もう一度、君に
ホイッスル/風祭将/ドイツに渡った3年間、離れた彼女を想う/鷹峰透流様リクエスト






「フィールドで、待ってる」


空港で言われたその言葉は、今も僕の胸で生きています。








「風祭、手紙」

そう言いながら、天城が僕の所に足早にやってきた。

「ありがとう」

「桜上水の連中からか?」

「うん」

そう返事を返すとエアメールをくれた。

電子メールのやり方を教わったりしたのだけれど、皆は「心がこもらないから」と手紙を送ってくれる。

少し曲がった、癖のある字で高井君が近況報告をしてくれるのが嬉しい。

『風祭へ…』

そう僕の名前からはじまる文章を一通りに目を通す。

一番最初に送られてきた手紙には、それでもさりげなくサッカーの話題を避けていたようだけど(やはり気にして)、今ではよく戦歴を教えてくれるようになった。

練習試合ではいい感じに仕上がっていたのだが、やっぱ武蔵野森は強い。とか。

「水野のあほー。あんなとこでシュートで止めさしやがって」とか書いてたのは誰だったろう。

部活のほかにも、学校生活のこと、好きな女の子のこと、芸能人の噂とかも書いてある。

今回の手紙は文化祭に関してだった。

会えない分、話せない分を補うように、桜上水の皆はこうして手紙をくれる。

一人が全部、ではなくて一通で数人が書いてくるから面白い。

『文化祭で女子マネの意見でコスプレ喫茶するはめになった』という件は、誰もが書いていて嘆いていたり、少しだけ楽しみにしていた人間もいたりと一人一人違う。

くすくす笑いながら僕がそれを読んでいると、天城が傍に座った。

「なんだって?」

「文化祭でコスプしたって」

「コスプレ? …って落ちたぞ、風祭」

手紙にはさんであった写真が落ちて、天城君が拾ってくれた。

「って…」

「天城…?」

写真の一枚を見て、顔を赤くしている天城を僕は不思議に思って手の中にあるそれを覗き込んだ。

途端に。

「見ちゃだめだよっ!!」

僕はそれを奪うようにして取り上げると、手紙と一緒に胸に隠した。

「もう見たんだが」

「…っ、そ、そうだけど」

「落とすほうが悪いと思わないか?」

「ごめん…」

「可愛いよな」

その言葉に僕は耳まで赤くしつつ、こくんと頷く。

写真には、中学時代の同じサッカー部員の女の子がメイド服でスカートを少しだけ持ち上げて太ももを見せながら、ピースサインをこちらに送っていた。







彼女の名前はさん。

クラスも一緒で、仲良くなるのはさほど時間はかからなかった。

サッカーでも教室でも。

僕達はいつでも同じ空間にいた。

僕が選抜に選ばれたときも、皆と一緒に「おめでとう」と祝ってくれた。

「カザは努力家だから、また人一倍頑張りすぎないかが心配だけどね」

そう言ってさんは苦笑いをしたけど。

「うん、気をつける」

「どうだか…あ、水野君もだよね」

僕と話していたさんが口調も代わらずそのまま、水野君の方に向かう時。

ちくっとした痛みが胸に走った。

その時僕はまだ自分の気持ちに気がつかなかった。

気がついたのは韓国に行って帰ってきたときのことだ。

その時は、もう理由を考えずにいた。

声が聞きたい。

話をしたい。

それだけだった。

選抜の練習中は学校の休み時間とかでよく話もできたし、合宿中は携帯電話でも話せたけれど遠征中は躊躇われた。

してもいいのかな、とか。

女の子の家に電話をかけるという行為自体がなんだか恥ずかしかったし。

それでも公衆電話の傍でうろうろして他のメンバーにしかられたこともあった。

飛行場について、移動で疲れたバスの中で僕は携帯電話に電話する。

何コール目かにぷつっという音がしたかと思うと、留守番電話に切り替わって。

あのときの脱力感はなかった。

どうしたんだろう、とか。

携帯に出られないんだろうか、とか。

何の理由で? とか。

ぐるぐると頭の中を小岩君なみの速さでそんな考えが走る。

「風祭、とつながらないのか?」

水野君がそう言いながら、自分の携帯からメールを皆に送っているのを僕は見つめた。

そうだ、メール…と釦を押そうとして僕は止めた。

文字じゃなくて声がいい。

電話越しじゃなくて直に聞きたい。

どうして? とは不思議にその時は考えなかった。

家路に着くと、功兄はまだ帰ってなかった。

「ただいま。練習に行って来る」とだけメモを残して僕は走った。

電話を他の人にかける余裕さえなかった。

がむしゃらに走ったのはさんの家だった。

「カザ?!」

、さんっ…」

全速力で走ってきた汗だくの僕を見て彼女は目を丸くした。

ちょうど練習から帰ってきたんだろう。

ボールと鞄を片手に家に入ろうとしていた。

ああ、そんな表情も持ってたんだ。

そううっすら思った。

「帰ってたんだ?」

「今帰ってきたばっかり…」

「ちょっと、ちょっと大丈夫?」

ぜえはあと、息を荒くしている僕を心配している彼女が、なぜか嬉しかった。

「携帯」

「え?」

さん、携帯出てくれない、から」

「え? あ、着信ありになってる」

持っていたの奥のほうから取り出してそんなことを言う。

「…僕、バスの中でかけたんだけど…出てくれないから、だから」

「だから…? 携帯に出なかったからわざわざ? メールでも良かったのに」

「メールじゃ嫌だったんだ!」

大きく吐き出すように言ってしまって、僕は自分で慌てた。

「あ、その。会って報告したかった、し。その…お土産も、買ったんだって言いたかったし」

「う、うん。そう、なんだ?」

戸惑うように、でも僕のいい分に彼女は納得してくれた。

「じゃぁ…皆に会いに行くの?」

そう聞かれて、僕はまじまじと彼女を見た。

どうしてこれほどまでに彼女に会いたくなったのか。

声が聞きたくなったのか。

僕は初めて思い知った。


僕はサッカーと同じくらい。

いや、本当なら比べてしまうのは彼女にとっては悪いのかもしれないけれど。

僕は彼女のことが………。

「い、いや。そのぉ…さんが代表ってことで…」

「何、それ。高井君たちが聞いたら怒るよ〜?」

くすくす笑いながら、頭を撫でてくれた。

身長が彼女のほうが若干高めだから仕方がない。

少し悔しいけれど、彼女が僕に触れてくれていると思うと胸が高鳴った。

「…お帰り、カザ」

「ただいま、さん」

ふわり、と微笑まれて嬉しかった。

「お茶、飲んできなよ」と言って手を引いて家に入れてくれたのが嬉しかった。

……ずっと彼女の「お帰り」を聞きたいと思った。


僕は彼女のことが、好きなんだ。

心の中でそれが広がって、温かくなるのを僕は感じた。







その想いは今も変わらずに僕の胸の中に生きている。






「でも風祭、告白しないままこっちに来たんだろう? もう彼氏もちかもしれないな」

天城がそう意地悪そうに言う。

確かに彼女は高校生になって女っぽくなったと感じた。

時折、彼女も手紙をくれていたが、ここ最近はとまってしまった。

僕と天城、そして彼の妹(イリオン)と撮った写真を同封してから少なくなったのが悲しい。

高校生活が忙しくなったんだろうけど、けれど…と僕がそう思わずメンバーに手紙で書くと時々近況報告と一緒に写真が送られるようになった。

「お前に送るって言うと、怒るからあいつにはなんも言ってねえ」と高井君は書いて送ってきたのが一番最初の写真だったと覚えている。

この一文で僕はその日のやる気をなくしてしまったから。

なんで怒ったんだろう、恥ずかしいから? とか。

その時は、ぐちゃぐちゃと考え込んでしまった僕を功兄とか天城とか励ましてくれたっけ。

「毎回言ってるけど、それでも僕は彼女が好きなんだ」

恋人がいても彼女を好きだという気持ちは変わらない。

すごく悔しいけれど。

僕がそういうと、天城はにやりと笑った。

彼も日本に好きな女の子を残してきているからかもしれない。

彼自身も告白していなくて、たまに日本に戻っているときに一緒に過ごして恋人がいないことを確かめて胸をなでおろしている。

「告白すればいいのに」

「お前と一緒に日本に帰った時にする」

天城はそう言った。

「そういうお前は?」

手紙でだってできるだろ?

「…あの【場所】で待っててくれてるんだ…行って直接言うって決めてる」

僕の言葉に彼も笑った。





僕がこんな風になってしまい、彼女はつらそうだった。

僕も彼女のそんな顔は見たくなくて、そしてそんな表情にさせている自分が嫌になって。

サッカーができない足が憎くて。

「サッカーできないならこんな足いらない!!」と叫んだ所を彼女に見られていた僕は、ドイツに行くことが決まったときもなんとなく彼女とまともに話もできなかった。

あんな情けない姿を見られて恥ずかしいとか。

こんな姿の人間に告白されて嬉しいわけない、とか。

完治させて戻ってくるから、そしたら…とか。

自分のことばかり考えて、自分に都合のいい想像しかしない、そんな自分に嫌気がさしていた。

見送りは断ったんだけど、皆来てくれた。

彼女もその中にいた。

車椅子の僕を押して、空港の中の売り場に連れて行ってくれた。

「カザ、ポッキー買っとく?」

「う、うん」

「じゃあ、メンズにしよう」

彼女と話せるのも、もしかしたらこれで最後になるかもしれないのか? 

胸の痛みを僕は押し隠した。

「カザ」

「?」

売り場から離れて、飛行機が良く見えるところに僕を移動させるとさんは僕を見ていなかった。

車椅子から見上げると、さんは外を見ていたんだ。

視線は当然合わない。

…悲しかった。

「あたしは「頑張れ」とはもう言わないよ」

「え…」

彼女の言葉に血の気が引いた。

支えてくれている皆の言葉だけでも頑張ろうって思うのに。

一番、聞きたい人からそんなことを言われるなんて思っても見なかった。

「言って、くれ、ないの?」

言って欲しいのに。

それだけで僕は…。

「僕は、言って欲しい…」

それだけ言うと、我慢するようにぎゅっとさんは眉を寄せた。

「もう、言わない」

嫌われた?

あんな情けない僕を見て。

そう思ったときだった。

「その言葉はもう皆に言われてるし、これ以上はきっとカザを追い詰める」

僕を。

追い詰める?

だけど、とさんは呟くように言った。

「フィールドで待ってる」

はじかれたように僕は顔を上げた。

「それって…」

「…」

さんはもう何も言わずにポッキーを僕にくれると、功兄が僕の顔を覗き込んで「行くぞ」と言ってくれるまで傍にいてくれた。

「待ってる」

彼女の「頑張れ」よりも心に響いた。

胸にしみた。

頑張ろうと思った。

待っていると言った彼女を、その場所に戻ってくると信じている彼女だけは裏切りたくない。



飛行機の中で彼女から貰ったポッキーは、嬉しい涙の味がした。

彼女のことを好きでよかったと思った。

これからも好きでいようと誓った。

彼女が僕を待っていてくれている、今まさにこのときも。

そして、その後も。

もう一度、君に会うためにも僕はフィールドに行きます。




「風祭、練習付き合ってくれ」

天城の言葉に僕は頷くと立ち上がる。

僕はこうしてまた以前のように走れるようになった。

以前のようにドリブルだってできるようになった。

もうすぐ。

もうすぐ彼女に会える。




サッカーが好きだ。

「ショウーーッ!!」

遠くから功兄とイリオンがやってくる。

僕は手を振った。

支えてくれる人が好きだ。

そしてそんな僕を信じて、待っていると言った、さんが……さんが…僕は大好きだ。





この数日後、僕は懐かしい面々と合流を果たし、さんとの約束どおり、彼女とその場所で再会を果たす。


ただ。


以前送った写真のことで誤解を受けられて、まともに彼女と向き合ってそういう話ができるのはさらにそれから時間がたった後のこと。








2002・03・05 UP

申し訳なかとです、とーるさん。だいぶお待たせした上に微妙にリクエストにこたえてもいない(汗)
片思い、カザしかあっていないとよ(申し訳ないー)
そしてまた長い(滝汗)

鷹峰透流様リクありがとうございました〜♪
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