猛獣使いは貴女という幸福をつかみたい
(6)
奏上の言葉を考えなければならない。
昨夜の酒の残りを体に残しながら、僕は机の前に座っていた。
今日のところは初姫の相手は出来ないので、そうそうに千早に押し付け(剣牙虎をぐったりとさせる姫様だ。千早、すまん)て細巻を吸う。
昨夜の酒宴…同窓会とも言うべきそれはとても楽しめたものだった。
以前は酒を飲んだ後は色街にくり出したものだが、それはなかった。
…まぁ、僕としてはなんとなく、そうなんと言えばいいだろうか。
に操を立てている。…ような気がする。
己のことなのだが、はっきりとは判らない。
ただ女を抱く気にはなれなかった。
…同期生の許婚の存在を知ったからかもしれないが。
いささか頭痛もし始めたような気がして眉を寄せた。
咥えていた細巻を灰皿に押し付けて、深い溜息をつくとぐるん、と視界が一転した。
なんだ?! と思ったら、ごつり、と床に頭を叩きつける。
「痛っ!」
「え?」
頭を押えながら見ると、どうやら仕事から帰ってきたらしいの姿で。
まあ、な、なんというか。
着替えの真っ最中に僕は来てしまったらしく、彼女の姿はこちらの世界での下着姿だった。
「っ!!!!」
声にならない声を上げながら(たぶん、そうだと感じる)、が僕に対してその場にあった上衣を投げつけて視界を覆ってしまう。
「あー…そ、その…」
「直衛くん、そこに正座っ」
不可抗力です、とか、眼福でした、とか今更じゃないですか、とか言う前にそういわれ、反射的に僕はその場に正座していた。
は僕をしかりつけるときは、必ず正座をさせられたのを思い返す。
着替えが終わるまで、僕はその上衣を被ったままで。
顔を紅くしたがそれを取るまでおとなしくしていた。
「こちらは夜、なのですね」
「こんな時間に来たことなんてなかったのに」
「それは僕のせいではありませんよ」
そう言うとようやっと上衣がはずされる。
「直衛くんのところは朝なの?」
「昼近く、というところでしょうか?」
「で、その…見た?」
ばっちりと見てしまった。
すぐに思い出しながらも「はい」と頷くと「忘れなさい」と睨まれたので「鋭意努力いたします」と気のない返事だけしておいた。
…おそらくは夢の中でまた彼女を汚すときに鮮明に思い出してしまうだろうと思うし。
そうこうしていたら「もう、正座はいいよ」と、そう言われたので立ち上がる。
反省していると思われたのだろう。
「直衛くん、少し顔色悪いけれど、風邪?」
「いいえ。…二日酔い、と先ほど頭をぶつけたので」
「え、ごめん。自分のことしか考えてなかった!」
そう言うと仕草でかがんで、といわれたのでかがむ。
頭の方はこぶも何も出来ておらず、安堵の溜息をはかれた。
安堵。
慕情。
それは今、僕が感じていることですよ、とは口にはいえなかった。
「こぶはできてないね」
「でもさすがにつらいので」
僕はやすやすと嘘を口に出来た。
「お膝を貸していただけますか? 」
「え?」
の寝台の上で、相手がいささか緊張しているのがわかって口許に笑みが浮かぶ。
僕を意識してくれているのだと思うと、嬉しいのが本音だ。
「直衛くん、何笑ってるの?」
「僕は笑ってましたか?」
そう言ってやると、彼女の指が僕の頭に置かれた。
「頭痛、大丈夫?」
「えぇ、幾分かは」
の膝に頭を乗せて横になっている僕は、下から彼女を見つめる。
うっすらとだけされた化粧。
口紅がいいのか、それとも僕の願望が強いのか、とても甘そうに感じる唇。
「昨夜は飲みすぎました」
いらぬことまで考えそうで、早口で僕はそう言った。
「美味しいお酒だったんだ」
「えぇ、それはもう」
「きっと一緒に飲んでくれる人たちも、直衛くんにとっていい人ばっかりなんだろうね」
「え…」
「そうじゃないと、美味しいって言葉に直衛くん素直に頷かないでしょうが」
ぺちり、と額を叩かれる。
「えぇ、確かに。みな、いい人ばかりですよ」
幼年学校の同期生での酒宴でした、と口にした。
貴女は知らないけれど、その場で貴女と僕は酒の肴にされたのですよ。
僕はそう口の中だけで呟くと、瞼を閉じて昨夜のことを思い出していた。
酒宴が進むとまず冷えては駄目なものから口にしていき、自然に後は話しになった。
「にしても新城」
そう言ったのは羽鳥守人(はとり もりと) であっただろうか?
「なんだ」
「お前、ここのところどうなのだ? 夢の女には会えたのか」
ごふり、と咳き込み慌てて口の中のものを喉に押し込める。
「な、な、何を言うか」
しまった、と思う。
いつだったか、こうして皆で酒を飲み交わしていたときに女の話になり、ついついのをことを口に滑らしたのだ。
それでこの四人は彼女の名前と、その世界を知っている。
ありがたいことにこの四人はを僕の妄想の中の人物とは思っていなかった。(まぁ、真実はわかるまいが)
羽鳥にいたってはそのときにもらした、あちらの科学に興味を持っているのだ。
「会えていないだろう? 北領でそれどころではなかっただろうし」
「会えてもあちらは熟女。こちらは若造。たとえ新城でも、なぁ?」
槇氏政(まき うじまさ) のその言葉になにかかちんと来た僕は滑るように言ってしまった。
「僕の方が年上になっていた」
「何?」
「会えたのかい? 新城?!」
水しか飲んでいないのにも、まるで酔ったように顔を紅くしている樋高惣六(ひだか そうろく)が声を上げる。
見るとなにやら期待の眼差しを注がれて、しかも古賀亮(こが りょう) からは「さっさと話せ」と促されてしまったので少なからず話すことになってしまった。
強姦しかけたことは流石に内緒だが。
「新城の初恋相手は、年下に、か」(樋高)
「いったいどういう時間の流れなのかはさっぱりだが、まぁ会えただけでも良しとすべきか?」(古河)
「いやいや、ここはあれだぞ新城。かっさらって正妻にすべきだ、やってしまえよ」(槙)
「彼女の気持ちも考えろ」
「「「「それをお前が言うな」」」」
僕の言葉になぜ言葉がそろうのだ、貴様ら。
「その台詞は真実、彼女の身の上を考えた男が言う台詞だ。貴様のことだ、こちらの世界に連れてきたいと思っているだろう」
「断定か、羽鳥。まぁ、俺もそうは思っているが」(古河)
そうか、こいつらには僕の心の一部など、わかりきってしまっているか。
僕は薄く笑った。
「新城、彼女を連れてくるときは是非ともあちらの世界の科学か何かの専門書を貰って来い。いや、そうだな、次に向こうに行ったときでもいいぞ」
「そんな本、衆民らしい彼女が持っているわけなかろう」(古河)
「そうか、なら何か珍しい品とかないのか? こちらで作れるような」(槙)
「槙、お前さんとこで商品化か?」(羽鳥)
「あぁ、でも」
さらりと樋高が言った。
「今、この国に連れてくるのはどうだろう?」
そう、皆わかりきっていたことだった。
この国はこれから史上最大の悪戦にまみれなければならなくなる。
「だからこそ、その女は妻にすべきだと、思うぞ。新城」
「妻も何も…返事をまだ頂いていないのだが」
「悠長だな、新城少佐殿」
「そうだぞ、新城少佐」
「押し倒してしまえよ、新城少佐」
「話を聞く限り、生娘っぽいからな。乱暴にするのは後々にとっておけよ、新城少佐」
やめんか! と大きな声を上げ、そんな僕の様子に四人はげらげらと珍しく声を上げて笑った。
のが、昨日の夜のこと。
「直衛くん?」
皆に言われたからじゃない。
前々から僕自身はを欲していた。
僕自身が得られる最良のものといえば、彼女なのだ。
「返事を聞かせて、もらえませんか」
愛しています、愛しています、愛しています。
想いが、あふれる。
「あたし、直衛くんのこと、好きよ。けれど、それがどんな感情なのかは、まだ判らない」
「わからない?」
はっきりとした返事ではないそれに眉をよせる。
「だってあたしにとって直衛くんが大人になったのはついこの間で、男性って見れるようになったのもこの間」
考えながら彼女は自分の気持ちを吐露していく。
「今までは家族愛みたいな感じだったのに。直衛くんのはそうじゃないんでしょう?」
「はい」
「まだ自分の気持ちがはっきりしないの。確かに直衛くんは愛しいと思う。でもそれが弟として愛しいのか、それとも男として愛しいのか」
「少なくとも、男として見始めてくれている、と解釈しても?」
「う、うん。それは…その、直衛くんが、あ、あんなことするから」
思い出す。
たくさん、口付けしたな。
「あれぐらいで照れられたら困ります」
もっとすごいことしたいし、されたいんですよ。とは、言わない。
「長期戦は本位ではありませんが、貴女がそう望むのであれば今はそれでいいです」
そう口に出そうとしたその瞬間、また視界がゆれた。
気がつくと、僕は机にもたれかかっていた。
身体を起こす。
「言わなくて、良かった、かな?」
とりあえず彼女の返事は頂いた。
男として見始めたのはいい傾向だ。
しかし、長期戦はないだろう、僕。
たとえの気持ちを考えても。
の今の気持ちがわかったことで心境的にすっきりしたのが幸いしてか、それとも彼女の膝枕で休めたのが良かったのか。
僕の二日酔いはかなり良くなり、瀬川が呼びに来るまで奏上の草案を書き上げられていた。
さて、この奏上で鬼が出るか蛇が出るか。
両方だと思われるから、世話がないな。
ブラウザバックでお戻りください。
槙さんがせっせと彼女をこっちに連れたがったり、妻にしとけっていうのは彼女を新城の精神的な歯止めにしたいから。
ほかの皆さんも同様。(どっこい)
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