汝の隣人を愛せよ・2

たまには友と昼食を

(2)




せんぱーーーーーい! 俺、探してたんですよーっお会いしたかったっすーーーー!!」

ぎゅっ。


頬まで寄せようとする藤代に、渋沢は我に帰る。

「誠二っ! 先輩がびっくりしてるだろ」

笠井の言葉に、藤代はようやく抱きしめてる相手を開放した。

先輩」

まるで語尾にハートマークを飛ばす勢いの声に、三上ははっと気が付く。

「バカ代、命が惜しかったら、から離れろ。今すぐに」

「へ?」

ばきっ。

鈍い音がしたのでと藤代は隣に視線をやる。

「藤代、が困ってるからいい加減にしろよ?」

優しい口調ではあった。

笑みも爽やかだった。

…彼の持っていた市販の箸が、綺麗に折れてさえいなければ。

「ひいいっ」

「きゃ、キャプテン」

ばっと藤代はから飛びのいた。

笑顔だが。

その笑顔が怖い。

「すみません、先輩」

笠井が深々と頭を下げる。

「あと、あの時は有難うございました」

取り繕うように笠井がそう言うのを見て。

「………ええっと」

「?」

「どうしたんスか? 先輩」





お前ら誰やねん





「なんじゃそりゃっ」

篠原がそう突っ込み、三上と野明が脱力する。

笠井と藤代は「だあっ」と肩を落とした。

「ホラ、あの高等部の先輩に絡まれたときに助けていただいた二年のっ」

「あ、ああ〜。あん時の子ぉかいな」
思い出した、思い出した。と、はこくこくと頷く。

「…高等部って…なにやったんだ」

低い渋沢の声に藤代はびくんと反応する。

「な、なななななんにもしてないっす」

「えと、誠二が廊下で思いっきり高等部の先輩にぶつかっちゃって」

笠井が意を決したように口火を切ると、三上がさもバカにしたように藤代を見た。

「ほー、バカ代らしいな。どうせお前、周り見ないで遊んでたんだろが」

バーカ、と三上に言われて藤代は恥ずかしそうに頭をかいた。

「でもなんで高等部の奴がこっちにいんだよ」

中等部と高等部の校舎は別々で、顔を見るとしてもこの中庭ぐらいなものだ。

「…もしかして、そのぶつかった奴って、ごつい柔道部の奴か?」

篠原の問いに藤代は「はい、そーっす」と返した。

「あ、そっか。お前ら本気で運良かったなー」

「なに独りで納得してんだよ。篠原」

三上の問いに答えず、篠原はの方に視線をやると彼女は苦笑いを浮かべる。

「藤代君がぶつかったのって、もしかして太田さん?」

野明が恐る恐る篠原に聞くと、彼はそれに答えずにに聞く。

「だろ? 

「わかっとんなら、聞くな」

「げっ、太田って言ったら……」

柔道部の太田功。

文武両道で有名な武蔵森の中でも異彩を放つ男子柔道部のエースで、短気なのが玉に傷なインハイ並に大きな大会常連の高等科一年生。

中等部の頃は、高等科の諸先輩がたもまとめて投げ飛ばし、だれた柔道部を改革した一人として、ある意味伝説と化してる。

「なんで太田さんがこっちにいたんだろ?」

「柔道部の顧問がこっちのセンセやろーが」

「ああ、それで」

「なんだ、知り合いかよ? 篠原」

「まあ、知り合いっていやあ知り合いだな。俺と野明との」

篠原の言葉を聞きながら、藤代は頭をかきながら言いづらそうに口を開いた。

「俺ぶつかっちゃって、謝ったんですけど太田先輩、怒っちゃって」

「誠二が殴られそうなところを助けていただいたんです」

「いつだよ、それ」

三上の眉根がよった。

どこの部活にとっても問題行動はご法度。

もしも絡まれて怪我でもしたらチーム全体に関わる。

「……つい、この間…っす」

「…なんで俺達に言わなかった?」

渋沢も怒ったような顔をしたからだろう。

隣のが多少、不機嫌な顔をしてサッカー部の三年たちを見る。

「そのことならあたしが黙っとけって言うたんや。細かいことやし、結局、なんでもなかったんやから忙し、お前らの手ぇ、煩わせんでもええやろ思てん」

「しかしな、…」

「ええやろ、その子は殴られんかったんやし、問題も起きへんかってんやから。…それに、その後、太田の奴、お前らに謝ったやろが。それもちゃんと言うたれ」

前半は渋沢と三上、後半は藤代達に言いながら、はにらみをきかした。

「あ、はい。すまなかったって頭、下げてくれたんす。俺、年上の、しかも高等部の人に頭下げられたの初めてで」

「……太田さんが頭下げた〜?」
素っ頓狂な声を出したのは野明で、篠原は買ってきた御茶を飲むを見てボソリと言う。

「…お前、なんかしたな…?」

「黙秘権を行使してもええやろか?」

余談だが、後に渋沢達は「中等部の柔道部が起こした事件と先生方が勘違いしたのを、ある生徒が事件を解決させて柔道部を守った」という噂を耳にすることになる。

その生徒が渋沢の隣人であるということが判るのはそれからまたしばらくしてのことになるのだが。

まあとにかく閑話休題。

そのの言い方に篠原と野明はなれたように溜息をつくだけにしたが、三上と渋沢の二人はまだ納得しかねない表情のままだ。

なんや、まだ文句があるんか?

の言葉に、三上は「ねえよ」としぶしぶ言い、渋沢も大きく溜息をついて「ないよ」と答える。

「…えと、そのときに、先輩の苗字は判ったんですが、何組かまでは知らなくて」

太田先輩がそう呼んでましたので、と笠井は渋沢と三上に視線をやりながらおずおずとそう言った。

「俺、すっげー会いたかったんすよー」

藤代はそう言いながら、の顔を覗き込んだ。

「俺と御友達になってください♪」

またも抱きつこうする藤代に対して、渋沢はゆらりと殺気を込める。

藤代からしてみれば、親愛の情を込めての抱きつきなのだろうが。

(俺でさえ、の身体に触れたことないのに)

なのに藤代はさっきから抱きついた。(一回だけだけど)

渋沢の視線にこめられた感情を、なんとなく感じて藤代は動きを止めた。

から、離れろ。藤代」

「キャプテン、怖いっす〜」

藤代が、またもびくんと怯えたのを見かねてか、はちょっときつめの視線を渋沢に向ける。

「渋沢。後輩脅かしてどないすんねん」

「…って、……」

拗ねたような渋沢の表情に、笠井と藤代は目を丸くする。

こんな渋沢は見たことがなかったからだ。

((キャプテンが、可愛い))

「なに拗ねとんねん。でかい図体しとって」

きぱっと言われて、渋沢はしかられた犬のようにうなだれる。

そんな渋沢を無視して、は藤代と笠井に笑いかけた。

「友達うんぬんやったら、別に構わんで?」

「はい!」

「ありがとうございます、先輩〜」

語尾にハートマークが飛ぶのを感じて、三上は渋沢の反応を見る。

渋沢は項垂れたままだ。

「あ、ほら、一段落ついたことだしっ渋沢君もも、ご飯食べよ。ご飯!」

「そ、そーだな。渋沢。飯にしよーぜ」

「あ、あぁ…」

取り繕うように野明と三上がそう言ってくれ、渋沢は自分の手元を見た。

「あ」

手元には見事に折れてしまった自分の箸。

渋沢はなんだか泣きたい心境に陥る。

そんな彼を見て、仕方なそうに「三上、渋沢、俺のこと一生崇め奉れよ」と、ぼそっと篠原が言うのを、確かに三上は聞いた。

「え?」と三上がいうまもなく。

「先輩命令だ、藤代。購買に行って割り箸貰って来い」

「あ、はいっす!」

「あとお前ら昼まだなら一緒に食おうぜ」

「いいんすか?!」
「いいんですか?」

笠井と藤代の声がはもった。

「ついでに昼飯買ってくるなりしろよ」

「はいっした!」
体育会系特有の返事をしながら二年生組みが走っていくのを見ながら、篠原は今度はに視線をやる。

「んじゃ、食おうぜ。、お前どうせ気にしない性質だろ。渋沢に飯食わせてやれよ」

「はぁ?」

「?」

?マークを飛ばしながら渋沢は顔をあげる。

「あー……まあ、渋沢がええ言うたらな」

は自分の弁当のおかずを箸に取ると、渋沢にそれを向けた。

「食うか?」

「え」

これは。

もしかして。

いわゆる「はい、あ〜んv」状態で。

「食わんのか?」

さして照れもせず、はかすかに小首をかしげながら自分の口元におかずを運んでくれる。

「(地獄から天国、だね。渋沢君)」

「(心境的にな)」

「(篠原、よくやった)」

わざわざ篠原が藤代達を一緒に食べようと誘ったのは、そうすることによって藤代達をから引き離し、ご飯を買わせる事で時間を稼ぎ、渋沢の至福の時間を長くしてやったのだ。

至福の時間とは、つまり。

「食わんのか? 渋沢」

たっ食べる、食べるぞ。

「んな、力いっぱい言わんでも」

の箸から、おかずを口にする。

瞬間、渋沢の表情がさも嬉しそうに輝いた。

周りで弁当を食べていた野明が思わず赤面するほど、幸せそうな笑み。

だが。

「んじゃ、次どれにしよかー?」

あいにくとはそれを見ていないが。

「(ふびんな奴…)」

篠原は渋沢を不憫に思いながらも何も言わず、自分の弁当を咀嚼する。

「あ、じゃあ、これ」

自分の弁当のおかずを指差すと、は素直にをれを箸にとってくれる。

そして。

「ほれ」

「あ〜ん」と、思わず言ってしまいそうになるのを抑えながら、渋沢は口を開ける。

一口一口、幸せを噛み締めるかのように渋沢はおかずを飲み込んだ。

その間、は自分の弁当を普通に食べている。

「(ここで間接キスだな、渋沢。とか言ったらあいつどーなるかな)」

「(幸せすぎて後が大変だから止めとけ、三上)」

「(、こういうのまったく無頓着だからさ〜)」

「(きっとこう言うぞ。『あ? それがどないしてん』って)」

「(言えてる)」

小声で交わされる会話は、幸か不幸かと渋沢の耳には入っていない。

渋沢は文字通り幸せの絶頂であったし、はとっとと弁当を平らげて寝ることしか頭にないのだ。

「ホラ、渋沢。次どれにすんねん」

「あ、じゃあ、これ」

との三回目の「あ〜ん」に挑もうとしたその瞬間。

「キャプテーン♪ お待たせしました〜♪」


かくして渋沢の幸せな時間はこのとき終わったのである。
…本当に短い幸せであった。





結局、この後、合流した二年組と仲良く食事を終了させたのだが。

、また一緒に食べような?」

「そうちょくちょくはしたないけどなー」

寝れへんから。

と、言われて凹む渋沢の姿があって。

その日の藤代の練習メニューがグランド20周が追加されたらしい。

「あいつのおかげてに飯、食わせてもらったんじゃねーのか?」

「…抱きついたろ? に」

「おい」

「あれはあれ、これはこれだ!」

という会話が守護神と司令塔の間であったとかなかったとか。







…次回にも期待する。(え?)


2002・05・23 UP

幸せ? 幸せになってるかの? 渋沢君。


ブラウザでもどりぃな


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