(心の厚い壁を、お前が溶かしてくれてるのが判って、俺がどれだけ嬉しいのかお前は気がつかないだろうな)
そんなことを考えながら、葉月はすぐ隣に居る少女を見つめた。
。
幼い頃、一緒に遊び、泣き、笑い…そして当時愛しくて仕方がなかった少女。
その彼女が自分と同じく成長して、だがその本質を全く変化させないでいてくれたことに驚いた。
…彼女はおそらく、もう覚えてないだろうが。
かつて自分と遊んでいた幼い少女、約束した少女は、いますぐ側に居るというのに。
あの時のことを話したい。
けれど、話せない。
あの時と今の自分は変わりすぎていた。
それならいっそ、自分のことを忘れているのなら、このまま突き離せばいい。
だが離せない。
彼女が今、自分から去ってしまったらと想像しただけで、足元全てが崩れていく感じになる。
大事だからこそ、愛しいからこそ側に居て欲しい。
…ひどく矛盾した気持ちの迷路に陥る。
「葉月くん」
「葉月くん、寂しそうな顔してた」
「葉月くん、それ嫌いなの?」
が自分のことを気にかけてくれるだけで、最初は満足していたのに。
今ではそれでは物足りなくなっている自分が居た。
(他の男と、話すなよ)
(他の奴と仲良くするなよ)
仲が良い女友達連中と話し、笑いあってる姿を見るだけでも最近苛ついてきている。
毎週とはいかないまでも月2ぐらいのペースでのデートを心待ちにするようになった自分。
今日だって動物園でデートしている帰り。
虎を見ながら何気なく言った言葉に、がこういい返してきた。
「じゃあ、葉月くんは迷子の子猫」
「迷子?」
「時々、寂しそうな顔してるから…」
少し言いづらそうにまた彼女は言った。
「今もか?」
「ううん」
「だろ? お前の気のせいだ」
そう言うと「そうかな?」とばかりに小首を傾げるが、しばらくすれば「そうかも」と一人で納得する彼女。
考えているのが手にとるぐらい判ることが嬉しくて。
そして。
全て自分を心配してくれていることがわかって。
嬉しかった。
だから。
「あ、雨だよ、葉月くん。雨宿りしよう」
二人で、公園で雨宿りをしたとき。
まるで、彼女と自分しか存在しない世界に迷い込んだような気さえした。
だから。
「……通り雨だから……」
彼女の言葉に、思わず口にした。
「上がらなくてもいい」
驚いては葉月を見つめる。
葉月は、そのまま言葉をつむいだ。
強い、強い彼の望みは。
常にが側に居る、二人の世界。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2002・07・10 UP