守護者の夢


(2)



「…28」

もう一度だけ僕の年齢を繰り返すと、は上から下まで視線が降りる。

「…おっきくなった、というかなんでまたそんなに先に歳とってるんだろう。動物園に行ったのついこないだじゃない」

は? と僕は問い返して、そして混乱する頭を落ち着かせた。

どうも彼女としてみれば僕はたった数日しか…というよりもいつものように数日間、会えなかっただけで。

僕としてみれば10年以上、会えなかったということだ。

僕は自然と顔をしかめていた。

「…? どしたの?」

「理不尽だ。僕は10年以上会えなくて貴女はたった数日だなんて」

その間に僕は…心のどこかがおかしくなってしまっているのに。

「そう言われても、これはあたしのせいじゃない」

確かにそのとおりだが。

小さく彼女が噴出した。

なんだ? と見てみれば彼女は笑ったままこう言った。

「…いや、ふてくされた顔は以前の、子供のままだな、と思って」

そう、だろうか?

そう思って、僕は彼女の顔をまじまじと見つめると。

「…28ってもう大人同士だし、こんなことするとはしたないとか言われそうな気もするけれど、さっき似たようなことされたから別にいいよねぇ?」

「何がでしょう?」

「こういうこと」

彼女は大きく両手を広げると、僕に抱きついてきた。

身体が固まる。

「おかえり、直衛くん」

腕が僕の脇に回り、胸の感触が僕の胸板に来る。

いつもの僕らしくない。

彼女の髪の感触が僕の頬に当たる。

それだけで舞い上がるな、僕。

僕は抱きついてきたの身体に、自然に抱きつき返していた。

暖かい存在。

求めてやまなかった彼女。

唇を寄せようとする己をとめる。

欲望のままに走ったら、きっと彼女は最後には許してくれるだろうが…すぐには触れさせてくれなくなるかもしれない。

落ち着け、新城直衛!

頭はそう理解していたが身体が自然に彼女の額に唇を寄せていた。

幼いときに彼女がしてくれた接吻を、せめて唇に出来ないのであれば額に返せと。

ただ口で「ただいま」と言い返せばいいのに、それだけしか僕の身体が動かない。

「ごめんね。直衛くんには向こうにちゃんと家が会って、迎える人がいるのにね。けど、こう言わしてほしい」

謝らないでください。

ずっとその言葉を願っていた。

家に戻れば、貴女と会えるとそう思っていた。

あの駒城の人間にも、義姉にも、猫たちにも秘密で不思議な貴女に。

「おかえり、直衛くん」

「…………ただいま、戻りました」

搾り出すようにそう言って、彼女の名前を耳元で囁くと、彼女の耳が紅く染まった。

「な、なんか艶っぽいな」

え?

「恥ずかしくなってきたから、放そうね?」

「……お断りします」

えぇ?! とか言う彼女の身体を、僕は抱きしめたまま、数分は離さなかった。








しばらくして放すと耳も顔も紅くなったは一歩、僕から後退して小さく唸りながらゆっくりと離れる。

…さん?」

呼び捨てで呼んでもいいのは幼い頃だけだろうか? と考え、とってつけたようにさん付けで呼んだ。

「直衛くんが、誑しになった」とか言っている。

大人だ大人だと僕は思っていたが、この様子だと……まだ生娘か?

二十歳は迎えたといっていたが、それまでの男性経験は皆無に等しいか、あるいは無なのか…そのどちらかなのだろう。

正直に言って僕は胸をなでおろした。

寝床を共にしてくれた彼女だったが、あの時に別に抱いたわけではない。

あの頃は幼かったし、肉体には確かに興味を覚え、性的興奮も覚えたが。

そんな僕に気がつかず、ただ僕から胸に触れたのを許してくれたのも、彼女が頬や額に接吻をしてくれたのも、僕が子供だったからだ。

それはそれと役得として思っておけばいいだろう。

…男と女の関係に至っては、僕のほうが場数を踏んでいると見ていいわけだ。

あぁ、別に僕は処女信仰をするわけじゃない。

ただ僕の前に彼女を抱いた男がいると思えば、いや、わかったら、その男を殺したくて殺したくて仕方がなくなるのだ。

彼女の身体も心も僕一色に染まっていて欲しい。

「誑し、とはひどい言われようです」

僕はわざとすねるような言い方をすれば。

ほら、はちょっと視線をそらして恥ずかしそうによってくる。

僕がその気になったらこの場で押し倒して組み敷くこともできる腕力と、喘がせるだけの技量ももうもった大人の男と思ってもいない。

「それに抱きしめてくれたのは貴女のほうが先ですよ」

そういうとバツが悪そうにしている様も、可愛いなぁとか思ってしまう僕はかなり重症らしい。

彼女にとってはまだ僕は子供だったときの感覚が抜けていない。

だが僕姿も態度もすでに元服した男性で、そのずれが彼女を戸惑わせ、逆に僕に新鮮な彼女の姿を見させてくれる。

思えば彼女は僕という子供を守ろうとしてくれて、大人として背伸びをしていたのだろう。

このような子供というか、幼い表情は初めてかもしれない。

ぞくり、と欲望がうずく。



アァ、トジコメテシマイタイ。

僕ノ世界ニ連レテ帰レタラ、誰ノ目ニモ触レサセナイ。




湧き上がる独占欲、支配欲。

「直衛くん? あ、いや、もうもしかしたらさん付けで呼ばないといけないか」

「今更でしょうし、僕は呼び捨てでもかまわないですよ」

そう言って、我に返る。

ほら見ろ、新庄直衛。

お前の欲は底なしだ。

会うだけでいい、と願い、それが叶った今はどうだ? え?

やはり抱きしめたいと思った。

抱きしめられたら、その唇を吸いたいとさらに願っている。

吸えばおそらくこう、願うだろう。

女として彼女を抱き、満たされ、そしてその上で僕の世界に連れて帰って閉じ込めたい。

一生。



あぁ、僕は。



「とにかく、いつまでいられるか判らないし…それに何より今の直衛くんは外に出ても大丈夫だと思うから一緒に買い物にでも行こうか?」

「買い物? 貴女にいらない出費をさせるのは…」

「この間までの服や下着、直衛君が着れるというのならそのまま出すけれど?」

流石の僕でも12歳ぐらいのあの頃の服はきれまい。

「……申し訳ない」



彼女を得て満たされたいのだ。

僕の中の壊れてしまった何かを、彼女という存在で埋めて。





僕はそうすることをそのときに決めてしまったのかもしれない。

必ずを、僕の世界に連れていき、伴侶にすることを。

当然ながら、彼女の承諾も何もなしに。

そして…それが当然ながら、彼女がこの彼女の世界で大切に想うものや財産や親族たちを捨てさせる結果になることを重々、承知の上で。






 


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