5月6日


(2)

「いただきまーす」

食事の最中は静かにすること、なんていう家訓は鬼塚家にはない。

静かにしてるとさびしい、というか間が持たないというのもあって、私はときどき話をお父さんや美雪ちゃんに振って会話させていた。

…だって温かいご飯を食べて嬉しいのに、どうしてあえて寒々しい空気になりたいのだろうか。

話題は何だっていい。

天気の話でも料理の話でも。

洗濯の話に拡大して、今日はどうしようかなんて話題を振るのもいい。

私の中の…としての記憶の中にあった1シーン…伝統的な和食の朝御飯を前にして、会話の一つもない寒い朝食の風景はお断りだ。

目の前に広がっているのは洋風の朝食メニュー…かりかりのトーストと目玉焼きに、野菜スープなのだけれど。

そう、ここは私・が知っている、フィクションの世界。

『召喚教師 リアルバウトハイスクール』

それが私が知っている、この世界。

ただ、私としては学生の時に読んだきりで思い出してはたまに読み返して、を繰り返していただけでそんなに詳細な情報を覚えているわけでもない…と、思う。

その人の容姿の描写を細かく覚えているわけではないので、会ってもすぐにはそれが誰なのかわからない。

南雲さん達だって、会って名前を聞いてすぐにぴんときたわけじゃない。

鬼塚の名前を聞いたときも「怖そうな苗字」と思っただけ。

美雪ちゃんの名前を思い出したときも、可愛い女の子だ思っただけ。

『ここ』がそうだと判ったのは、鬼塚の記憶の中で住んでいる場所が『飛天神社』と聞いたときだった。

名前と、住む場所と、その人たちとがそろってようやくその作品名を思い出して、として読んでいた小説の内容を頭痛と共に思い返して、今に至る。

多少の時間のずれ…たとえば小説の始まりは五月で主人公はそのときに異世界経由で帰国したことになってるけれど、話を聞けば三月のはじめに帰国している。

私が読んでいた当時は何巻まで出ていたか、なんて細かいのは覚えていない。

どういう結末だったか、というのも覚えていない。

ただ、今わかるのはその話で、主人公である南雲さんは結婚している(たとえそれが強制であろうとも)人で、料理の上手い元・喧嘩番長。現・世界最強の格闘家と呼ばれてて、確かソルバニアという異世界に呼ばれて化け物退治をしているということ。

そして私の姉・美咲を愛している人、だったはずだ。

私、鬼塚としての記憶では初恋で、お兄ちゃんで、最後の最後に…。

    捨 て
私を拒絶した『家族』。


「?」

自分の思考にノイズのようなその言葉が入って、私は思わずスプーンをおいた。

なんだ、今私は何を…鬼塚の何を思い出した?

?」

「叔母様」

私の様子に驚いたのか、隣で食べていた美雪ちゃんと、真正面で食べていた南雲さんが心配してる。

何事か、とお父さんも見てる。

あぁ、誤魔化さないと。

明るい朝食の場が。

「少し、思い出してて」

脳裏に浮かんだ言葉じゃなくて、ちょっと違う話題を振らないといけない。

何を? と顔色で催促されたので、ほんの少し前に思い出していた違うことを口に上げた。

「私が初めて作ったスープもこれぐらい美味しかったらよかったのにっーて」

もの凄い味してた、なんて言うと「それ、美味いか?」と南雲さんが笑って聞いてくる。

「美味しいですよー」

落としたスプーンをもう一度持ち直して口に入れていると、お父さんの顔が綻んでいた。

よしよし、なんとか誤魔化せたみたいだ。

にしてもなんだったんだろうか、あの思考のノイズ。

「そう言ってもらえると作ったかいがあるよ」

南雲さんの空気もやわらかいのに変わった。

「もう少し回復したら、私も包丁握れるかな」

「きっと、もうすぐ。叔母様」

美雪ちゃんの言葉に嬉しくなって微笑みあう。

私のがいっぱいの笑顔なら、美雪ちゃんのはほんのりと淡いものだったけれど、笑みは笑み。

私の中の情報で、美雪ちゃんは自分の殻の中に入り込んでいたけれど私にはだいぶ、南雲さんもそこそこ…というか小説のあの世界で言うなら深夜の和解イベント(2巻ぐらいだったかな? そういうのあったはず)の後のようになついてくれている。

最初から美雪ちゃんは私にはものすごく好意的だった。

叔母、姪の関係よりも姉・妹のような感じ。

年齢からしてみれば、頑張れば…頑張れば…母子は無理か。

それは、おそらくは私・鬼塚が必死になって彼女の心を守ろうとしたことがあるから、と思う。

小説の中で私の目の前にいる南雲さんは美雪ちゃんに「ママじゃなくて私が死ねばよかったのにね」という台詞を言うシーン(ここが、和解イベントだと私が思っているところだ)があったけれど、その台詞、美雪ちゃんは私にもしていたのだ。

詳細はいまだに思い出していないのだけれど、私は子供のように泣いて、彼女の言葉を否定し、そして抱きしめて彼女を愛してると伝えた…はずだ。

「守るからね」とも伝えたはずなのにその後、三年も昏睡状態ですよ、私は。

何やってんの、鬼塚

一番守らなきゃいけない子、守らないでどうするの、とか自分に毎日言いながら、正直溺愛してる。

そんなこんなのことを考えながら、私は全部食べきると「ご馳走様でした」と言って、美雪ちゃんと一緒に食器を台所に運んで洗う。

食べ終わったお父さんや南雲さんのものを片付けて、歯磨きとか化粧の手直しとかしてからの私は南雲さんの足マッサージを受ける。

春の日差しが入る縁側の近く。

障子を開けて、庭が見える場所にバスタオルとタオルと用意する。

男の人からのマッサージって抵抗があったのだけれど、私が今動けてるのはこのマッサージのおかげなんだと思う。

「ん…っ」

時折、足つぼマッサージになってすごく痛いけど。

「我慢な」

「は…んっ、それ痛い…ですっ」

「我慢」

「うん…っ」

頷くとつぼを押してから、しばらく手をそのまま当てた動作でとめる。

「あつっ」

仙術気功闘法「神威の拳」。

それが南雲さんが使う格闘術で、南雲さんは掌から「神気」と呼ばれるものを放つことができる。

私の身体の中に、今それを流して気の循環を良くしているのだということは病院で聞いた。

「それっていまだに、よく判らないけれど、教えてもらえればマッサージも全部自分でできるようになりますよね?」

なんて言ったら南雲さんは目をぱちくりさせてから。

には無理なんじゃないかな?」と言って教えてくれないのだ。

…もう南雲さんにマッサージされるの、慣れたし…いや、いやらしい目的で触ってくるわけではないので、あくまでも治療目的っていうのがわかってるから恥ずかしいけれど我慢できるから。

それに太股とか足の付け根とかじゃないからね。

「南雲さん、本当にこれ教えてくれないんですか?」

「…に神威の拳が出来るとは思わないが」

「いや、そこまでするんじゃなくて、この不思議パワーで気を循環できるようになりさえすればいいんですけど?」

殴り合いなんて出来ないのは知ってるでしょう?

そう言うと南雲さんは少し考えて、やっぱり駄目だ、と首を横に振る。

「それにしても…神気を不思議パワーの一言で済ますか」

「他にどう言えと。…別に格闘技に使うわけじゃなくて純粋に身体を治すためだけですよ? それにそろそろ真面目に考えないと。南雲さん、いつから教職に?」

「9日。あと3日かな」

「教職に着いたらいまよりももっと忙しくなりますよ、きっと。今でこそ南雲さんの負担になってるんですから、これ以上は駄目でしょう」

ふいに頭痛がした。

あ、記憶の融合だ。

私が顔をしかめたのを見て、南雲さんは足を持ったままマッサージするのを止めてくれる。



思い出したのは高校時代の南雲さんの素行。

…小説の話としては面白かったが、本当にこの人先生やれるんだろうか…。

心配になってきた。

?」

頭が痛いのがやむ。

そうして私は口を開く。

わざと頭の中の情報とは違うことを。

「…ところで南雲さん、教えるのはなんですか? えーと喧嘩の仕方? じゃなくて体育とか? 本当に先生やれる…あ」

喧嘩の仕方? と聞いた途端に南雲さんは笑顔になった。

先生やれる? と聞こうとしたときには超笑顔だった。

やばい。

そう思ったときに、頭痛を治す足つぼをぐぐっと押される。

「い、いたい、いたいってごめ、ごめんなさいっ」

「言ってなかったか? 俺、英語教師になるんだって」

聞いたような、聞かなかったような…って!

「ごめっ、ごめんってばぁ」

「誠意が足りないなぁ」

ごろんと転がる。

「やめ…あ、いたっ。ほんとに痛いっ」

「あぁ、痛くしてる」

鬼だ!

「ぎ、ギブ! ギブ!」

「give? give me what?」

「そうじゃなくてぇっ」

その後、あたしはぐったりとするまでマッサージを受け続けていた。

終わった後、笑いながら「参ったか」なんて言われたので「参ったー」と呻いて、そうして二人で笑いあった。




昔みたいに、兄と妹に戻れればいいよね。兄と、妹に。

それ以上の関係は、望まないで。




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WEB拍手のときよりも最初は少し心の距離開けようか、悩み中。



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