いままでの俺の全てに決着をつけたとき。
「よくやったな」でもなくて。
「おめでとう」でもなくて。
ただ、俺に向かって微笑みかけてくれたあいつを、俺は。
相棒のフリックとは別に、いつも俺の背中を守っていてくれたあいつに、俺は。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「なんか、おかしいよね」
ここ、オレンジ城の酒場の女主人レオナはその言葉にやさしい笑みを向けた。
「誰がおかしいって? 
「クマ」
軽めの酒が入ったグラスをくるくると手の中でまわしながら、が一言そういうのでレオナはまた笑った。

クマ。

そう密かに仇名されているのは、いまやこの軍の双璧を担う傭兵のビクトールのことだ。

「どうおかしいのさ」
「うーーん、よく見られてる」
のことを見てるって?」
「うん」

ふうん、とレオナは相槌をうった。

「睨んでんのかって思ったんだけどそーじゃないらしいし」
「なんで?」
「目が合うとそらすし」
(あいつも子供だねえ)

くすり、とレオナは笑った。
大雑把な性格をしている癖して、傭兵達を纏め上げている資質を持つビクトール。
つい最近、ようやく相棒(本人? は否定しているが)の星辰剣とともに村の敵のネクロードを倒したあの男は今は珍しいことにこの酒場にはいない。

「どんな視線だい?」
「どんなって…その…」

思い返しているのしぐさにレオナは微笑ましいものを感じずにはいられなかった。

「わかんない」
「…あんたももう少し大人になりな」
「充分、大人…」
「身体じゃなくて、頭の方だよ」

そう言うと、レオナは違う客の方へと顔を向けた。




「なんかねー」

自分の部屋に戻る最中、はレオナに言われた言葉を思い返していた。

「どんな視線だい?」

本当はわかってる。
あれはたぶん…。

(考えすぎ、よねぇ?)

等と思いながら、角を曲がると。

「うわっ」
「あ、すまねえ…って?」
「あ、うん。ごめん。ビクトール」

珍しく鎧を着込んでない、ビクトールがそこに立っていた。
慌てたように離れると、一瞬だけ彼の顔が暗くなったのだがそれは通路を照らす松明の灯りのせいだろうとは決め付けた。

「へえ、鎧着てないじゃん」
「あのなあ、俺だって風呂から出てすぐにゃあ、鎧つけねえよ」
「さすがに剣は持つけど?」
「ああ、丸腰じゃあおちつかねえからなあ」

そうは言っても星辰剣ではない。
それに気が付いたに、ビクトールはテッサイの名前を口にした。

「ああ、鍛冶屋のおじさんに頼んだんだ」
「ああ」

ひとしきり、笑いあう。

「じゃあ」
「あ、ちょっと待て」
「ん?」

ビクトールはそのまま立ち去ろうとするの腕をつかむ。
柔らかい、女の身体に内心どきり、と心臓が音を立てた。
『女』を知らないとは言わない。

「なあに?」

(なのに、のことを自覚したとたんにこうなるのはまだまだ俺がガキだってことか? 30過ぎてんのになあ)

「俺…」

それ以上は口に出せなくなってしまう自分に、心の奥の何かが笑う。

「? ビクトール?」
「俺…」

視線が熱くなるのが止まれない。
触る手の感触を、抱きしめて自分の身体に覚えさせたい。
それを止める。
言うべきことを言わないかぎり、先にだってすすめない。

「らしくねえって判ってる」
「な、何?」

はぎくりと背筋を凍らした。
あの視線だ。
あの。

『男』が『女』を見つめる目。
『男』が『好きな女』を見るあの、『熱い』視線。

「俺、お前のこと…」
「おい、ビクトール。何やってんだ?」

びくんっと固まったビクトールの手から、は素早く身体をはがす。

「お、
「おやすみ、フリック」

は急いでその場から離れた。


(どきどきする)

赤くなる顔に、はそっと指をやった。

「何、考えてんのよ…あのクマは」

何がいいたかったのか、期待してしまう自分がいて。
は急いで自分の部屋に入ると布団の中に潜り込んで、ぎゅうっと瞳を閉じた。

(もし、またあの視線を受けれるか、自信ないよう)







「フリック」
「…悪かったって」
「フリック」
「すまん、本当に」


落ち込むクマをなだめる美青年がそこにいたとかいなかったとか。

2002・01・24 UP

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