「別れようぜ」
言わなきゃ判らないようだったから、その言葉を口にする。
どうせお前も俺も遊びだったし、それ以上の感情はお互いないはずだろ?
そう言うと、少し青ざめたけれど彼女は頷く。
ちょっと泣かれたけれど、俺には本当に好きな娘がいる。
遊びで付き合ってる女の子連中とは比べ物にならないほどに。
だから綺麗さっぱり身辺整理。
全てはたった一人のために。
兄貴思いで、気が優しくて、情にもろくて。
そして鈍感な、あの娘が。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

なんでお前が知ってんだーーーっ!!

同じ部屋の中本が顔をしかめるのも構わずに、新井透吾は声を張り上げた。

涼しげな目が眼鏡越しに彼を見つめる。

「ええっ。何。新井君知らないの〜」

(墓穴掘りましたね、今ので)

嬉しそうな未希麿を見て中本は直感する。
次の瞬間、未希麿の首には透吾の関節技が決まっていた。



(なんで未希麿達がの携帯ナンバー、知ってんだよ)

「頭を冷やした方がいいですよ」と言って中本が他の連中の部屋に今夜は行ってくれてよかった。

一人になって、自分の携帯を見つめる。

まるで向こう側にあの子…杉田がいるかのように。

(「だってぇ、教えてって頼んだら教えてくれたよう?」)
「俺は携帯もってることすら聞いてねえ」

だからいつも毎日、家に電話していた。

家族の人がよく外出するとかで、すぐに出るのが彼女でも緊張しないことはない。
彼女の兄は時折、家に帰るだけで寮住まいだが。

(「かかってこないの〜? 電話。僕ちゃんと新井君の電話番号教えてあげたのになあ」)
「今までかかったことねえぞ」

電話をかけようとする指が、止まる。
番号は先ほど未希麿から教えてもらったし、きちんと頭に叩き込んだ。

「俺って、君にちゃんと好かれてるか? 

毎日のように電話して。
暇さえあれば二人きりでお茶したり、映画館に行ったり。
まるで清い交際を絵に描いたように、彼女と楽しんだ。

…確かになにも言ってないけれど、これだって『デート』には違いないと、心で呟いてみる。

手が触れてもどきどきする。バイクに乗せてあげたときの、体の感触もそれは勿論。
話して、の視線が自分から外れたら気に入らない。
傍にいて欲しい。

デートを繰り返すたびにキスしたくなる自分の衝動を押さえるのも限界に来ているのに彼女は気がついていない。

ここ最近は特に、なんとなくよそよそしく感じる。

あせって、早く告白したいのに「好きだ」の一言が言えずにいる自分。

見つめられて、「新井君?」と呼ばれて、一瞬、あがってしまうから。

「好きだ」
電話の向こう側に届いているか判らない、自分の気持ちを口に上らせる。

今まで付き合ってきた女の子とは、違うと断言できる。

「よし」
意を決して、指がその番号を押した。


一回・二回・三回。
『はい、もしもし』
消え入りそうなの声に、また心臓がどきりと大きく揺れた。


『どうして新井君、携帯の番号知ってるの?』

怒った口調に、思わず返す。

「未希麿に教えてもらった」

『あ、そうなんだ』
「なんであいつは知ってるわけ?」

『聞かれたから…』
「今度からは俺に一番に教えてくれよ」

しばらくの声が聞こえなくなって、透吾は慌てた。

「もしもし?」
『あ、うん。聞いてる…で、何か用? どうしたの?』

用事がなければ、電話してはいけないような口調に、透吾の喉が生唾を一つ飲んだ。
(俺、嫌われてるのか?)

「別に用事があったわけでもないけど」

『うん』

ちゃんの声が聞きたくなったから」

次の瞬間に浴びせられたのは、彼が考えてもない言葉だった。

『もう、そういうことは彼女に言わなきゃ駄目だよ。新井君』
「え?」
(なんだよ、それ)
「なに、言ってんの?」
少し怒った声になってしまうのを、押さえられなかった。

『彼女に嫌われちゃうよ? あたしばっかりに構ってると』
「ちょっと、待てよ」
(待ってくれ!)
透吾の心の叫びを知らずに彼女は無常に言い切った。
「じゃ、切るね♪」
『あ、待てって!』


ぶつっ。

切られて。

「彼女って、なんだよ」
口に上らせる。

「好きなのは、。君だけなんだ」
喉が渇く。
声が震える。

今すぐ。
今すぐのところに行って叫びたかった。
だがいくらなんでも、深夜だし彼女迷惑がかかると思いとどまる。

明日。
学校が終ったら。
そうしたら。

君に伝えたい。
(このどうしようもなく、愛しくて気が狂いそうな俺の気持ちを)

君に伝えたい。

200・08・03 UP

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