賞金稼ぎとして一番大事なものは、なんにしてもタイミングとチャンスを逃さないことだ。
そう。
いかなることにおいても。



ジャック・シスコはかすかに目をむいた。
ここは酒場だ。
ゾイド・ウォリアー達の中でもけっこう荒くれ男達がそろう、そんな酒場だ。
なのに。
(なんで、あいつがいるんだ?)

あいつ。
チーム・ブリッツの一員で、確かメンバーの誰かの姉だという
たまにしかバトルには出ないが、ステルスドラゴンという変わったゾイドに乗っている。
なぜたまにしかでないのかというと、チームの連中があまり彼女をバトルに出そうとしないのだ。
過保護なチームの連中の姿もなく、たった一人で、今、彼女はテーブルで酒を飲んでいる。

いや、正確には一人ではない。

「ありがとうございます〜」
「なあに、いいってとよ」
「もっと飲みな」
「おごってやっからさあ」
「ちっ」

男達の言葉に、思わず舌打ちする。
の周囲にはごつい、というか。
女に不自由している三人組みがかたまっていい気になっていた。

「おい、
「あ、ジャックさん」
「さん付けはやめろって言ってなかったか」

等といいながら、ジャックはの周りで、顔をしかめた連中を見下すように睨みつけた。

「俺の女になんか用か?」
「?」
「あんたの女〜っ?!」

因縁をつけようとする男の一人を仲間が押さえた。

「やめろ。ジャックだ…」

小声で自分の名前が囁かれるのを聞いて、ジャックははっと鼻で笑った。
勝利を呼ぶ男。
金のない連中は及びでもない。
運のない奴も嫌いだと豪語する男。
その腕はゾイドウォリアーの中でもトップクラスになる。
なにせ彼が乗るゾイドは、地上最速を誇るライトニングサイクス。
その加速についていける人間はそう多いものではない。
彼は同じゾイドバトルを行うものに対しては尊敬や畏怖や嫉妬の入り組んだ感情を向けられていたのだ。
これで話は早くなる。と、ジャックは内心笑った。
そんな表情はおくびにも出さないが。
男達には文句は言わせない視線で、ジャックは見下す視線のまま言った。

「世話になったな」

金貨を数枚テーブルに置くと、を立たせる。

「はれ? なにすんですか。ジャックさん」
「店をかえんのさ」

くにゃり、と力の入らないに肩をかして、ジャックは店を出た。
アルコールの匂いの奥にある、フローラルな香り。

柄にもなく、心臓がどくんと大きく波打つ。
(まずいな…)

とは言ってもチャンスには違いない。
彼女を、自分の物にするチャンスに。



初めて会ったのはチーム・ブリッツのバトルの後だったか。
何にしても健気というか、一生懸命で目が離せない女だとは想っていた。

「今日は、ビットたちはどーした?」
「いませんよ、あたし、家出してきちゃったんだから〜」
「家出?」

穏やかじゃねえなあ、と返事をしながら、自分の車に乗せる。

「ゾイド・バトル、もう出ちゃいけないって…ジェミーが…」
「あんたがか?」

こくん、と頷く彼女の髪が揺れる。

「みんなバトルしてるから、あたしも出てても問題ないし、ちゃんと登録してるし、ステルスドラゴンだっているから大丈夫って言うんですけど。
最近、バックドラフトからのいきなりのバトルが多くなってきて…危ないからだって…」
「あんたは女だもんなあ」

車のキーをひねる。

「リノンちゃんだって、女の子です」
「いや、あれはある意味違うだろ」

即答しながら車を動かす。
エンジンの振動が、の身体を揺らして、すぐ横の運転席の男の身体に寄りかからせた。

「!」
「ごめんなさい」

とっさに謝るに、内心、苦笑する。

「いや、あんたがつらいなら、この体勢でもかまわねえぜ?」

車がようやく発進して、ついたのは。
高級の部類に入るホテルの前だった。




下心がないといえば、嘘になる。

しかし、このまま彼女を一人で放り出すわけには行かなかった。






「男の子に生まれればよかった」

ぽつん、とさびしく言ったは、そう言いながらちびちびと高いお酒に口をつける。

「……なんで?」
「男の子に生まれれば、ゾイド・バトルに出るな! なんて言われなかったと思うから」

ホテルのバーのカウンターで、静かに飲んでいたジャックは、の言葉に眉を少しだけひそめた。

彼女が男に? 冗談じゃない。

「そりゃあ、困るな」
「?」
「俺が困る」
「なんでですか?」
「お前のことが好きだから」

きっぱり言い切り、アルコールを一口、喉に流し込んでから隣にちらりと視線を送ると、彼女は顔を朱色に染めていた。
それはアルコールも手伝ってのことかもしれないが。

「じゃ、ジャック…?」
「顔、赤いぞ。大丈夫か?」

なんて言いながら、頬に手をやる。

「あ、の……」

休んだ方がいいだろうな、という呟きに、の瞳がかすかに潤んだ気がする。

「…今夜はもう遅ぇから、ここに泊まるぞ」

ジャックの言葉に、は別に反対しなかった。





下心はないといえば嘘になる。


しかし。

賞金稼ぎとして一番大事なものは、なんにしてもタイミングとチャンスを逃さないことだ。
そう。
いかなることにおいても。


次の日、はちゃんとジャックにチーム・ブリッツの所に連れて帰らされた。

首筋に、一つのキスマークをつけて。

それを知った、ビットとバラットがジャックにバトルを申し込んだのはまた、それから後の話になる。

2001・11・26 UP

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