汝の隣人を愛せよ・5
隣人の結論
渋沢克朗。
武蔵森中等サッカー部が世間に誇る天才ゴールキーパー。
涼しげな目元に、色素の薄い茶色の髪。
文武両道を目指す学校側としては、生徒達のお手本にさえしたいと願っているだろう3年生。
人は言う。
「渋沢は大人だよ」
「頭もいいし、完璧だもんな」
また人は言う。
「人間が出来てるっていうか」
「かっこいい」
体格がでかく、態度は殊勝で冷静で。
人をまとめる力に長けた渋沢克朗は、キャプテンという重責をなんなくとこなしていると見られている。
が。
「…言うてもえーなら言わせてもらうけどなぁ。たかだか15で、《完璧》な人間なんぞおってたまるかっちゅうんじゃ」
渋沢克朗という人間に関して、ここ一週間であたしの中の立場は確実に変わってきている。
前は、兎に角その存在自体わずらわしかった。
人の貴重な休み時間を間接的に潰しまくってくれた存在だったからだ。
それが、変わった。
「俺はが好きだ」
嫌っていた人物からの、思わぬ告白に目をむいた。
「友達になってくれ」と彼自身に言われて本当に友人として接してみることにした。
だが、周りはそうは考えてくれていない。
「あの渋沢くんに告白されて、付き合わないなんて信じられない!」
野明以外の女子にはそういわれたが、あたしは多少は親しいクラスメート達にこう返した。
「今まで『嫌い』だった人間をそうそう『好き』にはなれんやろ?」
「仲良くなってから、ああ、こいつのこと好っきゃなって思わんとそーいう関係が作れんからしゃーないやろ?」
そう言うと、納得したのかしないのか皆一様に黙ってしまった。
「誰かに取られても知らないよ?」と、言ったのは渋沢のファンだという女の子だったろうか?
その子にあたしはこう言った。
「したら、あいつが言うあたしに対しての『好き』はそこまでの感情っちゅうこっちゃろ」
それにそもそもまだ友達、なのだ。
なのに「生意気」だとか「渋沢の想いの上で胡座をかいている」とか。
過激なファンのお姉さまがたに当初散々言われた言葉を、あたしは覚えている。
商売柄覚えることと観察する目だけはいいのだ。
まあ、いつか作品に使おうという浅ましい感情もあるのだが。
とにかく、友人として接した渋沢は「いい奴」だった。
どうしてこんな性格のあたしのことを好きになったのかよく判らないが。
渋沢のことを「完璧」だと評価している連中に、友人としての渋沢を見せてやりたい、と最近考えるようになっている自分に驚く。
頼れる男という前評判。
料理が趣味の守護神が、見た目どおり渋くて和菓子が好きで。
この間渋沢がコンビニで買ってきた、和菓子の味の辛口採点評価なんぞファンの女子は知っているのだろうか?
数学の公式は合っているのに、肝心の計算を間違えてしまったことなんて知っているのだろうか。
「あーほぅ。ここやんか、間違えてんのん」と、あたしが言うと照れくさそうに頭をかく仕草とか。
一生懸命に消しゴムをかけすぎてプリントを破ってしまって困っている今とか。
「あの渋沢もにかかるとこうかよ」とはへたれ三上の言い分だが。
あたしはそのとき、こう言った。
「三上。渋沢のこと、完璧だとでも思っとんのか?」
「そこまでは言わねぇけどよー」
「そう評価をしてもらうことは嬉しいんだけどな」
渋沢は苦笑いをする。
「そうかー? たかだか15で完璧な人間なんぞおるか? 渋沢かってこの今の場所で立ち止まるつもりはないんやろ?」
サッカーでも勉強でも、今の実力のままでは勿論なくて、もっともっと努力して何かを目指しているのではないか?
そう聞くと、渋沢は頷いた。
「…あ、うん」
「せやったら、《完璧》ちゃうやんか。《未完成》やろ」
「そー…言われると、そうか」
三上が渋沢に意見を求めるかのように視線を合わせる。
「15で《完璧》なんざ、おってたまるか。それに、《未完成》やからこそ、あたしらは勉強する、遊ぶ、努力する。より高い場所を目指して。時間のように立ち止まらん。……今の《完璧》よりも、もっと未来の《完璧》の方がええやろ」
「…お前。時たま凄いこというよな」
「そうかー?」
「も、立ち止まらないよな」
「当然やろ」
そう言うと、渋沢はにっこり笑った。
御仕着せの笑みではなくて、本当に嬉しそうに。
「じゃあ、に負けないように俺も立ち止まらない」
「渋沢に追い越されんように進んだる」
そう言うと、渋沢はまた笑う。
三上はあきれたような顔をしていたが。
その渋沢に「試合を見に来てくれ」と頼まれた。
了承すると、気合の入ったガッツポーズをいきなりするので篠原達に聞いたが思わせぶりに「はふー」と溜息をつかれたり、野明には苦笑いをされた。
まだ仕事に余裕があるから一日ぐらいならと頷いた。
だが、あたしは多少それを後悔する。
女、女、女。
あたしは盛大に溜息をついた。
ただの練習試合にしては女の数が多すぎる。
女の子は嫌いじゃない。むしろ大好きだが、こうも元気がよすぎると力を吸い取られていくように感じる。
加えて言うなら、あたしは人ごみはキライなほうだ。
きゃーきゃー言う女の子達の群れを見て、あたしがげんなりするのを篠原はあの特徴的な笑いで一蹴した。
「サッカー部の連中、ルックスいい奴そろってっしなー」
顔でサッカーするのか? うちのサッカー部は、といおうとする口を封じ込める。
「主に渋沢君と三上君、それからほら、藤代君とかも人気高いんだよ」
篠原も野明も付き合いがいいのか、それとも何か目的があるのか、あたしに同行してくれたのだ。
この二人相手に憎まれ口は止めよう。
「渋沢ねえ…?」
甲高い笛の音が響く。
途端に、頑張って〜三上くーん、だとか、カサイくーんだとかフジシロ君頑張ってーいう女の子達の声援が飛ぶ。
…監督の顔に青筋が浮かんでること、判ってんのかな? お嬢さん方は。
そんなたわいのないことを考えながら、渋沢の方に目をやると、ゴールを守って指示を出していた。
攻められるが間一髪ボールを止め、「カウンター!」と蹴り込む。
きれい、だな。
あいつらは。
渋沢だけではなく、三上もフジシロも。
ボールを追いかけていき、操る連中は皆、きれいだ。
「正直なとこ、お前、渋沢のことどー思ってんだ?」
「ええ奴やと認識改めたとこや」
目でボールの行方を見ながら、隣にそう返した。
真面目に観戦している人間達(違う制服なので、もしかしたら他の学校の偵察部隊なのかもしれないが)の側で、あたし達静かに行儀良く応援をしている。
いや、応援ではなく観戦のみだ。
「俺が聞いてんのは、恋愛感情でだ」
「…」
「あ、遊馬…っ」
「お前は黙ってろ」
野明の慌てた声を篠原は黙らせる。
「俺はお前も渋沢もダチだって思ってるからな。だから、はっきりさせてやりてぇんだ」
篠原は続ける。
「今のまんまじゃ蛇の生殺し状態だぞ、あいつ」
「クラスのため、とか言わんのやな」
「言っていいときと悪いときがあるだろ」
「…はさぁ」野明が口を開く。「嫌いじゃないよね、渋沢君のこと」
あたしは黙った。
YESかNOか。
好きか、嫌いか。
女も男も両極端の答えしか、結局の所はじきださないのかもしれない。
曖昧な感情を許容するのに。
そう考えて、あたしは自分も結論を出している事に気がついた。
「?」
「……それをいっちゃん最初に教えなあかんのは篠原やのうて渋沢自身にやろ」
あたしの低い言葉に、篠原と野明がお互いの顔を見合わせて唾を飲み込むの気配で感じ取った。
あたしの目は、相手チームの奴とまともにぶつかり合った渋沢を映すのに忙しかったからだ。
試合が終わり、相手チームに礼をすると渋沢が来た。
監督とかコーチの大人連中が、珍しそうにこちらを見ているのが判る。
まあ、あとは女の子連中の視線も、だが。
「来てくれたんだな、」
「約束したからな」
後ろで篠原と野明がはらはらしてるのが判る。
「ちゃんと話してきぃ」
「あ、うん。判ってる」
そう言いながらも、こっちを気にしてる渋沢にあたしは笑いかけた。
「っ」
渋沢の頬が紅く染まっていくのがわかって、あたしは自分の笑みを苦笑いに変える。
「あーほぅ、ちゃんと待っといたるから行ってきぃ。それと、足」
「!」
「ちゃんとマネに見てもらいや?」
「う、うん」
ぎこちなく頷いて、渋沢は仲間の方に走っていく。
監督に何事か言われているが、まあ、渋沢ならなんなくかわすだろう。
「遊馬」
「なんだよ」
「あたし、の気持ち、さっきのでわかっちゃった」
「さっきって?」
「さっき」
そんな野明たちの声を聞きながら、あたしは渋沢にどう伝えようか、と考えた。
あたしが隣人にその言葉を伝えるまで、あと数時間。
続く
次回からラブラブだよな?!(え)
2002・07・01 UP
また訳のわからん話を(苦笑)。
ブラウザで戻ってな?
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