俺の安らぐ場所


「授業はどうするんだ」

「うーん、数学だからサボる」

彼女は数学が苦手だった。

「さぼったらさぼっただけ授業がわからなくなるぞ」

「だって自習だもん…それに、こんなにいい天気の日はお昼寝したいから」

そう言って彼女は本当に次の時間をサボった。

「手塚君は教室に戻れば?」

「断る」

その日が、俺の初めて授業をサボった日。

そして、中学に入って初めて一番心も身体も安らいで、自然に身体を休められた日。

それは二年の事。

彼女の傍が俺の居場所だと思った日。








「やっぱりここか」

あの時と同じだ。

次の数学は自習で、他の友人達に頼んでプリントは写すんだろう。



呼びかけても小さな寝息が聞こえるだけ。

屋上の入り口から微妙に見えない場所に彼女は壁にもたれるかのように眠っている。

俺は口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

あの日…の告白を断ってから、彼女は一日学校を休んだ。

それから、あえて避けはしないけれど、俺の傍には自主的にこなくなった。

俺もどう話し掛けていいか判らない。

だが、話したい。

そんなジレンマに陥っている。

……バカなことをした。

練習中に不二に言われるまでもなかった。

俺は、後悔している。

自分の心に嘘をついたことを。

何より、を傷つけてしまった事実に。

そういう結果…を泣かしてしまうこと、が俺の傍に居なくなること…を判っていたようで判っていなかった。

部活中や、大石たちと話すとき、意図的に俺はの事を思い浮かべるのを止めることにした。

見に来ている女子生徒の中から、の姿を探してしまうのは止められないのだが。

「あの日から、胸が痛いんだ………」

寝ている彼女にそう告白する。

見つめるが、瞼を閉じた彼女が目を開けようとしない。

それでもが…たとえ寝ていて俺の事を見ていなくても…傍に居てくれるだけで嬉しい。

「隣に、座りたい」

だけど、起きたときにはきっとびっくりしてしまうだろうから、それはできない。

これ以上、に拒絶されたくない。

ひらり、とスカートが舞う。

見てしまった肌の白さに、耳が赤くなる。

目はそらすが、傍から離れない。

学生服を脱いで、足を隠そうかどうか、迷う。

迷いながらも、制服のボタンを一つ一つはずした。

彼女の隣をじっと見ていたら、白い手が見える。

の、手、握れたら…いいのにな」

そして隣で以前のように眠りたい。

そう口にする前に、彼女の足を隠すために、学生服をかけた。


「ん…」

その感触で、起こしてしまったらしい。

…」

俺の声に、瞬きを数回する。

俺の顔は、たぶん、笑っているだろう。

「おはよう、。それとも、まだ眠いか?」

はっと気がついて、目を見開くとは俯く。

俺は、あせった。

頼む、俺を…拒絶しないでくれ。

以前のように、笑ってくれ。

自分勝手な、本当に自分本位な我侭が俺の心にうずを作る。

「…、お、おはよう…手塚君」

目を擦ると、は慌てたように学生服を持って立ち上がる。



「ごめんね、制服汚しちゃうから」

埃を手で払ってから、制服を手渡してくれた。

「いや…いい気持ちで寝てたようだから…」



俺の呼びかけに彼女はふるふると首を横に振った。

笑顔はない。

「うん、ぽかぽかして気持ちよかったから」

はこういう天気の日はよくサボるものな」

「そうだね」



笑顔が、見たい。



呼びかけても呼びかけても、俯いて「ごめんね」を彼女は繰り返した。

「あたし、教室に戻るよ」

「…っ」

俺の居場所が、なくなってしまう。

そう思って手が彼女の腕に伸びようとしたときに、チャイムが鳴った。

その音に、びくりと俺との身体は反応する。

「じゃあ、先に行くね?」

本当に、ごめんね。

そう繰り返されて何も言えなくなり、俺は彼女の背中を見送るしかなかった。



俺の居場所が、なくなった。

それが決定的に目に見えて判った瞬間だった。

「…くそ…っ」

(間違えるなよ)

自分自身に言い聞かせるように、その声は響く。

痛む胸に。

俺は、前髪をかきあげる。

(居場所はなくなったんじゃない。お前自身が壊したんだろ)

を勝手に『全国制覇』の犠牲にしたのは、お前じゃないか)



俺は、深く、深く溜息をついた。

なくなったと知っても、壊れたと知っても。


「それでも、お前の傍に居たいと願い続けてるんだ……」

自分勝手で、わがままですまない、


思わず、俺はそう吐き出した。

胸の痛さに堪えきれないで。

自分の安らぐ、あの居場所が無くなってしまったショックに耐え切れなくて。




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