たったったった。

軽い女の、走っている音が廊下に響いた。
まさしく切羽詰った表情で医務室に走る。
まさかと思った。そんなことはない、と自分の言い聞かせた。
それでも、だ。
あの真面目なゲンゲン隊長が、ひどく悲しそうな顔をして「あいつ、怪我した。悪いのゲンゲン隊長! あいつ、守ってやれなかった!」と自分に行って来たのだ。
まさか、まさか。
医務室の扉を開ける。

「ビクトール!」
「よーう、。遅かったな」

怪我をしたと聞いた男が、ぴんぴんして、しかもにやにや笑いながらそこに座っていた。






「痛っー」
「自業自得って言葉知ってる? クマ」
「腹の足しにもなんねえよな」
それから俺はクマじゃねえっつーの。

そう言いながら、殴られた顎をさすりながらクマ…もといビクトールがの後ろをてくてくとついて歩いている。
深夜の奇襲組として、城主とゲンゲン隊長、フリック、そしてビクトールの四人が出たことはもレオナから聞いて知っていた。
あのキス事件からはそれなりな距離をもってはビクトールのことを冷静に考えよう、と思った矢先に。
昼過ぎに戻ってきた、城主とゲンゲンにいきなり謝罪された。

「ビクトールに怪我させてしまった、すまない」と。
「なんでゲンゲン隊長に嘘つかせるかなあ!」

元来、コボルトという獣人民族は純粋だ。
中には傭兵として多種族(主に人間)と生活していく中、それなりの処世術を身に付けるモノもいれば、人族すべてに嫌悪を抱いているモノも少なくないのだが、オレンジ城にいるコボルトたちは純粋だった。
中でも、城主とはナナミ(城主・義姉)の次ぐらいに一番パーティを長く組んだことを誇りにしているゲンゲンは、「隊長」と皆に慕われているのだ。
その、隊長に嘘をつかせた。
そうは思ったのだ。
きっ、とは立ち止まるとビクトールを睨む。

「あんたねえっ」
「嘘じゃねえって。怪我したのはほんとだぜ?」

の足が止まった。

「ここ」

自分の心臓に近いあたりを指でビクトールはなぞった。

「あいつの紋章がなかったらちいっとやばかったけどな」

城主の手に宿っている真の紋章は治癒の力を秘めていることをは思い出した。

「一応、念のためにホウアンに見てもらってたんだ」
「ね、念のためってそんなに悪かったの?」

知らず知らずのうちに、はビクトールの正面に立ってすがるように見つめていた。
にやり、と彼の口元がいつものふてぶてしいそれに変わるのを見上げて、少し肩から力を抜ける。
こういう笑い方をする時は、いつだって彼は無茶をし終わったあとなのだ。

「でもたまには怪我すんのもいいか」
「へ?」
「お前が傍に来るからよ」

ぐいっと腰を掴まれ、は小さく悲鳴をあげようとする自分の口を閉じる。

…」
「こらっ、クマっ! ここは…っ」

ここはオレンジ城内の通路。通路、というのは誰が通るかわからない場所で…。

「こんな場所で何するつもり!」
「なら、俺の部屋。来るだろ?」

後にはつくづく思うのだ。

このとき、勢いに任せて彼の部屋に行くのではなかったと。








「昼間っから何考えてるんだ……このクマは…」
「嫌よ嫌よも好きなうちとは昔の人もよく言ったもんだぜ」

みだれたシーツ。
夕暮れ時を指す太陽の光がその中にいる二人を優しく照らす。

「俺としちゃあ、立ったままでもって痛っ」

またも顎に拳をくらいつつ、ビクトールはの柔らかい身体を腕の中に閉じ込める。
あの後、自分の部屋にを連れ込んだビクトールは最終結論を彼女に迫った。

「まあ、俺はもう判ってるけどよ」
「じゃあ、別に…」
「お前の場合は、はっきり口に出していってもらいてぇんだよ。」という、ビクトールの言葉に渋々、というかが折れてしまい。

あれよあれよと言う間に。
甘い囁き、というかなんというか。

一部強引だったが、まあそれなりに彼女も納得(?)して、の行為、だったのだが。

…。

「うう…身体痛い…」
「待たされた分、俺も加減してなかったからな」
「怪我した直後じゃなかったの? クマっ!」
「クマって言うな。…まあ、上半身と下半身だからな。それに惚れた女がそこにいるんだし、やらなきゃ損だろ」

いくら心臓に近いって言っても、真の紋章の魔力と腕のいい医者と薬で十分完治しているのだ。

「卑猥すぎる、このクマ…」
そういう問題でもない。

「この戦いが終わったら、それこそごろごろガキ作って村でも作るか。ビクトール村って」
「………は?」
「つーわけで頑張れよ、。俺もそれこそ毎晩頑張るが」
「………へ?」
「フリックの奴に子守りはできねえよなー。まあ、その辺はおいおいと考えるとして」
「ちょっと待て」
「あ?」
「そういうのは、お互いの合意の上で身を固めてからじゃないの?」

付き合うつもりはもちろんあったが、正直な話、子供を作る=結婚は考えことはなかったのだ。
少なくともの頭には。

「……」

しばらく考えて、ビクトールはこう言った。

「…やっぱ最初は男の子がいいか? 
「おい」
「いかんせん、ああいったもんはいくら励んでも判らんからなあ」

それに女の子もいいぞ。可愛いし、とクマはなおもの身体を撫でながら言い出す。

「ど、どこ触ってって…やめ、やめんか馬鹿グマーっ!」
「さくっと戦争終わらせような、v」
「人の話をっ、聞けーーーっ」

確かに二人ともお互いのことを想いあっている。
だが女はそこまで深く考えていなくて。
男はすでの最後の道まできっちり決めて。

「やっ…やっぱ、あんたとのことは考え直させてもらう…」
「ハネムーンはどこにすっかなー」
「だから聞けよ、人の話を〜〜〜〜〜」



……。

……。


こんな二人でも、相思相愛?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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