守護者の夢
(3)
大人用の衣服と下着やこまごまとしたものを購入していただいて、僕は恐縮しきりだった。
なにせ、こちらの通貨を持っていないのだ。
一応、靴を履いたまま来てしまっているので外に出ることが出来たので自分の荷物はもてるとは言うものの…その代わりに部屋を汚してしまった。…。
の負担になるのは仕方が無いとはいえ、惚れた女性に金を出させるというのは男としていかがなものかと思う。
…まあ、僕の世界に来てくれればなんとか稼いで貢ぐ所存ではあるが。
がやがやと煩い店の中で、僕と彼女は小声で会話をしながら服を選ぶ。
……なにやら夫婦のようだと思い、そして己をあざ笑う。
まだ自分の想いも告げておらず、は子供の僕の世話の延長として一緒にいてくれているだろうに夫婦は何事だ。
「子供用の服はまだまだ着れるから…って28なら、直衛くん、もしかしてもう結婚したとか?」
…そう考えていた矢先だったので、思わず動揺してしまったが、それを隠す。
「残念ながら、まだ」
何が残念だ。
うつつはぬかさなかったが色街通いは繰り返していたし、女もいた。…まあ、その女はお手つきでいいからと言うどこぞの男の妻になって、それから病に倒れたが。
伴侶にしたい女に会えない欲求で爆発した僕の所業を見て、僕の妻になりたいなどという女はいない。
「…恋人さんは?」
「いません」
恋人に、伴侶にしたい女は今目の前で僕の服を選んでます、とはまさか言えまい。
「と、いうか今現在は作れない有様です」
「なんで? 直衛くん、かっこいいよ?」
僕としたことが絶句した。
それは貴女の贔屓目です、とも僕は言えなかった。
容姿のことは褒められた試しはない。
お世辞ならばあるのだが、ましてや彼女の口からなんでも褒められたら悪い気分ではない。
目が悪いのか、というのも気が引ける。
「……ありがとうございます」と僕はもごもごと礼だけ述べる。「その…入隊いたしましたので」
「にゅうたい?」
きょとん、と彼女は僕を少し見上げる。
そうしながらも僕の服を見立てるために持っていた上着を当てることをやめない。
「はい。陸軍独立捜索剣虎兵第十一大隊第二中隊に任官いたしました」
入隊したので女性と付き合っている暇が無いのだ、と僕は言った。
…いや色街の類ならばいけるのだが真剣な交際というのはまだ別の話だろう。
彼女の呼吸が一瞬、止まった。
「軍人さんに、なったの?」
「はい」
彼女は眉をしかめた。
「それが、直衛くんの世界の、普通?」
「…普通かどうかは判りかねます」
他人と己を比べてもどうにもなるまい。
「しかし、己で決めました」
そうはっきり言うと「…陸軍独立捜索剣虎兵?」と小さく彼女は繰り返した。
「剣虎兵を使う部隊です。剣牙虎のことはお話しましたよね」
僕に上着をあてて見上げてくる彼女の瞳。
「剣牙虎(サーベルタイガー)」
「えぇ。僕らは猫とよんでます」
『軍』と呼ばれるものはこの国には存在しないようで、いや『じえいたい』ということは彼女のほうから教えていただいた。
戦争をしているのも、この国ではなく違う国同士で戦っているのだという。
どんぞこまで叩き落されただろう国が、ここまで豊かな国になったことには素直に関心はする。
しかし、自分の国に喧嘩を売られた場合、その『じえいたい』は喧嘩を買うことができるのだろうか?
…いかん、思考がずれた。
僕は押し黙った彼女を見下ろした。
「これ、買おうか」
「はい」
言葉に力がない彼女の様子に、苦笑いする。
僕は自分の荷物を両手に抱えた。
服と下着と、そして寝巻き用の服だ。
着物はあいにくと彼女の懐具合から帰るものが作務衣のようなものしかなかったが、とりあえずそれも購入していただいた。
靴下も買って、靴はお断りした。
かなりの金額になってしまった。
しきりに男物の靴を見ている彼女に「その代わりに細巻とマッチを」と言うと「た、タバコ吸うんだ!」と驚かれた。
そういえば彼女が吸うところを見たことがなかったな。
灰皿とタバコとマッチを買った。
彼女の家まで歩く道のりは、短いようで長い。
店を出ると、は「直衛くん」と手を差し出した。
「荷物」
「いえ、これは自分が…」
「直衛くん」
「…はい」
なんだ、なんだ。僕は押しに弱いのか? それとも彼女の押しに弱いのか。おそらくは後者。
そう自分に言い聞かせながら、片方の、それでも軽い方を手渡すと、空いた手を握られた。
「っ」
「直衛くん、そこまでだから。恥ずかしくっても我慢」
恥ずかしいのは貴女のほうだろう。
子供の僕ではなく、大人の僕と手をつなごうとしているのを自覚して顔が赤いくせして彼女は続ける。
周囲を歩く人たちは、僕達には注意を払っていない。
僕はその手に少しばかり力を入れた。
自分よりも弱い力の手のひら。
この人の手の暖かさに、どれだけあの頃の僕が救われたか彼女は知らない。
「女々しいといわれるかもしれないけれど、女だから言ってしまうよ。直衛くん」
意を決して、そして雑踏の中、消え入りそうな彼女の声を、隣で聞く。
「はい、どうぞ」
僕は耳を傾ける。
「軍って言うからには、危ないことをするんだよね」
「はい」
危ないこと。それは何かを殺すこと、殺されること。
でもこの人にはそれは口では言えない。
もう、彼女は判っているから。
「直衛くんが傷ついたら、あたしは泣くからね」
「…」
「怪我をしたら泣くし、心が傷ついたら泣くし、……ましてや、大怪我か、それとも」
死ぬようなことがあったら。
「きっと泣いて泣いて、目が解けてなくなってしまうぐらいに泣いてしまうからね」
ふいに、子供の頃のことが頭に浮かんだ。
幼い頃に僕が泣いていた彼女に思わず言った言葉をふいに思い出した。
『そんなに泣いたら、目が、とけてしまうから、だから、泣かないで』
不器用な僕のそんな言葉に彼女は笑ったのだ。
「……それは、困ります」
…でもどこかでとけてなくなってしまっても傍に僕がいます、とか。
「困っても、泣いてしまうから。だから、それを覚えておいてね」
泣き顔は僕の腕の中か、あるいは僕が泣かせるのであれば思う存分泣かせてみたい、とか思ってしまった。
「軍をやめろとは言わないのですね」
「だって……それは直衛くんが決めて実行してしまったことで、直衛くんは辞めるつもりが無いんでしょう?」
「えぇ。今のところは」
「あたしが辞めてと泣いてすがっても、きっと直衛くんは辞めないと思うし…そうすることは直衛君が決めたことに対する冒涜だと思うから」
だから、言いたくても言わないよ。
そんな言葉が聞こえてきそうな顔でそっぽを向かれた。
……泣かれるのは困る。軍を辞めろといわれるのも困る。
けれど僕が決めたことに口を出すというのは僕の決意を侮辱するから、だから言わないのだとそう言った彼女を。
僕は。
あぁ、ちくしょう。
なんでこの世界は僕の世界と違うんだ。
なんでは僕の世界の住人ではないのだ。
そう思ってはいたが、少しばかり世界が違うことを今は感謝しよう。
違うからこそ、僕は彼女の年齢を超え、彼女を得るにも十分な年齢に達している。
抱きしめられた身体は、抱きしめ返せるそれになっている。
「はい、手をつなぐの終わり〜〜」
「いや、せっかくですのでこのままで帰りましょう」
手を離そうとする彼女の手を、また少し強めに握り締める。
顔を紅くしながらつないだ手を離そうとやっきになっている彼女の様子に、僕は口の端をあげた。
彼女には覚悟してもらわなくてはならない。
これから子供の僕の印象を、今の僕の…大人のそれに塗り替えて、一人の男として見てもらうためには少々彼女の苦手とする『艶っぽい』ことをしなくてはならないからだ。
ブラウザバックでお戻りください。
漫画の新城もかっこいい、よね?(え、俺だけ?)
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