5月18日
(2)
南雲さんが帰ってくる前に、私と美雪ちゃんは家に戻ってこれた。
あそこの住職さんは、からかうのが好きで困る。
それでなくても近所の人は、ここ最近私と南雲さんの関係を誤解したままだというのに。
恋人でも夫婦でもない。
言ってみれば兄妹だ。
そろそろ…まごころ便のネットワークを使って、そろそろ「違うよー」というのをやんわりと世間様に流そうかと思う。
舐めてはいけない、地域密着宅配業者。
おば様族にも人気なんだぞ、まごころ便ネットワーク。
それはともかく
閑話休題。
忘れてはいけないのだ。
南雲さんは既婚者。ここ、重要。
さらにいうなれば19歳という若い女の子と結婚してるのだ!
強制結婚は確か相手13歳だったけどね!?
相手の決まってる男性に、ときめきはしても心を奪われることは駄目。絶対。
最初は強制結婚でもの知識の中では彼らは今現在も離婚していないし、半年ぐらい先にはちゃんと結婚した。
もう何度目かになるは数えるのを止めたその言葉を、胸のうちで繰り返した。
兄として、家族としてなら今までどおり接してもなんら問題はない…とは思うのだけれど、少しずつ惹かれているのが判るからこうやって自分に言い聞かせないと。
考えても見て欲しい。
自分を助けてくれた、そしてずっとサポートしてくれる頼りがいのある男性なら女ならば心惹かれる存在だろう。
ましては相手は兄と慕っている人だ。
最初からあの人に対して、鬼塚は心の中に居場所を作っていた。
兄。
初恋相手。
これ以上の居場所を作って、また泣くのはごめんだ。うん。
南雲さんも、悪いとは思う。
の情報の中で「俺は女を口説いたことない」とか言ってるけれどあの人の言動とかよーく聞いてると、素で口説いてるようにしか思えない。
あれだけ優しいと、勘違いしたくなる。
たぶん、南雲さんは私に同情してくれてるだけ。
私に美咲姉さんの姿を重ねているのかもしれない。
まったく似ていないけれど…一番は彼女の妹だから、というのも大きい。
それにちゃんと今までは人並みに運動も出来ない身体で、見ていないと危なかっしいっていうのもあるだろう。
マッサージしてくれるのも、手を繋いでくれるのだって、私が入院してるときの身動き一つ出来なかったあの姿を見てるからだ。
「うん、よし」
気合を入れなおす。
私は自分の気がまぎれるようにと、お昼を作ることにした。
病院側からは火の近くに行くことは、まだいい顔はされていないが、万が一の為に美雪ちゃんに傍にいてもらう。
南雲さんは用事があるということなので作り置きの中華を作ってくれている。
だから一品程度でいい。
鬼塚の記憶の中では、まだ名前も詳しい容姿も思い出されていないが和食では個人的に知り合った方に師事していた。
あとお酒のつまみ系統とかも、元まごころ便の従業員で居酒屋さんに転職なさった方に教わった。
うん、この人はすぐに顔が出てくる。
元々よく知った人だったし…二人ともまごころ便ネットワークを使って知り合った方たちだ。
花嫁修業だと言って、美咲姉さんたちが事故にあってしまうまでの日数をその修行に費やしてたし…としてだって自炊はきちんとしていた方だ。
なので自分としてはそこそこ料理の腕はあるのだと、そう…思いたい。
…まぁ、包丁を握るのも三年と少し振りなので自信はないけど。
季節の野菜を使って恐る恐る一品作り上げて、食卓に出したらお父さんも美雪ちゃんもものすごい勢いで全部平らげてくれた。
けど…お父さん、味はどうなの?
「こっちから話を向けるのもなんかな?」 と思って「いやいや、きっと感想ぐらいは言ってくれるだろう」と待ってたらそのまま食事は終了した。
「ご馳走様でした」
「お、お粗末さまでした」
…お父さん、会話ぐらいこっちから振らなくてもしてくださいよ!! とは言えない。
お父さん、(顔も態度も)怖いから。
「美雪ちゃん、お味どうだった?」
美雪ちゃんにそう聞くと「美味し」と私がいつも南雲さんの料理を食べるときに使う言葉で、そう返してくれたので一安心する。
「また作ってくれる?」
「勿論」
美雪ちゃんが美味しいと言ってくれたので、少しだけ自信はついた。
「あ、南雲さんには内緒でね」
「…どうして?」
「だって私より、明らかに料理が上手な人でしょう? 少し気後れするし、私のご飯よりも南雲さんのご飯のほうが美味しいもの」
「…」
美雪ちゃんは何か言いたげに私を見つめて「そう?」と首をかしげた。
「そう」と私が頷くと美雪ちゃんがまた返した。
「でもきっと慶一郎さんは食べたいって言ってくれると思う…。それに叔母様のご飯も美味しいもの。仲間はずれは駄目」
「うー、そうだねぇ。仲間はずれは駄目よねぇ」
家族なんだもの、のけ者は駄目だ。
私が呟くと、美雪ちゃんはその通りだと頷いてくれた。
ただ「食べたい」と思うかは謎だけど。
「ちょっと一回、出してみて反応見ようかな」
「うん」
そっけないけど、それでも満足したように美雪ちゃんはまた頷いてくれた。
まぁ料理というか、おやつというか。
残ったご飯でお結びを作っておこう。
としては食べたことはなかったけれど、鬼塚としては習ってすぐに気に入った軽食。
それ食べて「何これ?」という顔したら、私は南雲さんには料理は出せない、うん。
作ったそれをラップに包んでおいて、後で出してみよう。
食事が済むと美雪ちゃんは境内のほうの散歩をしに行く。
私は後片付けをすることにした。
今のところ、いきなりの記憶の融合はないので安心して作業が出来る。
この調子で体力やら回復したら、お仕事を探せるかもしれない。
全部洗い物をしてからお結びを作っておく。
本当なら出来立てを食べて欲しいのだけれど、あいにくいないし…。
そうこうしてたら、お父さんが台所に顔を出した。
「。救急箱を用意しておけ」
「はい?」
「一応、念のためだ」
はい?
だから、なんで?
その日が、サムライガールがうちに来る日だったということを、私はまったく気がついていなかったのだ。
我が家の道場は姉・美咲が亡くなった(とされる)四年前に閉鎖していた。
父である鉄斎が何を考えていたのかは解らないが、それだけショックだったのだろうということと美雪ちゃんの看病などで剣術を教えるどころではなくなったからだろう。
勿論、私こと鬼塚も、当時交際していた彼にきちんと伝えてから、彼よりも我が家のことを優先した。
旅行先での事故で、遺体さえ見つからなかった姉夫婦。
そして酷い怪我を心身ともに受けてしまった姪。
鬼塚はずっと父や姪の為に動いていた。
ようやく姪の心はともかく、肉体的には回復したその後…今度はその(私)が事故にあってしまった。
それから今までの三年間、父と姪の二人はどんな暮らしをしていたのか想像できない。
今は可愛い姪は私と、南雲さんとで支えられるけれど父はどうだろうか?
そう考えた夜もありました。
まさか今日だったなんて思ってもなかったな。
父・鉄斎は今まではどうあれ、もう大丈夫だ。
娘も孫もその道を選ばなかったけれど、その道を歩んで来た彼女がとうとうこの場所にやってきたのだから。
ただ残念ながら本日は、そのサムライガールと私はそんなにお話をしたわけではなかった。
軽く自己紹介をしただけだ。
掌をつぶしてしまった彼女を帰ってきていた南雲さんと、そして南雲さんに連れてこられた神矢くんと少し話したけれど、遅くなっても困るし、何よりも無茶をさせたのだから今日は帰宅させるとお父さんも行ってお開きになった。
明日からはうちに来るということなので、汗を流すためにお風呂に入ってもらうから着替えとか持ってきてくれというのを忘れない。
神矢くんは南雲さんに「美雪ちゃんの家庭教師を依頼された」とのことで、私としては同世代の子に接すればいい刺激になると思うけれど神矢くんのほうはどうなんだろうか?
「はOKなんだな?」は南雲さん。
「私は良くても最終的には美雪ちゃんと神矢くんによりますが」
「別にかまわん」とはお父さんだ。「美雪のことはお前に一任してある」
その神矢くんは境内の掃除をしている美雪ちゃんに話しかけてるようで…。
…。
いや、うん、頑張っていただきたい…。
たぶん、大丈夫よね?
勉強を教えてるシーンは読んだことがなかったけれど、なにかにつけて彼は今後うちにくるんだから。
美雪ちゃんの全スルーに負けた神矢くんと、御剣さんをジープに乗せて南雲さんは家に送っていった。
どんなご飯を作ってくれるのかはわからないけれど、お米は炊いておこうかな。
「。御剣の分もこれから作るよう、慶一郎に伝えておけ」
「はい。…あぁ、道場のほう、お掃除しましょうか?」
「いや、御剣にさせるから良い」
…掌潰してるとか言ってなかった? と聞こうとしたときには、もうお父さんは背を向けている。
小さく息を吐き出すと私は台所にいた。
「お夕飯も、叔母様?」
美雪ちゃんのその言葉に、期待されてるような気がして彼女を見る。
いやいや、ここで作ったら南雲さんに食べてもらって様子見っていうのが一品じゃなくて、一食になってしまう。
けれど、無表情なのにきらきらと目を輝かせている姪に、私はすごく弱くて…。
「…南雲さんに言って、作らせてもらえるかどうか聞いてみる」としか言えなかった。
とりあえず「まずい」と言われるようなご飯にしなきゃいいよね…?
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彼女の心は迷走中。
鬼塚の初恋で、そして大事なお兄ちゃんで…その気持ちは今現在の彼女の中にちゃんとまだある。
だからこそ、彼を育てた祖母と産んだ母のお墓参りをちゃんと母の日にしてるし、していた。
でものときの知識で、彼が愛する女の存在を知っているから、勝てない勝負はしたくない。
でも、今現在優しくしてくれるし頼れるし、心が弱ってるのでころりといきそうで…。
そんな感じになってればいいなー。
あと サムライガールが入門しました。
漫画版大好きなんで、小説版は読んでません。
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