猛獣使いは今宵も貴女の夢を見る
(1)
「直衛くん」
そう呼ばれることが嬉しくて、僕は手を伸ばし、を抱きしめる。
「直衛くんはハグが好きだね」
はぐ、とは何ですか? と聞く前には「これのことー」っとぎゅうっと抱きしめてくれた。
彼女は知らない。
僕が本当に幼い頃はともかく、幾分か年齢が上がった時期はどさくさにまぎれてその柔らかな身体の感触を楽しんでいたことなど。
「直衛くんはもうおっきくなったでしょう?」
「そっちが、いい」
「甘えん坊だねぇ」
「だめ?」
「…うぅん、いいよ。おいで」
寝床を敷かれても結局の寝台にもぐりこんで、抱きしめられて、甘やかされた。
その身体から香る優しい匂いと柔らかな感触。
彼女は知らない。
確かに愛されているのだと確信できるその時間を純粋に思っていたのは本当に幼いあの夜。
の首に手をかけ、それでも許してもらったあの折から、眠っている彼女に対して何度も口付け、身体に触れてしまっていたことを、彼女は知らない。
僕は誰から愛されたのか、と思い返してみれば千早の母猫と義姉との姿を思い浮かべる。
義姉は僕の手を取ってくれた。
幼いあの頃、一月ばかりはまさに僕と義姉と猫だけだった。
だが、結局、義姉は…僕の手を離し、駒城の若殿…義兄上を選んだ。
引き取られるときに誰かが言ったのをまだ僕は覚えている。
「添え物で拾われた」
義姉を取られた、とそのとき感じなかったわけではない。
僕ではない誰かの手を取った義姉の姿に、悔しくなかったといえばうそになる。
僕だけの存在が、僕を裏切ったという気持ちがなかったわけでは、消してない。
駒城の人間の大半は僕を蔑んだ。
見目がそうそう宜しくないのは判っている。
どこの馬の骨かわからない孤児だから、というのも充分わかっている。
それでも誰かに愛されたかったのか、それとも義姉に愛されればそれで幸せだったのか。
幸か不幸か、違う『世界』とはいえ僕だけを愛して、僕だけしか知らない『』がいたあの時期は、まだ僕は人並みの感情を持ち合わせていたのかもしれない。
「直衛くんはすごいねぇ」
の手伝いをすればそう褒められた。
頭を撫でられた。
「こら! 直衛くんっ!」
悪戯をしたら叱られた。
その後謝ったら、許してくれた。
その繰り返しが嬉しかった。
彼女に近寄る男や、が好意を寄せる異性にはことごとく威嚇した(覚えがある。そして彼女に泣かれたので慰めた覚えもある)。
『愛』を与えてくれた存在と、再会したときには充分驚いた。
は僕よりも年下になっていた。
それでも僕の手を…血で塗れている事など知らずに、誰かの命を奪っているものとは知らずに…取ってくれて、知らずに彼女の手を汚していたことに罪悪感と快感が同時に沸いた。
を愛するのも愛されるのも、綺麗なを汚すのも僕だけでいい。
彼女よりも大人になった僕は、初姫を抱えて幸せそうに笑う義姉と義兄に今なら心からの笑みを浮かべられると思う。
まっすぐに見える。
僕の手を離して違う人を『一番』にした義姉よ、貴女はの代わりにはなれません。
そう見ようと思った愚かな僕を許してください。
びゅうっという風の音がやまない。
僕は目を閉じた。
「…貴女のところに、今宵は行けれるか?」
行ったら、ちゃんと言おう。
告白するのだ。
死んだら貴女の世界に行こうと思って、腹をくくっていたがそれは叶わなかった。
生きている僕は、この口で…、誰かを殺す算段をし、実行させたこの口で貴女への想いを告げよう。
…。
そうして男としては見ていない、と言われたら?
…。
ぶるり、と震えた。
拒絶されたら、と少しでも思ったとたんに、これか。
苦笑いが浮かぶ。
想いをつげて僕の気は晴れやかになり、は多少混乱するだろうが…さて。
そう思考したところでノックの音で僕はその己の妄想をやめ、現実に戻る。
「どうぞ」
帝国語でそう呼ぶと一人の青年が入ってきた。
「自分は鎮定軍司令部付ロトミストロフ少尉候補生であります。貴官は戦時俘虜新城大尉殿でありましょうか」
「いかにも、新城です」
こののち僕は鎮定軍事参謀長殿と会うことになり、豪華な部屋に移されることとのある。
…極度の不安と緊張と疲労によってか、僕はすっかり寝てしまい、やはり今宵も彼女には会えなかった。
あぁ、会いたいなぁ。
(2)
「男としてはそうかもしれません。正直、男としての貴方には全くの魅力を感じません」
「…そうばっさり言われると…」(瞬間的に思い出されるのはの言葉「直衛くんはかっこいいよ?」)「魅力のあったところで何があるでもありませんが」
僕はそう、東方辺境領姫ユーリア殿下に向かってそう言っていた。
まだ手は震えている、が、男の魅力を彼女に感じてもらわなくとも、感じてくれている誰かがいるのだからよしとしよう等とどこかで思っている自分がいた。
何気に余裕なのか、僕は。
貴女のところに行ったら聞いてみようか?
僕のどこが『かっこいい』のですか? と。
僕は己の醜さを知っている。
そしてどこかで、いや、それを自覚して生きてきた。
ずっとこれからもそうして生きていくことになるだろう。
ただ、貴女の傍にいるときは、僕はそれを忘れ、あるいはひどく痛む心の傷口を癒されていく。
そのことは貴女は、ご存知ないだろう。
戦争が始まり、つかの間の逢瀬もなく。
僕はなんとか殿下との舌戦(ともいえない)をやりとおせ、それからあの豪華な部屋に押し込められ、僕はまた寝台の中に己の身体を横たわらせる。
…いや、一度だけあったな。
全く持って赤面ものなのだが。
実際に僕は暖かなその寝台の中で、顔を紅くしていた。
男としてみれば幾度かあるだろうと頷いてもらえるだろうが、いささかあの逢瀬は強姦まがいなそれに近い…と、思われる。
いい大人が、とはこのさい言わないでほしい。
……僕が大隊を指揮するようになってすぐの、あの晩。
僕は夢の中でを犯しかけた。
『直ちゃん』
最初は義姉の裸体だった。
「蓮乃義姉さん」
まずいな、これは夢だろう。
この僕に絡みつく裸の義姉に、僕の意識は冷えていく。
このまま楽しめば、いささかまずいことに…。
『ん…』
「え」
裸体が寝巻きを着た女子に変わっていた。
柔らかなあの曲線を僕の手はやんわりと揉みつつ、その顔に唇を寄せた。
義姉の姿が消えて、になっていた。
裸の義姉のそれよりも、の寝巻き姿で僕の身体の下になっているそれの方が欲望をたぎらせてくれる。
興奮し、いけないとはおもいつつも寝巻きのボタン一つ一つをはずし、下着を露出させ、ずらし、痕を残していく。
理性はやめろ、と訴えた。
だが僕はやめなかった。
『…んぅっ…?』
声もまさしくのそれで。
身体をずらし、胸のぷくりと膨れ上がり、硬くなるその場所に吸い付くと。
『ぁ…っ』
夢の産物であるはずなのに、彼女の表情が気になって顔を上げると。
目が合った。
「直衛、くん?」
これは夢の産物ではない。
まさしく彼女の身体であっていや、なんでまた急に。(混乱)
そうしてはっと気がつくと、僕は眠っていたテントの中で起きた。
毛布をあげる。
(あ、危なかった…)
僕の下半身は、全く持って正直なものであった。
僕はなんとかそれを沈静化しつつ、細巻を取り出す。
もうすでに彼女のところから持ってきたそれはなくなってしまったのを、今日だけはありがたく思った。
脳裏に浮かぶのは、先ほどの彼女の顔。
色気があって、なんとも言えなかった。
自分の手が、舌が、動きが彼女にあんな表情をさせたかと思うと、と思っただけでまた復活しかける己の下半身の正直さには今ばかりは耐える。
こんなことで凍傷したら情けないどころじゃない。
火をつける。
吸う。
直衛、くん。
その声音を思い出し、深く煙を吐いた。
「ほんと、すみません」
小さく僕は呟いたものだ。
何に対してといえば彼女に対してなのだが。
彼女の意思を尊重せず抱こうとしたことに対することにか、それとも自分の腕の中で肉体で女にしたいと思っていて先ほどのことはとてつもなく大きな機会だったのではなかったかと思わずにはいられないことに対するものにかは判断できないが。
そうこう思い返していればむくり、と己の中の欲望と共に下半身が起き上がるのを感じて、僕はとりあえず、眠ってしまうことにする。
「直衛くん…!?」
そうしてその夜に限って、貴女の元にいけてしまう僕がいた。
(3)
「直衛くんっ」
そう名前を呼ばれることが、とてつもなく僕にとっての幸福であるとは知らない。
彼女は僕の姿を見るや、再会した時よりも興奮気味に僕の身体にしがみつくように腕を回してきた。
「…っ…生きてたぁっ」
あぁ、そうか。
最後の逢瀬で僕の姿で戦争が始まったことを彼女は気がついていた。 (※猛獣使いの甘い夢参照)
あの焼き菓子は美味かったな、と思いつつ僕は腕を回す。
この人は僕ではない人を選んだ義姉でなく、僕が唯一無二に愛する人。
そんな人を泣かせてしまった、と思い、申し訳なく思う反面、やはり喜びを感じた。
そこまで僕はに想われているのだと。
「ご心配をおかけいたしました」
彼女の匂いに、ずくずくと欲望をたぎらせてしまいながら僕はそう口にした。
声はかすれていた。
「こわかった、ね」
「はい」
「あたしは、直衛くんがいなくなるんじゃないかと、怖かった、よ」
「はい」
「直衛くんも、すごく怖かったけど、それに比べちゃ、いけないけれど、うぅっ」
後は言葉にならない。
静かに、しかし確かには僕の腕の中で泣いた。
僕を思って泣いてくれた。
しがみつかれ、しっかりと抱き寄せる。
名前を呼び、涙をこぼす彼女の額に唇を寄せた。
いまだに泣き続ける貴女のその様子に申し訳なく思いつつも嬉しく思い、もっと見ていたいが泣き止んで話を聞いてもらわなくてはと思い直す。
びくり、と僕のそれの感触に驚いてぼろぼろとこぼれる涙が止まる。
瞼に唇をよせ、舌で涙の跡を舐め取った。
何かしら小さな声をがあげてしまうが、僕は一向に構わなかった。
「うぅっ…直衛くん、だめ」
どこか甘えたその声に僕の中の男の欲望が鎌首をもたげる。
自覚はないのだろうが、は簡単に僕の中の情欲を目覚めさせてくれる。
「だめ、だったら、だめ、こら」
ぺろり、と舐め終わるとまた彼女を抱きしめなおし、そして顔を見つめた。
耳まで赤くなったの様子に僕は満足する。
何かいけないことをしたでしょうか? という表情をわざと作ると不機嫌そうにうぅっとうなるのだがぜんぜん怖くない。
耳まで赤いから照れ隠しなのは判っている。
「ね、猫、みたい」
確かに僕の千早は頬を舐めてくることがある。
そう納得していると、は気がついたのか僕の腕の中でもがいた。
いつまでも抱きしめている、そして僕に抱きしめられているこの状況がなんとも恥ずかしくなったらしい。
「こういう、ことはその…こ、恋人とかにするものであってですね、直衛くん」
「子供の頃、寝小便を垂れた子供に接吻して泣き止めさせたのはどなたですか」
けれど僕は離さない、離せない。
あぁ、このままを、貴女を連れていけれれば。
いや、まだ俘虜の身分だ。
それはいけないか。
「な、涙はその…っ」
手拭でそっと拭いてくれたのを思い出すが、僕はしれっと応えた。
「…心底惚れている女性にして、何か悪いのですか?」
彼女はきょとんと僕を見上げている。
僕の言葉を思い返し、そして繰り返したのだろう。
首元まで紅くなった。
判りやすくて、とてもいい感じだ。
「ほれて…?」
「はい」
僕は素直に頷いた。
「最初は母のように、姉のように、と思っていたのかもしれません。しかし、今の僕は女として貴女を見ています」
「な、なお、え、くん」
逃げようとする彼女の額に唇を寄せる。
「…この前、貴女と夢の中であっていると思い込んで、抱こうとしました」
彼女の身体が震えた。
「あれ、あれはゆ、夢だったかと、お、思って」
やはり繋がっていた、というかあれは彼女だったか。
「そういう対象として、僕は貴女を見ています」
「っ〜〜〜〜」
あぁ、こう言ったら誤解を招くな。
「…たんなる欲望の捌け口ではなく、僕、直衛は…心底愛する『女』として、貴女を見ています」
言えて僕は満足していた。
すっきりした。
驚きで身体が固まってしまった彼女を抱きしめなおした。
「愛しています」
そう言って僕は、何か言葉を返そうとする彼女の唇や、頬や、そして瞼に何度も何度も口付けた。
驚いて固まった彼女は最初は抵抗しなかったが、二度目の口付けで我に返り抵抗する。
それを押さえつけて、僕は自分のやりたいようにやった。
今まで夜中、彼女が寝入ったときにしか出来なかったことを、昼間、彼女が起きているこのときに抱き寄せてできることが僕を舞い上がらせていた。
貴女には覚悟をしてもらわなくては。
今現在は、僕は貴女を連れていくことはできない。
だけど、いつか必ず。
僕の世界で、僕の隣は貴女が座るのだ。
ふと気がつけば、僕は豪奢な寝台の中にいた。
返事は貰えずじまいだったが、僕は満足していた。
貴女はきっと今頃、混乱していることだろうと思う。
それを想像するだけでも楽しいものだった。
くつくつ、と小さく笑い、僕はまた眠りについた。
以上、新城さんの告白でした。
帰国前、敗残兵と罵られて石を投げつけられる前夜までのお話でした。
ブラウザバックでお戻りください。
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