汝の隣人を愛せよ3

隣人が寝ている間に








「寝る。起こすなや?」

短くそう言われて、渋沢は殊勝にも「わかった」と返事をしてを見つめて、心の中で数えた。

1、2、3。

3つ数えた途端に、すーすーと寝息が聞こえて来る。








「まずはお友達から」と渋沢が告白した通り、と渋沢克朗は数週間前に比べれば段違いの関係を築いていた。

その日から、渋沢はに対して嫌がらせをする女子に前もって釘を刺したり、自分あてのファンレターも彼女を通さないように根回しもした。

サッカーの練習以外は常に彼女に関わろうとした。

その努力が実ってか、の態度は変わってきている。

まあそれも「五月蝿く騒がれている隣人」から「話せば判る友達」に、なのだが。

それでも渋沢は負けてはいなかった。

一年の時からの片恋なのだ。

二年の時は目で探すことだけしか出来なくて。

話し掛けられもせず、遠くから見つめるだけの悶々とした当時から比べれば、三年の現在は心境的には雲泥の差だ。

元が隣の席だったので日直やら班行動やらが常に一緒になるのが嬉しい限りだし、また本当はライバルなのではないか? と半ば疑っていた委員長の篠原まで協力してくれている。

その篠原が教室に戻ってきていきなり教壇の上にたつ。

折りしも五時間目の始まるそのときだった。チャイムも鳴って、全員が篠原に視線をやった。

「次の授業は自習。いちおう、プリントもらってきたからそれやった後は何しようとかまわないが五月蝿くすんな。先生きちまうから」

やった! とか言う三上達の声に渋沢がの方に目を向ける。

「篠原」
重々しくはプリントを渡してくる男友達に真顔で言った。

「ほんまにこーへんねやな?」

「…三年受け持ちの先生方は皆ではらってたし、他の先生連中も暇そうな人間いなかったから来ない方に(修羅場中)パシリ権をかけてもいい」

「よっしゃ」

短いそのやり取りに、聞いていた副委員長の泉が笑う。

「遊馬、毎回パシリじゃん」

「五月蝿い。心の持ち様だ」

などの会話を聞きながら、はプリントにざっと目を通している。

渋沢は廻されたプリントの問題を見た。

数学のかなり難しい応用問題。

「渋沢、写させろよ」

「三上…お前、諦めるのが早すぎだぞ」

などと言いながらも、隣の席に意識を集中させる。

万が一にも「これどないすんねん」と聞いてきたら、渋沢は嬉々として教える気満々だったのだ。

それが。

シャープペンを握り、真剣な顔で芯を軽く出すとはプリントに集中する。

カリカリ。カリカリ。

小気味いいシャープペンの音が聞こえてきて、6分弱。

「終わった」

「よこせ」

有無を言わさない篠原の言葉に、プリントをほおリ投げてるのは

そして渋沢を見つめて、それからにっと笑い。

冒頭の会話になるのである。





渋沢は溜息をついた。

(少しくらい頼ってくれてもいいのに)とか。

(篠原にはあれだけ言うのに俺には)とか。

心の中に少しずつ溜まっていくのはもどかしい想い。

だけどさっきの笑顔にやられている自分がいて。

「お前、ほんとにに惚れまくってんのな」

……自分の心境をずばり突いてくる三上に対して、渋沢は「…お前はエスパーか」と一言だけ呟くだけにおさめた。




すーすーと規則正しい寝息が、自習でだらけきった教室の中で聞こえるというのはそれだけ彼女のことを意識しているからだろうか。

、寝ちゃった?」

野明がこそこそと聞いてきたので、渋沢は「ああ」とだけ答えた。

「やばいなぁ。判らないとこ教えてもらおうと思ったのに」

「篠原が持ってるぞ、の」

「駄目だよ。遊馬は答え合わせのつもりでのとったんだもん。見て写すためにからとったのとは違うから」

「そうなのか?」

うん、との親友は頷く。

「だから、簡単に渡すでしょ?」

「篠原のこと、信用してるんだよな。泉も、も」

「信用、っていうか…」

野明はそう言うと微かな寝息を立てているを見る。

「なんとなく、考えてることが判る。かな? お互いに」

「いいなぁ」

羨ましい、という気持ちを込めて渋沢が言うと野明は笑った。

「なんで?」

「俺は、まだそこまで行けていない」

誰と、とはあえて言わない渋沢。

サッカー部の連中だけだったら、自信はある。

自分は彼らのことを信頼しているし、その逆もまたあり得るのだがが相手だとそうはいえない。

「渋沢君、欲張り」

「え?」

「遊馬もあたしもと友達やって、3年以上経ってるもん。渋沢君よりのこと判るの当たり前じゃん」

あたしら、小学校の頃知り合ったんだもん。とは、野明の言葉。

「そんなに急にうちらレベルまで行けるなんて思ってる?」

「う」

「渋沢は俺たちと同レベルになんなくていーんだよ」

プリントの答え合わせが終了したのか、篠原がちゃちゃを入れた。

意外に理数系は得意で、渋沢と並ぶほどの頭脳の持ち主なのだ。

まあ、必然的にはそれ以上、ということになるのだが。

ちゃっかりのプリントを見ようとしているクラスメートに自分のプリントを廻し、のものは机のはじに折りたたんでおいてやりながら。

「篠原?」

「俺らのは友情のレベルが最高値に達してるけど、渋沢が目指してるのは友情じゃあないだろ。だからいいんだよ、俺らと《同じ》にならなくて」

さらりと言われて、渋沢は目元を紅くした。

照れる。

篠原にここまで擁護されたり、心境を語られるとかなり照れる。

しかも回りには騒がしいとはいえ他のクラスメート達がいるというのに。

「遊馬、言うことが違うね」

「お前より精神年齢高いから」

さらりと野明に言う篠原に、すかさず三上が小声で聞いた。

「(その心は?)」

「(周囲に見せ付けといて、いらん三角関係なんぞ作らせたくない)」

あくまでも篠原遊馬が目指すのは、穏やかで平和な教室環境。

恋愛OKだし、他の連中がいちゃつこうが全然問題ナッシングだがサッカー部の連中だけは違う。

女のごたごたを過激に起こしそうな二人組の一人が、落ち着いてくれるなら、しかも女のほうもごたごたを起こすような性質でない奴ならば万歳三唱モノで。

彼をいまだに禿げ鷹の如く狙っている(表には出していないが)クラスの一部女子に対しての軽いジャブを篠原は繰り出す。

案の定、渋沢は今現在は照れて気が付いていないが、めったに見せないはにかんだ表情を見せていて、クラスの一部女子はまたも悲しみの溜息を一つつく。

「(二年の時、お前で苦労したからな)」

「(そりゃあ、お前が好きでやったんだろーが)」

「(好きでもない遊びの女を複数つくっから本命の女に嫌われたのは誰でしたっけー?)」
本命女に嫉妬して欲しくて遊びの女とバカップル状態を見せ付けて逃げられたのは誰だっけ?
んでもって本命の彼女のことをいまだに想い続けて、不器用なアプローチかましているのは誰だ?

そう言われて、三上は「うぐっ」とつまった。

何か言おうとするが、篠原の案外冷たい視線に何もいえなくなる。

篠原は三上の女関係をことごとく知っているのだ。

三上のおかげで二年の篠原が委員長をやっていたクラスの女子は見事なまでに冷戦状態に陥って、扱いづらいことこの上ないクラスだった。

三年になって女子はクラス編成で見事にばらばらになっているからまだ平和なのだが。

「(何事も、クラスの平穏が最優先)」
俺って素晴らしいっ! と自画自賛する篠原を三上は脱力しながら見つめた。

「お前、俺には冷てえのな」

「お前が渋沢並に可愛げがあったら手は貸すが、あったらあったで気持ち悪いだけだしな…自業自得男には俺は手は貸さないの」

きっぱりと言われ、三上は泣きそうになるのを堪えて渋沢を見つめる。

「俺、渋沢が羨ましい…」

渋沢はそんなことを言われているとは、夢にも思わず、野明に話かける。

「泉。プリント、の代わりに教えてやるから、ちょっと俺にも教えてくれないか?」

「ん? なに? あたしで判ること?」

「うん」

渋沢はふわりと笑った。

「……の、好きなものとかいろいろ」

一年の時と変わってるかもしれないから。

…。

その言葉に篠原と三上は押し黙った。

なんだか急激に自分達の周りだけ気温が上がったような気がする。

気のせい、では絶対なくて。

誰のせいかというと、渋沢のせいなのは間違いないのだが。

「お前にあの台詞は吐けんな」

「ってーか、篠原が手ぇ貸さなくても大丈夫なんじゃねえ?」

まだカップルじゃない。

だけど。

くーくーと寝ているを愛しそうに見つめる渋沢。

これを見て、渋沢に告白する女は少なくとももうクラスメートの人間ではいないだろう。

「…渋沢とがマジで付き合い出したら、どうなる?」

「あの女はそう簡単には変わらないからいいけどなあ」

思わず篠原は遠い目をする。

「なんかあらゆる意味で最強なカップルになりそうで」

「言えてる」




隣人が寝ている間に、彼女のことを判ろうと努力する守護神。

渋沢の(からまわりのような、この)天然の愛情。

これで、付き合ったりしたら、どうなるんだろう?

これ以上?

いまでもかなり見せ付けられているのだが。


篠原と三上が近い未来を思って大きく溜息をついたのは、ここだけの話にしておこう。






次回は任せた。(はぁ?)




2002・06・02 UP

また訳のわからん話になりました。

みかみんの恋愛事情も織り交ぜました。
ま、彼は当分、片恋で(ひどい)。
このシリーズはメインが渋沢くんなので(なら書くなよ)
で。
何気にこのシリーズ、人気ですね。





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