5月6日
(3)
一頻り腹筋も鍛えられた私は、そこで南雲さんに相談した。
美雪ちゃんが連休が明けたというのに学校に行っていないということだ。
正直、私は家にいてくれたらものすごく助かるけれど、それは美雪ちゃんにとっていいこととは思わない。
「私のことで行かないだけなら、私が話して行くように頼めますけど…」
「それだけが理由ってわけでもないと思うんだ。現に、が入院中、休みがちだったが行っていた事は確かだし」
もう少し様子を見よう、ということで南雲さんとは落ち着いたけれど、どうだろうか。
確かの情報の中での『鬼塚美雪』は家庭教師になるだろう少年に「生きている意味がわからなくなった」から、学校に行かなくなったのだけれど、私の姪である彼女もそうなのだろうか?
南雲さん的には「行きたくないのなら行かなくてもいい」派だけど、その手の資料を学校で調べてみると約束してくれた。
たぶん、このことはお父さんも気がついているけれど、どうしていいかわからないんだろう。
お礼を言って、マッサージを終了すると後片付けをして私は自分の部屋に戻る。
帰ってきてから日常生活とリハビリにいそしんでいて、身の回りのところしか掃除できなかったから、今日は大掃除。
私の部屋は二階だ。
一階にはお父さんと美雪ちゃんの部屋、そして美咲姉さんたちの部屋があって、二階には私に部屋と南雲さんの部屋がある。
「これだけは、お父さん達に見られるのは嫌だし」
全部一応掃除機をかけてから、机の中から、大事にしてた小さなアルバムや、白い封筒を取り出す。
封筒には結婚式の日取りや、新婚旅行の段取りとか書かれているメモが入ってる。
アルバムの中には、私の…鬼塚とあの人の思い出の写真が残ってる。
ぎゅうっと胸が痛くなった。
さっき笑ったばかりなのに。
私の想いだけを置き去りにされた感覚はぬけない。
鬼塚としてもにとしても。
涙腺もゆるくなって、涙がこぼれやすくなっているので中身は見ない。
要らない紙袋の中にアルバムを入れる。
相手がの浮気した彼にもそっくりっていうのもある。
鬼塚として、彼を男性として愛しいという気持ちもまだある。
私が最初に思い出した異性としての記憶は、南雲さんでもお父さんでもなくて彼だった。
彼が左手の薬指にはめてくれた婚約指輪はもう、ない。
彼の結婚を知った私のお父さんが、指輪をはずして送り返したから。
事故直後、目を覚まさなかった私の状態を見たお父さんは、あの人に「結婚を白紙にするように」伝えてくれたそうだ。
それでも彼は「待つ」と言ってくれたということだけが嬉しいことだった。
彼はその二ヵ月後、私の友達と結婚したのだそうだ。
私が目を覚ましてから、さりげなくお父さん達に彼が来るのか聞いていたけれど、言葉を濁されていて…ようやくそのことを知らされたのは、私と彼と、そして彼の奥さんになった私の友達だという人が教えに来てくれた。
「二人とも…貴女に会わせる顔がないからって…」
居心地悪そうにしていた彼女。
本当に私の友達だったかどうかは、知らない。
いまだに彼女のことを思い出してはいない。
としても鬼塚としても、その話はものすごくつらかった。
彼との淡い思い出が浮かび上がって…。
理性はまったく正反対のことをささやいてくれた。
彼とは婚前交渉、最後まで行ってなかったのだ。
男性として、絶対的な禁欲って無理だし…。
さらに言えば、鬼塚家のことでは我慢ばかりさせていた。
そしてあげくに事故だ。
そんな女よりも、傍で包んでくれる優しくて綺麗な女性の方が断然いいに決まってる。
だけど感情はそうはいかない。
教えてくれた礼を言って、自分はもう関係のない人間だから幸せになってほしい旨を伝えて…。
彼女を帰した、その後は…一人にさせて欲しいってお願いして、ずっと泣いた。
泣きつかれて、眠ってしまうまで泣いた。
それからはしばらく、上手く笑えなかったけど…うん、そう…今はちゃんと笑えてる。
アルバムを袋に詰め込み、その上に封筒の類を押し込んだ。
さて、これどうしよう?
あぁ、婚約指輪以外にも彼から貰った貴金属があったから、それもどうすればいいんだろう?
写真は…写真はこのままダンボールか何かに入れて、燃やしてもらおうかなぁ。
貴金属は…どうしよう。
そんなこと考えながら、そういえば、と思い出す。
携帯電話!
携帯電話は遠く離れた場所にいる友人・知人と連絡する大切な道具だが、それ以上に「過去」の想いも残す。
私…鬼塚が事故に巻き込まれたそのときに来ていた服は、あまりの血の汚れに捨ててしまったそうだがバックやお財布、そしてその携帯電話は残されている。
というかバックの形は変形していて、もう使えないが中の財布と携帯電話は無傷だった。
本当は病院で、消すつもりだった。
けれど削除のスイッチを押す力がなくて…そして彼が私から離れたという事実を受け止め切れなくて出来なかった。
少し充電すると、ぴっ、と音が出て画面が立ち上がる。
今の世の中ではもっと小型化して薄っぺらいもので高性能なそれをぱかりと開く。
履歴のすぐに…彼の名前があった。
何度もかけられた彼の名前。
馬鹿だ。
私は。
着信履歴の大半を、そして着ていたメールを全て選択して削除する。
それだけでまだ私の指は震えていた。
鬼塚は、まだ彼のことを愛してる。
履歴を消して、彼ととった写真のデータを選択して削除している間に、気がつけば涙をこぼしていた。
ぱたぱたと涙が画面に落ちる。
写真の全てを消して…彼の奥さんになった友達の番号も消した。
二人の番号をずっと残しておくことは、できない。
彼らのことは本当に大事な思い出だけど、残しておけば未練になる。
どうせあちらからも連絡はこないだろうし。
大好きだった。
愛していた。
この人になら愛されると信じていた。
なんでも相談できる友人の一人だった。
好きだった。
笑いあえて、悲しみを分かち合えればいい。
そんな存在だった。
その想いに、私としての意識が重なる。
私を捨てた彼と、私の友達。
二人とも大好きだった。
だから許せないでいた。
どうして私を捨てたの? 私の何がいけなかったの?
簡単に身体を許せば、まだ彼は私を選んでくれた?
キスもした。それ以上だって、恥ずかしいけど彼になら…欲しいとさえ強く言ってくれたら身体をゆだねた。
今の鬼塚としての記憶と感情が混ざり合う。
哀しみで涙が落ち、嗚咽が出た。
これでさよならにしよう。
鬼塚として、私として、過去の貴方と貴女への想いに。
もう少しすれば、きっと笑顔で彼らに会えるようになる。
過去の恋愛として、今の私を愛して愛される、そんな相手が見つかったら。
今はまだ無理だ。
「? 部屋にいるか?」
ノックの音と南雲さんの声に慌てる。
はい、とすぐに返事はできない。
涙は急には止まらないから。
「い、います…っ」
心配をかけたくないのに涙混じりの声。
向こう側で南雲さんが慌てたらしくて、ドアノブが動くのが判る。
「入ってもいいか…」
「ごめんなさい」
柔らかな拒絶。
ドアの向こう側で、南雲さんが小さく溜息をついたのが聞こえる。
けれどちゃんと私の部屋には入ってこない。
ドアのノブが元の位置に戻っていくのを見た。
「ごめんなさい」
私はまた言って、ドアに近づくとそれ越しに彼に謝った。
「今の私、ものすごく泣き虫で、臆病で、頭でわかってても駄目な方向一直線なんで…。…すみません、今日、私お昼、要りませんから」
こんな泣き顔で、お父さんや美雪ちゃんの前に出られない。
「」
ドアに近づいてそう言うと、ドアの向こうで南雲さんが私を見下ろしてるのが判った。
「お前が泣き虫なのは知ってる。臆病っていうのは違う。お前は優しいってことだ」
「南雲さん…」
「なんで泣いてるのかは知らない。お前が言いたくない限りは、俺は聞かない。けど、俺を…俺達をお前の心の中から閉め出すなよ」
諭すような南雲さんの言葉に私はまた涙をこぼした。
「…はい」
「…開けていいか?」
「駄目…。その…ちゃんと、落ち着きますから、一人で平気ですから」
「締め出すなって俺は言ったぞ? 」
「ずるい…」
何か言う前に、ドアが開いた。
私は携帯電話を持ったまま俯いていたから、彼がどんな表情をしているのかは判らない。
けれど、次に来たのはそーっと抱きしめられて、背中を優しく叩かれたこと。
「我慢しないで、全部吐き出して、泣いてしまえよ。すぐに笑わせてやるから」
南雲さんは理由も聞かずに私を抱きしめたまま、そう言ってくれた。
途端に私は、わぁっとまた泣いてしまって、泣き止むまで南雲さんは傍にいてくれた。
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部屋割りとかは想像でしかありません。
1996年代の機械類とかすでに記憶の彼方だなぁ(汗)
さんは、失恋したら引きずる派なので、わんわん泣いてます。
すまん、さん。俺(書いてる人)は君の事を愛してるので許して欲しい…。
読んでいる人もすみません…。違う意味でもそのうち泣かしますのでよろしくお願いします(え)。
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