自惚れちゃいけないと思うの。
お兄ちゃんの事件で、ただ手伝ってくれただけ。
その後、声をかけてくれるのは……『友情』だと、思うから。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

『マジですか』

あきれた口調で友達のアキちゃんが携帯電話の向こうで唸った。

「マジです」

『あんた……バカじゃない?』

正直でストレートな物言いのアキちゃんの言葉に、あたしはむっとする。

「バカじゃないわよ!」

『じゃあ、ボケ』

「ひっどーーーいっ」

『だってさ…その人、あれでしょう? ほとんど毎日電話かけてきて、日曜にはデートのお誘いくれて、バイクに乗せてくれるんでしょう?』
それで気がないってーのはどういう了見よ。

「で、デートじゃないもん。そんなこと言われないもん」

『はあ? 男女が二人きりで会って、お茶して映画見に行ったりするのがデートじゃないと仰るわけですか? さん」

そう言われて、あたしは何も言えなくなった。

「で、でも、あの、新井君よ?」

しばらくしてから、あたしがそう言うと今度はアキちゃんが黙った。

そう、今の話題は新井透吾君。

お兄ちゃんの事件でお世話になった五人の中の一人。

優しくて強くて…ナイーブな一面も持ってる人。

確かにかっこいいわよ? 素敵だし。

けど。

『そうよねえ、あのタラシだもんねえ』

タラシ、というか。
新井君はすごくモテて、あたしはそう言うことを良く判らなかったんだけど。

この辺りの中高生(女子ね)中心の有名人らしくて。

…まぁ、そういう方面で。

遊び人、とか言われてて。

友達ならいいんだけど……「恋人」とか「彼氏」になると、少し戸惑う。

だって…何かの拍子でいきなり捨てられそうな気がする。

「飽きた」の一言で切られちゃいそう。

『むう』

「それに、誰だっけ。S女子に彼女さんがいるって聞いたし」

あたしの言葉にアキちゃんは押し黙る。

『やだ、二股?』
「判らないけど」
噂だけど。


好意は、示してくれていると思う。
けれど、それがいわゆる恋愛感情なのかは、あたしはよく判らない。
かりに恋愛感情だとしても、あたしは違う誰かと比べて見られるのは嫌だし。
遊びで捨てられるのは嫌だし。
何より二股かけられるのも嫌。


『あんたは? どうしたいの?』
「え?」
『このままでいいはずないでしょう?』
「あ、あたしは……」

『あ、ごめん。こっちにキャッチ入っちゃった』
「アキちゃんっ」
そんな。
人が意を決して言おうとしてるのにっ!
『明日、学校で聞くわ』
じゃ、と淡白に電話が切れた。

…もしかしたらアキちゃんの彼氏さんからの電話だったからかもしれない。
女の友情ってこんなもんよね。
ふっ(涙)。


あたしは携帯電話をベットの上に放り投げると、自分の身体もふかふかなそこにダイブさせた。

「新井君、何考えてるんだろう…」

目を閉じただけですぐに思い浮かぶ彼。

とたんに携帯があたしのお気に入りの歌を奏でた。

ディスプレイの名前に、少し躊躇ってから出る。
だって。

『もしもし……俺、新井だけど』
さっきまでの話題の人、新井君本人だった。




「どうして新井君、携帯の番号知ってるの?」
あ、ちょっと怒った口調になってる。

『未希麿に教えてもらった』
向こうも少しむっとした口調。

「あ、そうなんだ」
『なんであいつは知ってるわけ?』

「聞かれたから…」
『今度からは俺に一番に教えてくれよ』

しばらくあたしは黙った。

『もしもし?』
「あ、うん。聞いてる…で、何か用? どうしたの?」

『別に用事があったわけでもないけど』
耳に心地いい声。

あ、まずい。

「うん」
ちゃんの声が聞きたくなったから』

すごく嬉しいって思ってる、あたし。
でも口はこんな言葉をつむいだ。

「もう、そういうことは彼女に言わなきゃ駄目だよ。新井君」

『え?』
戸惑う新井君の言葉と気配。

それになんだか期待してるあたしがいて。

やだな。
そう思った。

『なに、言ってんの?』
怒った声にもときめく動悸。


ああ、やっぱり、あたし。
この人のこと、好きなんだ…。
でも、だけど。


「彼女に嫌われちゃうよ? あたしばっかりに構ってると」
『ちょっと、待てよ』
「じゃ、切るね♪」
『あ、待てって!』

あたしは震える指で切った。


これ以上、期待させないで。
これ以上、好きにさせないで。

「なんで、あたし、好きになっちゃったんだろう」

自己嫌悪に陥りながら、あたしは目を閉じる。

明日、アキちゃんに学校でなんていおう。
「好き、だけど諦める」って言うの?
なんだかな。
なんだかなぁ。


「新井君も、悪いんだからね」
彼女がいるのに、デートに誘って。
彼女がいるのに電話してきて。
彼女がいるのに、バイクに乗せてくれるから。

だから期待しちゃうのよ、あたしは。

「お願い」
思わず、あたしは口に出して呟いた。


「これ以上、貴方を好きにさせないで」

2001・07・23 UP

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