「もっぺん…しよ」
「もうすぐ誕生日だけど……何がほしい? 城光くん」
「ん?」
彼女の言葉に、耳を傾けていた城光与志忠はそう言われて思わず立ち止まって彼女の顔を見つめる。
いつものように犬の散歩をかねた短い逢瀬の中での言葉に、与志忠は聞き返す。
「なん?」
「だから、欲しいものないの? 城光くん。そんなに高価なものは…その、駄目だけど」
欲しいもの。
思春期の男が欲しいものといったら。
しかも、好きで仕方がない彼女からの申し出ならば。
「そがいなもん、お前自身にきまっとーやろーが」
チームメートの守護神さまならば、心の思うままにそう発言するだろうが。
キャプテンはそうはいかない。
城光は空を仰ぐ。
告白のときもすったもんだがあって。
むちゃくちゃ彼女は照れまくって、学校で思いっきり避けられて。
それでも諦め切れなくて、再度告白した相手。
あれから2週間
ようやく最近になって、手をつなぎ本当にデートと呼べれるものを数回した程度。
なのに。
(正直に言うたら、に嫌われるけんなー)
与志忠だって男で、という好きな女の子がいるとなったら是非とも…したいとは思ってるが、無理強いはいやだ。
こんなことを言うと、きっとチームの連中からは「キャプテン、そんでん男かっ!」と言われるかもしれないが。
(言った連中は問答無用で10kmコースやけど)
とのことは、はっきり言って真剣そのもので。
中学生らしからぬ未来設計まで、もう与志忠は考えている。
(まだ、には早いかもしれんしー)
など、思いながらも思考はすでにそういう類の創造を膨らませていってしまうもの。
「城光くん?」
瞬間、想像上で自分の腕の中で泣くと現実のの声がシンクロしてしまい、与志忠はばくん、と心臓が動いて顔が赤くなるのを必死に抑えた。
「ん?」
「ん? じゃなくて、なにがいい?」
見上げてくるは可愛い。
そう、実感しながらも自分の想像したその映像を、とりあえず頭の奥底に沈める。
「…なんでんよかよ。がくれるんやったら、なんでん嬉しい……ちゅうのはいかんのか…」
「だって…彼氏にあげるのって初めてだから何あげればいいかわかんないんないから、よければ城光くんの好きなものあげたいし…その…」
「…っ」
(可愛いすぎ…)
の言葉に与志忠は耳を赤くした。
どうしてこうまで自分を嬉しがらせる言葉を言ってくれるんだろう、彼女は。
そう実感しながら、の肩を抱いて思わず抱き寄せる。
立ち止まった飼い主たちの会話が終わるのを待つかのように、犬のポアロも歩みを止めて座った。
「ひゃっ」
「…そがん可愛いこつ言う相手は、俺だけな」
「…っ」
顔を赤くする彼女にまた嬉しくなりながら、与志忠は笑った。
「ポアロ待たしたらいかん、いこか」
「う、うん」
しばらく歩くと、ゴールであるの家が見えた。
「着いちゃったね…」
「そがいなこと言うから、毎回、連れて帰りとうなる」
「うっ」
つまって、しかも顔をなおも赤くする彼女に与志忠はまた笑った。
そして気がついたように切り出す。
「俺の誕生日な」
「え…、あ、うん」
「練習、たぶん休みになるけん。どっか遊びにいこ」
うなじの辺りをかきながら、与志忠はそう誘った。
「本当にお休み?」
「盆までサッカーさせんやろ」
「あ…そっか」
「やけんど、明けたらサッカー漬けになって寂しい想いばさせるかもしれんから、遊び尽くして充電せねば」
「充電って…」
「遠征やとかで、散歩も一緒にできるかどうかわからんったい」
「え…っそうなの?」
しゅん、と気落ちするの身体を抱きしめたくなる衝動を与志忠は抑えた。
「やから、充電。な?」
「うん!」
「わん!」
飼い主のその言葉に、飼い犬が一声ほえる。
与志忠は笑ってポアロを見つめた。
「お前は留守番ったい」
頭をなでてやりながら、与志忠はを見つめた。
「またあとで電話するけん」
「うん!」
そしてバースデー当日。
二人は近場の遊園地に遊びに来ていた。
「あのね」
手をつなぐことにまだ照れが入る彼女がそっと腕を触る。
ぞく。
自分のものではない柔らかな肌が自分に触れてくる感触に背筋がぞくぞくするのは、自分だけなんだろうかと思いながら、与志忠は平静を装う。
「ん?」
「一応、プレゼントも持ってきたんだけど………それとは別に、あたし今日一日城光くんの言うことならなんでも聞くからね。それがバースデープレゼント」
何でも言うこと聞く。
何でも?
……あれやそれでも許されるのか? と考えるまで1秒とはかからない自分の額を押さえる。
(またそうやっては……簡単に人の理性ば飛ばしてくれること言うし)
いや、そっち方面に思考を持っていく自分が悪いのだが、と与志忠はひそかに思う。
とりあえず、頭をなでてやりながら「したら乗り物ば俺が決めるけん」というと彼女は納得したらしい。
飲み物やアイスなどもが買おうとするので与志忠は苦笑いをしながらそれを断り、なるべくが好きそうな乗り物を選んだ。
これから先、悠長に遊園地に遊びに来る時間は作れなくなる可能性が大きい。
選抜のキャプテンとしてチームを引っ張っていかなくてはいけないだろうし。
まあ、自身も自分も基本的に受験生なのでそういちゃいちゃもできないのだが。
(まったく会えんこつなかから…)
我慢できなくなったら、自分は会いに走るだろうな、など思ってはいるが、こうしてデートらしいことはできなくなるだろうとは感じ取っていた。
与志忠はかまわないのだが、は「疲れてるだろうから、無理しちゃだめ」とこういうところには来ようとは言わないだろうとも思う。
彼女はそういう女の子なのだ。
与志忠はのペースを守りながら、遊園地内を存分に周りはじめた。
そして、夕方。
乗り物ラストということで二人は大観覧車に乗ることにした。
「足、大丈夫か? 疲れてないか?」
「うん、平気」
いつのまにか手をつなぐことに慣れてきてくれたに嬉しくなって、与志忠は指を絡める。
恥ずかしそうだが、抵抗も何もしない彼女に嬉しくなってしまう。
は俺のだ、と胸を張って言える気がした。
観覧車に乗ると、バースデープレゼントとして生地のいいタオルと靴下が入ったプレゼントを受け取る。
「消耗品だから、いると思って…どうかな?」
なんて顔をのぞかれて、結構嬉しい。
「城光くん」
だが与志忠にも彼女に対して1つだけ不満に思っていることがあった。
いい機会だ、と与志忠はプレゼントを自分の隣に大事そうに置くと口火を切った。
「……なんでん、言うこと聞く言うたな、」
「う、うん」
「やったら、今日からずっと俺んことは「与志忠」て呼んで」
「今日から…今日は言うこと聞くって言ったけど…今日からずっといわなくちゃいけないの?」
「おう」
「明日も?」
「明日もその次もずっと」
「……い、いまさら名前言えないよ…」
「俺だけんこと名前で呼ぶんは不公平やろ」
「うう…けど…」
「やったら」
駄目でもともとだと、与志忠はそのとき思った。
何も期待してはなかった。
ここまで言えばきっと自分の思うとおりの結果になると思っていた。
「ここでの方から俺んキスしてくれたら、許す」
できないことを前提に言ったはずだった。
そのときは。
「キスって……1回…?」
ばくん。
心臓が動き出す。
「く、口にせないかんよ」
ここまで追い詰めれば、言ってくれるはずだ、と与志忠はどこかでそう自分に言い聞かせた。
そう。
キスはすまい。
期待してはいけない。
いや、期待するのは俺の名前を言ってくれるの声であって。
あの、どことなく美味しそうな唇じゃなくて……。
だがそれと裏腹に、は顔を赤くしながら、立ち上がって与志忠を少しばかり見下ろす。
「目、と、とじてくれなくちゃ、でき、ない」
(マジで?!!)
「そんなに俺ん名前言うんが、はずかしか?」
「う、うん。…だから……」
彼女がかがんでくるのがわかる。
至近距離の顔。
与志忠は目を閉じる。
棚からぼた餅ということわざが頭を駆け巡った。
まさか、してくれるとは思ってなかったから。
やがて、やわらかい感触が唇に触れたと思った瞬間、去っていった。
「これで……いい?」
にしてみれば、今後ずっと、おそらく人前でも与志忠のことを名前で呼ぶなど恥ずかしくてできそうもないと判断した結果だった。
これからずっと、よりも今この場で1回キスした方がましだと思ったのだ。
幸か不幸か隣のゴンドラには人が乗っていないようで、ある意味、与志忠と密閉空間にいる今ならできると思ったのだ。
いつもいつも、与志忠のほうからアプローチ(と、言っても手をつなぐ程度だが)してもらっているから、というのも勿論あるが。
消え入るような彼女の声に、与志忠の理性の一部が吹き飛んだ。
「ええけど……」
目元を真っ赤に染め、見つめてくる彼女を引き寄せて自分のひざの上で座らせた。
「じょっ城光くんっ」
「たらん」
「……え?」
「名前で俺んこと呼ばんのだろ?」
目と目が合った。
「もっぺん…しよ」
そう言うなり、与志忠は今度は自分からの唇を塞ぐ。
「んっ…」
彼女の羽のような柔らかで、かすめるようなそれの代わりにはあまりにも熱烈な返礼の口付け。
彼と彼女の仲がこの後どうなったかは……ご想像にお任せしよう。
END?
2002・08・14 UP
ぜーはー(爆笑)。
ぎりぎり間に合わせました、よっさんバースデーおめでとう創作です。
前回よりも数段関係はステップUPしておりますが、まだ「ちゅー」まで(笑)の関係にさせました。
よっさんは彼女との交際は長期化計画(笑)でしたが彼女がいちいち理性を飛ばしてくれたので今回は一部暴走気味風味。
ブラウザで戻ってね!
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