汝の隣人を愛せよ・2
たまには友と昼食を
昼休みは大事な大事なHP回復時間だ。
この時間帯は安らかな眠りにつかなければいけないと、はいつも思っている。
学業と作家の仕事を両立させるという目標がある立場上、授業をサボることはにとっては言語道断な訳で、体を休め、頭を休める時間はお昼しかないのだ。
修羅場の日々が過ぎ去った今でも(あとそれも数週間の命なのだが)暖かな陽だまりを見つけては猫のようにまどろみたいとは考えていた。
急に体のサイクルを変えてしまうと、体調がおかしくなってしまう。
そてを見越してのことだった。
だが、しかし。
それは隣人の思わぬ告白から見事なまでにつぶされることになった。
隣人の名は、渋沢克朗。
武蔵森が誇るサッカー部キャプテンであり守護神。
ルックス良し、性格良し、成績優秀とくれば女は放っておかない。
そんな彼に告白された、というのが一気に女子の間で噂に流れたのだ。
「…一年の時から、のことが好きだ」
と、いう言葉を聞き耳を立てて聞いていた女子がいたようで。
「さん、ちょっといいかしら」
「は?」
顔は大変にこやかに、しかしおそらくは腸は煮えくり返っている他のクラスの女子にそう声をかけられ、は仕方なさそうにしながらそのあとをついていく。
高等部と中等部の狭間にある場所で、先生方からも通行人からも微妙な角度からの死角の場所まで連れてこられると数人の女子が待っていた。
「あんた、チョーむかつくっ!」から始まった女の子の罵詈雑言を、は黙って聞いていた。
なぜ渋沢君とあろうものが、あんたみたいな女を好きになるのかわからない、みんなの手紙を渡してるのをいいきっかけにしてたんじゃないの?!という口火から勢い込んで一方的に話し込んでくる彼女達の顔を、はおどおどした態度もとらず、かと言って強がっているわけでもなく、たんたんと彼女達の言い分を聞いている。
だが、のそんな態度が火に油を注いだのか、とうとう口では我慢できず手を振り上げた。
「……いい加減にしてくれないか」
低い、その声の主は。
「渋沢?」
の呼びかけに答えず、渋沢はゆっくりと近づいてを囲んでいた女の子達一人一人の顔を覚えるかのように、ゆっくりと見る。
その眼光は相手を女だからといって甘いことはしないと語っていた。
「文句があるのなら、俺に言えばいい。に言うのは筋違いだ」
もごもごと女の子達は口の中で言い訳を呟くが、はっきりとを非難していたのを見られた手前、強く言えない。
「今度、こんなことしたら容赦しない」
だからさっさと消えてくれ、まだ俺が抑えている今のうちに。
渋沢にそういわれ、泣きながら女の子達は帰っていく。
「大丈夫か? 」
はうなじの辺りをかきむしると、心配そうに近寄って慰めようとしてきた渋沢に一言。
「…中学生やと、あの程度のボキャブラリーしかないんか」
「はあ?」
しみじみといわれた言葉を反芻する。
「もうちょっとこう、独創的な言葉を期待しとったんに」や「ラストはやっぱり力ずくで来るっちゅーのがなあ」という言葉も聞こえる。
「……?」
「なんしとんねん。早よ帰らんと授業に間に合わへんよぅなるやろが」
教室に戻んで。
たいしてショックもなにも受けていない彼女に、渋沢は小さく溜息をついて、それから自分を待っている彼女の気遣いに笑みを見せて後に続いた。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ」
お腹を抱えながら、篠原遊馬は渋沢の報告を受けていた。
五時限目の体育の時間は、バスケだった。女子は隣のスペースでバレーをしている。
ちらりと視線をやると、泉野明や他のクラスメート達と一緒に笑いながらボールを片付けている姿が見えた。
「笑いことじゃないっ」
「しっかし、おもしれーなー」
三上がそう言いながら、いままで注意深く接していなかったクラスメートの姿をまじまじと見つめる。
「……三上」
「いいじゃねえか、見るぐらい。………まだお前のモンになったわけじゃねーだろーに」
渋沢は、ぐっとつまりながら、三上の視線の先に居るを見る。
「いままで付き合った女とは、タイプが全然違うんじゃないか? お前らから見ると」
「まあな」
三上は即答する。
サッカー部の回りに来る女は二通りだった。
顔だけでみているミーハー女か、物静かな夢見る乙女で。
本当に彼らのことを考えてくれる女は、はっきりいってごく少数。
渋沢も成り行きで交際したことはあったが、本当に好きなと同じタイプの女の子は独りもいなかった。
あんな…『強い』女は存在しなかった。
「でも渋沢はの好みの水準はかなり満たしてると思うけどな」
あいつの好みは確か…と、思い出す篠原の何気ないその言葉に。
「そうか?!」
渋沢は目を輝かせた。
心底、嬉しそうな、幸せそうな笑み。
その様子を見て篠原は三上の肩を叩く。
「渋沢って、けっこー……可愛い奴?」
「がからむと、いつもあーだぜ」
「なるほど」
渋沢を武蔵森の守護神として、そしてサッカー部のキャプテンとして見て来た篠原はこっそりと自分の認識を改めた。
(しっかりして、責任感が重くて………絶対年齢ごまかしてる奴かと思ってたよ)
それがの事を聞くと、頬を少し染め、嬉しそうにしている。
今日の授業中でも、かなり和やかな班活動が出来ていて自体も修羅場が過ぎ去っていたためか(まあ、絶対そうだが)、ぎすぎすした空気をまとっていない。
渋沢の告白を知ったクラスの女子は悲しみの溜息をついたが、の強さも知っているから彼女に何も言わない。
まあ、あの渋沢自身が女子に対してなんらかの手をうった様なのでなんの混乱も起きていない。
くわえて男子は渋沢の行動を拍手で迎えたいだろう。
これで渋沢に熱を上げていた女子達が落ち着いて、自分達に目を向けてくれるだろうと思っているのだ。
…まぁそれはあとは男の努力だろうが。
「よし、渋沢とをくっつかせよう隊に入隊してやろう」
篠原の言葉に三上はにっと笑う。
それには「お前も物好きだな」と「サンキュー」という二つの感情が混じっている。
「じゃあ、俺、隊員一号な」と、三上。
「よし、二号は野明ってことで」
渋沢は無意識に心強い人間を味方につけていた。
「で、篠原、こいつの趣味って…」
「それ使うか…」
三上が何事か篠原に囁くと、篠原は不思議そうに見ている渋沢に対してにこやかに言った。
「ところで、渋沢、明日お前時間があるか?」
「え?」
次の日。
昼休みになったら速攻、野明、、篠原、三上、渋沢の5人は、解放スペースになっている中庭で御弁当を広げていた。
篠原が約束をとりつけたのだ。
渋沢はとお昼を一緒に食べれると、気合のこもった弁当を作った。
もしよければ、彼女に食べてもらおう、というのが狙いで。
「、これどうだ?」
渋沢は、に弁当を広げて見せる。
「ふえー。渋沢、お前むちゃくちゃ料理こってんなあ? これどないしてん」
「どないしてんって、これは渋沢の御手製だぞ」と、三上が教えてやると。
「へーー」
の視線が自然に隣の渋沢に向かう。
嬉しそうに渋沢は微笑んだ。
本当に好きな相手…尊敬もしていた相手が自分を好意的に見つめてくれるのがこんなに嬉しいことだとは思っていなかった。
「(うっわーー、本当だ。渋沢君、可愛い)」
「(だろ、俺のいったとおりだろ?)」
「(これで今日一日は、あいつぜってー機嫌がいいぜ)」
三上達三人がそんなことを言い合いながら、自分の御弁当を広げる。
「ほなら、三上は渋沢が作る御弁当なん? いつも」
「あ? いつもじゃねえよ」は、三上。
「時々作ったりはしてるけど…」は、渋沢。
「ふーん、うちらは交代でやっとうな? 野明」
「あ、泉とは…」
「うん、ルームメイトでもあるんだよー」
一つずつ、ゆっくりとまたのそばに近づけていることが嬉しい。
「嫌いなものとかはあるのか?」
「ん? なんや作ってくれるか?」
「つ、作らしてくれるなら……」
「冗談。忙しいサッカー部の奴にそないなことでけるかいな」
苦笑と微笑の間の笑みに、渋沢はまた頬を赤くさせた。
「好きだ」とは告白した。
「友達になってくれ」と言ったときに頷いてくれた。
あれから数日しかたっていない。
は、友達として渋沢自身を見つめてくれている。
まだ男としては見てくれていないが、一歩一歩、彼女の心に自分の存在が近づければいい。
それに、現にこうして彼女は渋沢のことを気にかけてくれている。
ものすごい進歩だ、数日前に比べれば。
しみじみと小さな、本当に小さな幸せを渋沢がかみ締めていた、そのときである。
「あれ、三上先輩、なにやってんすか?」
「渋沢先輩、お昼ですか?」
ちーす。と、渋沢の背後からやってきたのは、エースストライカーの藤代と、ルームメイトで同じ一軍の笠井だ。
ふいに。
「?」
振り返ったと藤代の視線がかち合うと、藤代の顔がぱああああっと笑顔になった。
「お?」
いきなり。
「せんぱーーーーーい! 俺、探してたんですよーっお会いしたかったっすーーーー!!」
ぎゅっ。
「!!」
いきなり藤代がに抱きついたのである。
渋沢の動きが硬直したのは言うまでもない。
続いてくれ、頼むから。
2002・05・18 UP
あははははは、藤代くん&笠井くん登場しました。
藤代わんことのエピソードは次回に。
短い幸せだったな、渋沢君。
ブラウザで戻りぃな
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