汝の隣人を愛せよ
(1)




「強ぅなったらえーねん」

確かにそう言った。

「相手が文句つけへんほど強ぅなって胸張ったれや。〔見てみぃ! どうや! お前らにできるか? これ!〕って言えるぐらい気張ってみぃや」

誰だっただろうか。相手は。

「少なくとも、あたしはそうする」

あたしは相手に言うのではなくて、自分にそう言い聞かせていた。

「誰にも負けへん女になるんや」

一年のときに、誰かに言った自分の台詞。








「それ、前言撤回しても許されるやろうか。 どない思う?篠原、野明」

「お前らしくないんじゃないか?」は篠原。

「大丈夫? 」と心配そうなのが野明。

教室でへたっているところを発見されたあたしは、二人に相談事と称して直訴するつもりだった。

「もうあかん」

「即答すんな」

ぱしっと軽く、委員長の篠原が書類であたしの頭を叩く。

「野明…席替えしようや……」

「ダメだよ、。席替えって3ヶ月周期じゃん」

「誰が決めてん、そんなこと」

「たとえ席替えしたところで、あいつらの隣は女子は野明かお前になってもらう」

「………そりゃあ、殺生やで。篠原」

「恨むなら、ルックスも良くて成績抜群な武蔵森の守護神か司令塔を恨んでくれ」

「遊馬、渋沢君も三上君も悪気があるわけじゃないんだからさ」

「…そーやねえ、あの女の子パワーをどーにかして欲しいわ、あたしゃ」

しみじみ呟くと、委員長と副委員長は同情の溜息をついてくれた。


渋沢克朗。
我が武蔵森の中等部が誇るサッカー部キャプテン&守護神(GKのことだと思う)。

三上亮。
同じくサッカー部の司令塔。

この二人がどうして三年になって同じクラスになってしまったのか、教師諸君に問いただしたい気持ちでいっぱいだ。

別に彼らがどうこうではない。

別に三上君の素行が多少ばかり悪いという噂を聞こうが、渋沢君は本当は年齢をごまかしているとかいう話を聞こうが、そんなことあたしの知ったことではない。

問題は。

「女の子じゃよ……」

「すごいよねえ、ファンクラブの子達」

野明は気の毒そうな声を出してくれて、あたしの頭をなでてくれる。

そう、問題はあたしと泉以外のクラスメート女子(大半)がこの二人のことを強烈に意識しているのだ。

つまり、異性として強く引かれているらしい。

まあ、それはいい。

だだしかし。

「なんであたしに手紙やらの配達頼むねん。自分で渡せっちゅーねん」

「そこがネックか」

篠原の言葉にあたしは頷いた。

「あたしの仕事、しっとるやろ。二人とも」

「締め切りは?」

「まー、この調子やったらぎりぎりやな」

溜息をつく。

あたしは一応、中学生なのだが小説家としてお金を頂いている。

13歳のときに書いて投稿した推理小説が、とあるビックネームな作家様の目にとまり賞を頂くまでになり、現在は推理モノとファンタジーの中編小説をメインに書かせてもらうまでになった。

「学業と両立できるのならば書き続けなさい」と、保護者が言ってくれたので頑張ってはいるものの、締め切りが近づくとどうも人間の生活ではなくなってしまう。

まあ、調整できなかった自分が悪いのだが。

まず夜、まともに寝ない。

三時間の仮眠をとった後はひたすらノートパソコンに向かう。

勉強は、休み時間に脳髄に叩き込む。(宿題もそうだ)

昼休みや自習の時間は、ひたすら寝させてもらって体力を回復する。

その貴重な休み時間を(自習はのける)、クラスメートの女の子連中が邪魔をしてくれるわけだ。

いわく「渋沢君にこれ、渡して欲しいの」

いわく「なんであんたの席、いつも渋沢君の近くなの?」

いわく「三上君とさあ、仲いいの〜?」

いわく「三上君に〜今フリーかあ聞いて欲しいの〜」

以下略


それはここでニヤニヤ笑っている篠原遊馬委員長が悪いのだ。

彼が言うには「渋沢と三上のおかげで女子がきまずくなるのは嫌だろ?」ということで。

「話しちゃう? が作家なの」

話せば体力回復時間に邪魔しなくなるでしょ? と野明が言うが。

「嫌っす」

「バッカ、逆に五月蝿くなるぜー?」

そう、あたしが御話を書いていると知っているのは10人も満たない。

学校で知ってるのは1年のとき担任だった後藤先生と、今の学年主任の南雲先生、あと校長センセ。

同じクラスで知ってるのはこの二人のみ。

…正直、面倒くさいというのがある。
他の人間に教えるのが。
(ペンネームを男にしてるから今のところ誰にもばれていない)

まあ、とにかくだ。と、篠原は書類をきれいにまとめて自分の鞄に入れた。

「……三上や渋沢の隣にファンの女が来て見ろ。壮絶で醜い女の戦いが始まるぞ。いじめや呼び出しなんか、気の強い女ならともかく弱い女がターゲットになってみろ。…そんな後始末のめんどくさいこと、俺が委員長のクラスでやらせるか」

「お前は男やからえーけどなー」

「お前と野明なら、まず女子のやっかみを気にしないし、まずカップルになることなんか考えられない」

「あ、それなんか馬鹿にしてない?」

「してないしてない。だって事実だろ」

「それしてんのと違うか」

「そーだよね〜」

「たとえ間違ってお前らのどっちかが三上や渋沢のことを好きになって付き合うことになっても、バカップルになって周囲をあおるこたあないだろ」

二年のとき、三上と一緒だった篠原はそう言って深く深く溜息をつく。

……いろいろあったらしい。

「「まあな(ね)」」

あたしと野明はそう返事をすると、篠原は満足げに頷く。

「なのでこの調子で一年もってくれ」

「いやや」

「浪花の女は根性だろ」

「そんなもん、とうにつきた」

あたしの言葉に二人は笑った。

結果としてあたしの直訴は却下されたのだ。

汝の隣人を愛せ、という言葉がある。

だが、そこまであたしは人間できていない。

人も貴重な体力回復時間をけずられれば心はすさむものだ。

それに変な勘ぐりを(女子に)されても困る。

なので結果として三上にも渋沢にも極力話し掛けない隣人となっていた。








「ほなら、ちゃっちゃとすませよかー」

「…あ、あぁ」

あれからまた一週間たち、どうにか締め切りに作品が間に合ったので精神的にゆとりも出てきたのか、あたしは隣人と日直活動にいそしむことにした。

珍しいことに忙しいサッカー部のキャプテンはかなり真面目で、司令塔である三上のようにサボったりしないというのが美点だろう。

…これが締め切り前だったら、あたしの方がさぼっているのだが。

…」

「んー? なにー?」

つーか、今邪魔すんなやー? と言いつつ日直日誌を書く。

黒板を消してる渋沢の呼びかけにそう無造作に答えると、こんな言葉が返ってきた。

「…その、は俺のこと、嫌ってるのか?」

びっくりした。

黙っていると、武蔵森の守護神様は慌てたように続けた。

「い、いや。その、いつも休み時間はいつも寝てるし、話し掛けても、そっけないし」

「…女がみんな、自分に愛想ええとでもおもっとんのか」

あたしの低い声が放課後、二人きりの教室に響く。

「〜〜〜っ」

きちんときれいに黒板を消し終わってから、渋沢はあたしの側に来た。

でかい。

身長も肩幅も。

あたしを見下ろすと、渋沢は言い切った。

「そんなこと、思ってない」

「おもっとったら、嫌味やからな」
きっぱりそう言ってちらりと見上げると、一瞬だけ渋沢は泣きそうな顔をした。

「…やっぱり、俺のこと、嫌いなのか?」

「嫌いじゃない」

ぱたん、と日誌を最後まで書いてから言うと、渋沢はおずおずと口を開く。

「でも、俺のこと、好きじゃない?」

「まー、普通やな〜」

「なら、なんでっ」

怒ったかのような口調に、あたしは顔をしかめた。

「なんや? 渋沢。言いたいことがあるんやったら今のうちや、言うてまい」

「俺、三年になってまたと同じクラスになれて嬉しかった」

え。

一年の時に、同じクラスやったっけか?

二年のときはさすがに違うとは思うけども。

あたしの考えを知らずに、渋沢はあたしを見下ろしたまま言葉を続けた。

「話そうとすると視線をそらすし、班行動の時にしか声を聞かない。休み時間は寝ているか、他の子と居る。放課後は話しかえる暇もなく寮に帰ってるみたいだし…」

「…渋沢…まあ、言うたらな…?」

隣の席というだけでやっかみがあるのに(気にはしないが)仲良さげに話そうものならこれ以上、貴重な睡眠時間がとられる。

「…睡眠時間って…夜寝てないのか?」

「…まあな。それ以上は聞くな。」

乙女にはいろいろあるんや。

そう言うと、渋沢は少し顔をしかめたが納得はしてくれたらしい。

「しかし、なんでそないのあたしにこだわる? 渋沢」

「好きだから」

は?

「俺、あのときから、一年のときから、のことが好きだ」

………。

はいーーー?

瞬間に。

(たとえ間違ってお前らのどっちかが三上や渋沢のことを好きになって付き合うことになっても………)

篠原の言葉が頭に浮かぶ。

おい、篠原。

逆の場合はどないすんねん。

「……俺のこと、嫌いじゃないんだら、せめて友達になってくれ」

こ、こういうシュチュエーションは…本気で考えてなかった。


真剣な渋沢の眼差しに、あたしは頷くことしかできなかった。




続くんか?
2002・05・14 UP

弱い…弱すぎるな、うちのキャプテンは(汗)。
ええっとヒロインは口調を関西弁、思考を標準語(?)にしてみました。
初の試みっす。
あと、委員長&副委員長、そして先生方の名前は某アニメから。
判った方は彼らの子供姿を想像してみて下さい(苦笑)


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