5月18日


(3)

神矢くんと御剣さんを送って、買い物をしてから帰ってきた南雲さんに「お夕飯、私も作っていいですか?」と聞くと、しばらく考えて「俺と一緒に台所に立つならいい」と言ってくれた。

「小腹が空いた」と言った南雲さんに内心びくびくしながらきなこのお結びだしたら、しばらくそれをじーっと見てから口にして、ちょっとびっくりしていた。

なぜだろう? 食べたことなかったのかな。

、料理できるんだ」

「私、昔、家庭科実習で何か南雲さんに渡しませんでした?」

つきん、とした軽い痛みと共に思い出したのは鬼塚と南雲さんがこの場所にいた10年以上も前の光景。


――慶一お兄ちゃん、あげるー。
――ん。…食べれるんだろうな、それ。
――失敬だな、お兄ちゃんは失敬だな!
――食わないとは言ってねーだろ。よこせ。


ぶっきらぼうに髪を伸ばした南雲さんが、一口でそれを食べて「ご馳走さん」といい、感想の一つもくれていなかったということ。

でも食べてくれた事実が嬉しくて、まとわりついてたっけなぁ。

「あれはお菓子。それに何年前だ」

「南雲さんには負けますけど、これでもちゃんとやったんですからね。花嫁修業で料理の修業も」

さらっとした私の言い方に南雲さんは、まじまじと私を見ていた。

「料理教室とかは行かなかったけれど、個人的に知り合った方とかに教えていただいてちゃんと人並みにはなれてるはずなんですよ」

「はず、か」

どこまでも自信のない私を南雲さんは苦笑いで受け止めてくれる。

「いや、一番お世話になった方のお名前とか、容姿とかはまだ思い出してないんですけどね。不思議なことに」

まごころ便関係で知り合った人なので、紅男ちゃんに聞けば判るかも。

「でもレシピはね、不思議と思い出すのに時間もかからないし、頭も痛くなかったんですよ?」

そうか、と呟いてから南雲さんは笑みの種類を変えた。

「じゃあ、お手並み拝見だ」

「頑張ります」

そのときに浮かべていたものすごく優しい笑みに、少しだけときめいたのは美雪ちゃんにも内緒だ。

それからは二人でエプロン付けて仕込みから何まで一緒にやった。

様子を見に来た美雪ちゃんに味見してもらったりした今晩のお夕飯は、結構豪勢なものだった。

、ほかに食べてみたいのってあるか?」

「チーズフォンデュ、とか、かな」

鬼塚としての記憶の中でもそんなに食べたことのあるようなものじゃなかった。

そう言ったら「今度、それにしようか」なんて言ってくれたけど…美雪ちゃんや私はよくてもお父さんも食べるのかなぁ、それ。

ちょっと想像したら笑えるかもしれない。

ごめんなさい、お父さん。

いただきます、と四人で唱和して食卓を囲む。

「ちょっと多いかなぁ」

「大丈夫、私はちゃんと食べれるから」は美雪ちゃん。

「お前が食べれなんでも、慶一郎がおるからよかろう」

「お父さん、お味、大丈夫ですか?」

「あぁ」

「美雪ちゃん、そっちの少し熱いかも」

「はい」

そんな会話が飛び交う食卓で、私がゆっくりと食べている間に過ぎていった。

私が食べ終わる頃には、お父さんはすませてしまい席を離れた。

美雪ちゃんも食べ終わって、お風呂を沸かしに行ってくれている。

南雲さんは私が食べ終わるまで待ってくれていた。

…というか私と南雲さんの暗黙のルールというか、なんとなくだけどお互いの食事が終わるまでどちらかが先にすんでしまってもこうして一緒にいることが多い。

量が多くて私がそんなに急いで食べきれないときは、こうして南雲さんが。

南雲さんの帰宅が遅いときは、先に頂いているが私はお茶だけでもと一緒に。

「こうしよう」とか決めたわけではないけれど、でもこうすれば一人じゃないというのが実感できて寂しくはない。

「はー、ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

ようやく食べ終わると、私はお茶を一口飲む。

「美味しかったぁ、南雲さんが作ったの」

「俺はの作った煮物が美味かった」

お茶を飲みながらそう言ってくれた。

「そうですか? ちょっとだけ自信つきました」

「時間との体調見ながら、今夜みたいに一緒に作ろうか?」

「おお、いいですなー。私も勉強になりますし」

特にイタリアンとか。

の記憶の中でも、この人の料理の腕って相当だったと思う。

「俺の方こそ。日本食なら鉄斎先生の上行くって」

「…そうかなぁ」

そこまで言われると、面映いです。

まぁ比較対象がお父さんなのが、なんとも言えませんが…あぁ、でも「まずい」と言われなくて良かった。

そうこう言ってる内に自然と私達は後片付けも一緒にする。

「明日の朝はパンでいいか?」とか「ジャムもこの際作りますかね」とか終始、二人とも料理の話だった。

流石というか、すごいというか南雲慶一郎、料理の引き出しが半端じゃないですよ。

そこいらの主婦、顔負けです。

「調理師免許取ったらいいのに」

「必要になったらそうするさ」

そう言いながら南雲さんと全部片づけを済ませると美雪ちゃんが「お風呂沸きました」と言ってくれた。

「お父さんに先に入ってもらおうかな。髪洗いたいし」

「叔母様、一人で大丈夫…?」

これは毎晩の美雪ちゃんからのお誘いの言葉だ。

「あー、美雪ちゃん一緒に入ってくれる?」

そう御願いすると美雪ちゃんはこくこく頷いてくれた。

「南雲さんは?」

「俺は少し運動してからにするから…」

「じゃあいつもの順番ね」

一番・お父さん。二番・南雲さん。三番が私と美雪ちゃんだ。

一緒に入るのは、私がまだ一人だと安心できないからということもあるけれど、これは美雪ちゃんからのスキンシップも兼ねている。

というか、甘えたいのかなぁと思うし、私もそんな彼女に甘えてもいる。

お父さんがお風呂に入っている間に、私は美雪ちゃんと一緒にいる。

何をするでもないけれど、最近は私が学生時代に使っていた教材を引っ張り出してそれを彼女は眺めていた。

「スカートとか縫えるんですね」

「そうだよねぇ、あ、そうだ。今度二人で浴衣縫ってみようか?」

「本当? 叔母様」

「うん…そうだお父さんや南雲さんのも作ろう? 皆でおそろいがいいなぁ」

「皆で、おそろい」

「あ、それだと可愛い生地で作れないか」

「でもみんなの分作るのって、大変…?」

「二人ならいけそうじゃない?」

「初めてでも大丈夫…?」

「きっと大丈夫。失敗しても次に生かせばいいんだし。ただミシンはうちにはないんだよね…ものすごーく安いのがあったら買っちゃおうかなぁ」

それぐらいの貯蓄はある。うん。

「いきなりは無理でも練習用に小物からとかなら二人でできそうだもの」

正直、 のままなら縫い物なんて無理だけれど、この鬼塚ならそうじゃない。

どんくさいし、なんにもないところでよく転ぶけれど、こういった作業は苦にならない上に作る楽しさを知っていた。

つきん、とくる頭痛と一緒にそれを思い出していると美雪ちゃんがおずおずと頷いて「叔母様が一緒だったら作る」と言ってくれた。

よしよし。

使えるような本は家にそろってるから、針と糸と、それから生地は一緒に見に行こうってことで話がまとまる。

「お風呂、先に貰ったよー」

南雲さんの声だ。

「「はーい」」

私たち二人は大変良いお返事をすると下着の替えとパジャマ(代わりの浴衣)を持って風呂場に直行した。

風呂場でも二人で作るものの話や、色はどうするとこうしたいとかの意見交換しつつ、髪を洗うとやりたがったので、お風呂から出るとドライヤーをかけてもらう。

勿論、先に美雪ちゃんの髪を乾かしてもらってからだ。

お互いの髪をふわふわに乾かしてから整えると、私は南雲さんにマッサージを受けるために彼女と別れた。

いくら私でも寝る直前の格好で彼のマッサージを受けるわけじゃない。

浴衣着て、バスタオルを何枚か持ってきてそれがめくれるのを防いで、あとブラだってちゃんと付けてる。

「じゃ、はじめますかね」

南雲さんもお風呂に入った後なのでいつもの格好…Tシャツにアーミーズボンっていうスタイルではない。

まぁTシャツはTシャツなんだけど。

下はもっとゆったりしたものに変わっていた。

「最近、歩いても、ずっと立ってても疲れなくなってきたんですよ?」

「あぁ、そうみたいだな」

「だからそろそr「駄目だ」…まだ最後まで言ってないでしょーよ」

私の言葉に南雲さんは眉を寄せながら、ぐいっとつぼを押してくるので、その痛みで私は転がる。

「痛っ…っあ、ちょっ」

「ここが痛いってことはまだ内蔵が本調子じゃないって証拠だ。お前のことだ、もうマッサージがいらないとか言うつもりだったんだろう?」

その通り。

「うーーっ」

浴衣姿で身悶えたりしたらめくれるので極力動かないようにしていたら、逆に身体を動かしてしまって頭を畳にぶつけた。

「なにやってんだ」

「うーーっ、南雲さんが痛くするから」

どれ、なんて言って足から彼の手が離れたので、痛む頭をさすりながら起き上がる。

目は瞑っていた。

目の奥の方がちかちか光ってる気がする。



頭も痛いけど足もじんじんするなぁ。

「あぁ、うん。平気」

です、とそう目を開けたら、至近距離の南雲さんの顔があって、打った頭をさする手ごと触れられていた。

「ほんとか?」

『男』の人のかすれ声。

「だいじょうぶ、だから」

声がすごく、色っぽいんですけど…?!!

顔に血が上る。

「あの」

離れないと、ちょっと。

「あぁ」

南雲さんの目の中に、やばけな火を見たような気がした。

目をそらせない。

「南雲さん?」

…」

「慶一郎」

次の瞬間、私の身体を抱え、何かしようとした南雲さんの身体がびくりと震えた。

だりだりと脂汗を噴出しながら、ゆっくりと南雲さんの身体が私から離れる。

声の主はお父さんだった。



「はいっ」

「今宵のマッサージはここまでにしておけ。明日からは夜はちゃんと美雪かわしが監督するまでせんでいい」

はいっ。

私はこくこくと頷くと、バスタオルをかき集めて立ち上がった。

「お、おやすみなさい。南雲さん、お父さん」

「あぁ、お休み」

「…おやすみ」

急ぎ足で私は自分の部屋にあがると、下でゴッ!! とかいうものすごい音がしたかと思うと静かになった。

私はどきまぎしながら、ブラをとって、バスタオルをたたんで、そうして布団の中にもぐりこむ。

さっ、さっきのって何?

すごく南雲さんいろっぽかったんですけど?

何されようとしたの?

気の迷い、だよね?

いやいや純粋に私のこと心配して触れていてくれたのかもしれないじゃない?

そうだよね、そう思おう!




次の朝。

「おはよう…ございます?! 南雲さん?!」

「あぁ、おはよう」

腕とか御腹に包帯巻いた南雲さんが苦笑いを浮かべつつ、台所に立っていた。

「命が有るだけましだと思え」

お、お父さん?!!


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