裏・慕情
作・輝様
大ボスとの闘いも無事終わり、やっとゆったりとした時間を過ごせるかもしれないなどと龍麻がホッと息を吐いたのも束の間。
「お先ッ!」
「オ、オイひーちゃん、帰っちまうのかよ?」
「え〜ひーちゃん帰っちゃうのォ!?今日こそラーメン食べに行こうよ〜!」
「悪ィ、小蒔!当分それはパスな!」
物事は思惑通りに行かないというのはどうもセオリーらしい。
そんなことを思いながら龍麻は薄っぺらい鞄を手に、目指す昇降口まで一気に階段を駆け下りた。
「おっ龍麻、また今日も急いでるな」
「おう!大将また明日な」
「龍麻、頑張ってね」
「葵、サンキュ!じゃーなッ!」
途中出会った醍醐らにも立ち止まることなく挨拶を交わすその姿は、最早日常と化しているようだ。が、見慣れたとはいえ、常に冷静沈着な龍麻と今現在の切羽詰った態度がどうにも結びつかなくて、醍醐は違和感を拭いきれない様子で嘆息交じりに呟いた。
「最近の龍麻は一体どうしたというんだ?」
それは独り言にしては大きな声で、隣にいた美里にも聞こえたようだ。
「ふふふ、龍麻は本当にちゃんが大切なのね」
「――って確か龍麻の妹さんのことか?彼女の身に何かあったのか?」
醍醐は何度か会ったことのあるの顔を思い浮かべながら、美里に詰め寄った。
「ええ、実はちゃんね――――――・・・」
(クッソーーーーーーーッ!俺だってラーメン食べてェンだよ!!)
龍麻は猛ダッシュで家に向かいながら、行き付けのラーメン屋『王華』のとんこつラーメンをぼんやり思い浮かべた。
ここ最近、ゆっくりどころか以前に増して忙しい日々を送っている。
それだけでも面倒だというのに、唯一の心の拠り所だったとんこつラーメンすら取り上げられ、龍麻はキレる寸前である。
が、それもこれも全て大事な妹、の為。
――というよりも。
(つーか、俺がラーメン食えないのも、ゆっくり出来ないのも、彼女が出来ないのも、独り身の俺を無視して小蒔と醍醐がラブラブなのも、受験が危ういのも、全部全部アイツの所為だろ!!?)
自宅につくと、急いで制服を脱いでそこらへんに放っておいたジーンズにTシャツ、上にパーカーを着るとスニーカーを履くのも面倒、といったカンジで1階下にある妹の部屋の呼び鈴を押した。今龍麻の頭にあるのは、最早愛しのラーメンではなく、
(何時も何時もい―――っつも余裕のある笑み浮かべやがって!こんな早く帰ってきたんだ、来てねェよな?つか、来んな!)
大事な妹を毒牙にかけようとする、敵の顔。
なかなかドアが開かないのにイライラして、再び呼び鈴に手を伸ばした、その時。
「よぉ、先生。早かったな――って危ねェな、オイ」
殺気立っていた所に、敵が顔を出した。
突然の敵の出現に、龍麻がつい条件反射で龍星脚を放ったのは仕方がない。
すると敵もさることながら、イキナリの攻撃に表情を変えることなくヒョイと避けるとニヤリと笑った。
「悪ィ、村雨。そこにハエがいたんだ」
心の中でチッと舌打ちしながら、龍麻も敵――村雨ににっこり笑みを返す。
「ハエ、ねェ・・・。ま、そんなことより上がれよ」
「・・・・・・そうだな」
(ここはテメェの家か!?ここはテメェの家なのか、コラ!?なんとか云いやがれ!!)
そう思いながらも丁寧に靴を揃えてしまうのは育ちの良さなのか・・・。
龍麻は前を歩く村雨の背にケッと毒づきながらリビングへと入っていった。
すると丹精込めて育てた愛しの義妹、が満面の笑みで龍麻を出迎えた。
「、先生が来たぜ」
「(ちゃん付けやがれ!)よぉ、無事だったか?」
「お兄ちゃん、今日も早かったんだね!ってか、無事ってなに?」
テーブルに視線を走らせると、カップが2つ。どうやら敵は龍麻よりかなり早くに来ていたらしい。
(チッ、強運で成績がいいっつっても、学校くらい行きやがれっての!)
一層不機嫌になる龍麻を他所に、は兄にお茶を淹れようとキッチンに向かった。
「お兄ちゃん、なに飲む?コーヒー?紅茶?日本茶?」
「ん?ああ、コーヒー頼む。ブラックな」
龍麻は兄らしい笑みを返しつつ、そこはそれ、ちゃっかり村雨避けにの隣をキープ。
フフン、と勝ち誇ったような顔で村雨を見ると、村雨はそれを予想していたのか、既にの向かいに腰を下ろしていた。
「、悪ィけど俺にも頼むわ」
「ん、わかった」
の態度に龍麻は知らず、嘆息する。
どうやら自身、村雨に呼び捨てにされるのは何ともないらしい。
それならば自分が文句を云ってもしようがない、と半ば諦めめいた気持ちでもう一度嘆息し、それから村雨に視線をやった。
(別にに男が出来るのを拒むわけじゃねェんだけど)
お馴染みの白い学帽(当たり前だが屋内なので被ってない)に背中に華を背負った白ラン。
それだけでも時代錯誤なスタイルだというのに、その隙のない目は剣呑、顎にはヘンな傷に不精髭、醸し出す空気はおよそ一介の高校生とは思えないヤバ気なモノで。
ハッキリいってオヤジだ。例え100歩譲ったとしても18歳には見えはしない。
(俺みてェなパーフェクトな男見つけろなんて無理なことは云わねェけど――よりにもよって、なんでにこんなオヤジがひっつくかねェ・・・)
確かに、顔は悪くない方だし(俺よりかなり劣るが)性格だって多少難アリだが悪くはない(俺より…以下同文)。が、それは少女好みの耽美な顔の優しい性格ではなく、年上のオネーサマ受けするモノだ。そんな男とが並んだところを思い浮かべるだけで違和感を覚える。
そんなことを思いながら不躾な視線を向けていると、村雨が可笑しそうに口を開いた。
「なんだよ、先生。そんな見惚れちまうほど俺はイイ男か?」
「なにィ!?なんで俺がお前みたいなオヤジに見惚れなきゃならねェんだよ!?」
「オヤジって・・・俺は先生と同い年なんだがな」
「嘘だろ?お前実は年令詐称してんだろ?つーか、してなくとも信じられねェんだよ!」
「酷ェなオイ」
苦笑いを浮かべる村雨に、龍麻は容赦なく攻撃する。
「だいたいな、その帽子はなんだよ?御門は被ってねェだろ?それにその時代錯誤な長ラン!しかも白ときた!!」
「しょうがねェだろ、皇神の制服は白なんだからよ」
「ハッ!今まで見もしなかったが、もっかしてお前・・・裸足に下駄履いてるんじゃ・・・」
「履いてねェよ。ったく付き合ってらんねェよ」
靴下を履いてるかどうか確かめようとテーブルの下に潜る龍麻に村雨は大袈裟に溜息を吐くと腰を上げてさっさとのもとへと行ってしまった。
「ったく、男が女のケツ追っかけてんなよな?」
そんなの京一だけで充分だ!なんて相棒に対して失礼なことを思いながら、視線を逸らしたが。
相手は村雨。
これはこれで珍しいかと龍麻は思い直し、2人の後姿をぼんやりと眺めた。
離れている所為で話の内容は聞こえやしない。が、2人とも妙に楽しそうな表情をしているのが気になる。
(全く、俺はシスコンかっつーの)
先からだらだらと流れているTVに視線を戻しつつ、が淹れた珈琲をずずと飲む。
(・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・)
(・・・・・・)
(・・・だーーーーーっ!気になるッ!)
再放送のドラマが面白くない所為だ!と龍麻は取りあえず言い訳めいた心の中で思いつつ。
2人がいるキッチンへと視線を戻した途端、龍麻は瞠目し固まった。
(なにィッ!!?)
村雨が夕飯の仕度を手伝っていた。
村雨は驚いて固まっている龍麻を他所に、背が届かないの為、高い所にある鍋を取ってやったり、冷蔵庫から必要なものを取り出してやったりの周りを忙しげに動いていた。それは今までの村雨を知る龍麻にとって、想像もつかなかった姿で。
まさに天変地異、青天の霹靂、猫に小判(違)
(げ、げ、幻覚か?)
龍麻は目を擦ってから、もう一度見たがやっぱりそれは変わらず。
(ヤベェ、アイツ本気だ)
そこで漸く村雨が本気でに惚れてることを龍麻は知った。
狙った獲物は逃がさない――というより、なにをしなくとも女が寄ってくる村雨が。
女の為になにかしてやるなんて今まで一度も見たことがない村雨が(仕事であるマサキの護衛は別)
来るもの拒まず、去るもの追わずの村雨が。
一度喰った女は二度と喰おうとしない、あの村雨がッ!
イイコよろしく、食事のお手伝いしてやがる・・・(しかも下心ナシの笑顔だ)
しかも、だ。
(今気付いたけど、アイツ煙草吸ってなくねェ?)
恐々しながらテーブルに視線を走らせると灰皿がない。つーか、空気が煙ってない。
(ヤベェ!バリヤベェ!!・・・・・・・・・って、あぁ?)
そして龍麻はハタと我に返る。
村雨は本気。
そんなヤツに惚れられてるは満更でもない様子。
それならば―――、
(問題、なくねェ?)
・・・・・・・・・。
龍麻は少し考えあぐね、そして村雨を呼んだ。
「オイ、オヤジ」
「オヤジじゃねェって云ってンだろ?」
「いいからコッチ来いっての!」
「・・・んだよ?」
そして村雨が腰を下ろし、自分の方へ視線を向けたのを確認すると。
「お前、もっかしてに本気か?」
ひとつ深呼吸して思いの外真剣な顔で訊ねた。村雨は暫くの間無言で龍麻を見、それからへっと笑う。
「なんだよ、先生。イキナリなに云ってンだ?」
「黙れ。俺は今までにないくらい本気で訊いてンだよ。何時もの調子で茶化したら殺すぞ?」
「怖ェな、オイ」
「本気か?」
村雨は龍麻の視線を逸らすことなく受けとめて。
それから村雨の剣呑な双眸にすっと真剣な光が凝った――龍麻がそう感じた一瞬後。
「・・・本気だ」
一言、呟いた。
「冗談だったら殺すからな?」
「へっ、冗談でンなこと云えっかよ?」
「・・・だな」
龍麻がへらっと笑って云うと、村雨も相貌を崩して笑った。
「んじゃ、しょうがねェ。頑張って落としてみな?」
「あァ」
「あ、云っとくけど――アイツ、ヘンな小細工効かねェから」
「知ってんよ」
「そっか」
「あァ」
「あ〜あ、そんじゃ邪魔者は消えるかね」
「なんだよ、先生帰っちまうのか?」
「なァに殊勝なこと云ってんだよ。本心は全く逆だろうが」
「くく」
「んじゃーな」
そして龍麻はの引きとめる言葉にも耳を貸さずにカッコよく自室に戻った30分後。
龍麻は村雨に許可したことを酷く後悔することとなる。
「ぬァ〜〜〜〜〜ッ!!俺ってばオヤジに義兄さんなんて呼ばれちまうのかよ〜〜〜〜〜ッ!!!(泣)」
気ィ早ッ!(笑)
龍麻の苦労はまだまだ続く・・・らしい。
2001・05・23 UP
輝様vv愛してるわ(えらい迷惑)。
もうどうよ、この兄vv
こんな兄、オイラは欲しい。
めちゃくちゃ強いしな。めちゃくちゃ愛してるしな、妹。
しかし兄にしたら…災難か? あんな親父が(以下略)
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