「ふあああ」と、大きな欠伸をしながら、そいつは我が家に帰ってきたように入ってくる。
俺は舌打ちしながら振り返った。
傷だらけのティーンエンジャーが、眠そうな顔をしながらも、ゆっくりとした足取りで階段を下りてくる。
名前は。
三日間、連絡一つ寄越さなかったバカだ。
「おいおい、大丈夫か?」
「おかえりー♪」
「わんっ!」
スパイク・エド・アインの挨拶にふぁあっと大きく欠伸をしてから答えると、俺の方に近寄ってきた。
「おい」
「これ〜〜、20万まで使っていーからねぇ」
「はぁ?」
俺がそのカードを受け取るとまた大きな欠伸をする。
俺は苦虫を噛み砕いたような表情をした。
若い女がする顔じゃない。少なくとも男に見せる顔じゃない。
「。どこ行ってたんだ?」
スパイクの言葉に返事をせずに、きょろきょろと辺りを見渡す。
「フェイは?」
「フェイフェイはねえ、お買い物」と、エドが答えてやった。
「ふうん」
「お前、話し聞いてる?」
「聞いてる〜」
乱暴にスパイクの隣に座ると、髪をかきあげた。
頬にも腕にも鋭い傷が見て取れる。
俺は仕方なく救急箱を用意した。
「賞金首捕まえたよ」
「何万のだ」
「100万ウーロン」
「100万?!」
「うん」
「顔を見せてみろ」
よく見ると、かなり深い切り傷もある。大昔、顔は女の命だと言っていたらしいが、今の世の中ではそうではないらしい。
すくなくても、の中では。
「どんな奴だ」
エドに聞くと、エドはくるくる回りながら答えた。
名前を聞いて、また舌打ちする。
大昔に「切り裂きジャック」ってーのがいたが、それを英雄化したイカレタ男の名前だった。
ナイフで女ばかりを狙う通り魔だ。
顔も判っていたが潜伏先がわからないから賞金額がつりあがった奴だ。
「お前、よく無事だったな」
スパイクの言葉に同感だった。
まかり間違えば、もしかしたらこいつが死んでいたかもしれない相手だ。
それに水臭い、というか。
一言俺達に話せばいいものを。
「うん」
「うん、じゃないだろうが。ほれ、傷口見せてみろ」
「痛いから嫌」
「あーのーなあ」
ふあああっとまた大きく欠伸すると、そのままぱたりとスパイクの膝の上に倒れこんだ。
「眠いのか?」
スパイクが動じず、自分の膝を枕代わりにするの顔を見下ろす。
「二日寝てない」
それだけ言うと、寝息が聞こえてきた。
「おいおい」
若い女がいいのかねえ、とか思ってしまう。
「今のうちにお手当てしちゃえばーー?」
エドの言葉に続けるように、アインが一声吠えた。
「でもなんで急に」
「ご飯が食べたいからだって」
エドの言葉に俺とスパイクは「はぁ?!」と声を上げる。
「スパスパと一緒でぇ、カップ麺に飽きたから、ちょっと行って来るって」
その言葉に俺は苦笑いを、スパイクはへっと明るく笑う。
「へえ、いい心がけじゃねえか」
「…ってあんたら何やってんの?」
フェイが戻ってきて、目を丸くして俺達を見下ろしている。
「あの女に比べればずいぶんと可愛げのある奴だ」
スパイクの言葉に、俺は即答した。
「全くだ」
「何よ〜それ! あ、? 何寝てんのよ?」
「お仕事してきてねむねむなの〜〜」
「わんっ!」
「静かにしてやれ、なにせ今夜の晩餐はの奢りだからな」
俺は笑いながらそう言うと、さっさと手当てを施した。
本名かどうかもわからないが、と名乗るこの少女がビバップに乗るようになったのはエドの後だった。
どこで覚えたのか判らない、ライフルの腕はスパイクよりも上で、フェイよりも淡白な性質だった。
小生意気な女、でもなく、うるさいガキでもないのでスパイクも心底嫌ってはないらしい。
ただこういう無茶を平気でやってけろっとした顔で帰ってくるのが、俺は気に入っていないがな。
だがまあ、今回は、その可愛げのある寝顔と、何より金に免じて許してやろうと思う。
「さあってと、買出しにでも行くか?」
そおっと、スパイクにしては珍しく、相手を思いやる動きでソファアを立ち上がる。
膝の上から、器用にの頭を持ち上げて、優しく置いた。
全く。金というのは偉大なもんだ。
「俺が行く。お前はここにいろ」
「OK」ぴんっとスパイクが片眉を上げた。「油断のならねえのが帰ってきたからなあ?」
「ちょっと。それどういう意味?」
フェイが声を張り上げる。
「言葉どおりの意味ってなんでわかんねえのかねえ」
「なんですってえ?!」
「はいはい、お前ら、が寝てんだから、静かにケンカしろよ」
俺はそう言いながら、外に出る。
さてと。
うちの眠り姫になんぞいいもんでも食わせてやるかねえ。
俺はそんな事を思いながら、カードを懐にしまい込む。
その日のディナーはここ一月の食生活に比べれば、まさしく天国だった。
が。
その後、フェイがの金を使い込んで、違う意味でが眠り姫になったのは別の話にしといてやろう。
全く。
金ってやつは偉大すぎる。
2001・09.18 UP