「渋沢、お前。練習試合、見に来てくれって言えばいいじゃねぇか」

いきなり言われて、武蔵森の守護神は目を丸くした。

今週の掃除場所は裏庭。

先生もあまり見かけない場所なので、だらだらと時間内にしてしまえばいい、とやっている最中だ。

「誰に?」

「……篠原、俺、こいつ殴ってもいいか?」

「許す」

「即答するなよ、篠原」

ぱしっという音をたたせて三上の拳を受け止めながら、渋沢克朗は委員長を軽く睨んだ。

篠原遊馬はサッカー部員たちを黙らせる渋沢の視線を「へっ」と鼻で笑ってみせる。

(こういうとき、篠原ってすげえよな)

渋沢の睨みも聞かない同世代はまずいないと思っていた三上は、そんな事を思いながら振り上げていた拳をおろした。

「だいだいなあ、あんだけラブラブ光線出しといて、まだ試合に誘ってなかったのか」

あきれた口調で篠原が言うのを、渋沢は頬をかいてもごもごと言い訳をする。

「い、いや。その、まだ俺たちは友達な訳で」

「んなこと言ってると、誰かに盗られるぞ」

「誰に」

三上の言葉に、くいっと篠原は指で背後を指した。

「?」

居たのは同じく掃除をしていた、彼の好きな『女』が。

先輩、以前から見てました! 付き合ってください!!

と、告白される瞬間だった。




汝の隣人を愛せよ・4

隣人はさりげなく





という少女の外見は、美しいというよりも可愛い分類に入る。

だが粗野に感じてしまう関西弁の為に周囲の人間に「雄雄しく」受け止められてしまう。

渋沢が彼女に告白したという事件は、下級生・同級生そして高等部の一部女子にまで行き渡ったが、それでも彼に告白する女子の姿は少なくない。

なのでこういう場面を見るとすれば、自分ではなく彼女だと渋沢は思っていたが。

(あ、甘かった…)

がくーんっと渋沢は思い切り力が抜けていくのを感じる。

「せ、先輩っ!」

「悪いなあ、今そういうのは全部お断りしとるんや」

軽く言ってのけるのは彼女。

「ま、でもありがとな」

ふっと、微笑む彼女の姿に。

だりだりだりだり。

渋沢は脂汗をたらし始めた。

「し、し、しのはらっ」

「…なんですか。のことで余裕かましてた渋沢克朗君」

「い、今まで、告白されたことあったのか?」

一年のときは少なくとも彼女の性質についていける男はいなかったし、自分が目を光らせていた。

二年の時はさりげなくだが、噂には耳を傾けていた。

浮いた話一つもなかったので逆に安心しきっていたのに。

「…お前、さりげにのこと馬鹿にしてない?」

三上は目の端で、告白してきた下級生に握手しているを見る。

「してないっ」

慌てたように、渋沢はの手を握っている下級生の顔を覚えた。

断られたのは残念だが告白できたことだけでも嬉しそうな顔の少年は、ぺこりと頭を下げて教室に戻っていく。

「いまさら睨んでも、遅いだろーが」

「しのはら…」

「ひらがなで俺を呼ぶな」

ざっと竹箒できれいに掃くと篠原は背伸びをしてみせる。

「今回は下級生だったけど。あーいつ、高等部に知り合い多いからなー」

俺と野明もだけど、という言葉を渋沢は聞いてない。

「高等部? なんで?」

は帰宅部だ。

部活に入っていない限り、先輩後輩の知り合いはない、と渋沢が言うのを、また篠原は笑った。

「パソコン同好会と柔道部、園芸部とは御付き合いがあるぞ」

見てみな? と、指を指すと「うおーい」と来たのは横にごつい高等部の先輩だった。

「なにやっとるか、お前ら。真面目にやらんかっ」

三上がびくんっとなるぐらいの恫喝に、委員長はしれっと答えた。

「太田さんにだけは言われたくないよなー」

「なんだとーっ篠原っ!」

「掃除の時間中さぼっとう奴がなにぬかしよんねん」

ずばっとに言われ、怒りに顔を赤くさせる。

「太田さんって、柔道部の太田功?」

「そ。まず柔道部とは太田さんと、女子柔道部主将の熊耳さんとはつながりがある」

「太田さん、何しに来たの?」

野明が聞くと「おお」と思い出したようにに向き直る。

「熊耳先輩が、たまには顔出せって」

「…やけどほんまの部員とちゃうんやから別にえーやんってゆっといてんか」

「俺を伝言に使うな!」

「熊耳さんには使われとるやん」

がーがーと吠え立てる太田に対して、あくまでもは強気だ。

…恋愛に発展する関係には全く見えないが。

「あ、泉さん。篠原さん、さん…ってどうして太田さんがここにいるんです?」

ゴミ箱を抱えながらきたのはもっと大柄の男子だ。

「誰だ?」

「園芸部の山崎ひろみちゃん」

篠原が手を振ると、無骨に彼は微笑む。

「何? ひろみちゃん日直ー?」

「いえ…そうじゃないんですけど、ゴミ箱のゴミ、誰も持って行ってくれそうになかったものですから」

「相変わらず、使われとんなー、ひろみちゃん」

「がつんと言わんか。山崎!」

「…性分ですから」

じゃ、とその山崎君はぺこりと篠原と三上・渋沢の三人にも頭を下げながら通り過ぎていく。

裏庭をつっきれば焼却炉までは最短コースでいけれるからだろう。

「じゃあなっ」

太田も用事は済んだとばかりに、くるりと背を向けた。

「あ、そうそう進士がキーボードが直ったってよ。放課後、取りに行ってやれ」

「ういーっす」

そう言うと背中越しにひらひらと手を振る太田に、そう返す。

「進士って人は?!」

「男だ」

慌てて聞く渋沢に、冷静に篠原は教えてやる。

(放課後、男と会うのか? そうなのか?)

「あー……いま、俺渋沢の考え手にとるようにわかるわ」

「安心しろ、それはお前だけじゃない」

三上のあきれた声に、真顔で篠原がそう答えてやる。

側で野明は笑うしかなかった。

自分も、渋沢の次の行動が予測できたのだ。

渋沢はの側に来ると、真剣な眼差しで見つめた。

「?」

振り向く彼女は至って普通。

早く、早く特別にならなくては。

どこかのだれかに盗られてしまう!

、放課後俺も付き合っても良いか?」

「部活は?」

「多少遅れても大丈夫だ」

「別にええけど」

「あと今度の土曜に練習試合があるんだが見に来てくれないか?」

「土曜? ええけど」

「よしっ!」

ガッツポーズを決める渋沢に、きょとんと彼を見つめ「こいつどないしたんや?」と聞いてくる


「ねえ、遊馬……あたし、土曜日の試合展開がわかる気がする」

「気が合うな、泉。俺もだ」

「安心して攻めまくっても大丈夫だぜ、司令塔」


三人の親友達の脳裏には、大活躍する天才GKの姿が簡単に想像できた。

「渋沢もわかってねえよなあ」

「なにが?」

聞いてきた野明と三上に篠原は肩をすくめる。

皆がいる場所で告白してきた後輩に、は「今はお断りしとるんや」と言ったのだ。

そう、「今は」。

それはなぜか。

別に今恋愛に興味がないとか、そういうのではけしてない。

仕事が忙しいからとかいう理由は勿論ない。

それはつまり。

(告って来た、一番近い男を気にしてるってことじゃねーのー?)

あえて口に出さずに、篠原は友人達を見た。

「…じゃ、俺らも応援行くか」

「だね」

(ついにカップル誕生かなー)

そのときの武蔵森の守護神も見てみたいが。

なにより肝心のの動向が気になる篠原委員長だった。




次回は当然!(えー?)


2002・06・19 UP

某キャラたちが続々登場してますが(苦笑)。
次回急展開! になるのかどうか。



ブラウザでしか戻れんのやで
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