守護者の夢
(5)
とっぷりと日が暮れて、先に風呂を頂くことになった。
当たり前のことだが子供の頃は一緒に入ってくれたも、もうすでに成人した僕とは入ってはくれない。
あの頃は大きな湯船だったそれは小さくなり、自分だけが年齢を重ねてしまっていることに、正直背筋がぞっとする。
もしもこのまま自分の世界に戻って、またに出会えなくなってしまったら。
いや、出会えたとしてもまた僕だけ歳をとり、老人になってしまった上で、彼女はそのままの姿ならば…。
…おそらく、僕は…。
ちゃぷん、と湯が跳ねる。
…。
彼女を己の世界に連れて行くにしても、今は難しい。
任官されたばかりの者が女を寮に連れ込んだとなると、五月蝿い連中は何人いるのだろうか。
昔の所業を考えれば納得するだろう後輩は幾人かはいるが…、さて彼女を連れ帰って、そうして彼女をどうする?
連れ帰る算段をしている同時、僕はのことも考えていた。
迷惑になるだろうとか、たとえ連れて帰ったところで駒城の家に住まわせるのか、とか。
家にいさせたいと思うと同時、僕の隣にいさせるために軍に入ってもらいたいなどと無謀なことも考えた。
「…直衛くん、長いよ? お風呂でのぼせてない?」
心配そうに彼女が聞きに来るまで、僕は湯船につかりっぱなしだった。
「大丈夫です」
慌ててそういいつくろって、彼女の影がそこから消えて、胸をなでおろす。
身体を洗い(ぼでぃそーぷ、とやらは使わずに見慣れた石鹸で頭も洗った)、買っていただいた下着と寝間着を身に着ける。
髪を拭くためと、少しばかりの自己嫌悪を隠すために大きな手ぬぐい(ばすたおる、と言うのだそうだ)を頭からかぶった。
「お先に頂きました」
「はい」
彼女は小さくそう返してくれる。
「お水飲む?」
「はい、頂きます」
水より、何より、飢えているのは貴女なんですがね、とは…まぁ、いえまい。
水を頂いて(水道の水ではなく、買った水だ。驚くことにこの世界では飲み水を「買える」のだそうだ)、自分の寝間着の類を抱えた彼女が「じゃ、あたしも入ってくるから」と風呂場に消えた。
風呂場、というのは彼女が風呂に入るわけで、それは彼女が裸になるわけで。
…途端に、下半身が元気になってしまうのは、男の性か僕が浅ましいのか。
……両方か?
気を紛らわせる為に細巻の一本でも吸うか、と僕は部屋をのぞく。
僕の物が置かれた布団は彼女の使う寝台から少し離れた場所の敷いてあった。
…。
…。
成人して年上になった僕の存在と彼女が抱く心の距離がこれだな、と思う。
子供のときは一緒に寝ていたり、あるいはすぐ隣だった。
手を伸ばせば届く位置には寝ていて…今はそうはいかないだろう。
なにせ僕が大人だ。しかも年上で僕の方が身体も大きい。
隣に布団を敷けば、彼女の困るだろう「艶っぽい」想像を掻き立てる。
かと言って隣の部屋か、あるいはもっと離した場所に敷いてしまえば僕を拒絶するのではないかと思っているのだろう。
だからこの位置か。
…。
本当ならば、隣の部屋で僕は寝るべきなのだ。
しかし。
細巻を箱から取り出してマッチをする。
深く深く吸い込み、吐き出す。
紳士な男ならばそうするだろう。
だが彼女の傍にいるこの僕は、そんな紳士にはなれない。
一本吸いきったところで、灰皿にそれを押し付けて消した。
の足音、が扉を閉める音、水の音。
このまま彼女の隣で寝るか、それとも彼女を抱きしめて寝るか。
目先のことに頭がいっぱいで、風呂場で考えていた「連れて帰った後の処理」は僕の頭から綺麗さっぱり消えてしまっていた。
結果、僕は彼女の隣…多少間隔を置かれた寝床に寝ているわけだが…一向に眠気が起きない。
の方はうとうととしているようだが、しきりに寝返りをうっているからまだちゃんとは眠っていないだろう。
…どうするか。
情欲は今はない。
ただあるのは彼女の体温を感じたいというただそれだけ。いや、それすらも情欲なのか。
昼間もあれだけ多く彼女に触れたというのに、僕の欲は底なしなのか?
そう自重するがすぐに僕の何かは反論した。
だって16年だ。
…。
そう、16年だ。
その間の僕の、彼女を恋い慕う感情を示して何が悪い? と。
僕はむくりと立ち上がった。
「…なおえ、くん?」
寝台に近づいて、無造作に布団をめくる。
「っ」
「お邪魔します」
「ちょっ、直衛くん」
「何もしませんから」
本当はしたいのだ。
けれど貴女を怖がらせて、恐れさせて…嫌われるのが僕は心底恐ろしいから。
隣にもぐりこんで、縮こまるの身体を抱き寄せて、深い溜息をつく。
頬をすりより、体温を感じる。
逃げようとする身体を密着させて、その心臓の音を感じとった。
早い鼓動はお互い様。
「直衛、くん」
「動くと襲いますよ」
その一言で動かなくなる。
…男の言葉をここまで信用するのもどうかと思うが、それだけ僕を信頼しているのだと思うと…その期待に応えられるよう努力はしなくてはならず…あぁ、自分が何を考えていたのかわからなくなる。
ふいに全ての思考が吹き飛ぶ。
彼女の体温と存在が、すぐ傍にあるという幸福と、そしてこの現状。
抱き寄せて、以前は僕が抱き寄せられて眠っていたのだと思い出す。
彼女の首を絞めてしまったあの夜以降、数回この状態に陥ったとき。
あぁ、告白しよう。(誰にとは言わないが)
僕は寝ている彼女によからぬことを多少してしまった。
今の僕からしてみれば、本当にささやかな行為だが、彼女に知られるわけにもいかん。
「立場が逆転しましたね」
臆病者の僕はそう声に出し、そっと彼女を見つめる。
「うぅ…本当に、なんにもしない、よね?」
「何かしたほうがいいですか?」
僕のその言葉に反応する彼女の様子に、くつくつと笑う。
「何もしませんよ」今は、という言葉をとっさに口の中に押し込む。
「いや、本当に何もしないっていうのは女性としてはどうなんですか?」
「困るようなことを聞かないの」
「はい」
即答し、目を閉じる。
すとん、と意識が落ちた。
夢を見た。
僕とと千早だけ。
雄大な自然…それこそ、何かの絵画でしか見たことのないその場所に僕たちしかいなかった。
あぁ、これは願望だ。
彼女は僕と共に生き、笑い、そして僕の傍から離れなかった。
千早に抱きつき、笑ってる彼女に僕も笑う。
…これを僕は諦められるのか。
今まで何かを諦めたことのなかった僕が、唯一もう会えないと思った人と再会できたのに。
ふいに目が覚めた。
いつの間にか僕達は離れていた。
かすかな寝息が聞こえ、僕はそっと手を伸ばす。
触れる。
まだ起きない。
抱きなおし。
そして幼い頃してしまったそれを繰り返した。
額と瞼と口の端に、口付ける。
これはまだ小さかった頃に彼女がしてくれたそれ。
そしてまた僕は眠りについた。
起きれば彼女の顔が見られるのだと、そう信じて。
そして起きてみたら。
「…くそっ、どういうことだこれは…っ」
寮の自分の部屋。
寝間着はいつものそれに変わっていた。
喪失感と、あれは長い夢だったのかと思って、ふいに昨日あちらで脱いでしまっていた服が綺麗に置かれていて、そしてその傍に。
「……細巻…?」
あちらの世界で買った、箱に入った細巻とマッチがそこにあった。
「夢では、ない。夢では」
僕は、思わず寝台を見つめる。
隣にいた彼女の存在がいない、現実に。
思い返す。
「諦められるはずがない」
必ず、またもう一度であってそのときに、想いをつげよう。
ブラウザバックでお戻りください。
とりあえず、これにて「守護者の夢」現実←皇国は終了。
買い物に出て、ご飯食べて、本当に眠っただけの話になりましたな。
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