Lv05 お弁当の秘密(後編)



「新城にNPCと懇意にしたほうがいいと助言したのは貴女でしたか」

「助言、というほどでもないですよ?」

くつくつ、とキャラクターにあった笑い方をしながら羽鳥さんは目を細めた。

「羽鳥。ミス・ルジュを怖がらせるな」

「おや、そうでしたか?」

「あ、あの別に大丈夫ですよ…?」

慌てた【私】の反応に羽鳥さんの笑顔が深まり、新城さんはそんな羽鳥さんの様子に顔をしかめたが、話を進めるためにか溜息一つつくとトレードを申し込んできた。

勿論、OKをすると私の目の前にアイテム・ウインドウが出る。

【私】の前にはバックだ。

かぱりとあけると弁当箱が二つとお重が一つ、それに各袋が入っていた。

「ありがとう。曹長も西田も美味いと伝えたかと思いますが…本当に美味しかった」

「…!」

メールでお礼を言われるのと、顔を見合わせてこうしてお礼を言われるのとは感動の差が違うと思う。

「どういたしまして」

美味しいと言ってもらえるとこちらも嬉しいしやりがいも有る。

また作ろうという気力がわいてくる。

これってリアルでも一緒だ。

学生のときに母が料理をしてくれるのが当たり前だと思ってたけれど、もっともっとお礼を言うべきだったと痛感したのだ。

今度実家に帰ったら、もう褒め称えようと私は決めている。

閑話休題。

嬉しいという気持ちが出て自然に笑っていたのだろう【私】に新城さんも屈託なく微笑みかけてくれた。

それを見てにやにや笑われている気配にはっとして、羽鳥さんの方に顔を向けた。

男女で見詰め合ってたら、なにやら恥かしいよね!

「羽鳥」

「いやいや…今夜は珍しいものが見れたのでな。貴様がそんな顔を浮かべるとは思ってもなかった」

「僕も笑うぐらいはする」

「そういうことにしておこうか」

ぽんぽんと飛び交う男性二人の会話に、【私】は笑って誤魔化すことにした。

フレンド同士のはずなのに、なぜか二人の間の空気は悪い…?

「失礼いたします。ご注文の品でございます」

さっきの顔見知りのウェイトレスがそう言いながら羽鳥さんと新城さんの前には軽めのカクテルを、【私】の前にはジュースを出してくれた。

「ごゆっくりどうぞ」

ウインクされて、小さく笑い返しながら手を振った。

その間に新城さんが帽子を脱いでいる。

公式サイトにもその写真がアップされているから、結構な有名人のはずで周りになにやら言われるのがいやだと仰ってたはずだが…いいのかな?

「いいのか? 新城」

「こう暗いし、それに周囲はNPCばかりのようだ。構わないだろう。何より…被ったままだと彼女に不敬に当たる」

「不敬ときたか」

「あぁ」

「大丈夫ですよ、新城さん」

【私】はそういうのだが、新城さんは首を横に振った。

こういうときの新城さんは頑固だ。

「それで、このお弁当のことで、ですよね?」

「えぇ、そうです。ミス・。この何も知らない男たちに教えていただきたい。
私も独自の情報網を持っていますが、貴女が作られたその『弁当』の付属効果の情報がなく…。
いや、好奇心の強い男だと思われそうですが」

あぁ、そうだろうと思う。

私としても情報サイトでまったくこの手の情報を見たことはなかったし…。

「えーと、どこからどんな情報を教えればいいですかね…?」

【私】は頬をかいた。

「店売りの弁当や携帯食とまったく違う貴女の弁当の差はなんですか?」

「かける手間と愛情の差です」

あ、きっぱり即答してしまった。

やばい。

「愛情…」

新城さんが【私】の隣で耳だけ赤くするのが判る。

やっぱり恥かしかったよね。

そう【私】が作るお弁当の名称には必ず『愛情』が入る。

しかも誰かに宛てて渡すときは、その人の名前入りのアイテムになってしまうのだ。

たとえば新城さんに渡したお重は『から新城直衛さんに送る、愛のラブラブお重。たくさん食べてね♪』だったし、西田さんのは『西田さんへ愛を込めて。のさっぱりお弁当☆』だった。

猪口さんのも当然『猪口さんへからの、愛情たっぷりお弁当☆』だ。

名前…というか文章の指定はこちらからはできない。

出来るのは誰に対して送るのかということだけなので、ランダムで決定される。

今まで渡したことの有るフレンドさんはものすごく喜んでくれているので、きっと彼らも大丈夫、たぶん! と今回お披露目したのだが…。

「すみません、恥かしかった、ですよね…?」

そう聞くと「いえいえ」と言いつつも耳が赤い。

「…しかし、ミス・はあのビジュアル効果も含めて知っていらっしゃったんですか?」

「はい?」


「…西田達は星だけでしたが、僕が頂いたお重…蓋を開けたら効果音と星とハートマークが乱舞したんですが…」


…!

知らなかった…!

お重の大成功ってそうなるのか…!

渡したNPCの人も、フレンドさんも笑って「GJ」しか言ってくれなかったから、そんなの知らなかった。

「すみません、今初めて知りました…」

「そうですか、知らなかったんですね…」

ははは、と新城さんは軽く声を立てて笑うけれど、よっぽど派手な音だったんだろう。

そうしてハートマークや星の乱舞は名前と同時に…
も っ と 恥 か し い …!!

お重を開く前にすぐに目のつくところに差し込んだカードには「名前が恥かしい」というのとお弁当の効果、そしてお裾分けできるということを書いていた。

名前だけならまだ新城さんも我慢できただろうけど。

「ご、ごめんなさい。新城さん…!」

もう、お重を人様には差し上げられない…!!

「いや…その平気ですから」

ならその赤い耳はなんですか、とまでは口にはできない。

「大丈夫ですよ、一回派手にしてみれば次からは慣れるもんです」

羽鳥さんはそう言って新城さんの反応に笑っていた。

「あぁ、申し訳ありません。
手間と愛情の差、と仰られても自分たちには理解できません。
具体的な違いの付属効果の差、これはなんなのでしょうか?」

「…そうですね…。
料理の熟練度の高さと知っているレシピと、それとお弁当の箱や入れる袋の作用だと思います」

「と、いいますと?」

「元々、【私】達冒険者が作る物は総じてお店で販売している物と効果が多少違うようになっていますよね。
それは料理としても同じことで、普通に『お弁当』のレシピを取得して成功すれば、違う付属効果の物は作れるんです」

一口、ジュースを飲む。

美味しい。

「それを強化したり、効果を継続するためにはお弁当箱やお重の箱、お箸の方の素材を変えたり…そうそうお弁当の袋を縫う糸や針も厳選しました」

「ほぉ…」

なるほどなるほど、と羽鳥さんは頷く。

「それで一番、防御系統に強い効果が出る素材を使った袋とお弁当箱にして、お渡ししたんですけど…」

「それで、ですか。
西田と猪口曹長は食べた直後に体力と魔力が回復は当然のこと、その後の戦闘では物理防御・魔法防御+10%UPに体力を一定ターン回復の効果があったと報告があがってます」と、これは新城さん。

「新城に至っては物理防御率+20% 魔法防御+20%UP。
しかも体力と魔力は一定ターン中回復でした。おかげで模擬戦で負けてしまいましたよ」

ははは、と笑う羽鳥さん。

…なんか、怖い、なぁ。

「…ただお弁当を差し上げる、トレードするだけじゃなくて…さきほども愛情と言いましたけど、作る【私】と渡される相手の関係も作用のうちにはいるかもしれません。
まだその辺りはっきりと確かめて差を調べたわけではないんですけれど」

そう、そうなのだ。

【私】が作ったフレンドさんの名前入りのアイテムを、第三者がフレンドさんの許可なく食べても付属効果は現れないらしい。

許可を出して、お裾分けの状態に持っていけば、薄くはなるが付属効果の恩恵は与えられる。

それはフレンドさんが確かめてくれた。

「弁当を作ったのは新城達が初めてではないんですね」

「NPCの皆さんにもお配りしましたし、生産職仲間とか採取を手伝ってくれる人には違うお弁当を渡しましたよ?
 …お重は新城さんが初めてでしたが」

「彼らはなんと?」

「付属効果はお弁当袋を開けたらアイテム欄で確認できますから、それで確認して驚いて連絡くれる人も居ますけど、大半が名前のインパクトの方の感想が多いですね」

爆笑か「恥かしいけど嬉しい」か「お前の愛は受け止めたぜー」的な。

「よくこのお弁当を売らないのかって聞いて来るフレンドさんのお知り合いの方もいらっしゃいますけど、渡す相手が決まっているお弁当だし、その方関連の人にしか付属効果つかないですしねぇ…。
それに【私】の愛情、そんなにお安くできませんもの」

なるほど、なるほど、と羽鳥さんは頷いた。

「そうですか…ところでミス・はソロでいらっしゃいますか?」

「えぇ…」

「単刀直入に言います。自分は「羽鳥」」

新城さんが低い声を出した。

「彼女をクランに勧誘するのは駄目だ」

「…新城、貴様はそう言うがいつから貴様が彼女のマネージャーになっているんだ? 本人に直接交渉ぐらいさせてくれ」

「貴様に彼女を紹介させたのは、クランに勧誘させる為じゃない」

「あ、あの新城さん?」

「申し訳ない。ミス・。不快にさせてしまって」

「いえ、大丈夫ですよ」

【私】はもう一度その言葉を口にした。

「羽鳥さん、申し訳ありません。
羽鳥さんが所属するクランも含めて、【私】はクランの勧誘は全てお断りしているんです」

「なぜか、と問うても?」

「…クラン所属になったら、クラン以外のフレンドさんに対して食事も含めてアイテムを作るのを規制される恐れが有るからです」

そう、それが【私】がソロの理由。

「どうせなら、いろんな人に食べてもらいたい。
たくさんの人に美味しいって言われたい。
アイテムを作って装備してもらって喜んでもらいたい。
驚いてもらいたい。それで明るく笑ってもらいたい」

「クランに入れば、それができなくなると?」

「クランの方に喜んでもらえますし、笑ってもらえるでしょう。
でもそのクランだけになってしまう可能性が高いじゃないですか」

ですから、お断りしているんです。

そう返すと、「ふむ」と羽鳥さんは眉をしかめた。

「確かに貴女の仰るとおりだ」

あ、そうだ。まだ理由あるじゃない?

「…あと…仮に【私】が羽鳥さんのクランに所属してお弁当を作ったとします」

「…? えぇ」

「全員の方が、【私】の愛情入りお弁当、受け取って平気ですか?」

たとえば新城さんにお渡ししたお重とか。

「くっ」

自分のクランで想像したんだろう、新城さんが笑みをかみ殺す。

無骨な軍人さんたちが全員、お弁当の蓋を開ける。

軽快な音楽と乱舞するハートマークに星。

しかも【私】からの愛情たっぷりな名称つき。

「恥かしいのは一瞬でしょうけど…相手側とか、その…他のクランの人に何言われるか判りませんよ…?
 お一人とかならまだ目立たないでしょうけど」

「…ハート印の『皇室魔導院』とか言われたら、それは流石に楽しい事になるだろうな。羽鳥」

「……ミス・のお弁当につく付属効果を考えて、差し引けば…」

だからごめんなさい。

クランには入りませんって。

「本当に良い話なんでしょうけれど、申し訳ありません」

【私】が頭を下げると、羽鳥さんは苦笑する。

「いえいえ、自分こそつまらないことを言いました。お気を悪くしないでいただきたい」

「まったくだ」

「新城さんったら」

「クランに勧誘するのは諦めませんが、今夜のところは貴女の知己となれたところで満足します。
有益な情報と、貴女という存在を教えてくれた新城に感謝しますよ」

そう言って羽鳥さんはまた挨拶したときと同じように手を差し出した。

「自分にも貴女の愛情の恩恵をいただけないですか? この哀れな男に」


―――羽鳥守人さんからフレンド申請されています。


「【私】で良ければ喜んで」
【私】はまた片手を差し出した。


―――フレンド申請を許可しました。


「…僕はあまり喜ばしくないがな」

「おや、新城。貴様への愛が減るからかい?」

「減らさないでくださいね、ミス・

その言葉に【私】は赤面しながらも「恥かしい台詞禁止です!」なんて言ってしまった。



後で聞いた話、羽鳥さんは大和皇国の軍属クラン・皇室魔導院のクランマスターだったそうです。

皇室魔導院。

大和皇国では中枢に食い込む、魔術師系中心のクランでその筋では有名なクランだと知ったのはまた後のこと。



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