レポート03 そして繋がる
(ぜんぜん気がつかなかった)というのが、の正直な話だった。
アニメや漫画での彼の姿は、赤いバンダナがトレードマークだったが、それをしていなかったというのもある。
また、実は同じ中学であったということも、「図書館」という言って見れば知的な場所で彼と出会うことも予測していなかった。
だがよくよく見れば、かつて漫画で見たような容姿をしているのでおそらく彼本人なのだろう。
若返り、GSが存在する世界で生活していることだけが特別であって、は一般人だ。
ゲームで言うなればNPCのようなエキストラで特殊能力が備わっているわけでもなんでもない。
(うん、でも原作みたいにものすごく騒がしい人でもなかった)
脳裏に漫画の1シーン…「生まれたときから愛してましたーー!!」とか叫びつつ女の人に飛び掛っていく…と、勉強を教えてくれる横島忠夫はあまり重ならない。
(もしかしたら高校生になったら、ああなるんだろうか)
それは傍で見ているだけであれば、楽しいのかもしれない。
巻き込まれるのは勘弁だが、と彼女は思った。
あれからここ数日間、横島はノートを持ってきて毎日勉強を教えてくれている。
お礼というわけではないが、自分も横島の資料―彼女からしてみれば、なぜか彼は平安時代の陰陽師の資料集めをしていた―の検索に、知らず知らずにアドバイスをしていたりする。
陰陽師が出るオカルト小説で、少し以前のものなら巻末に参考文献が書かれてあるのでそれを調べてみればどうか? ぐらいなものだが。
ようやくクラスメートの女の子達とも会話できて、勉強に対する愚痴ではないが不安は口には出来るのだが流石に「教えてくれ」と頼めるような人間は作れていないので、横島は大変ありがたい存在だった。
思春期の少女特有の男女の気恥ずかしさは、にはない。
「横島君は騒がれたら嫌だろうな」というのは想像できるのと、話題を提供して噂になってしまうことを彼女は恐れていた。
心の余裕が、勉強の遅れと前世からあわせての自分の知識の忘却の多さによって失われていたので、先生役がいなくなると困るのだ。
実に自分本位ではある。
精神がかつて大人であったという矜持と、この人生のやり直しの為の勉強はそれほど彼女を必死にさせたいたのだ。
―それほど前世での知識上から数学の公式の類や英語の単語までもが抜け落ちていたことにショックだったと言える。
図書館の閉館時間は夜の7時。
放課後、クラスメート達との交流を済ませたら一時間程度しかないだろうがそれでも彼女はそこに通う。
そうすると、そこには横島が彼女のアドバイスで集めた資料の山の、その小難しい文章に対して…具体的に言うなれば口から魂を吐き出しているような顔で座っている。
そのの姿には、内心ほっとしながら口許に笑みを浮かべた。
原作の漫画などの知識上で考えれば巻き込まれたくはない、死亡フラグ満載な彼だが今ここにいる彼は優しくていい少年だ。
勉強も見てくれている。
ノートもこまめにとっていて、要領だけを教えてくれているのだ。
それが彼女にはありがたい。
「横島君、お茶を頂いてこようか?」
小声で挨拶した後にそんな横島にそう声をかけると「いやいやそこまでしてもらわくても」と彼は姿勢を正した。
基本、図書館内で飲み物は持ち込みは禁止されているが、自販機はおいてあるし飲むスペースも確保されている。
「煮詰まってもーて…」
関西弁特有のイントネーションで思わずそうこぼしながら、横島は書籍を片付けた。
彼がどうして資料集めをしているのか、その理由は彼女は聞いていない。
毎回、遅い時間に彼女が来るとさっさと自分の資料をしまいこんで、ノートを取り出してくれるのだ。
(このあたり、原作の漫画で語られてなかったけど、そうだったのかなぁ?)
いまいち自分の前世の記憶はあてにならない。
確かあの横島忠夫は、最初は丁稚だったはずだ。
オカルトの知識もないなにもない【スケベな行動力は人一倍な丁稚】だったはずだが、この場所で唸っていた横島忠夫はそうではないように見える。
今までなにやら落書きしていたノートをしまいこんで、数学のノートを取り出してくれるのだ。
「昨日の続きからしようか?」
「家に帰ってからなんとか自力で解いてみたんだけど、やり方あってるかどうか…」
スケベな男の子。この【物語】の主役級。死亡フラグ。
そんな言葉が脳裏を掠めたが、それでもそれを上回る親愛の情が浮かんでいる。
(いいお友達でいよう、うん)
男女間に友情はない、とどこかの誰かが言った気がするが、は彼に親愛の情を確かに持っていた。
この【横島忠夫】は自分にとっては、この東京で初めて出来た頼れる【異性の友人】で【恩人】だ、と。
(いつか、ちゃんと恩返しできたらいいなぁ)
横島に数学を教えてもらいながら、はそう思っていた。
一時間弱、数学の公式をなんとか覚えたは図書館の前で横島と別れる。
「女の子の一人歩きは危ないから、送っていく」と言われても、は困った顔で「大丈夫だよ」と根拠もなく言って、のらりくらりとかわして家路に着くのが恒例になっている。
男の子としては紳士的な態度だと、はそう思う。
中学生の年代で、好きでもない女の子の夜道の心配など普通はしない。
だが横島に他意がないのはは知っている。
彼の好みから程遠いはずであることと、そしてうろ覚えではあるが、彼には確か好きな人がいたはずなのだ。
最初から失恋するようなことが決定しているような少年に、そういう意味合いで心惹かれるわけにはいかない。
だが、前世ともいうべき以前の大人の頃からそうそう男になれているわけでもないので、優しくされると勘違いしてしまいそうになる。
は、まだ心配そうな横島に「じゃあ」と笑顔で別れを告げて、そうして心にきちんと線引きをする。
(横島君は、いいお友達だ。だから心配してくれている。ありがたいんだけどね)と。
後にその思い込みという線引きは、横島自身に消されてしまうことになるのだが、また別の話だ。
は横島と別れた後は、デパートの地下や店じまいしかかった商店街で買い物をしてから家に戻った。
【幸福荘】という古めのアパートの大家さんは一階に住んでいる。
アパートの周辺の敷地内は自由にしていい、という話だが今は誰も何もしていない殺風景なものだ。
はそれを「寂しい」とは思いながらも、何もできなかった。
勉強に必死で、何か別のことをするという余裕はないのだ。
前世の記憶を照らし合わせ、今の自分の状況を考えておそらくはこのアパートには高校を卒業するまではいるはずだ。
(高校入学したら、また余裕が出るかもしれない)と、そう考えては部屋に戻る。
母親がまだ戻ってきていないの部屋に灯りをつけ、制服を着替えてから夕食の準備をする。
子供の自分では母親が帰ってくるまで待っていたかもしれない。
あっさりとしたものを中心に作って、二人であるのでそうそう量は多くなくていい。
かつて大人であったときに覚えた、数少ないレパートリーを駆使して彼女は引越ししてきてから毎日家事にも手を出していた。
流石に母親が休みの時には何もしないが、食事と風呂当番はしている。
怠け癖があって面倒なことが嫌いで、そして母親に甘えてばかりの子供が怪我を境に動き出したことに母親は目を白黒して戸惑っていたが、離婚騒動などもあってそれを気にかける余裕もなくなったのだろうとは結論付けている。
「ただいま」
「おかえりなさい」
いつも元気に帰ってくる母親は、困ったような顔をして帰ってきた。
「どしたの?」
の問いに母親は、小さくうなってから。
「とりあえずお母さんにご飯をください」と、言って二人で食卓についた。
母親の困っていることは、その食事中に話題に出た。
二人とも気になることがあったら、聞かずにはいられない性分なのだ。
娘の問いかけに、母親は食事の合間に話してくれた。
を悪霊から救い、アフターケアまで考えてくれたGSはキリスト系のGSだ。
優しくて、よく相談事に乗ってくれる人だし、今はご近所でもあるので時間があれば母親は顔を出して挨拶している。
だが、そのことを親戚たちは良く思っていなかった。
元々宗教的には仏教の宗派の人間だ。
助けられたからといって、いつまでも他の宗派の人間を頼るのはいかがなものかと言って来たらしい。
まだなにやら文句も言われたらしいのだが、母親はそこまで娘にあかさなかった。
「それでね、お祖母ちゃんの近所の人の親戚の人がGSなんだって。そこに一回顔出さないかって」
「…まぁ、ずっと頼りっぱなしになるっていうわけにもいかないけどね。それでお母さんや親戚の知らない人たちが安心するんなら」とは頷く。
「お寺さん?」
「そう。お休みの日に少し電車で遠出するけど」
「いいよ。なんていうお寺さん?」
「えーっと」と母親はメモ帳を取り出してこう言った。
「白龍寺っていうお寺さんでね。『白龍会』っていうGSの組合さんもしてらっしゃるんですって」
「ふぅん」
(あれ? どっかで聞いたことあったような?)と思っただったが、その後に母親に夕食の出来栄えを褒められた嬉しさにその考えを綺麗さっぱり忘れてしまった。
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