5月7日
(2)
「お帰りなさい、叔母様」
「ただいま、美雪ちゃん」
慶一郎とが鬼塚家に帰ると巫女姿の鬼塚美雪が帰宅を待っていた。
無表情で人形めいた可愛さのある彼女は、叔母のの胸に顔をうずめる様に抱きつくと、きゅうと抱きしめ、それから顔を上げて傍の慶一郎を見上げる。
「お帰りなさい、慶一郎さん」
「ただいま、美雪ちゃん」
今でこそ、こうして挨拶を交わす二人だが、慶一郎が鬼塚家に来た当初はここまで親密ではなかった。
二人の心の距離が少しでも縮まったのは、美雪の母・美咲ととの思い出だった。
当初、慶一郎は美咲の死との状態にショックを受け、美雪とどう接していいか解らなかった。
久方ぶりの日本食が並ぶ食卓では寒々しい、何一つ会話のない食事に自分がどう動けばいいのか解らなかった。
解ったこととは、美咲との存在がどれだけ鬼塚家に暖かみのある存在だったかということだった。
5月から教職につくので、それに伴う必要書類の申請や運転免許の更新手続き等といった手続きをし、のいる病院に見舞いに行きながら「なんとかしなければ」とは思う。
眠っているに「どうすればいいんだろうな?」などと声もかけた。
その後、異世界ソルバニアに召喚され、いつものように巫女・レイハに依頼されたバケモノを倒し、彼女にに効く薬の存在の有無を確認した上で、その薬を作るように頼み込んだ。
元の世界に戻れば看護婦や医者に許可を得た気功療法を施した。
そのときに病室で美雪に会い、それが何かしらの彼女の琴線に触れたのだろうか、美雪はそれまで置物のようにしか対応しなかった慶一郎を観察するようになった。
警戒心の強い猫が、自分のテリトリーの中に入った猫を観察するように。
二人の心が交差したのは、その夜のことだった。
日課である入浴前のトレーニングの最中に気がついた視線に、美雪を感じて呼び止めた。
慶一郎から反射的に逃げようとしたとき、古傷がうずいて転んだ美雪を守るかのように現れた月影の巫女――。
美雪とその巫女を落ち着かせながら近寄り、いつもに施していた療法を美雪に施していくうちに慶一郎は彼女の傷で美咲の死を連想した。
飛行機事故。
鉄斎の口から聞いた美咲の死の原因は、その娘・美雪の身体にも傷跡として残っている。
事故の詳細を聞いたところで現実は変わることなく、悲しみしか残されない。
(あ、やばい)
そう思ったときには彼は涙を一筋こぼしていた。
それに驚いたのか、美雪はおとなしく慶一郎の傍に座ったまま、彼を見上げていた。
(不覚…)
慶一郎は肩を震わせて泣いた。
戸惑う美雪に断りを入れ、美咲のためを思って流す最後の涙だと思って美雪の前で涙を流した。
「…君のママ…美咲さんと叔母さんのさんは…俺にとっては姉と妹…みたいな人でさ」
慶一郎は美雪の隣に座り、静かに語った。
「二人とも…そう二人とも優しかった。
ワル
俺みたいな不良でも家族のように扱って…気にかけてくれた。
日本を捨てて7年も世界中を旅したけれど、美咲さんとさんのことは忘れなかったよ。
幸せな思い出ってやつが、どんなつらいときにでも心の支えになるんだなって、よく判った。
日本に戻ってきたら恩返ししなきゃならないって思ったんだ…」
「ママのこと、好きだったの?」
その『好き』がただ単純に慕っている好意のことを示しているとは、慶一郎は思わなかった。
「そうだな…俺は美咲さんのことを姉以上に好きになりかけていたんだと思ってたんだ。だからこの家には二度と戻らないつもりだった…。思えば家を出たのは、それが本当の理由だったのかもしれないな…」
慶一郎は拳を握った。
自分のことをぺらぺらとしゃべる男は一番信用ならないと固く信じていた彼だが、その夜は何もかも吐き出していた。
「けれど、ここにはが…さんがいたから…きっと俺は…なんだかんだと言って戻ってきたよ」
(現にこうしてこの場所にいるのは、きっと会いたかったから)と、慶一郎は苦笑する。
「…叔母様?」
「あぁ」
「美咲さんは俺にとっても美雪ちゃんと同じように『母親』として『好き』ってことに気がついてさ。さんの方は…その…」
「叔母様のことの方が、好きだったの?」
(どうかしてるぜ、俺は。…まぁ一生に一度や二度はこんな狂った夜があってもいいかもしれないが)
そう思いながら、慶一郎は美雪と視線を合わせた。
「あぁ」
頷いて、それから苦笑いすると慶一郎は美雪に言う。
「には…内緒にしといてくれな」
その言葉に美雪も頷いた。
昔のようにを呼び捨てにしていることに慶一郎は気がついていない。
「…私も叔母様が、好き」
美雪は慶一郎を見つめる。
その深淵を思わせるような瞳の奥に、光を宿しながら美雪は続けた。
「叔母様に、言ったの。私が死ねばよかったのにねって。ママの代わりに私が死ねばよかったのにねって」
慶一郎は絶句した。
少しでも美雪がそんなことを考えたこと事態が信じられなかった。
「っ! それは違うよ、美雪ちゃん」
慶一郎は静かに諭した。
自分が見てきた世界の紛争地域の子供たちのことを例にも挙げながら「そんなものは俺が認めない」とはっきりと言い切る。
瞳の中の心の光が、強くなったような気がして慶一郎が美雪を見つめた。
「…叔母様も、そう言ったの。いっぱいいっぱい、泣きながら、抱きしめてくれて…」
美雪は自分のひざを抱きしめ、その強い光を宿しかけた目を伏せる。
「叔母様は自分は凄く弱くて、ママの代わりにはなれないけれど…私の傍にいて助けるからねって。
ママやパパに負けないぐらいに、私の隣で手を繋いで生きていくからって」
美雪の目には涙が浮かんでいた。
「他の大人はいい子じゃないと要らないって言うけど…叔母様とお祖父様だけは、美雪がいるって…。
いい子でも悪い子でも、美雪が美雪ならいいって。大好きだって…」
だけど…と美雪は俯く。
「叔母様、ずっと…ずっと眠ってて…起きてくれない」
「…もうすぐ、起きるよ。は…は自分の痛みには鈍くて他人の痛みに敏感だから…。
美雪ちゃんが…俺達がこんなに胸の痛みを抱えてるってわかったら、きっと起きるよ」
「三年も眠ってるのに?」
「だからこそ、さ。…がおきたら真っ先に何が言いたい? 美雪ちゃん」
「おはようございますって言って…それで、大好きって伝えて…抱きしめたい…」
「あぁ…俺もだ」
二人はそれからしばらくその場所で、互いの思い出を語り合いったのだ。
その翌日、レイハから薬をもらった慶一郎は、それをに飲ませて彼女を覚醒させた。
三年の眠りから覚めた彼女は、美雪の名前以外の自分たちのことを含めた過去を忘れてしまっていたという、落ちがついたが。
美雪は慶一郎に言ったとおり、「大好き」と言いながら抱きしめた。
あれ以来、美雪はこうしてが外出すると、出迎えて抱きしめている。
も笑いながら美雪を抱きめ返し、その二人の表情や仕草から親愛の情はよく読み取れた。
美雪はいつも無表情だが、注意深く見ればにだけは笑みを見せていた。
(それが俺達には向かないっていうのは…な)
慶一郎に対しても美雪は笑顔を向けたことがない。
ただただ叔母であるにのみ、美雪は感情を表しているのだ。
「慶一郎さんは、しないの?」
そう聞いて来る彼女も無表情だ。
慶一郎は何を言われたのかとっさに判断できなかったが、ぎゅっとにしがみつく美雪の仕草でわかった。
彼女が言って、そして自分が同意した言葉を思い出す。
(「大好きって伝えて…抱きしめたい」)
「何を?」
の問いかけに答えず、彼女の胸に顔をうずめながら見上げてくる少女に慶一郎は答えた。
「まだちゃんと言ってないだけで、することはしたよ?」
何かに付けて自分がの身体に触れていることに美雪も気がついていた。
鉄斎も何もまだ言わないが、気がついてはいるだろう。
泣けば抱きしめ、笑えばその顔に触れ、四六時中とは言わないが、時間の許す限り慶一郎はの傍にいるのだ。
そう言うと安心したように「そう」とだけ美雪は返す。
淡白なその反応に慶一郎は少し笑う。
「だから何を」
の問いかけに二人は目と目を合わせてから、そうしてお互いの調子で答える。
「「内緒(だ)」」
「えー、内緒なんだ…! ちょっとずるい。教えて、美雪ちゃーん」
きゅうっとは抱きしめて姪に嘆願する。
その声と抱きしめられることが嬉しいのか美雪は、目を細めた。
そのうち何事かと見に来た鉄斎に「さっさと家の中に入らんか!」と叱られて三人はようやく家の中に入った。
慶一郎とが一緒にいて、美雪がに抱きつき、そうして鉄斎がそれを見守る。
この構図がここ最近の鬼塚家の光景だった。
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原作読んでたら、そりゃあ美雪ちゃん慶一郎さんに依存も兼ねた恋心抱くよ、と思った。
「君を守るよ」とかああ言われたら女はときめくよ、先生…!中学生女子舐めんな!
『カオルーンの花嫁』で自分を酷い目に合わせた女に愛の告白したり、一緒に消えたらやきもちどころか冷たいのは当たり前ジャンとか。
…まぁ自分の子供時代とは違う、しかも女の子の気持ちなんて慶一郎さんが判るはずもありませんが。
(えらくつっかかるのは美雪ちゃんに肩入れしてるから)
とりあえずこの作品の二人はこんな関係にすでになってます。
原作2巻目(たぶん5/21?の夜)に行われた和解イベントを3月から4月の間にすでにしている、という形でお願いします。
さんを巡って二人はVSになるわけでもない感じ?
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