猛獣使いは貴女という幸福をつかみたい


(4)





軍本部に顔を出し、こまごまとした決め事を終了し、家路につく。

家、と言っても僕が元服してまもなく大殿から頂いた駒城下屋敷の自室へと足を向ける。

そのときだった。

立ちくらみか、と思ったその瞬間にいつの間にか僕は暖かな家の玄関先に立っていた。

あぁ、の家だ。

顔が自然にほころぶのが判る。

さん」

名前を呼ぶと、さして広くもないこの家の主はすぐに顔を出した。

「直衛くん」

僕は敬礼しようとした己の腕をとめる。

「ただいま帰りました」

そう言って両手を広げると、流れるようにそのままも両手を広げて抱きしめてくれた。

なんのことはない、幼い頃からの家に帰った後の儀式のようなそれ。

「お帰りなさい」

「はぁ」

僕は大きく安堵の溜息をついた。

帰ってきた。

力が抜け、抱きしめた彼女をさらに抱きかかえる。

「な、なおえくんっ、ちょっと苦しい」

「申し訳ない」

そう一言謝罪しながらも僕はただ力を緩めただけで彼女を離すことはない。

少しだけ緩めて顔を覗き込んで笑う。

そうするとの手が僕の脇からどいて、その指先が僕の額の傷に向かう。

ぞくぞくした。

義姉にもふれさせなかったその場所に、彼女が触れるということだけで僕は興奮する。

「怪我、どうして…っ」

「たいしたことはありません。転んですりむいたようなもので。もう、なおりました」

義姉に対して言ったことと同じ言い訳をすると、泣きそうな顔で僕のその傷に指を這わせる。

その様子に我慢が出来なくなって、また抱きしめた。

もしも神様だとかいう、そんな存在がいるのなら。

あぁ、確か坂東殿、あの天龍は『龍神の加護』を祈ってくれていたか。

ならば、龍神よ。

頼む。

を僕にくれ。

彼女は幸せにはなれないかもしれないが、彼女が僕と同じ世界で、同じ場所で、僕の隣で生きてくれるというのならば、これに勝るものはない。

だから、頼む。

ぎゅうっと抱きしめ、痛いと訴えるの声に我に返ったと同時に。

僕は駒城の下屋敷内にある己の部屋に戻っていた。

なんと短い逢瀬。

僕は被っていた帽子をとった。

机の上にそれをおき、椅子に座ると瞼を閉じる。

直衛くん。

「僕の願いは叶わぬとでも言うのか? 龍神よ」

それはないだろう?







(5)



朝は嫌いだ。

確実に死に一歩近づいたのを感じるし、何よりもが隣で寝ていないことを実感するから。







叶うのであれば怠惰にだらだらと布団の中で寝て過ごしたいのだが、染み付いた軍生活と駒城での生活が僕にそれを許さない。

の所にいた日は優しい彼女の声と手が僕を起こしてくれて、それがなんとも嬉しいものであったから素直に僕は起きるのだが。

北領から帰ってきてからのほうが眠れない。

…まだ僕の心はあの寒く、部下を失った北領と、そしてこの世界ではけしてないの所にある為にすっきりしない。

想いがあふれて告白してしまったが、その返事を僕は貰っていないのだ。

好きか嫌いで言えばおそらくは好きと頷くが、果たして愛情と言われたら彼女が抱いている種類の愛情と僕の愛情は同じ種類のそれではなかろう、と予測はつく。
そうこううだうだとしていたら瀬川、という家令が気を利かせて朝餉をこちらにもって来てくれた。

彼は昔、駒城の大殿の従兵で僕が元服してからの(間接的ではあるが)付き合いだ。

さて頂こうか、と思ったときに客が現れた。

駒城の次代。

初姫、麗子様は僕と千早がお気に召したようだ。

それからしばらくは子守をかってでて、そして僕は少なからず後悔する。

半刻ばかりかかってする食事は不快でも面倒でもなかった。

幼い初姫をたしなめたり、あやしたりしながらする食事は穏やかな満足感さえ僕に与えてくれたのだが。

問題は食事の後だったのだ。

この初姫、なかなかどうして僕を離してくれないのだ。

結果、義兄上とのお話も彼女と千早を連れ立ってしなくてはならなかった。



義兄上のお話は、僕に夏季北領総反攻論を抑えるために僕に陛下に対して奏上をしろということだった。

僕はあっさりと頷いた。

育てられた恩がある、拾われた恩がある。

それが理由だ。

その後、僕は自分が陸軍ではなく近衛に入れられることを聞く。

駒城内部にも僕を疎んじる連中が、何かしら言ってきたようだ。

おおかた佐脇の跡継ぎだろう。

あいつは僕を妬んでいる。

奴よりも将校として僕のほうが優れているから、という下らん理由でだった。

二親もそろって、育ちもよく、金持ちで、美形で、美人の許婚がいるばかりか皇都で一番人気の歌姫が愛人だ。

そんな奴がどうして俺に、と思う。

こちらは誰が親かわからず、駒城の育預とはいえ衆民生まれと蔑まされ、くわえてこの容姿。

性格も複雑怪奇で、愛した人は別の世界にいてしかも告白の返事待ちの状態で、またいつあちらに行けるか僕としてはわからないのだぞ。

むしろ、妬むのは僕のほうじゃないか。

ふん。

僕の中のうすぐらい何かが確かに言った。

人殺しの手管に長けていないことはそれほどくやしいのか、バカな奴だ。見ていろ、そのうち。

「直衛」

心配そうな義兄上の言葉に我にかえる。

の次に、義兄と義姉の二人の前では警戒感が薄れる。

僕は初姫の遊び相手になりながら、うっすらと思った。

この国の軍事力中、弱兵中の弱兵が近衛の衆兵。

危険を呼び寄せる奏上、周囲の妬み、近衛への編入。

後ろ盾はあまり頼れん、か。

僕は義姉上が入室してきたのをいいことに、初姫をお返しし、退出した。



奏上の言葉はそのまま僕に任された。

さて、どうする。

そんな折に瀬川から呼び止められた。

同期生との酒宴の誘いに、僕は乗ることにした。





 


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