「…待っとってもよか?」
彼が彼女の存在を知ったのは、つい二・三週間前。
「と、東京の飛葉中学から転校してきた…です。よろしく、お願いします」
中学三年で卒業間近という結構微妙な時期に転校してきた彼女は、少しおどおどして小動物的な仕草をする女の子で。
普段わいわいするクラスの女子が、そんな彼女のことを一気に気に入ったのはすぐにわかったが、ただそれだけといえば、ただそれだけのこと。
だった。
そのときまでは。
九州選抜の選考練習の帰り道だった。話し合いや帰り際にラーメンを食べて帰ったせいか、いつもよりも遅くなってしまった。
家の近くまで来たので他のメンバー達と別れた直後に、彼女がいた。
「……?」
「へ?」
薄暗くなった夕闇空を背景に、彼女は振り向く。
教室では滅多に見れない、気の抜けた表情。
持っているのはビニール袋とスコップ。
もう一方には太い綱。
つながれているのは……中型犬。(犬の種類まではわからないが)
「えっと、確か城光くん、でしたよね」
「あ、あぁ。は何しとると、こげな遅ぅに」
判りきっていたことだが、念のために聞くと彼女は「犬の散歩」と言い、与志忠に向き直る。
初めて見る私服姿に、多少頬が染まるのを与志忠は感じた。
日頃、女っけがないから、というのもあるが。
「そんでも遅ぅに女の子一人じゃ、バリ危なかぞ」
「大丈夫です。ポアロがついてるから」
名前を呼ばれてか、中型犬は一声吼えて、それから注意深く与志忠に近寄る。
くんくんと鼻を動かしているから。
「敵か味方か、今判別しとると? お前、それではいかんったい」
与志忠はしゃがむと、犬の頭をごしごしと頭をなでてやる。
「ポアロ言うね?」
「そう」
ふわっと笑われて、心臓が、どくんと言った。
(あー…なんか。やばか)
照れくさくて、犬の頭をわしわしと頭をなでる。
尻尾が高速回転になってきているので自分が気に入られたことに、与志忠は嬉しくなった。
「犬、好きなの?」
「知り合いに犬ッころみたいなのがおって」
「犬みたいな子?」
「おう」
頭の中に一つ下の高山昭栄の顔が思い浮かぶ。
バスケから転向して来たあいつは、まさしく人懐っこい犬に思える。
そう、この中型犬のように元気がいっぱいで「天然」。
おそらく選考に残るだろう、と思う。
当然、自分も残る自信はあるから、きっと面白いチームにはなるだろう。
そんなことを考えながら彼は立ち上がって彼女を見下ろす。
「送っちゃるけん」
「いい、です」
「…それは送ってもよかっちゅう意味か?」
「大丈夫って言う意味です。ポアロもいるし」
「いかんて」
も、そして飼い犬もセットで見るとどことなく『ほわんっ』とした優しげな雰囲気をかもし出していて、この夕闇の中ではひどく頼りなさげに見える。
「ポアロ、オスか?」
「女の子」
「ますますいかんったい」
女二人(この場合は一人と一匹だが)にこの時間帯は危ないだろうと与志忠は判断する。
「でも、…何かの練習の帰りじゃないですか?」
疲れてるんじゃないですか? と、そう言ってくれる彼女の言葉と表情に。
(…あー…こいつ、可愛かね…)と、それしか頭に浮かばなくて。
クラスにいるときは周りに他の女の子達がいるから気がつけなかった。
話し掛けることすらままならなかった。
「かまわんったい。家、どっちね」
気がついたら、もう止まれない。
「あっち」
指を指す方向は自分の家とは違う方向。
「よし」
荷物を抱えて与志忠は犬の引き綱を持った。
「しかし、なんで丁寧語ね。」
「え? そ、そのっ」
隣を歩きながら聞くと、彼女はうつむく。
「…なんだか城光くん、大人っぽいし」
「…」
「クラスで一番、大きいし」
「…」
「時々、学校休んでるから話す機会とかなかったし」
「…は、俺のこと、苦手か?」
「…そうじゃないけど」
ちょっと近寄りがたいって感じがしたの。
小さくそう言われて「そーかー」と与志忠は小さく返した。
なんだかそう彼女に言われると、胸がぎゅっと痛む。
「でも、優しいですね。城光君」
「え?」
胸の痛みが消え去り、代わりに嬉しい気持ちが盛り上がってくる。
「だって疲れてるのに送ってくれてるから」
「お、おう」
疲労感よりも何よりも、彼女と一緒にいたいと瞬間的に思ったから、身体と口が動いたとはまさか本人にはいえない。
犬の綱を持ち直して、黙ってしまった彼女に耐え切れなくなり、与志忠は口を開いた。
「俺な、サッカーしとるんよ」
いきなり話題を振られて、となりの彼女はぱちぱちと瞬きをした。
「サッカー?」
「おう。今、選抜っちうて九州の中学ん中でええ連中ばそろえよう、いうのしとって。それの選考会に参加しとるんよ。…学校休んどったんは、主にサッカーが原因ったい」
「ふーん…じゃあ、うちの学校ってサッカー強い?」
「、知らんかったと?」
「だって、皆教えてくれませんし」
「ふーん…まあ、かなり強かよ。俺がキャプテンしとうし」
「えっ!」
「それも知らんかったと? かーっ、バリ情報、遅すぎ」
口元に笑みが浮かぶのが抑えられない。
「だって…」
「だってもなか。…まあ、今知ったからよか」
そう言ってやると素直に頷く彼女を見て、心臓がまたどきどきと高鳴ってきた。
目を細めて、見下ろしてなるべく優しい口調で彼女に言ってやる。
「あとな……身体でかろーが何しよーが、俺はと同じ中三ったい。やから言葉は普通でよか。と、いうよりも普通のほうが、俺は嬉しい」
「あ、はい」
「…、友達に、はい、なんて言うか?」
「あ、その…うん?」
「そいでよか」
与志忠の嬉しそうな、歳相応の笑みに彼女も笑顔を見せてくれた。
「あ、あたしの家、ここなの」
白い屋根の一戸建ての家の前まで来ると彼女の声が跳ね上がる。
「けっこう歩いたなあ。。あれいつもの散歩コースか?」
「そう。ポアロと歩いてると楽しくって。ついつい遠出しちゃうから」
そう言って、手を出して来る。
引き綱を素直に渡そうとして、与志忠はその手を止めた。
「なあ?」
「なあに?」
「なら、あそこまで毎日、あの時間帯におるっちゅうことか?」
「うん…」
だから大丈夫だよ? と言ってくる彼女に与志忠は眉を寄せる。
「、俺もな、だいたいあの時間帯か、もう少しだけ早いんよ」
「うん」
「女二人やと行きの時間はよかかもしれんが帰り道危ないけん、俺が送っちゃる」
「えっ、いいよ。別に」
「いかんったい。…あー…その、俺もポアロにもまた会いたいし…」
本当は犬よりもその飼い主だが。
「ばってん、散歩コース変えられたらお終いやけど」
「え? ううん。当分はあのコースがポアロのお気に入りだから…」
「やったら、その…送るんで……待っとってもよか?」
精一杯勇気を出した与志忠の言葉。
「う、うん」
なぜか顔が赤くなるに嬉しくなって、与志忠は引き綱を優しく手渡す。
偶然、触れた彼女の手は柔らかくて。
「したら、また明日な」
「う、うん」
こくこくと頷く彼女の姿も見てから、与志忠は来た道を戻り始めた。
柔らかな感触を思い返すように、ぐーぱーと手を動かす。
これから毎日、サッカーから帰ったら彼女と歩ける。
「いかん…顔が笑う」
その存在を知ったのは以前だけれど、ゆっくり話したのは今日がはじめて。
気になったのはあの笑顔。
彼女の瞳で見られたら、もう自分が何をしているのか判らなかった。
素直に自分の言葉を聞いてくれて。
返事を返してくれる彼女の言葉。
「これが伝説の『一目惚れ』っちゅうやつかね…」
自分で言って、自分で照れる、未来の九州選抜キャプテンがそこにいた。
彼と彼女の仲がどうなったかは……ご想像にお任せしよう。
END?
2002・06・08 UP
九州勢の言葉は難しいんですけど(おかげでこの創作内はぱちもんっす)けど。
彼を書きたかったんですーよ(告白)。
高山くんも功刀くんも勿論大好きvなんですが。
あと、彼らって同じ学校とは限らない、ですよね?
選抜だし、高山くんとは違う学校じゃないかな? と作成しました。
何気に彼じゃなくてもOK…だな(涙)
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