白と黒のウェイトレスの制服姿を見ないと、調子が出ないような気がして葉月は出入り口を見つめる。
10分待つが、来ない。
今日は誰もコーヒーを頼んでいないのか? と思って口を開こうとして。
…彼はやめた。
なんと言えばいいのか。

「はい、行くよー。葉月くん」
「……はい」

けだるげにカメラマンに返事をして、もう一度だけ出入り口を見る。
…来ない。
溜息を深くついて、葉月は撮影に戻った。






いつからだろう。
ここにバイトでの配達に来てくれるようになったの姿を待つようになったのは。
おせっかいで元気でころころ表情が変わって。
そして……究極的ににぶい、

(…あいつがいないと、俺、寂しいのか?…)

カメラマンやスタッフの指示に従って身体を動かしながら、葉月はふとそんなことを思う。
の姿を見ないと安心しない。
の声を聞かないと落ち着かない。
が傍にいないと、学校も何もかもがすべてまったく味気ないモノクロの世界になってしまう気がする。

もっと身近に感じたいから、そして面と向かって名前を言いたいから練習もかねて子猫に「」という名前をつけても見た。
まあ、子猫自身、にそっくりだから、というのもあるが。
そうそうに本人にばれてしまったが彼女は怒っておらず、そしてまた彼女自身にすんなりと名前をいえただけで嬉しくなる自分がいた。

(やっぱり、あいつがいないと俺は寂しい)

ふっと表情が愁いを帯びた瞬間を、カメラマンは見逃さない。
瞬きもするまもなく、それはフィルムに撮られた。

「……葉月くん、恋でもしてる〜?」

にやり、と笑いながらカメラマンがそんな軽口を叩く。

「……別に」

表情がいつもの、というよりもいつもより冷たいものに微妙に変わるのをプロはレンズ越しに感じる。

「した方がいいよ〜。恋愛は人生の糧だからね」

小さな金属音を立てながら、カメラのシャッターが切られる。

「糧?」
「それがないような人生なんてもなあ、なくてもあっても同じようなもんさ」

シニカルな笑みを浮かべながら、カメラマンはそんなことを言った。
近場でマネージャーが「なんてこと教えるのよ、うちのトップモデルに」なんて言ってるのがわかる。
恋愛は大いに結構だが、それにのめりこんで仕事をおろそかにするようになったらいけない。
マネージャーは以前、そう言った。
そのときはさして深く考えずにいた。別に仕事に執着も何もなかったが。
だが、と会うようになって意味がわかる気がした。
学校に行くのもと話すため。
と一緒にいるためだし。
彼女のわからないことを教えてやれば、笑顔と感謝の言葉が自分に与えられる。
そのことがすごくうれしく感じる。
良ければ彼女をデートにだって誘えてしまう。
がバイトが休みで、自分が仕事の時は今のように寂しい感情をもてあましながら留守番電話にメッセージが入っていないか確認してしまう。
すべてがすべて、中心に考えてしまう最近の自分。
幼いころから忘れていなかったあの少女が、今自分の傍にいてくれることが信じられなくて嬉しくて。
だからついつい仕事のときも彼女のことを考えてしまう。

「…恋愛は人生の糧か……」

口の中だけで繰り返すと、葉月は何事もなかったかのように撮影に集中する。


そして。


「お待たせしました。喫茶ALUCARDです」

その声に、葉月は反応を見せる。
白と黒のウェイトレスの制服姿が目の端に映ると、表情が劇的に柔らかくなる。
無表情で感情を表に出さない彼にしては珍しい、柔らかな微笑み。
そんな彼の表情は写真的にも、掲載される雑誌的にも美味しいもので。
パシャパシャと撮られる事もお構いなしに、葉月はその表情をやって来た彼女に見せた。
それに気がついて、邪魔にならないようには小さく手を振った。
以前、失敗して仕事の邪魔をしてしまったことを気にしているのだ。

「こちらに置いておきますので…」
「あ、先月分のお金、貴女に渡してもかまわないかしら?」
「はい」

マネージャーがそう呼び止め、ウェイトレス姿のが葉月の視界にしばらく佇む。
目と目が合っても、話しかけられることはないが、ふんわりと彼女は笑った。

『がんばって、ね?』

そんなの声が聞こえてきそうな錯覚。
いや、たぶん彼女は心の中でそう声援を送ってくれたのだ。

「………」

(もしも恋愛が人生の糧なら………が俺の糧)






ほかには何もいらないから。

こそが生きる糧。


そう心で彼は断言しながらも、その一言を言葉で伝えられない故に、現在の彼女と彼の関係は友達以上恋人未満。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2002・07・07 UP

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