5月7日
(3)
の親しい友人の大半は学生時代の同級生から、近所のかつての子供たちと身近な人間が多く、そんな彼らは慶一郎のこともよく覚えている者が多かった。
が三年ぶりに目を覚まし、そして家にいることは近所のみならず、入院中に顔を見に来た知人・友人には伝えてあり、その際には大半の記憶を失って、それを取り戻すたびに体調がおかしくなるのだという説明をしているからか、お見舞いや顔を見に来る人間は少ない。
だが今日は違った。
近場にある地域密着型の宅配便の従業員は、顔見知りで昔なじみでもあるの元気に回復している姿に、どばり、と涙をこぼした。
「まごころ便さん?」
「姉ちゃんっ」
ぐしぐしと泣いた彼に対して、はまじまじと彼を見つめる。
「お見舞い、ここんとこ仕事が忙しくていけてなくて…っ俺、退院したって聞いてすぐ来たかったけど…っ今も仕事中でごめんなっ」
はい、これ荷物、ここにサインね、と言うのも泣きながらされ、戸惑いながらもはボールペンを握ってサインする。
「あの…」
どこかで会いましたか? という質問をするには、彼の涙の量が半端ではなくはおろおろと彼を見つめた。
「どうした? 」
泣いていた宅配業者は、奥から出てきた慶一郎の姿に戦慄して涙を止めた。
「ま、まさか怪獣・ナグモンか?!!」
この家にいた頃小学生達からそう言われていたことに慶一郎も思い出し、その言葉で彼らとの過去を思い出したは頭痛を覚えながらも笑った。
「ナグモン…っ」
「、笑いすぎだ」
頭が痛いくせして、と言いながら慶一郎も苦笑する。
の様子を見に来た美雪も顔を覗かせた。
「なぐもん?」
美雪の言葉に慶一郎は思い返して言った。
「懐かしいな、そういや俺はここいらの小学生の度胸試しみたいなもんだったな」
子供というものは怖いもの知らずだ。
ぎらぎらとした目つきの不良高校生だろうとなんだろうと、周囲の大人達から「怖い」と言われる存在は一度は標的に上がる。
あの鉄斎でさえ彼らは標的にしたことすらあるのだ。
その報いは数倍となって彼らに返り、瞬く間に標的にされることはなくなったが。
そんな彼らは暴走族等にまでは手を出しはしないが、一匹狼の慶一郎を見事にその標的した。
それはのせいでもあった。
慶一郎がたち、鬼塚家の面々にはなんだかんだといいつつ甘いというのを子供は独自の視線で見ていたのだ。
何かしらあったときは「か美咲を盾にして逃げればいい」というのが、度胸試しに参加したここいらの当時小学生達の暗黙の了解だった。
それに流石の慶一郎自身も何をされようと子供相手には手は出さなかった。
顔見知りの子供たち…主にの遊び仲間であるから…だった、というのもあるが、実際に手を出した結果が面倒だ、というのもあった。
ただし、礼儀のなってない子供には彼として軽めに指導はしたが。
よくよく見ればいつもの後ろにくっついて歩いていた三人組の小学生のうちの一人と面影が似ている。
「っちきしょう、またでかくなりやがったな。ナグモン! 今でも負けそうなのがむかつくぜーー!!」
(「っちきしょう、ナグモン! 覚えてろよ! 次は勝つからなーーー!!」)
かつての捨て台詞と今の言葉と面影が重なる。
「後藤さん家の紅男かぁ」
思い出される様々な悪戯に慶一郎は薄く笑った。
「…紅男ちゃん、お姉ちゃんはお腹が痛いよ…」
キシャーと気炎を吐く、かつての小学生が今では立派な成人男性だった。
に名前を呼ばれ、彼は感動の鼻水をずずっとすってからびしっと敬礼する。
「とりあえず、俺仕事中だからまた来るよ、姉ちゃん! 美雪ちゃん! ナグモン!」
「ナグモンは止めんか!」
「お腹痛い。頭も痛いけど、笑いすぎてお腹も痛い…」
美雪はそんな叔母の背中をさすっている。
「いつも楽しそうな人…」
美雪の言葉にが頷きながら、着た荷物の伝票を見つめる。
「あら、私宛」
伝票に書かれていた名前で、またも記憶が蘇り、少し顔をしかめたものの思い出したのか、すぐに笑みを浮かべたまま持とうとする。
「あぁ、いい。俺がやるから」
「叔母様、誰から?」
「高校のときの友達から」
着た荷物の中身は季節の野菜と手紙だった。
野菜は野菜入れにしまい、手紙を読むとお礼の電話をするのだと携帯電話を握り締める。
昨日、携帯電話を握り締めていたときの表情とはまったく違うことに慶一郎は、安堵し、そうして届いた野菜を見ながら本日の献立を脳内で立てていった。
泣いた理由を慶一郎は結果聞いていない。
抱きしめ、宥め、そうして泣き止むまで傍にいた。
泣きつかれて倒れそうな彼女を寝かせた時には、思わず唇を寄せそうになる自分に驚きもした。
(女には飢えていないがには飢えてるんだろうな)と思うが、さすがにそれをすると寝込みを襲ってるようにか思えないのでやめた。
は次に起きたときには、自分が情けないのか顔をしかめつつも化粧を直していた。
慶一郎に謝ったが、彼女はけして涙の理由を彼に語ろうとはしなかった。
鉄斎や美雪には慶一郎の方から体調不良の為に休んだことにしておいたが、彼女が泣いていたことはばれてはいるが彼らはそれを口には出さない。
ただ美雪はそれからはべったりと一緒に居た。
鉄斎もそれとなくの近くにいるようになった。
おかげで慶一郎はマッサージのときには鉄斎からは殺気混じりの視線で見つめられ続けた。
部屋にまとめられていた紙袋の中身も彼は見なかった。
それは今日の早朝、彼女自身が中身がばらけないようにきちんとしっかりまとめて燃えるゴミに出していた。
携帯電話の何が彼女に涙させたのか、想像はしたが事実としては教えてもらえていない。
(…たぶん、婚約者だかの名前でも見たんじゃないだろうか…)
慶一郎自身、その男に対して思うところが無いわけではない。
婚約を解消しろと言った鉄斎に対して「待つ」と一度でも言った男が、ではなくほかの女を選んだということが腹ただしい。
彼女がそんな男と添い遂げることが良かった。自分の知るが他の男のものにならなかったと思う反面、を捨てたというただそれだけの事実が気に入らなかった。
鉄斎に対してよくもその男を生かしているものだと思ったほどだ。
「あれの知らん間にあれの惚れた男を斬れとでも言うのか」
鉄斎は冷ややかに慶一郎にそう語ったことがある。
「一度でも懐に入れた人間を、あれは憎めん。憎みきれん。そんな女だ」
「…そう、ですね」
「偽りでもそんな女を丸ごと愛すると言った男を斬れば、あれが悲しむ。悲しませるのは本意ではない」
その父親の姿に慶一郎は何も言えなかった。
泣くのはいい。
すぐに笑顔にさせるから。
寂しいと言えばいい。
絶対に自分が守るから。
美咲が美雪を守っていたことを知っているからこそ、慶一郎は全てのものから美雪を守りたいと思う。
そうして違うベクトルの上で、も守りたいと思っていた。
一人で耐えて、理由を自分にも鉄斎にも美雪にも言わない。
(伝えてくれれば、いいものを)
もっとお互いが子供だった頃は何でも彼女は話してくれていたように思う。
よく笑い、よく泣き、彼は時折彼女の手を引いて帰った事もある。
ちょうどナグモンと彼が呼ばれていた時期は、彼女とのそうした触れ合いがくすぐったいのと物足りないのとが混ぜあって、自分の中にもやもやしたものを作り始めた最中だった。
甘えられるのならば、美咲に甘えた。
に対しては、自分が甘やかしたいなどと思っていた頃だ。
実際に今から思えば充分に甘えていたと慶一郎は回想する。
(どうあれ、過去は変わらない)
慶一郎が鬼塚家を離れたことも、が自分とは違う男を愛したことも、美咲が美雪を残して夫と共に亡くなった事も。
「こんにちはー」
「はーい」
の声が聞こえる。
電話は終わったようだ。
「千客万来だな、今日は」
(が疲れないといいんだが。)
近所に住むの友人が「少しだけ」と顔を見に来たらしい。
慶一郎がそこに顔を覗かせると、先ほどの顔見知りの宅配業者のように泣いている訪問客を、宥めているの後姿があった。
その友人が帰った後は仕事が一段楽したのか紅男と呼ばれた宅配業者の男と、その嫁が顔を出した。
嫁の顔も慶一郎は思い出していた。
の後ろにくっついていた小学生の一人だったからだ。
案の定、大泣きしたその嫁をは宥めあげ、彼らが食事を一緒にして帰宅する時刻にはは疲れ果てていた。
風呂上りのマッサージの時にはすでに睡魔に襲われ、眠いのを我慢してるのがよく判った。
「眠ってもいいぞ、」
「起き…て…ま…よ…?」
「いや、寝なさい。そんなに眠いのなら」
昼間のように痛くつぼを押さず、ただ疲労回復のつぼに神気を流して刺激だけすると、途端にはそのまま眠りについた。
風呂上りでほこほこの暖かい身体を、淡い色彩の浴衣に身を包んだ彼女を色っぽく見せる。
やせてがりがりだった肉体も、ようやく本来の丸みを取り戻しつつある身体。
それを見下ろす。
(とは言っても手は出せないんだがな…まだ)
慶一郎がそう苦笑し、抱き上げて部屋に連れて行くのそのときに。
「あの、美雪ちゃん?」
「お祖父様が…慶一郎さんが叔母様に何もしないか、ちゃんと見ろって」
(…あのくそじじいっ! いや、出来ないけどさ……しないけどさぁ…!)
マッサージ中、が寝た場合は監視として美雪がついたのはここだけの話である。
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ちょこっとクロスオーバー。ゲスト扱いなので彼だけですが、判った人なんの作品だか判るかな?
いや、その懐かしかったから出しただけなんですがね。今回きりかも。
怪獣の名称は即インスピレーションでつけました。
勿論、こんな展開は原作小説にはありませんよ。
原作じゃ南雲先生の仇名は「大門高のパニッシャー」
気に入らない相手は誰だろうとかまわず殴って謝るまで殴り続ける人です。
たぶん、そこいらの子供じゃしなさそうだけどゲスト扱いの彼らならばやる、絶対やる、と思ったのでネタにしました(笑)。
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