汝の隣人を愛せよ
(2)




「強ぅなったらえーねん」

きっと彼女は忘れているだろう。

「相手が文句つけへんほど強ぅなって胸張ったれや。〔見てみぃ! どうや! お前らにできるか? これ!〕って言えるぐらい気張ってみぃや」

俺に言った言葉など。
だけど、その言葉は俺の中でまだ力強く生きている。

「少なくとも、あたしはそうする」

それは俺に対しての慰めの言葉ではなくて。

「誰にも負けへん女になるんや」

彼女の自分自身への宣誓のような気がした。







「なぁ、篠原。と仲がいいよな?」

「…っ、三上」

「なんだよ」

件のデビルスマイルを浮かべながら、三上が委員長の篠原遊馬に聞いた。

俺が止めようとすると、三上が睨んでくる。

男女に分かれての体育の授業なら、女子に気がつかれずにこういう話ができる。

「だから、あの女には気が付かれないから安心しろ」

(ってーか、お前が聞きたいことなんだろーが)という言外の言葉を俺は受け取り、おずおずと視線を委員長に向けた。

「ああ、? そうだなー、仲がいいってーいやあいい方だけど…あいつがなんかしたか?」

きょとん、と聞いてくる篠原は俺を見つめる。

「いや、そうじゃなくて…」

「ってーか、お前らつきあってんの?」

三上がそのままずばりと聞いた。

「はあ?」

「はあ? じゃねえよ。つきあってんのかってー聞いてんだよ」

「誰と」

「お前と」

「誰が」

が」

瞬間。

篠原はお腹を抱えて笑い出した。

しかも「ぶっひゃっひゃっひゃ」という笑い声で他のクラスメート達を驚かせる。

こいつがこんなに全快で大笑いしてるのって初めてだ。

「おい」

三上の怒った声に、篠原は「ひー…っ」とか言いながら落ち着きを取り戻していく。

「…ああ、わ、悪い」篠原は自分を落ち着かせながら、だけど笑いの残滓をそこかしこに残しながら続ける。「俺、あいつを女として見たことないぞ。どこからそんな発想が来るんだ、三上」

だとよ、と俺に目で言いながら、三上はとってつけたように言った。

「…じゃあ、泉か?」

「以下同文だな」

きっぱりと言い切ると、篠原は肩をほぐしながら俺たちを見る。

「野明は腐れ縁だし、も同じ様なもんだ。男女間ってーいうよりも仲間意識が強いなぁ。今のところは」

「ふーん」

「んで? あいつら二人が何かしたのか? サッカー部」

三上はちらりとまた俺を見た。

「渋沢?」

「あ、いや、その…」

頭をかく。

なんて言ったらいいんだろう。



それが今現在の、俺の隣人。

俺の中の認識では……『好きな女の子』。

一年のときに、目を引かれて追いかけていた。

あの強さに負けないように、目標にしてさえいた。

二年のとき、クラスは分かれてしまったけれど、移動教室のたびに廊下ですれ違うのを期待していた。

自分の気持ちがなんなのか、思い知った一年だった。

そしてようやく三年になって同じクラスになれたのに、しかも隣の席になれたのに彼女の視線は隣の俺には自主的にこない。

いつも不機嫌そうに「渋沢、これ預かった」と簡単に言って他の女の子達からの手紙を渡してくる。

ただ、それだけ。

班での活動においては視線をよこさず、ただ「やっといた」とか「早よしーやー」とか。

ただそれだけ。

それがひどく悲しい。

同じクラスになれてよかった、という気持ちは「もっとの側にいたい」「もっとのことが知りたい」っていう欲求に代わっている。

「あいつの方言がむかつくのか? あれきっついけどあれはあれでの個性だから俺がどうこうしてやれねえぞ」

篠原の言葉に我に帰る。

「いや、違う」

全然気にならない。

むしろ、あの関西言葉がの居場所を教えてくれる。

「じゃあなんだ?」

「あー…その…」

俺はうなじの辺りをかきむしった。

「いっつもあの女寝てんジャン?」

にやにや笑いながら三上は続ける。

「ああ、休み時間はあいつの大事なヒットポイント回復時間だからな」

「はあ?」

「で。……の何が気になるんだ? お前ら。いや…渋沢」

たぶん篠原は気がついて(俺の表情か何かで)、わざとそう言いながらにやりと笑った。

その笑みは三上のデビルスマイルとどっこいだと思う。





『あいつが渋沢の隣に来るようにしたのは、悪いが俺の権限でさせてもらったんだ』

女どもの醜い戦いを見たかないから、と野明を生け贄の羊にした。

悪びれずそういいながら、篠原はにっと笑った。

『なんかそのほうが、渋沢にとっては良かったみたいだな』

けどな、と篠原はなおも続ける。

『あいつ、この間かなり参っててもうお前の隣、嫌っぽかったぞ』

篠原の言葉に俺は自分の血がさーーーっと引くのを感じた。

ここでなんらかの行動をとらないと、篠原の言うとおり、もしかしたら彼女は俺のことを嫌ってしまうかもしれない。

それだけは、絶対に嫌だった。

彼女の隣を誰にも譲る気はない、と思った瞬間にそれが顔に出ていたらしい。

そのとき、篠原と三上がにやにやと人の悪い笑みを浮かべていた。






「ほなら、ちゃっちゃとすませよかー」

「…あ、あぁ」

珍しく機嫌がいいに多少戸惑いながらも、俺はチャンスが来たと思った。
真面目に日直の仕事に彼女が出てきてくれて助かった。

時折、泉に代わってもらってしまうというのを聞いていたからだ。

…」
俺は思い切って呼びかける。

「んー? なにー?」

つーか、今邪魔すんなやー? と返されて、凹みかけるが言葉に刺がない分いい、と思い直す。

「…その、は俺のこと、嫌ってるのか?」

沈黙が、つらい。

俺は慌てて続ける。

「い、いや。その、いつも休み時間はいつも寝てるし、話し掛けても、そっけないし」

「…女がみんな、自分に愛想ええとでもおもっとんのか」

低い声が教室に響く。

怒りかけの彼女の声はことさら冷たくて低い。

少なくとも俺はそんな考えの持ち主じゃないことを、彼女にどうやったら伝わるんだろう。

「〜〜〜っ」

きちんときれいに黒板を消し終わってから、俺は彼女の側に足早に近づく。

女の子としては平均なんだろうが、俺からしてみれば小さい。

身長も肩幅も。

「そんなこと、思ってない」

喉の奥がからからになる。

「おもっとったら、嫌味やからな」

突き放すような言い方に、俺は泣きそうに歪む顔をなんとか堪えた。

「…やっぱり、俺のこと、嫌いなのか?」

「嫌いじゃない」

ぱたん、と日誌を最後まで書いてから彼女は俺に初めて、視線を自主的によこした。

強くてきれいで、たった一つの『存在』

「でも、俺のこと、好きじゃない?」

「まー、普通やな〜」

「なら、なんでっ」

口調が荒くなるのを抑えようとすると、彼女はそれすらも構わないから、というように言ってくる。

「なんや? 渋沢。言いたいことがあるんやったら今のうちや、言うてまい」

「俺、三年になってまたと同じクラスになれて嬉しかった」

反応がない。

やっぱり覚えてなかったんだ。

少し落胆するけど、でも俺はあきらめない。

「話そうとすると視線をそらすし、班行動の時にしか声を聞かない。休み時間は寝ているか、他の子と居る。放課後は話しかえる暇もなく寮に帰ってるみたいだし…」

「…渋沢…まあ、言うたらな…?」

はあ、と力をなくしては教えてくれる。

隣の席というだけでやっかみがあるのに(気にはしないが)仲良さげに話そうものならこれ以上、貴重な睡眠時間がとられる。

「…睡眠時間って…夜寝てないのか?」と、俺が聞くと。

「…まあな。それ以上は聞くな。」

乙女にはいろいろあるんや。

というわけの判らない言葉。

だけどここで無理強いしたら、また怒らせてしまうので俺は納得したふりをした。

「しかし、なんでそないのあたしにこだわる? 渋沢」

「好きだから」

するりと言葉が自然に口に上る。

「俺、あのときから、一年のときから、のことが好きだ」

動きが止まる。

目が丸くなる。

そして俺を見上げてくるの頬が、少し赤くなる。

「……俺のこと、嫌いじゃないんだら、せめて友達になってくれ」

今は。

今は友達でいい。

その立場からゆっくりとこれからの心の中に入っていくから。

いい隣人になるから。

迷惑はかけないから。

もっと俺を見て、感じて。

俺を知って。

そして俺を好きになってくれ。


全ての想いをこめて彼女にそう言うと、こくんと頷いてくれた。

(全ては、ここからだ)

俺は決意を新たにして、彼女に接しようと心で誓った。







続く…よな?


2002・05・15 UP

前回のキャプ視点作成してみました。
弱い…こんなのキャプじゃない! とおっしゃる人が居るでしょうが。
うちのサイトじゃこんな人。


ブラウザで戻ってんか。
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