猛獣使いの甘いの夢





幼い頃に行ったの先で、その日を迎えたら甘いお菓子が頂けた。

嬉しかったのはそれが彼女の手製であったことだ。

「がんばりました!」

胸を張るの様子に、僕も笑顔になったのをよく覚えている。

そう、確か『はろうぃん』だとかいう、異国の宗教儀式が変化したもの、だと聞いた気がする。

のことに関してはきちんと覚えていたのに、寒さでどうにかなったのだろうか?

「こう言うんだよ」

そう、彼女はなんと言ったっけ?

「大隊長殿」

曹長の言葉で意識が浮上する。

疲れているのか、それとも多少なりとも気が緩んだのか。



戦争をしているときに、彼女を思い出すなど、彼女の姿を血で汚す気か、僕は!!



己に内心舌打ちしながら、立ち上がる。

「敵が来ました」

「では見に行くとしよう」

そして僕は圧倒的で立派な軍を見るのだ。

僕たちのいるこの国に攻め入った帝国の。

…だからと言って元気なのはいまこの僕らの前に現れた軍だけで、後ろの軍はさぞかし苦労しているだろう。

そうするように戦争をしているのだから、当たり前なのだが。

「どうされますか?」

「どうもこうもない。ここで戦うよ。600名足らず…たった一個大隊で。…何かこう、楽しくなってくるな。えぇ?」

僕の口の端は上がりっぱなしだ。

…今の僕の姿を、が見たらどう思うだろうか?

泣くだろうか? 顔をしかめるだろうか?

それとも恐怖するだろうか?

そのどれらであっても僕は彼女を手放さないが。

…。

っておいおい、恐怖で頭がどうにかしたのか、僕は。

この戦場をどうにかしなくては、僕は生きられないし、そして僕らはこの戦場からは逃げることもできないというのに。

思考を切り替え、敵軍を見つめる。

「敵中隊横列接近。距離ニ里半。評定射撃痕付近に達しました」

「騎兵砲。打ち方はじめ」

僕の号令で殺し合いがまた始まる。

僕は笑っていた。

「いいじゃないか」

あぁ、こんな僕の姿は、やはりには見せられない。




敵の砲兵が布陣を完了し、僕達に攻撃をしてくるそのとき、僕は全員に退避命令を出して作った壕の中に千早と共に入る。

やはり敵は指揮所を狙ってくるが…。

千早に放しかけながら、僕は懐から細巻を取り出して火をつける。

「さてさてこれからが本当の河川陣地防御戦闘。その開幕というわけだ」

にゃあああと千早が鳴く。

「珍しいな。お前も怖いのか」

ぽん、と頭に手をやりなでる。

「僕なんかいつもだ」

そう言ってやるとごろごろと喉を鳴らした。

…。

「お前とを会わせたいなぁ、千早」

僕はまた笑っていた。

「あの人は動物好きでな、お前の事もよく話して聞かせたら抱きつきたいと言っていた」

「にゃあ」

「千早に抱きつくのはかまわないが、他の猫だと嫉妬しそうだ」

剣牙虎は恐ろしい外見をしていると前もっていってあるから、きっとお前の事も怖がらないだろうとは思うぞ。

そう耳元でいってやるとぴくぴくとそれが動く。

…って、また僕は。

「いかんなぁ、千早。また僕はを思い出している。やれやれ、これはあれかな? 戦争が始まって以来、また会えなくなっているから禁断症状かなにか?」

千早に答えられるわけではないのに、僕はそう言ってまた笑った。



それは予感だったのかもしれない。

仮眠をとったその数分間で、僕は。



「直衛くん?!」

「っ!?」

汚いなりのまま、のところにいたのだから。















戦争をしているから僕のこの姿は普段からしてみれば不潔極まりない。

女の彼女からしてみれば恐ろしい姿にも見えなくもないだろうに、は僕の姿に驚きはしたが恐れてはいないようだった。

「直衛、くん」

「すみません。すぐに帰ります」

僕はそう口走っていた。

自分で帰れる能力はなくて気がついたら戻れているのに、そう口走っていた。

なぜなら、他の皆は戦場にいて大隊長の僕が一番安堵できるの傍でくつろいでいるのはどうかと思う。

僕が第三者なら、許せん。

「直衛くん」

ちらりと日めくりカレンダーを見た。

10月31日。あの『はろうぃん』とやらの日だ。

なるほど、それで僕は思い出していたわけか。

今の僕の世界は2月21日だというのに。

「とりっく、あ、とりーと。と言うのですよね」

僕は早口にそう言った。

悪戯かお菓子か、という意味合いの言葉だと今思い出した。

「そうだよ」

「本来ならとりっく、と言って楽しみたいのですが…」

そう、悪戯してみたい。

貴女にじゃれついて。

けれどそんなことが出来る状況でもない。

今は戦争をしているのだ。

「だから、トリートの方ね」

そう言って彼女は僕の手に透明の袋に入れ、桃色のリボンに入れた焼き菓子をいくつかと飴らしいものが入った小瓶を僕に手渡してくれる。

飴はともかく、焼き菓子は手製のものだ。

持って帰れるかどうかは判らないが。

あぁ、以前は細巻を持っては帰れたが今度もできるとは思ってはいない。

「あと、何か持っていけれるものが…」

だが彼女はそうは考えていない。

僕の姿を見て何か役立つものを少しでもと考えてくれている。

「いや、これで十分です。ありがとう」

にっと、笑う。

無精ひげも生やし、軍服は汚れ、普通の女子であるにとっては見たこともないような僕。

その様子から…恐れていることがおきているのだと理解してくれている。

「直衛くん」

「はい、この次来たらもっと長く」

愚かな僕は次の約束をしてしまった。

戦争で死ぬ可能性が高いのに。

「判った、待ってるから」

だから、と言ったの言葉は聞こえなかった。

僕が敬礼をしてみせ、その言葉を飲み込ませたからだ。

すとん、と意識が落ち、また浮上する。

「大隊長殿」

曹長の言葉に瞼を開けた。

「…? 何を持っていらっしゃるのですか?」

「何をって…」

僕の手の中には焼き菓子と飴の小瓶があった。

笑みが浮かぶ。

持ってこれた、ということは彼女自身さえもこちらに来ることが可能なわけだ。

「……僕の大事な彼女からの『とりーと』だ」

そう言うと曹長が「彼女? 『とりーと』?」と聞いてくる。

僕はリボンを解き、袋から焼き菓子を取り出して一枚口に入れた。

もう一枚を千早にやり、残りを懐にしまい(当然、リボンもだ!)、小瓶を開けて一つを曹長に手渡す。

かみ締めて甘さを堪能する。

思えば戦争が始まって以来の甘味だ。

糖分が頭のめぐりをよくすればいいのだが。

「敵の一部が川を渡ります。百名ほど」

その報告に僕は唇にのこった焼き菓子のかすを舐め取りながらこう下した。

「後置の予備隊を投入して逆襲する」



そう、全てはうまく行っている。

この分では……そう、この分ではにした約束も必ず守れるのではないか。





そう過信した報いはすぐそこにやってきていた。



 


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漫画の『参』の時間軸です。
これにて終了。
飴は最後に生き残った皆に分けて、きっとクッキーは千早と自分だけ食べたと思う。



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