汝の隣人を愛せよ・5

隣人
の結論(2)/やっぱり彼女には敵わない




「どう、だった?」

開口一番にそう聞いてしまって、俺はかすかにに笑われた。

悪意のある笑みではなくて、2年のときに欲しくて仕方なかった好意的な、ひどく優しいそれに目を奪われる。

「…それよりも、ええんか? 後で叱られてもかなわんで」

試合が終わって解散したあとに、着替えて速攻でのところに来たからだろう。

そう心配しているに俺はとっさに唇を動かした。

「大丈夫だ」

篠原も泉も「野暮用」とか言っていつのまにか姿を消してしまい、二人きりになって緊張しているんだろうか?

以前、一緒に二人で遊びに行ったときも結局は篠原たちがあとをつけて来たから…厳密的に二人きりというのがこれが初めてだからだろうか?

俺は視線をそらして言葉を続ける。

試合の反省もすんだし、午後からは自由行動になっている。

キャプテンとしてやらなくてはいけない雑務のほうも、三上とマネージャーが代わってくれた。

そう言うと、笑みの種類が苦笑いに変わった。

「珍しなあ? 三上のほうから代わる、言うたんか?」

「……あいつは優しいからな…。時々息抜きさせてくれたりするし、最近彼女といい感じに戻ってきたから余裕が出てきたみたいだ」

そう。

2年のときの彼女…絶対本命の女の子に対して三上は想いを引きずっていた。

嫉妬して欲しくて、噂通りに遊びの女の子を作って見せ付けた三上は嫉妬どころか彼女に振られた。

謝ることも許してもらえなかった三上は、それ以降、遊びの女の子達ともきっぱりと別れてずっとずっとたった一人、彼女のことを想い続けていた。

その彼女と「彼氏彼女の関係」にはまだ戻ってはいないが、いい雰囲気になってきている。

が泉と一緒にその子を連れて、お昼休みにお弁当を広げていたのがいいきっかけになったのだと思う。

それ以来、三上も彼女と同じ時間を過ごせて喜んでいたし。

本人は口では否定するかもしれないが。

(俺もと同じ時間を過ごせて嬉しかったし)

だからだろう。

精神的にも張り詰めて、触れたら崩れそうな三上のプレイスタイルが若干、余裕のあるものに変わってきているのが判る。

「ほーぅ、そりゃええこっちゃ」

「確か、彼女はが連れてきたんだよな? 昼休み」

「忘れたな、そないな昔のこと」

よく言う、と俺はひそかに笑う。

記憶力が人一倍良くて、観察力もいいのに。

「で、足はええんか?」

「ああ……よくわかった、よな」

練習試合で古傷を掠めた足。

ひどい痛みはないが試合中、庇っていたことをまさかに気がつかれるとは思っていなかった。

「…お前しか見てなかったからな」

「え」

「せやから」

は真顔で言った。

「あたしはお前しか見とらん」

……。

かーっと、顔が赤くなるのが自分でわかった。

「渋沢…お前、何照れてんねん」

「や、だって。…ほら、その」

「なんやねん、お前」

試合を見に来てくれとは言ったし、俺がしているサッカーを、いや、俺だけをに見て欲しいと思ったけれど。

そこまでストレートに「俺だけを見ていた」と言われると恥ずかしいと感じるのはなぜだろう。

「どうだった…?」

もう一度聞くとはまたも言い切った。

「お前、むっちゃかっこよかったわ」

また俺の顔が赤くなったのは言うまでもないだろう。




どこか遊びに行くか? と聞いたら疲れとるくせにそんなことすな、と叱られて俺達はゆっくりとした足取りで寮まで帰ることにした。

途中途中でお互いが気になったショップに立ち寄ったりはしたが、買い物には発展することがなく、ひどく疲れるということはなかった。

だがは俺の足のことが気になるんだろう。

「休むで」と、小さな公園のブランコを指差した。

もうすぐ寮で、との時間もあと少ししかないとか考えていた俺は頷いた。

近くにあった自動販売機で冷たい紅茶を二つ買った。

「サンキュ」

手渡しながら、俺はの隣のブランコに座ってプルトップを開ける。

「なぁ、渋沢」

「ん?」

「お前、ほんまの意味であたしのこと、『好き』なんか?」

ごふっ。

飲んでいた紅茶がつまった。

気管に入って変な感じがする。

げふげふと咳き込んで落ち着いてから、俺は隣に視線をやった。

「なんだって?」

声が低くなるのが止まらない。

「最初はなぁ、渋沢」

かしゅんっとプルトップが開けられる音がやけに近くで聞こえる。

「お前、感情のはき違いやと思ててん」

「はき違い?」

「『憧れ』と『尊敬』と『恋愛』は違うもんなんちゃうんか?」

「……」

そう、思われてたのか。俺は。

「確かにある意味俺はの事を尊敬してる」

けれど。

「それはある意味であって、全部が全部『尊敬』してるわけじゃない」

どう説明すれば納得してくれるんだろう。

どう言えばうまく伝わるんだろう。

空を見上げて、目を閉じて。

それから俺は思い切り正直に言うことにした。

言葉でしか、俺は伝える術を知らないから。

「尊敬してる人間の身体に触れたいなんて思う奴なんかいるかな?」

「か、身体て…渋沢」

えらいストレートな、という呟きが聞こえたけど、俺はかまわずに続けた。

「頬に触れたい。手を握りたい。肩を抱きたい…」

キスもしたい。

それ以上の行為だって、俺は以外の女の子とするつもりがない。

……さすがにそれは口にはできなかったけれど。

実際、まだその決心というか決意というかは今ついてないから、それ以上の行為を実行してしまったら羞恥心で死んでしまいそうな気がするけど。

でもいつかするとしたら、相手は絶対じゃないと俺はいやだ。

俺はそんな気持ちを込めて、言った。

「…の『全部』が手に入るんだったら、何だってする」

「渋沢…?」

「もちろん、サッカーは止められないけど」

それは俺の誇れるものだから、止められないが。

「だけど、俺のサッカーのプレー一つ一つ、誰かに捧げられるとしたら、それはだけだ」

飲みきった缶を握りながら、俺はを見つめる。

「…最初は『嫌い』な人間やったのになぁ」

苦笑いをしながら、俺を見返した。

「今は?」

かすれる。

期待に胸がはずむ。

だってそうだろ?

ずっと想っていたがすぐ傍にいてくれて。

「嫌いだった」と言うけれど「だった」は過去形の言葉。

なら、今は?

「今は……『嫌いじゃない』」

あのときと同じ言葉なのに、決定的に違うのは優しい表情。

「『好き』?」

「やから『嫌いじゃない』」

はそう言いながら立ち上がると、俺の真正面に立った。

ブランコに座っているから、いつもとは逆に俺が彼女を見上げる格好になる。

「缶、捨ててきたるから出しぃな」

俺は立ち上がって、腕の中にを閉じ込める。

は驚かず、騒がず、それどころかくすぐったそうに笑った。

「…俺はちゃんと言った」

「…しゃーないなあ」

とか言ってるけれど、きっと恥ずかしいんだろうと思う。

耳が少し赤いから。

それだけで嬉しくなってくる自分の気持ちを抑えながら、初めて抱きしめた彼女の身体の柔らかさを感じずにはいられない。

…?」

「一回しか言わんで」

「うん」

「滅多にこれからも言わへんからな」

「うん」

「…後悔すんなや?」

「絶対しない」

俺の腕の中で、彼女が囁いてくれた言葉は俺とだけの秘密。

言えることは、俺が嬉しくて堪らなくなって、ぎゅっと強く抱きしめてしまってに「痛いわ! あほうっ!」と怒られたってことぐらい。

抱きしめた腕の中で怒ってる彼女に、俺はごめん、と謝りながらさりげなく、だけど本気で聞いてみた。

「なぁ、。これからって呼んでもかまわないよな」

「好きにしぃな」

突き放すような言葉だけど、声色がいつもと違うのは錯覚じゃないよな?

は当然、俺のことは克朗って呼んでくれ」

「……い、いまから?」

「うん、今から。決定事項だからな」

「そないに、せかすなや」

「せかすさ。俺、2年越しの片思いだったんだから」

「あー…うー…克朗…って何お前が照れてんねん」

だめだ。

やっぱり俺はには敵わない。

惚れた弱みだろうけど、それが悔しくなって俺は。

「ずっと一緒にいような?」と言えば。

「お前かあたしが飽きるまでやったらおったるわ」とさらりと言われて、俺は胸を張って愛すべき隣人にこう宣言した。


「なら、『死ぬまで』一緒だな」




はにっと笑って。

「そないに言うなら『死んでも』一緒ぐらい言うてみぃ」

やっぱり彼女には敵わない。






こうしてめでたく、俺は隣人の心を手に入れて。

この付き合いをお互いが同じ苗字になっても続けていくのはまた別のお話。


ハッピーエンド!(とりあえず←とりあえず?)



2002・07・29UP

てなわけでキャプテン誕生日おめでとう! 創作として片思いから両想いにさせてみました。
汝の隣人〜シリーズで書くつもりは本当はなかったんですが、結構人気で、楽しく書かせていただきました。
…。
こう書くとなんか最終回みたいだなー(爆笑)。
まあでも渋沢くん片思いシリーズは今回で終了ということで。



ブラウザでもどらなあかんねん。
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