「今日はこの街で一泊しましょうか」
八戒の言葉をは三蔵の膝の上で聞いた。
もう星が瞬きだした、そんな時刻だ。
ようやく人がいる街を見つけた一同は内心、安堵の溜息を吐く。
はもぞもぞと動くと、自分の身体を抱きしめている男に思い切って言った。
「い、いい加減、は、恥ずかしいんですけど。三蔵様」
「うるせえ、殺すぞ」
何回この会話をしただろう。
後部座席(ジープの後ろ)に悟空や悟浄達と一緒に乗るからと言っても、この生臭世紀末坊主(悟浄命名)は全く、一切人の言うことを聞きやしない。
「、いつでも俺のとこ、来いよ」
「そーだよ。三蔵っ。ちゃん独り占めすんなよ」
寄越せ寄越せ寄越せ! と五月蝿い後ろの二人と本人を黙らせて、この最高位につく三蔵法師は彼女を片時も放そうとしない。
(これって、ちょっとつらい)
「? 疲れちゃいました」
「ううん。全然平気」
「当たり前だろ」
八戒との会話にもさりげなく邪魔をする。
「三蔵、いい加減にしたほうがいいと思いますよ」
「てめえが俺に説教か」
「やれやれ」
八戒は肩をすくめて、ちらりとだけなおを見た。
気がついているのは、おそらく八戒だけ。
が、自身の身体を抱きしめている人間に愛情を寄せていることに。
いつからだなんて気がつかなかったが、は三蔵に惹かれていた。
惹かれてはいたが言葉にしたことはなかった。
相手は『玄奘三蔵』なのだから、自分のような女の想いで煩わせてはいけないのだと。
そう自覚した矢先、三蔵は彼女に触れだした。
そばに置いて放さない。
にとっては甘美で切ない拷問に思える。
「〜、お買い物行こうよ〜」
悟空がじゃれて来るのをは優しく見つめた。
「うん」
「駄目だ」
三蔵が即座に言い放った。
「三蔵?」
「サル。てめえは河童と一緒にこれ買って来い。八戒は………」
「はいはい、言わないでも判ってます」
ジープを寝かせると、八戒は宿の調理場を借りに交渉しに行く。
「、鬼畜坊主に気をつけろよ」
「んじゃ、いってくんね〜」
そう言って二人が出て行く。
二人っきりという空間の重さに、は耐え切れずに口火を切った。
「じゃ、あたしは洗濯でも……」
「待て」
三蔵はそう言うと、の腕を取って自分の方に寄せた。
「さ、さんぞ?」
「てめえは俺と一緒に留守番だ」
留守番は判る。留守番は。
しかし、この三蔵の腕に抱かれている、この状況は…なんだろう。
「」
「は、はい」
「てめえ、俺のこと避けてるだろうが」
「避けてなんか…」
「身体のことじゃねえ、心のことだ」
ぎくり。
身体がこわばったのが自分で判る。
「そ、それは………」
「俺が『玄奘三蔵』だからか?」
ふざけんな、という低い声に、は怖くなる。
自分を抱きしめているこの、最高位の法師は『男』なのだと自覚する。
「俺は俺だ」
力が込められた腕と手。
首筋にかかる息。
全てが熱くて、全てに心が反応する。
「、今日は特別な日だから、だからこれだけ口にしてやる」
特別な日?
の瞳が、金の髪と紫紺の瞳を捕らえた。
三蔵の唇が、言葉をつむいだ。
それはゆっくりとの心の中だけに入り込んで、溶けて行く。
「あたしも………」
「てめえの気持ちなんざはなっから判ってんだよ」
数十分後。
悟空と悟浄が買ってきたものが、自分に対するプレゼントで。
八戒が作ったケーキとご馳走で。
は今日という日が自分の誕生日だと知る。
けれど一番彼女が嬉しかったのは、自分も忘れてしまっていた今日という日を三蔵が覚えてくれていて。
その『言葉』を囁いてくれたこと。
「俺は、お前を愛してる」
2001・11・07 UP