EX01 その時の剣牙虎大隊
軍属クランは意外と忙しい。
国の防衛のためにNPCが形成する他の隊と交代で国境警備に当たったり、それが終わったら皇国のお偉いさんからの指示でアイテムや他の国の情報やら、そんな類を入手してこなくてはいけない。
それに飽きたら国内での軍属、あるいは同じような人数のクランと模擬戦という名目で内部合戦(集団戦)を行うこともできる。
一般の冒険者達とはまた違う意味での楽しみも存在しているので、あえて軍属になろう、とか自分達の特色に特化した軍属を作って国の代表になろうという冒険者は結構いる。
中でも大和皇国は『忍者』『侍』になりたいと思う冒険者の出入りもある上に、それらを目指し、かつそのジョブを得るには他の職業よりも好戦的な冒険者も必然的にそろって来るというわけで。
たとえばこんな風に。
「今日という今日はもうゆるさねぇぞ、土方歳三…!!」
「それはこっちの台詞だ、土方十四郎…」
アニメでおなじみの黒い洋服で統一した真撰組の土方と、着物姿の美形極まりない新撰組の土方の睨み合いは日常茶飯事だ。
あぁやってぶつかり合って、内部合戦でもすればいいガス抜きになるだろうにそれはトップの『近藤』が許していないらしい。
一度でも戦ってしまえば泥沼化しそうなのを、よく判っているんだろう。
(それが楽しみなのになぁ)
口の端を歪めて笑いながら、彼は二人を取り囲む野次馬の中で見つめる。
息抜きのために外に出た途端に起きたこの騒動。
(…あぁ、けど喧嘩両成敗ってことになったらどうだろう。上手いこと持っていって、僕らと戦わせるっていうのもいいな)
新しく出来たクランと彼の所属しているクランはその知名度の高さと、クランの集団戦の質の違いがあって、あまり早々には対戦しない。
後から来たクランが戦いに慣れてからバトル。
それがクラン同士の戦いの暗黙の了解だ。
(…けど、どちらの「しんせんぐみ」も面白いんだよなぁ…)
史実どおりの侍ばかりではなく、中には魔術師系のスキルを持つ隊員も少なからず存在していることがわかる。
浅黄色の羽織を着た連中の中にも、黒い…彼と同じような服装の連中にも杖装備の冒険者がいる。
魔術師系統ではないにしても、自分達が思い込んでいる『侍集団』なわけはないのが目に見えて判る。
ならば斬り合いだけではすまない。
殺
(PKしあわないだろうけれど…、でも刃を合わせたら大義名分が出来る…かな?)
「はーい、そこまでー!」
「なにやっちゃってんの? トシ!?」
「ちっ」
二つの「しんせんぐみ」のトップがログインしていたのだろう。
慌てて二人と、その周囲の仲間達を抑えているのを見て、彼は思わず舌打ちした。
そのキャラクターをロールプレイしているから、というわけでもなくどちらのクランマスターの近藤隊長もある一種のカリスマを持っているようだ。
「土方さん、そっちの土方さんもやりあうのならこんな大通りで派手にするんじゃなくて隠れてやってくだせぇ」
「そうですよ…いらない観客まで呼び寄せてしまいますから」
彼の後ろからのその言葉に、二つの団体の目が彼に集中する。
「いらない観客ってのは僕のことかな?」
「…『剣牙虎大隊』小隊長…。確か、西田…?」
土方十四郎の方の言葉に、彼、西田は笑う。
それは彼は判らなかったが、上司でありクランマスターでもある尊敬する先輩の笑みに良く似ていた。
「『剣牙虎大隊』の西田であります。この騒ぎ…軍属クランとしての活動の一環としてみても宜しいでしょうか」
楽しみにしていた騒動を、まさか自分の存在で収めてしまう結果になろうとは彼も思っても見なかった。
(…二人の沖田に利用されたか。まぁ、今日のところはそれで良しとしようか)
陸軍式の敬礼をし、そうして自分の背後にいる二人を振り返りながらその人物達にその笑みのまま挨拶をした。
「…ってことがあったんですよ、猪口曹長」
「自分も二・三日前見ましたよ。『新撰組』と『真撰組』の小競り合い」
「もう少し揉めてくれればうちが介入しやすくなりますよね。ね? 先輩」
クエスト
「そんなことよりも手を動かせ。書類作成の『依頼』がまだ片付かないのか」
軍属クラン、ともなると国家に認められればそれ専用の施設と部屋が用意されている。
中でも『剣牙虎大隊』は特殊な国からの『依頼』をこなし、正式に国を代表する軍属クランとして認可を受けている。
「だってこれ、つまらないんですもん」
西田は思わずそういいながらふてくされた。
ロールプレイではなくて、思わず素の自分で答えてしまっていることに彼は気がついていない。
曹長は小さく笑い、彼らの上司は彼を見つめる。
与えられた施設内での事務室には西田少尉、猪口曹長、そして彼らの上司が席についていた。
「そのつまらない『依頼』を受けてきたのは少尉、君だ」
にべもない上司のその言葉に、西田は苦笑いを浮かべながら作業を進めた。
地味な作業だが知力が+1する『依頼』なのでとってきたのは自分であったために文句が言えない。
「…こういうときお菓子かなにかあればいいのに…。ミス・のさくさく苺パイ、食べたいです。先輩」
西田の言葉に先輩と呼ばれた彼はなにやらやっていた作業を止めた。
三人の脳裏にフレンドの姿が思い浮かぶ。
このゲームには珍しい平凡な…それでも可愛い部類に入ると三人とも思っている…容姿の女の子だ。
ファーマー
自分達とはまったく違う生産職で、善良な彼女を三人は好意を寄せていた。
「この間『弁当』のレシピを習得したと聞いていましたが」
猪口曹長の言葉に上司は大きく頷く。
「あぁ、彼女が教えてくれた後に、違うフレンドからメールが届いた」
「誰です?」
トゥハンド
「二丁拳銃」
「『ラグーン商会』の?」
「あぁ。ひどく興奮して自慢したメールが届いた」
「…自慢されたんですか」
「…あぁ。材料の一部を『ラグーン商会』が提供して、その流れらしい…」
((悔しいんですね。先越されたのが))という言葉は懸命にも二人の喉の奥でとまっていた。
脳裏にポニーテールで目つきの鋭い女ガンマンが笑っているのが容易に想像できる。
「本人からも納得のいくものができるようになったというのが、この間メールで届いた」
「先輩、僕の分も! 僕の分もお願いします」
「もちろん、僕と曹長、そして西田少尉の分を頼んである」
「自分も、でありますか?」
「…どうもその弁当、なにやら付属効果も素晴らしいがなにか問題があるとのことだ。
「二丁拳銃からもそのことに関しては教えてもらっていないし、ミス・からは恥ずかしいですけれど、と何度も言われた」
「恥ずかしい?」
猪口曹長は首をかしげた。
「でも、ミス・が自信があるって言うだけ美味しいんでしょう? 多少の恥ずかしさは我慢できますよ。先輩は?」
「一人で先に食べてしつこく君達に文句を言われるのが目に見えているから、三人分頼んだだけだ。 どんな恥ずかしさかは貧相な僕の想像力では想像できないが彼女の作るもので、僕が躊躇するものはない」
後日、彼らはそれがどんな「恥ずかしさ」なのかを身をもって知る。
三人とも、大勢の自分を知った人間達の前で。
西田と猪口の上司…軍属クラン『剣牙虎大隊』のクランマスターである彼は、NPCにも一部のPCにも恐れられている存在だ。
根っからの戦争愛好者とも戦争狂だとも言われる彼はそれを否定せず、さらに独特の悪役じみた笑みを浮かべて集団戦を行い、笑いながら敵をPK(殺)するとされていた。
公式サイトでも一番最初はひどくリアルな返り血を浴びた彼の大隊の写真が掲載されたことが拍車をかけていた。
運営側に他のクランから非難があってすぐにその写真は撤去されたが、その写真を保存していたプレイヤーが自身のブログに情報としてサイトに残していて、見たことの有る冒険者の数はかなり多い。
敵に対してはひどく恐れられているが、味方…特に同じクランの人間にはこれほど頼りになるクランマスターはいなかった。
にゃう、みゃう。
猫のそれに良く似た鳴き声に彼は口元を緩めながら、愛猫をなでる。
猫、といってもそれは本当の猫ではない。
クラン名の名の由来である、モンスターの一種類。
剣牙虎…サーベルタイガー…達が各々の主人達の傍で寛いでいた。
「…今日は一段と機嫌がいいね」
「普段どおりだ」
軍帽、軍服姿の彼とは違い、どこかのリアルでいうなれば一昔前、時代劇で見るようなところの若旦那…着物・羽織・長襦袢に帯を締めている和服で統一された姿…のような格好をした青年は薄く笑う。
「なぁ、千早」
みゃう。
剣牙虎はそう返すと彼の身体に自分をこすりつける。
そんな愛猫の背をなでる彼に、青年は首を横に振った。
「違う、猫のことじゃないよ」
なんだ、といわんばかりの顔に青年はそのままの表情で口火を切った。
「君だよ、新城」
「…あぁ」
名を呼ばれた彼…新城直衛は口の端を持ち上げ、独特の笑みを見せた。
「じゃれあいでお遊びだが、これから君のところと『戦争』だからね」
一頻り、愛猫にかまってから新城は目を大隊に向ける。
彼に気がついた部下達が敬礼してくるので、新城は黙って返礼する。
プレイヤー
少尉クラスの人間や一部の下級兵士は冒険者だが、その部下の大半はNPCだ。
だがNPCだとは思わず一つの個性・自我を持つ部下として彼は大隊を率いていた。
「我らが『皇室魔導院』もそろそろ勝ち星を挙げたいところだけど、今回はどうかな」
「それは羽鳥の指揮次第だ」
にべもなくそう言い切ると、新城は彼を横目で見る。
羽鳥守人は今回の模擬戦相手『皇室魔導院』のクランマスターだ。
「それと貴様と同職の連中の働きにもよるだろう」
「こう真正面からの戦争行為に僕等の戦闘威力も半減するよ」
「そうかい?」
「特にこうして僕がこちらに出向しているとね」
「…そういうことにしておこうか、樋高」
ひだか そうろく
新城の言葉ににっこりと樋高 惣六は微笑む。
今回の敵である軍属クラン『皇室魔導院』のメンバーがこうして新城の陣営にいるのはそのクランの特性ゆえだ。
『皇室魔導院』はクランメンバーが特殊『依頼』を完遂し、目出度くこの皇国の内政に干渉できるようなクランにまで発展した。
内外問わずの諜報行為が許され、皇国上層部直属のクランとなった彼らの特権は、皇室に報告すべき軍事力の把握という目的で、こうして模擬戦にクランメンバーを派遣し、その実力を計れる。
ようは監督員、監視員だ。
それがたとえ模擬戦の相手がそのクラン自身であっても活用されていた。
中には「実況中継して相手側に情報を流すのではないか」という者も当然出てきたが、彼らがおかしな行動を取ったらすぐに報復行動をとってもいいということを条件に受け入れられている。
これが他国軍属クランとの戦争行為になると、同国のクラン協力者として彼らも戦闘行為に参加できる。
「お昼、ファーマーの女の子からだって?」
新城の足が止まった。
みゃう、と鳴く千早に構わず新城は振り向く。
「…どこで…あぁ、西田か…」
「僕だからこそ話した、とも言えるからあんまり重い罰則はやめてくれるかな? 新城」
面白くなさそうに新城は眉を寄せた。
それに対して樋高はその温和そうな笑みを崩さない。
「その子かな。君にとっての『蓮乃』様は」
新城の目が細くなる。
千早の身体が穏やかなそれから変貌した。
(まずい)と彼が思ったときには、新城の瞳の奥に赤い何かがうごめいている。
「樋高。君だからその発言は許してやる」
傍にいる飼い主の怒りを感じたのか、千早は牙をじょじょに近場にいる樋高に向けた。
「以後は控えろ」
次はない。
そう言い切られ、樋高は両手を上げた。
「ごめん」
「あぁ」
新城はいまだ牙をむく千早を撫でて気を静めさせた。
ちょうどそのときだった。
「先輩、お待たせしました〜♪」
西田少尉がバックを抱えてやってきたのは。
「お帰り、西田少尉」
「西田少尉、ただいま帰りました!」
びしっと敬礼する西田に対して彼は返礼をした後、にっこり笑いながら拳を握った。
「ひどいなぁ、先輩」
「…西田少尉殿…。一応、同じ軍ではありますが樋高中尉は『皇室魔導院』。我々とは違います」
「情報を漏らして拳骨一発ですんで良かったじゃないですか」
「妹尾たちの言うとおりですよ」
同じ小隊長クラスの三人の言葉に、西田は「そりゃあそうだけどさ」と唇を尖らせた。
天幕も張らないですむ模擬戦前では、そんな悠長な会話が出来ていた。
「だって、あの人は先輩の友人でもあるし…それに何かと情報を回して油断させとかないと足元すくえない気がしてさ」
「…何気にあんた、黒いよな」
「それで情報漏らしてたら…」
「だって作戦行動を話すわけでもないだろう? ただフレンドからアイテム貰いに行くって言っただけだよ」
「言ってみれば大隊長殿のアキレス腱を教えたようなものかもしれませんよ。西田少尉」
「猪口曹長」
びしり、と曹長の敬礼に四人の少尉は返礼をし返す。
「でもそろそろ意思表示しとかないと、誰かにとられるかもしれないじゃないですか。曹長」
「そんなに重要な方、なんですか? 曹長殿」
猪口曹長は口元に笑みを浮かべた。
「そうですな。自分達にとっても得がたい友人でもあります」
「ま、ファーマーの作るものはそこいらの店で作ったのよりはいいもん出るって話だが…」
「じゃーん。お弁当ー」
西田少尉は弁当袋を見せびらかす。
アイテムの表示は『中身がぎっちり入ったお弁当』だ。
その一つを猪口曹長に渡すと、他の少尉たちから感心した声が出た。
「あぁ、ファーマーの人、お弁当も作れるんですね?」
「じゃあ、頂きましょうか。西田少尉」
猪口曹長はそう言いながら、弁当袋から丁寧に弁当を取り出すと、ぱかりとふたを開けた。
「へ?」
「お」
「ぶふぅっ」
軽快な音楽こそならなかったが、少しだけ星マークが弁当を囲んだかと思うと消えてなくなる。
そして現れたのが…。
「『猪口さんへからの、愛情たっぷりお弁当☆』…」
「『西田さんへ愛を込めて。のさっぱりお弁当☆』…」
西田少尉はまだ美青年だ。
なんとなくファンシーな効果音や効果グラフィックが追加されても視覚的にはましだった。
しかし、猪口曹長は恰幅もよく、太い眉毛の軍人だった。
その手元にはきらきらとまだ光るお弁当で…しかも美味そうだった。
まあ中身はともかくその光と彼が途方もなく似 合 わ な い。
「っていう方なんですか、曹長殿」
「…我慢せずに笑ってもかまいませんよ、漆原少尉」
「す、すみません。あまりのギャップに…!」
気がつけば周囲にいる自分の部下達にまでそれを見られているのに気がついて、猪口は帽子をかぶりなおし…そして西田少尉と顔を見合わせた。
「…あぁ、これが恥ずかしいって言ってた理由か…」
「確かに異性から異性に渡すアイテムの名前は、見られたら恥ずかしいですね」
しかも効果グラフィックの光は、可愛らしいものだった。
「!」
「いかがしましたか、西田少尉」
「先輩のがどんなのか見に行きましょう!!」
少尉クラスの四人と、曹長は新城がいるその場所に駆け足で出向いた。
とりあえず弁当はアイテム・ウインドウで所持品にしてしまって。
そのとき、新城直衛は彼女からのカードをまじまじと見つめていた。
「新城?」
「…いや」
(…ミス・も、すごいものを作れるようになったな…)
そう思いつつ、もう一度カードの文章を読む。
弁当の効果が半端じゃない。
これが彼の知る彼女の作ったものでなければ、目を疑っているところだと新城は思う。
プレイヤー
「お弁当って冒険者が作れるんだね。カードにはなんと?」
「これの付属効果と、それとお裾わけできるそうだ」
「へぇ…」
「やらんぞ」
ぴしゃりとそういいきると、新城は袋から重箱を取り出す。
「先輩! お昼もうされてますかー?!」
(西田?)
そう顔を上げながら、彼は重箱のふたを開けた。
♪ピン、ピロリロリロリーーン♪
どこぞのゲームでの、親密度が上がっている効果音に酷似したそれに「なんだ?」と周囲の部下達の目が大隊長殿に集中する。
「ぶっ」
誰かが噴出した。
そうだろう。
見目は宜しくなく、身長も男性にしてみれば高いとは言いがたい彼が持つアイテムの名前。
『から新城直衛さんに送る、愛のラブラブお重。たくさん食べてね♪』
まだアイテムの名前は恥ずかしいのは我慢できるかもしれない。
しかしそれが「シャララン」とか言いながら輝く星と、飛び交うハートマークつきで飛び出して、そんな彼の周囲を取り巻いている。
「ぐっ」
笑ってはいけない、茶化してはいけない。
クランマスターの新城の性格を良く知る部下達はぐっとこらえていた。
だが。
「あ、は、ははははははははは! 先輩可愛いーーー!!」
その空気の中、西田少尉だけが大爆笑した。
ぶふうっ。
それにつられる様に噴出す音がよく響き、そして。
「って言うんだ…。へぇ、愛情こもってるお弁当だなんてやけるね。新城」
いい笑顔の樋高が、耳だけが赤く照れている彼の肩を叩いた。
(確かに、恥ずかしいな…)
それでもそっと彼女からの『〜愛のラブラブ』の部分に目を走らせて、新城直衛は口を大きく開いてお重のおかずに口をつけた。
この模擬戦は新城率いる『剣牙虎大隊』が圧勝し、終了した。
その際において樋高から情報を得た『皇室魔導院』クランマスターが新城に申し出る。
通常の販売では考えられない、戦闘補助の追加効果をついた食事の存在はこうして彼らに認知されたのである。
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