ゲーム内の時間帯で早朝から昼間にかけては軽食を、深夜に関してはそれプラスアルコール類も出すこのお店は、【私】は知らなかったけれど、宿屋兼酒場(食堂とも言うべきか)の味を受け付けない人には人気のスポットだったようだ。
少し街の入り組んだ場所にあるのだで、【私】がここに初めて来たときにはすぐには判らなかったのも無理はないと思う。
【私】がここのマスターさんにお話をすると料理の熟練度が関係していたのか、キッチンに入ってシェフ見習いをする『依頼』とウェイトレスをする『依頼』が受けられるようになった。
おかげで両方とも回数を重ねて料理の熟練度を上げるし、ここの制服がかなり可愛いので型紙はないのか聞いたら裁縫のスキルフラグをたてることが出来た。
『可愛いウェイトレスの制服』『大人のお店(バー編)の制服』という『裁縫』スキルも得ることが出来た。
しかもシェフ見習いでは飲み物系のレシピや『お酒』のレシピもいくつか教えてもらえたので嬉しい限りだ。
バリエーションを増やしたかったら、また違う街のカフェバーに行かなくてはいけないとのこと。
ヴィオラート以外の大きな街には必ずカフェバーが存在しているようなので、もう少ししたら戦闘も頑張らないとその街には行けない。
ファーマーとしてのスキルの熟練度をあげるのに躍起になっていて、基本の冒険者レベルはまだまだ低いのだ。
冒険者レベルをあげれば能力値…種族ごとに違うが…をあげられるし、その数値は熟練度と合わさってスキルの出来・不出来に関わる。
…今の【私】は冒険者レベルよりも生産スキルの熟練度が高い上に、小鳥のさえずり亭やここのカフェバーでの『依頼』達成報酬によってレベル上げ以外でも能力値を増やしているからこそ成功率が高いのだろう。
カフェバーではここのマスターの前で飲み物を作って大成功するとランダムに能力値が+1されるのだ。
ただし時間性でゲーム時間内で半日経過しないと再度行うことは出来ないが。
それを知ったとき、私と【私】は思わず小さくガッツポーズを同時にとって、地道に能力値を増やしていった。
おかげで今現在、たいていの料理や裁縫は失敗しないようになった。
新しく学んだ飲み物に関してもだ。
お弁当袋を作っていたときは…大失敗も重ねてきたのだ嘘のようだ。
…そのあまりにも多い失敗に挫折しかけたのは秘密だが。
現在は攻略サイトにも情報サイトにものっていない(それを知った今はどきどきしている)裁縫と料理の細かな指定コマンドも身に着けている。
そうこう思い返しているうちに【私】は身に着けている装備を変更した。
フレンドの新城さんは公式サイトでも有名になっている軍属クランのクランマスターさんだ。
その人のフレンド、となるとまたその軍属クランの関係の人かもしれない。
そうでなくてもまさか普通の『布の服』に『多機能エプロン』という格好で人様に会うのはどうかと思う。
【私】が『依頼』以外で農園での作業中はいつもその格好だ。
この間の西田さんがこられた時は前もって来ることを知っていたのでこのブラウスとスカートに多機能エプロン姿だった。
ぱりっとした白いブラウスとフリルのついたロングスカート。
その上からオレンジのチェニックワンピースを着ると茶色の腰ベルトをぎゅっと締める。
リアルの私では体型が判るし似合わないスカート姿だが、ゲームの【私】はそこそこ似合うのだ。
腰のベルトには短剣を装備。
足元のブーツはそのままで、長い髪をまとめていたリボンはチェニックワンピースと同じ色合いに変えた。
リボンや服は全て【私】のお手製だ。
見栄えが良くて、人様の前に出れるような服装はあいにくと今はこの手しかない。
でもこの装備でも一見、初期装備程度の耐久や防御点だと思われがちだが、作成するときにいい素材を使ったので店売りのものよりは耐久も高いし、さらに魔法防御もついている自慢の装備。
「よし、行こう」
カフェバーのほうに足を向ける。
いくら方向音痴の【私】でも、いつも『依頼』を受けていたし近場のお店の場所を間違えはしない。
外にもいくつかテーブルが並んだそのお店は、照明がつけられていてそのテーブルでも飲食が出来るようになっている。
ただ少し外のほうが薄暗い。
だからだろう。
外のテーブルの端っこの方で手を振る人を見つけた。
帽子を目深にかぶって、【私】の位置からは表情もわからない。
フレンドチャットの呼びかけで気がついて、【私】はテーブルに近寄った。
そのまま挨拶する。
「こんばんは」
名前を出すと、もしかしたら知っている人もいるかもしれないので挨拶だけ。
そうすると、帽子の鍔を少しあげて「こんばんは」と挨拶しながら立ち上がると【私】が座る椅子を引いてくれる。
「こんばんは、ミス・。お呼び立てして申し訳ない。さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます」
新城さんと会うとレディ扱いしてくれるから、恥ずかしいやら嬉しいやらだ。
「初めまして、ミス・」
「初めまして。こんばんは」
手を出されて、そのまま手を差し出すと握手する。
「こんばんは。僕は羽鳥守人といいます」
新城さんが着ているのは黒い軍服に良く似た服装だが、彼も似たり寄ったりだ。
両手には白い手袋で、眼鏡をかけた線の細い羽鳥さんが笑う。
「といいます」
眼鏡の向こうの目が細くなった。
手を離すと、新城さんが引いてくれた椅子に座って彼に再度お礼を言うと、彼も微笑んでくれた。
「貴女のお名前は最近、ようやく教えてもらいました。
こいつはよく貴女の話をしてくれるのですが如何せん肝心の名前を教えてくれなくて」
「貴様に教えたら、彼女に迷惑がかかるからと何度言えば判るのか。
…申し訳ありませんが、トークをテーブルで固定します。宜しいですか?」
新城さんの言葉に「はい」と頷く。
トークをテーブルで固定、というのはテーブルについている全員の会話をテーブルについていない第三者には聞かれないようにすることを言う。
フレンド同士ならフレンドチャットで、同じクランならクランメンバーで全員と会話できるが【私】と羽鳥さんはフレンドでも同じクランでもない。
だからだろうと納得しているうちに羽鳥さんが指を鳴らした。
奇妙な音と同時に周囲の喧騒が一瞬に引く。
「これで良し」
羽鳥さんがうんうんと頷くと、顔見知りのウェイトレスがやってくる。
「いらっしゃいま…あら、じゃない。今夜はお客なのね。なんにする?」
「フルーツジュース、お願い」
「もう! お子様なんだから。…ってお子様のくせして殿方二人と逢引?」
NPCのそんな物言いに新城さんの口が一文字になり、羽鳥さんは面白そうに【私】たちを見ている。
新城さんは怒っている、というよりも戸惑っていると言ったほうがいいかもしれない。
「そう、逢引中なの。だから邪魔しないでよろしくね。新城さんたちは?」
「僕は…「折角カフェバーに来たんだ、新城。酒を飲みたまえよ」…羽鳥…」
「ではお客様、こちらになります」
彼女がメニュー表を二人に差し出してる。
「ふふ、の彼氏達ならこれぐらいはサービスしてあげるわ」
美人な彼女がウインクすると、新城さんたちの表情が変わった。
「へぇ、面白いな。一割引かれた」
あ、引いてくれたんだ。こんな扱いもしてくれるんだ。知らなかった…。
「にはいつも助けてもらってるから、これはそのお礼も兼ねてるのよ。
…だからお願いよ、お兄さん達。あんまり彼女を苛めないでね?」
あぁ、とか小さく答えながら新城さんも羽鳥さんも軽めのカクテルを注文する。
ウェイトレスの後姿を見送って、羽鳥さんは面白そうな顔で【私】と向き合った。
ぞくり。
…って、あれ?
今なんか悪寒というか…なんか嫌な予感がする。
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