恋愛は解析不可能
ざあざあ。
人間の聴覚的表現をするならば、それしかいないほどの大雨が私のボディをたたきつける。
「シャドウ丸」
「なんです?」
彼女、の言葉に私は即座に反応を示した。
「今夜は散々でしたね」
くす。
笑いの気配に、私も笑った。
「まあねぇ」
「この大雨で交通機関の大半が麻痺」
「おまけにどこぞのバカが公道でレース」
「ま、それは捕まえたから良しとして」
バスタオルで自分の身体を充分に拭きながら、は「はふっ」と大きく溜息をついた。
ぽんぽんと会話がはずむように進むというのはかなり気持ちいい。
そんなときに、ぴぴっという警察無線が入る。
「はい、こちらシャドウ丸」
「と、です」
本当なら番号でいうのだが(墨東4号、とかパトカーに割り振られた番号がある)、俺達は名前を言うようにしてる。
『刑事。ご苦労様です』
マクレーンの旦那の声が響く。
『刑事の勤務時間は過ぎています』
『早く、僕と引継ぎして〜』
「ドリルボーイ…」
「ドリルボーイ刑事? 引継ぎはこの通信でも出来るのではないでしょうか?」
くすくす笑いながら、通信に横槍を入れてきたドリルボーイにそう言ってやる彼女。
『え〜〜。やだよ〜。さんの顔見て、引継ぎ〜っ』
『ドリルボーイッ!』
ダンプの旦那の一喝に、ドリルボーイは黙る。
『だってさ〜』
『。さっさと引き継いで帰りな』
『ガンマックスッ! なんだよ、そんな言い方ッ!』
ドリルボーイの声に、通信機の向こう側で一つの溜息がつかれた。
「ガンマックスの旦那」
ちょっと咎めるような口調で話し掛けると、ガンマックスの旦那は「はっ」と鼻で笑った。
『人間のオーバーワークはいけないんだろうが……さっさと引き継がせて帰ってもらったほうがのためだろうが」
最後の方は小声で。
『ガンマックスってば、のことちゃんと考えてるんだ〜』
『あ? どーいう意味だ』
『だ〜か〜ら〜』
『私的会話を警察通信を使ってするんじゃない!』
今度はマクレーンの旦那の一喝。
「御見事」
私の言葉には微苦笑する。
「ではこの通信上において引継ぎをして下さい。貴方はオーバーワーク気味です。デッカールームに戻らなくても結構ですよ。シャドウ丸」
マクレーンの旦那の言いたいことがわかって、私はすかさず言った。
「合点、なんならこのままお送りしますが?」
「結構です。…本人抜きで話をすすめないでいただけるかしら? 二人とも」
着替えなどがあるということで、私は車の形状のまま彼女を素直に警視庁に送ることにする。
彼女は時々、本当に自分のことを考えているのかわからないときがある。
だから、私達同僚がオーバーワークをする彼女のストッパーになっている始末。
俺達に、ストレスはない。
厳密に言えば、精神的なものはあるが肉体的にはない。
それは勿論、私達が機械だからだが。
しかし人間にはあるはずだ。
デッカードの旦那がちびボスの面倒を見ているから、私達での面倒を見ようということにしている。
「ん…?」
「どうしました?」
そう聞いてくる私をよそに、は後部座席に置いているバスタオル等をさっと確認した。
?
なんだ? と、思ったら、窓を開けて、通行人の一人にこう声をかけた。
「へい彼女ー、のってかねー?」
はあ?
「え?」
声をかけられたのは、この大雨の中、傘も差さずに歩いていた、女の子だった。
「今時、あんな台詞でナンパする人、いないよ」
「あはははは、そうね。でも乗ってくれてありがとう」
そう言いながら、は、バスタオルをもう一枚、女の子の頭にかぶせた。
「……聞かないの…? おばさん」
おばさんっ?!
私が何か言おうとすると、はすかさず私のセンサーに対して目配せをする。
「聞いてほしい?」
「ううん」
「ま、なんてーの? 判るから」
いつもよりもざっくばらんな口調でが話し掛ける。
「…判る、の?」
「うん」
おずおずと、は見つめる。
「失恋?」
ぴくん、と少女が反応する。
「うん」
こくん、と頷いて。
微かに震えながら泣いている少女に対して私は何も言えなくなった。
失恋。
稼働時間が一年にも満たないのにすでに成人男性と同じ概念が植え付けられている私達が体験していない『色恋』のなかでも、もっとも味わいたくないと私達が考えているもの。
マクレーンの旦那や、ダンプの旦那、デュークの旦那の三人は今現時点では私やガンマックスの旦那の先を知っていることだろう。
「んで…っわかった…の?」
「ん? 経験からって言えばいい?」
「っく、っ」
「泣いていいからね。バスタオルであんまりこすっちゃダメよ、ほっぺた」
「うん」
小さく、声を出してその子は泣いた。
は、微苦笑して、私のセンサー部分を見つめてくる。
(ごめんね)
そんな声が聞こえた気がした。
その少女が落ち着いて来たのを見計らって、私が用に暖めていたコーヒーを差し出す。
「ありがと」
「いえいえ」
「…本当に、好きだったの」
「うん」
「けど、彼には、他に好きな人が出来てて」
「うん」
「それをあたしに黙ってて……」
「うん」
「あたしからさよならしたの」
「そっか」
私は何も言えないまま、その会話を聞いていた。
…私も男なんで、聞いていていい気はしやせんが…。
「他に好きな人が出来たって、言ってくれればよかったのに」
「…」
は、静かに苦笑してコーヒーから口を離す。
「けどね」
「うん」
「今でもまだ好きなの」
「今でも、まだ好きなんだよね」
見事に車内の声がはもる。
きょとんと、少女がの顔を見た。
「いくらひどい事されても、嫌いって言っちゃった後でも、でもまだ好きだよね?」
「もしかして…お姉さんも、そういうことあった?」
おばさんからお姉さんに格上げか。
…。
じゃなくて。
少女の言葉に、私はどきいっとAIを熱くさせた。
いや、なんかハズカシイと感じるのは私だけですかね。
「それなりに、あったわよ」
「つらい、よね」
少女は、に向き直った。
「目を閉じても、その人のことがまだすぐに浮かんでくるし」
「声だって浮かぶし」
「なぜか相手の子と一緒のとこばっか思い出しちゃう」
「好きだったのにね」
「好きだったから」
微苦笑したと、かすかに潤んだ瞳の少女の目。
私は、ちょいと溜息をついた。
恋愛ってーのは、理解しがたい。
まあ、相思相愛になるのは判る。
ならなんで人間は他者を愛するようになるのかまずわからない。
まあ、友人としての「好き」とそういう「好き」のは違うというのは判る。
たとえば、ちびボスとに対する感情はまったく違うレベルの「好き」。
冴島総監と藤堂主任に対する気持ちもそれらとはまったく違う。
けれど。
別れても好きっていうのも判らない。
しかも自分から言って別れたのに。
「やっぱり『お前が一番だよ』よりも『お前だけだ』が、いいよね」
「他のこと同じ『好き』なんかじゃ嫌だよね」
その言葉に、私は「女ってそうなのか? それとも人間全般がそうなのか?」とまた悩む。
車内の女性二人は、また微かに笑いあう。
それから、は少女を家に送った。
名前を教えあっている二人は、大変結構だが。
しかし。
「シャドウ丸? もう話をしても大丈夫…」
「判らん」
「?」
私は思わず言った。
「恋愛ってーのはよくわかりませんねえ、なんで人間はそーなんです?」
「人間じゃなくても心を持ってるブレイブポリスならいつかするかもしれませんよ? 現にマクレーン、ダンプソン、デュークは愛情を向けるべき異性を知ってますしね」
それに、と彼女は言った。
「あたしも恋愛沙汰を、はっきりとこうだとはいえませんよ」
と、言うことは自身、人間自身も恋愛のロジックを判っていないということで。
「…まったく、恋愛ってーのは理解不可能だな」
私の言葉に、は笑う。
「理解するには情報が必要で、そんな情報、シャドウ丸はまだ持ってないでしょう?」
確かに。
けれど。
「いくら情報はあっても解析できない自信があるのはなんででしょうかね」
私は思わずそう呟き、車内にの小さな笑い声が響いた。
たぶん、いや絶対。
私に能力をもってしても。
恋愛は解析不可能。
END
2002・05・03 UP
訳わかんねーよ、今回の話わ!ってみんなの声が聞こえる。
シャドウ丸は、けっこう知ったかぶりなんだけれどもちょっと抜けてる(苦笑)時があると思うんですがどう思いますか? 皆様。
なのでこんな御話を。
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