母、と言われて連想するのはその存在は子供にとっては『最強』ということ。

男の子だろうと女の子だろうと、この存在の影響下を必ずと言っていいほど受けるものだ。

例外はない。

だから『息子』に対する愚痴の一つや二つや三つは、その母親に受け止めてもらわなくてはこちらの気がすまない。

そう思ったのは、鬼塚が彼と別れたあの日。

彼女はその母親と祖母の前に立って、思いのたけをぶちまけた。

以来、毎年その日には外出していたのだ。

結婚が決まったその年も。



5月18日


(1)


5月も半ばになって、私たちの周辺はいろいろとあわただしくなった。

南雲さんは学校に行って授業しつつ、ソルバニアに行って怪獣退治をしているようで、よく服を破って帰ってくる。

当然のことながら「ソルバニアに行ってたんだ」とかいうことを私たちに教えてくれるわけでもないので、ひどく言葉を濁していたけれど。

美雪ちゃんは相変わらず学校には行かず、庭先や境内の掃除をするか買い物に行くか、それ以外は私の傍にいるか部屋に閉じこもるかだ。

私が外出すれば一緒に付き添ってくれることもあるが、学校には行かない。

頭ごなしで私が「学校に行きなさい」とそういえば、以前、南雲さんに言ったようにきっと行ってくれるだろう。

けれどそれは根本的な解決にはならない。

彼女の意思で行く気持ちになってくれないと…。

幸いなことに美雪ちゃんの担任の先生と連絡がついたので、南雲さんにお任せしてお話していただいていた。

私がしようとしたら街中に出なくてはいけないので、それを南雲さんが渋り、また美雪ちゃんにいろいろと動いていることを悟らせたくはないので、と彼に言われてしまったから行けれないのだ。

「南雲さんは、鬼塚家の居候じゃなくて家族なんですからね。そのあたり先生に突っ込まれたらちゃんと言って下さい?」

私がそう言うと目をぱちくりした彼は、本当に子供のようだった。

「え」

「だって言われますよ? 美雪ちゃんとはどういうご関係ですかって」

「あぁ!」

「お返事してください、南雲先生」

「は、はい」

照れくさそうにぎくしゃくしてたのは何でだろうか?

家族っていうのがくすぐったいのかな?

別に照れることはないと思うんだが。

…だってこの家にいたときは、私は確かに、彼のことを兄だと思っていたのだから。

南雲さんは違ったけど。

…。

今、またノイズが走った。

なんなんだろうか、この思考は。

あ、そうそうなぜか担任の先生とお話しなくて、その夜は違う方たちとお話したらしく、服を汚しただけで帰ってきた。

…話す予定が一日ずれたのは何が原因だったのか、までは少し思い出せない。

その間私は、ひたすら歩いて体力をつけたり、あるいは見舞い客の対応や、記憶の中に出てきた人たちに回復したことを報告がてら会いに行ったりした。

ご近所限定だが。

まだまだ体力は以前の私…としてでも鬼塚としても…に比べたら疲れやすい上に、走ったら足がもつれてすぐ転んでしまう。

「あのねぇ。三年寝太郎で、しかもついこないだまで寝てたあんたがここまで動けるほうが奇跡なの!」と言ったのは、会いに来てくれた友達だ。

周囲の人にすごくすごく助けられているのが解って、ありがたいやら申し訳ないやら…。

遠出をするときは友達の車か、あるいはタクシーだ。

私の車は友人経由で頼み込んで整備工場にあるのだが、病院側からは車の運転に関しては許可が下りていないので乗れない。

車だけではなくて、自転車も駄目とのことだ。

あぁ、そうそう運転免許だけは更新できるように手続きをすればいいとは、アドバイスを受けたのでそれだけは免許を確認してまだ期日が有るので大丈夫かと思う。

南雲さんに「乗りますか?」と聞いてみて「必要なときに乗せてもらう」とは言われたが、彼自身の移動はもっぱらジープで事足りてるようで、私達はそのジープには乗せて貰っていない。

その機会がないから、というのもあるけれど。

「じゃあ、お父さん。行ってきます」

「あぁ」

「行ってきます…」

「うむ」

私は今日は南雲さんが学校に行った後、美雪ちゃんと一緒に友達に頼んで少し遠出をすることにしていた。

実はこのことを思い出したのは夢の中でだ。

鮮明なその夢の中での私は完全に鬼塚の高校生になりたての頃の姿だ。

ぱちりと起きて、「そうだ、行かなきゃ」と思った私は美雪ちゃんも誘うことにした。

「美雪ちゃんと南雲さんが内緒ごと作ったんだもの。私も美雪ちゃんと秘密を共有したい」から。

そう言うと、美雪ちゃんは頷いてくれて一緒に手を繋いで歩いてくれる。

私が彼女の手を引いて連れてきたのは、私たち鬼塚家の菩提寺ではない違うお寺さんだ。

手にはお土産用にお酒を1本、それから御墓参りのセットを美雪ちゃんと交互に持ちながら、中にはいる。

掃き掃除をしてた御爺さんに、私は声をかけた。

ここの住職さんで私は年一回会う顔見知りだ。

私はこの人のフルネームを知らないが、この人は私を鬼塚鉄斎の娘だということを知っている。

「お久しぶりです」

「なんとも、なぁ。お前さん何年ぶりかね」

顔見知りなので砕けた言葉使い。

「三年よ。…どうしてもここに来れないとこまで行ってて今までこれなかったの。ごめんね」

「いいやぁ、お前さんも、いい歳だから嫁にでも行ったんだと思うとった」

「嫁には行きそこなったのよ」

さらりと言えた自分に笑える。

「ほ?」

「そんなことより、これどうぞー。久々だもの。奮発しちゃった!」

お酒を手渡すと、嬉しそうに御爺さんは先ほどの言葉を聞かなかったことにしてくれた上に、顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。

「叔母様?」

「知ってる人なの。えーとかれこれ何年のお付き合いかな、御爺ちゃん」

「お前様が高校になるかならんかのときかだから、来なかったの差し引いたら7年かの」

「そんなに、前から?」

「…うん」

「最初は恨み言言いに来たのになぁ」

住職さんはそう言ってから美雪ちゃんがきょとんと私を見た。

「恨み言…誰に?」

「南雲慶一郎だよ」

おじいちゃんの言葉に美雪ちゃんの目が丸くなって、私は苦笑いを浮かべながらそのお墓に向かって歩き出した。




私がこの場所を知っていたのは、父・鉄斎が毎年その人の命日になると出向くことがある場所のことを知っていたので、意を決して聞いたのだ。

あの当時の鬼塚は、もう南雲慶一郎に対してものすごく怒ってもいたし哀しかったし、とにかくそういう類の気持ちを晴らすべく何かに八つ当たりしたかったのではないかと思う。

というよりも、南雲さんとの接点を探したらもうそこしかなくて、そこにすがりついたっていうのもあるのかもしれない。

だって南雲さんは、たぶん私の初恋で『お兄ちゃん』だったから、いきなりいなくなるというのが寂しくて哀しかったから。

そんな私に対して、眠っている人に対してその手のことを言うのはどうかと姉の美咲も言ったけど、とにかく私は言うことを聞かなかった。

涙交じりの私の気迫に根負けしたのか、お父さんは南雲さんのお母さんのお墓の場所を教えてくれた。

ただし、迷惑をかけないようにと前置きで。
 わたし
鬼塚は知らないけれど、ここ、お父さんの初恋の人のいる場所でもあるから。

「母の日に、制服姿の女の子が来てここで思いっきりあの坊主の悪口言うとったのは、よく覚えとる」

「御願いしますから、記憶から抹消してください」

「いやいや、そうそう忘れんて」

そんな軽口を言い合いながらお墓の周りをきれいに掃除し、水を替えて花を添えた。

「どうして、叔母様はここに…?」

「南雲さんに腹が立ってて、むかついて、それで南雲さんのお母さんに八つ当たりに」

私の言葉に御爺さんが笑った。

「南雲さんがうちから出たときに、私と南雲さん、喧嘩っていうか本音の言い合いをしたのよね」

思い出したんだけど、というのを前置きにしてそう美雪ちゃんに言った。

つきん、と頭が痛くなるのでそれを誤魔化すために額をさする。

「それで、あったまきたんだけど、本人もう家から出てて連絡しても返事返してこなくて」

脳裏に浮かぶのは、鬼塚の記憶の中。

ぎらぎらした瞳をした、大柄の少年。

私には、そして姉にはすごく優しかったくせして、いつも助けてくれてたくせして。

脳裏の中の彼が、私に言い放った一言が…蘇って顔をしかめる。

いかん、いかん。

今の南雲さんはとってもいい人だ。

昔よりスキンシップが多いけどセクハラとかそういう類じゃないし、優しいし、料理も美味しい。

「で、南雲さんに対しての文句は、そのお母さんに聞いてもらおうって」

「仏さんに恨み言言うな、と思って注意しようとしたら…最後にこう言うたんで、止めたんだよ」

私はお墓に手を合わせて、そうして声を合わせてしまった。

「「南雲さん(慶一兄さん)を産んで、会わせてくれてありがとう」」

その言葉を聞いて、美雪ちゃんも一緒に手を合わせてくれる。

「だから怒れんかったなぁ」

そうして私は美雪ちゃんを見つめて言った。

「ここに来てたこと、南雲さんには内緒ね」

「…どうして?…」

「…怒られそうじゃない?」

「ほ、鬼塚の家に戻って来たのかい?」

「あ、もう坊主じゃないですよ。立派な男の人ですよ」

「ほー」

住職さんにそう言ってから、美雪ちゃんに御願いする。

「こうして御墓参りしてるのだって無断だし…お世話してるのも余計なことするなー、とか言われちゃいそうだしね。内緒で御願いします」

「…はい、内緒」

住職さんは訳知り顔でにたりと笑う。

「あの坊主が来たら話すぞ。お前、女の子泣かすのもいい加減にしなさいと言うてやる」

ぎゃああああ。

なんか勘違いしてない?

勘違いしてるよね?

私の様子に住職さんは「かかかかか」と特徴の有る笑い声で答えてくれたので、「頼むから言わないでください」と頼み込むのに時間はかからなかった。



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小説の舞台が(おそらくは)1996年なので、母の日は5/18とさせていただきました。
(根拠、5/18が土曜日ってことだけ
原作で言うところの1巻の最後の方から2巻の頭に入りました。
出てきた住職さんは、原作にて飛鈴に慶一郎の祖母とかの話をした人。
何気にさんは慶一郎さんの弱い部分にフラグ立ててるように書いてしまいました。すまん。

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